異世界に呼ばれたけど行く必要性はあるのかと。
真面目に付き合う気すらない人の場合。
たいへんよくあるライトノベルネタであるが、異世界召喚とやらはあんまり感動するほどのものではない。
「君ならそう言うと思ったよ」
のんびり笑ったおっさんは、家にいた時と同様にVRグラスをかけたままだった。
「それ外せば?邪魔じゃない?」
「ん~、まだアプリは動いてるんだよ、これが」
周りの環境を肉眼で見ながらVR画像がモニタグラス上に投影されるものだから、周りを見る邪魔にもならないんだろう。これはOcu○us あたりだと周りの環境が見えないから、外さないといけなくなる。
「え、通信できてんの?」
「うん。ついでに言うと、アプリで『開けた』空間の穴の向こうに私の部屋が見えてる」
「うっそ、何それ」
オレに見えてるのは石で出来た壁と薄暗い明り、そしてオレ達の他にもいる驚きの表情で固まってる日本人と、いかにもファンタジーらしい恰好をしたむさくるしいオッサン達だけだった。
「ちょっと移動してみようかと思うけど、どうする?」
「どうする、って」
「手でも繋いで一緒に来てみるかい?」
周りを見回す。
窓の無い石の部屋は、燈明皿?みたいなものが幾つもあるが薄ぼんやりして暗く、なんかじめっとしてる上に、生臭いような不潔臭が漂っている。ありていに言うならホームレスのおっちゃんのような臭いだ。そして臭いのもとはおそらく、ファンタジックな格好をしたオッサンだろう。
「うん」
「じゃ、行ってみるか」
結論から言うと、オレらはおっさんの家に戻れました。
靴下の裏がべっとりと汚れてたから(あの部屋はけっこう汚かったらしい)、夢じゃないだろう。
そしてオレが靴下を脱いでる間におっさんはVRグラスを外し、マルチモニタの一つにテスト中のアプリで作っている風景を映し出していた。
周囲の風景をカメラで取り込んだ所に、アプリの作る虚像が重なってるそれの中では、何もないはずの壁に大きな穴があいている。その穴の向こうにあるのは、さっきいたはずの、あの部屋だった。
「音声も拾えるなあ、ほれ出すぞ」
「うっわ、なんなのこれ」
「さあなあ、私はこんなの作ってないし。お、照明が暗いとは思えない鮮明な画像」
というかむしろ、さっきオレが見てた光景よりよほど明るかった。
さっきは本当に薄暗かったけど、今モニタで見る光景はそれほど暗い感じもない。そしてそこに映るのは筋肉ダルマが数体と、二重顎とつき出た腹が特徴の脂肉まみれの男だった。
脂肉が乱暴に手を伸ばし、女子高生らしい女の子の髪をつかんで引っ張る。女の子が抵抗した時、その顔を殴ったのは、二重顎のそばにいた筋肉ダルマだった。
「ちょっとなんだよこれ!」
「ちょっと実験してみようか」
屋内用ドローンがモニタに映り、『穴』の向こうに飛び込んで行った。
……え?
「理由は判らないけど、このモニタ見ながら操作したら無事に行けたねえ」
「ちょ、ま、お」
「言語中枢が壊れたかい?」
モニタの中では、屋内用ドローンが二重顎の頭上で何かをリリース。一瞬おいて、二重顎と筋肉ダルマが悲鳴を上げていた。
「女の子にオイタをする奴は許すべきでは無いな?」
おっさんはドローンを5往復させ、嫌がらせしまくったとだけ言っておく。
おっさんが飛ばしたドローンからの画像にはいくつかの『穴』が映っていて、それらはすべて召喚された人達の呼びだされたルートそのものだったから、オレとおっさんはその人たちを誘導してさっさと家に帰らせた。
ただし、例の殴られた女の子は別。慰謝料だって必要だろ、どう考えても。というわけで、二重顎が持ってた宝石類を全部巻きあげて、女の子に渡させてから帰す、という手間がかかった。
その間、オレは二機目のドローンを使って地味にむさいオッサンに嫌がらせしてただけでした。
「なあ、これ、どうすんの?」
モニタに映った『穴』の向こうではファンタジーっぽいオッサンたちがなにかわめいていたし、中の数名は剣を抜いて振り回していて、怪我人なんかも出ているっぽかった。
「私らが何か責任を感じる必要が、あると思うかい?」
「……ないね」
「じゃあ、切ってみようか」
ドローンを回収してから、アプリを終了。
モニタからも当然、『穴』の姿は消えていた。
異世界への扉って、どこにあるんでしょうね。