入学式前
そして、ドアに着いている静脈認証システムに手をかざそうとした瞬間、俺の右手がふと眼に入った。
「あ、」
やばい、手袋着けてなかった。そりゃあ俺が一家の息子だとバレるわ。大量に出てきた冷や汗を感じながら思う。
俺の右手についているものは知る人ぞ知る秘密なのだが、あらかじめ学園側には伝えてあるので生徒会の先輩が知っていてもおかしくない。
俺は急いで少ない荷物の中から手袋を探す。あった!俺は手袋を着て、左手をかざし教室へと入った。そういえば俺、静脈登録左手しかやってないのに、なんで右手でやったんだろう。
俺は自分の行動に疑問を覚えながら指定された席へと座った。席へと座ると既に居た数人から視線を感じる。どうやら俺はチラチラと見られているようだ。
まさか、俺の秘密がバレてるのか!?もちろん、動揺を出したりしたら、違かった場合に勘ぐられかねないので動揺は出さない。
魔法士は開発されて数十年経った今でも少ない。そのため、魔法士しか集まらない学校だと互いが知己なことが多い。だからだろうか、初めてクラスメイトとして会ったにも関わらず、仲良さそうに俺の噂話をはじめた。これを聴けば俺の右手のことを噂しているかわかるだろう。
「あれが一家の息子さんか~」
「まあまあカッコイイし、優秀確実!絶対にお近づきにならないと」
「無理だよ~お近づきになっても、家格が違いすぎるもん」
「それにしても何でここにきたんでしょうね」
「人を傷つけたくない!とか?」
「性格も良さそうだしね~」
どうやら右手のことを噂しているわけではないらしい。それと、一家の名前ナイス。
別に恋愛は面倒くさいから嫌いだという訳ではない。
むしろ、恋愛結婚を望んでいるくらいだ。だが、ぐいぐい来る女子とか将来の収入目的でよって来る人は嫌いなのである。
恋愛に関してだが、せっかく家格は問わないと言われているのだから自由に恋愛をしたいと思っている。妹ほどの魔力があったらさすがに許されなかったと思う。
これに関してだけは体質様々だ。
暇なので、教室を見回してみる。教室は魔法士育成のための高校だからといって、特別な装置は無い。いや、一つはあったようだ。
装置には『教師用MCTリミッター解除装置』と書かれていた。校内でのMCTの利用は原則禁止で、あらかじめ使える魔法には制限がかかっている。
テロの襲来などの時にそれを解除するためのシステムなのだろう。新入生がそんなことをしている間にも続々と集まってきている。
そして一挙一投足に視線を集められている気がするぞ。正直、居心地は悪い。
実は両親に苗字を変えて登校することを熱く勧められたのだが、騙すのは悪いといって断ったんだよな。自分でもコレはやらかしたと思う。
騙すのが悪いとか言う次元ではない。有名人がマスクやサングラスをして街を歩くのも納得である。日常生活に支障が出そうだ。
小中ではこれほど視線を集めることも無かったので、ここまでとは想像がつかなかった・・・・・・俺は居心地の悪さをなんとかしようと、後ろの席に座った男子に話しかけた。後ろの男子は、黒髪の優男といった感じだ。
「俺は一 果因って言うんだけど、お前の名前は?」
俺の自己紹介を受けて、意外な顔をした男子はにこやかな笑顔を浮かべる。
「俺は火野 聡。それにしても流石一家、人気だね~」
「パンダの気持ちがわかった気がするよ」
「慣れているものだと思ったけど違うの?」
俺の言葉を受けて火野くんは心底意外だといった風に言う。嫌味ではないようだ。
「はじめてだよこんなの。だから本名で来ちゃったんだし」
「悪いけどてっきりエリートだと威張り散らしたいのかと思っていたよ」
あはは、という感じで火野くんに言われる。確かに、そう思われても仕方ないよね~実際、苗字そのままでこの学校に来るメリット0だし。トホホ。
「それにしてもじゃあ、なんで本名のまま来たの?」
俺は火野くんに家族とのいざこざを話した。
「なるほどね、それはわからなくもないかな」
「まあ――」
「席に着きなさい」
俺たちの会話はその一言で遮られた。会話をしていたらいつの間にか時間が来ていたらしい。そういえば、火野家って聴いたことがあるような。
そして、入学式が始まった。中学校と違い来賓は豪華という一言に尽きる。
まあ、当然か。未来の防衛兵士たちであるし、二魔学とはいえ名家とよばれる出身の人もいるからな。
ちなみに二魔学は生徒の数が多いので体育館ではなくキチっとした講堂でやっている。生徒全員が集まっているのは壮観としかいえない。講堂の構造や人数も相まって、待機しているオーケストラの指揮者のような気持ちを覚えていた。