第8話 聖女は初めて絶叫する
さて、ヒーロ―の登場です。長かった…。
あー、いまいち忘れられていることですが、これは恋愛物語です!!
恋愛物語なんですよーーー!!><;
(大事なんで二度言っておきます)
大切に思う人達と、一つ一つ別れを重ねて行く。
まさか、そんな旅になるとは思いもしなかった。いつか、また笑って再会できる、と強く願いながらも、別れの後には寂寥感が心を覆った。
アルフォーゼ様が手配して下さった護衛三人の付いた馬車をありがたく使い、私は一路セルヴァ王国へと向かった。
乗合馬車で良いと言ってみたが、現在エマレント公国やセルヴァ王国と隣接するルベーヌ帝国で、内紛が起って治安が荒れているのだそうだ。帝国へ向かう訳ではないけど、こちら側に避難民や逃亡者がちらほら出て来ているらしい。人は些細な切っ掛けで罪を犯す脆さを持ち、幸福の中では善良だった人も、全てを奪われては狂気の甘言に飲まれてしまう時がある。そう諭されては、黙って好意を受け取るしかなかった。
男女三人組の護衛の内二人の女性と共に馬車に乗ったが、彼女たちはきっちりと仕事を務め、無暗に私を探ったりすることなく黙って同乗していた。
脳裏に、聞いたばかりの初代聖女の逸話が蘇った。
聖女だった私は、一体なにをやってきたのだろう。魔王討伐を女神様からの命だと言われ、それだけを目的に旅をした。他へ―――世の人々の苦しみには全く目を向けることなく、ただただ勇者の背中を道しるべに。
それは、本当に聖女のお役目だったのかしら?
「お嬢さん、先で何かあるようだ。少し止まるがいいか?」
それは国境を越え、少し走った山中の街道でのことだった。
馬車と共に雇われた男女三人の護衛の、男性戦士ガルバが御者台から顔を覗かせて私に声をかけて来た。
何事かと、私も御者台へと顔を覗かせ前方を確かめた。
「はい。急いでの旅ではありませんから、危ないようなら引き返しても…」
「そこまで大事ではないようだ。あれは……山賊か!?」
ガルバの状況判断の声に応じて、一斉に女性護衛のアーミルとネイが馬車から飛び出した。私もそっと自分と御者を含めた馬車全体に結界をかけ、そろそろと馬車から降りた。
「お嬢さんは中へ退避していてくれっ!」
「いえ!私も後方援護専門ですが魔法使いの端くれです!自分の身は自分で守れますし、御者さんと馬車の守りは任せて下さい!」
そう言いおいて、護衛三人に支援魔法である【障壁】と【身体強化】をかけた。それを感じ取ったのか、彼らは目を見開いて驚きながらも礼を言い、前方へと走って行った。
御者さんに結界を張って安全なことを説明し、私も警戒しながら恐る恐る護衛の後を追った。
現場では、六人ほどの傭兵崩れらしい男たちが、貴族の馬車を襲っている最中だった。馬車の窓は割られ、中には旅用のドレス姿のご婦人と老いた男性が身を屈めていた。そして、馬車の前では子息らしい年若い貴族と護衛騎士二人が男たちと争っていた。
「山賊か!?加勢する!」
「かたじけない!我々はルベーヌの貴族、内紛に巻き込まれて逃げ出して来た。こやつらは敵対勢力の追手ゆえ、手加減無用!」
その大声に、私は一瞬戸惑った。それは、どちらが悪漢なの?と。
でも、私の護衛達は何の躊躇なく、向かう追手たちに剣を向け、攻撃の術を放った。それに倣い、私はその子息と護衛に【回復】と【障壁】をかける。
「助力感謝する!」
子息は力強い声で私に言うと、負けじと争いの中へ突っ込んで行った。
六対三で劣勢だった戦いが味方に三人と半分が加わったためか、決着は呆気なくついた。
目の前で命のやり取りが起り、そして片方が奪われ倒れ去った。骸となった追手を林の奥へと運び入れ、アーミルが大きな穴を掘って骸を埋めた。私はその場に聖水を注ぎながら密かに浄化をかけ、祈った。
「本当に助かった。ありがとう」
まだ十代半ばを漸く過ぎたばかりだろう子息が、私たちに頭を下げた。
こんなに正々堂々と平民に頭を下げるのを厭わない貴族が、罪人とは思えなかった。
「いいえ。行き交った縁ですから。それよりも、馬車の中の方々は大丈夫ですか?お加減が悪い方がいらっしゃる様でしたら、私は少し治癒の力もありますので…」
「それは、ありがたい!」
子息はウィリス=レンネ=フォーゼルと名乗った。彼らはルベーヌ帝国のフォーゼル子爵家の人達で、王侯貴族に不満を持つ平民たちの集まりに密かに助力していた所、今回の反王勢力の武力蜂起に伴い王家から暗殺者を差し向けられ、子爵である父から逃げるように指示されたのだと話した。
だから、若い子息と子爵夫人に先代子爵らしい老人の連れがいた訳だった。
割られた窓のガラスや木枠から夫人を庇ったのか、老人は肩の打撲と細かい切り傷を手や顔に負っていた。私はすぐに塗り薬を出し、痛めた肩には【回復】を行った。
本当はこれくらいなら【治癒】だけで完全に治せる。けれど、それは聖女の固有スキルになるから使えない。今ここで、私の正体を知られる訳にはいかなかった。
痛みが和らいだのか老人はかすれた声で私に礼を述べ、ショックに心神喪失していた夫人を気遣いだした。御者も兼ねていた護衛が子息と話し合い、馬車の具合や地図を確かめていた。
馬は奪うつもりだったのか無傷だったのが幸いし、すぐにでも出発できることになった。
「どちらか向かう地はお決まりなんですか?」
「ああ、セルヴァの―――」
「ウィリス君、その先は話してはならないよ?父上に、そう言われなかったかい?」
私たちの間に、突然男の声が邪魔をしてきた。
低く甘い掠れの入った不思議な声。
すぐに私を含めた全員の視線が辺りを彷徨い、追手たちを葬った場所とは反対の木々の間に立つ声の主を見つけた。
「クライヴ殿!なぜここへ…」
ウィリスが満面の笑みを浮かべて、男に走り寄って行った。
その後ろ姿を見つめながら、私は奇妙な既視感を覚えた。
クライヴと呼ばれた男は、この辺り…いいえ、この世界ではとても珍しい漆黒のざんばら髪を背に流し、はしばみ色の目を細めながら走り寄ったウィリスを、逞しさが伺える漆黒の装いの胸の中にがばりと抱きとめた。
「君たちに追手がかけられたと聞いてね。それも傭兵崩れと聞いては、さすがにじっと待っていられなかったんで、迎えに来たんだよ」
「申し訳ありません。お気遣いありがとうございます。しかしながら、その不運はあちらの―――」
「うん。見ていた。到着した時にはすでに決着がついていたんでね。私も色々危ない身の上だから、君たちが彼らから離れるまではと、様子見させてもらっていた…」
クライヴの視線が、今度は私達に注がれた。そして、私に止まった所でわずかな変化を見せ、すぐにまたウィリスに戻った。
あれは――――驚き?困惑?
あの眼差しは、どこかで…。
「すまなかったな。彼らの保護者代理として感謝する。セルヴァで落ち合う予定でいたが、こうして会えた」
あえて、なのか、クライヴはウィリスの肩を抱いて林から街道へ出てくると、私ではなくガルバへと寄って行った。
私は黙ってその光景を眺めながら、先ほどから脳裏をかすめる既視感の正体を思案していた。
ぱんっと大きな手を打つ音がして、私は我に返った。
そこでは彼らの行動が決まったらしく、クライヴの連れらしい数人の騎士が到着して、出立の準備を終えた様子だった。
顔を上げた私に母親を気遣いながらも頭を下げて馬車に乗り込むウィリスが見え、私も反射的に頭を下げ返した。こちらも再出発のために馬車が近づいて来る。
と、何を思ってか、クライヴが私の前に立った。
「どうして君はこんな所にいるんだい?聖女様は勇者と結ばれたんじゃなかったのかい?」
私は声も出ないほど驚いた。
彼は私を――――私が聖女であることを知っている。でも、私を知る人達の中に、こんな人はいただろうか?
「あ、あなたは…」
「私は果ての地にある王国の者。君の中に……嘆きがあるのなら、私を訪ねて来るがいい。その時で良い。君が拾いあげた私の宝を返してくれ。では、いずれまた」
彼は私の返答など必要なしとばかりに別れの挨拶をすると、さっと踵を返してウィリスたちの所へ戻って行った。
彼が離れた瞬間、私の全身に稲妻が走り、恐ろしいほど鼓動が乱れだした。急激に頭まで血が上り、耳たぶまで熱くなる。
最後の最後にクライヴが見せた真実と言葉。
彼は、背を向ける一瞬、私に紅色の瞳を向けて濃艶な微笑を残していった。
漆黒の髪と血色の瞳。それは――――魔王の証し。
私の拾った宝とは、彼の頭上を飾る魔王の王冠。
手を振って去って行くウィリスに、私は力なく手を振り返し、のろのろと自分の馬車へと戻った。
なぜ、こんな所に!?とは、私のセリフだ!
「フェリシアさん?なんだか顔が赤いわよ……?どうかした?」
「あー!さっきのクライヴ様でしたっけ?ちょっと素敵だったわよね~?」
「ち!違います!か…彼なんてっ!!ちがいますーーーー!!」
馬車の中に私の絶叫が響いた。