表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
センスレス  作者:
1/2

センスレス (上)

あの黒い朝に捧ぐ。


 ぼーっとしていたらいつの間にか冬が終わりそうで、寒暖の差に滅法弱いうちのガキがまた体調を崩し始めた。

 俺はというと快調で。ま、少し喉は痛いが、これはおそらく昨日、営業先でぺちゃくちゃと必要な事、不要な事を話し過ぎたのが原因であり、寒暖の差は無実で、年始にバーゲンで買ったばかりの薄手の、春物のコートも着れるし、悪くないな、なんて思ってた。

 ガキの鼻水は滝のように。気づいた時に配偶者が器用にそれを口で吸ってやる。実に器用だ。俺にはよう真似できん。

 昨日の東京出張からの帰り、暇だったので高校の同級生ナルナールにメールをした。ナルナールは就職してから勤務先を転々として、今は広島に住んでいる。俺は今は新幹線の中で、一人でビールを飲んでいる事、最近、新築を購入し引っ越した事、引っ越した先には俺の書斎がある事、二階のバルコニーからは向かいの山に咲く桜が見える事、でもまだ咲いていない事を手短に書き綴り、此れを送った。窓の外は雨と闇。水玉が車窓にくっついて震えてる。

 しばらくして返信があった。ええなぁ、それ。あ、そうそう、俺は最近車を変えたんよ、とナルナール。丁寧に写真までくっつけてきた。どれどれ、と。

 受け取った写真に写るのはビーエムとレクサス。ビーエムは青で、レクサスは白だった。俺は、これさ、どっち? どっちを買ったの? まさか両方? なんて返信。ツマミで買った柿ピーで指があぶらギっていてスマフォの画面が少し汚れた。鞄からハンカチを出して拭いてやる。

 普通、ビーエムとレクサスを同時に買うなんてあり得ない。でもナルナールならもしかしたら、あり得る、と思った。奴は大手製薬会社のMRだし、実家はお金持ちだし、この前会った時、と言ってももう一年半くらい前になるけど、何だか金のありそうな、羽振りの良さそうな話をしていた。

 しばらくしてまた返信。レクサスだよぉーう。なんて奴が言うから、俺、あぁ、レクサス良いじゃん、色も良いね。なんて適当な相槌で返信したら、今度は割と早めに、嘘、ほんとはビーエム買ったの、と返信がきた。

 そこで俺は最初の、レクサスだよぉーう、が、奴なりのギャグだった事に初めて気づいた。実に解りにくい。じゃ、なんでビーエムだけの写真を撮らないのか、レクサス関係ないじゃん、とも思ったが、ビーエム良いね、実に、色が良い、と返信。

 思えばあいつは昔から車には拘っていた。一方で俺は車になんて興味がない。ビーエムでもレクサスでもどっちでも良かった。もちろん白でも青でも。走ってくれればそれで良い。

 ナルナールの車。

 俺は大学二回生、春の夜の事を思い出した。

 その夜、試験が終わり春休みに入った事もあり、様々な大学に散った高校の同級生達が久しぶりに一同に会した。みんな大学にも慣れつつあり、酒も飲めるようになっていた。バイトなんかも始めちゃって、

「あー、ごめん。ごめん。バイトがさぁ、なかなか上がれんくて」

 なんて言ってぱらぱらと遅れて居酒屋に集合していた。みんな「バイトが忙しい」=「俺、社会に貢献してる」なんて本気で思ってた。それで学校も休みがちになっていた。そういう時期って、やっぱあると思う。俺にもあった。クソだけど、そういう時期から学ぶ事もあるような気がする、なんて今にしてみれば、三十にもなり、ガキもいるようになったら思えたりもする。

 居酒屋には五人の同級生が集まっていた。

 みんなまだ酒の経験が浅いから酔いが早い。ほんのり赤、顔に出る。

「うめーなぁ。ビール。俺、何杯でもいけちゃうよ」

 と豪語したのはケンチャン。絶賛浪人中。がっしりとした身体つきに硬そうな髪。一部分だけ金髪になってる。チンピラ感マックス。でも悪い奴ではない。部活が一緒で昔はよく一緒に帰った。

「しかし春休みってナゲーな。みんな何すんの?」

 と、ユースケ。こいつは高校の時、運動オンチなうちの学校から奇跡的に剣道で国体選手に選ばれた男で、大学もその関係の推薦で進んだ。しかもこれがまたジャニーズ系みたいな顔をしており、高校時代はおそろしくモテた。それは多分、大学に入ってからも(余談だが、三十になった今現在は剣道をやめた事でデップリ太り、何だか漁業組合かなんかにいそうな感じのおっさんになっていた。昨年結婚したらしい。おめでとう)

「俺はバイトー」

 やる気がなさそうに答えたのはタケ。こいつはいつもこうやってやる気がなさそうな感じを出す。高校時代はサッカー部のエースだった。あんまり上手くなかったけど。覚えたての煙草をふかしてる。

「Kは? 何すんの?」

 と、これは俺。アホだからこん時は髪を真っ茶色にしてた。

「部活。バレーの」

 Kは中高とバレー部だった。何を隠そう、俺もバレー部。ケンチャンもバレー部。ナルナールもバレー部だった。もの凄く強いってわけではなかったが、もの凄く弱いってわけでもなかった。普通だったのだ。同級生の中でKだけが大学でも部活でバレーを続けた。長身の寡黙な優男。若い頃の坂本龍一に似ていた。

「うげー、部活なんてよくやるよなぁ」

 ケンチャンも煙草に火をつけて言う。

「うちの大学、小ちゃいからサークルとかないねん。でも部活、楽しいで」

「いやー俺はもうやめたいわー」

 と、剣道部のユースケ。

「お前はあかんやろ。推薦で大学入ってるんやから」

「せやけど練習キツイもん。全然大学生らしい生活してないわぁ」

「推薦で入っといて部活やめたらどうなんの?」

 俺は興味本位で聞いた。

「知らん。つか、怖くて考えたくない」

「最悪、退学ちゃうか?」

「え、まじ? そこまでいっちゃう?」

「いや、知らんよ。お前、でもさ、やめたりしたらお前を推薦した高校の顧問とかにも当然話がいくやろ」

「あぁ、せやね」

「ほな退学じゃ済まんやん。お前、あの顧問の先生に最悪、殺されるぞ」

 タケが笑って言う。

 剣道部の顧問の先生は怖かった。この先生は武道の授業の担当でもあった。今、思い返しても過酷な授業であった。剣道部でもないのにビシビシ指導される。ビシビシ指導される、というのは即ちビシビシ・シバカレルという意味で、冬場なんかは防具の上からでも本当に痛かった。で、ユースケはそんな剣道部から輩出された国体選手だから件の顧問に非常に気に入られていた。タケの言う通り、勝手に部活をやめたりしたら本当に殺されるやもしれん。

「あぁーあ、大学生つっても思ってたほど自由ちゃうなぁ」

「そら、単位取らな卒業できひんしなぁ」

「うちの大学、授業出んくても単位取れる授業あるで」

「うっそ、まじで。すげぇ」

「羨ましいなぁ」

 みんなシミジミと出なくても単位が取れる授業の事を考えた。大学生の夢。と、そこでKが、

「でもさぁ、それってもはや大学の存在意義自体を揺るがす存在よな」

 なんて冷めた事をボソッと呟いた。正論過ぎて誰も何も言わなかった。確かに授業に出なくても単位を取れるなら、大学って何なんだ? 何となく白けて近所のボーリング場へ行った。歩きで。

 ボーリング場は待ち時間なしで入れた。ぶっ続けで五ゲームも投げる。若かった。Kがやたら豪速球を投げるから面白かった。ひとしきり投げた時に、

「おーい。ナルナールはまだけーへんの?」

 と、ユースケ。そう言えば誘っていたのに折り返しがない。向こうではタケがカッコつけてカーブボールを投球。

「あ、一回電話してみるわ」

 と、俺。電話したら、奴は直ぐに出た。

「何やってんだよ。おせーよ」

「すまん。すまん。バイト長引いてもうてさ」

「またそれかよ」

「今から出る。車で」

「おっ、車? それは助かる」

 なんせ俺達は皆ヘベレケ。運転など論外。しかし電車も既に終わった時間。タクシーのような高価な乗り物に乗れる銭もなく、口には出さなかったが誰しもが少なからず帰りの移動手段に不安を持っていたのは明白だった。

「ナルナール、車で来るってぇ」

「おおっー!」

 みんな酔って正直者。助かった、と顔にしっかり書いてある。んで、もう一、二ゲームしたり、煙草を吸ってジュースを飲んでたりしたらナルナールから着信。

「着いた」

「了解」

「みんなー、あいつ来たよ」

 なんて俺が言うとヘーイ、とか言って各々ボールや靴を片付ける。飲み過ぎたね、疲れたね、なんて励まし合い、ぞろぞろとゾンビみたいにボーリング場を出て外に出るとナルナール。まさに救いの神。が、しかし。ところが、そうでもなかった。

 よう、なんて言い後ろの車を見て一同、絶句した。

 真っ黒なスポーツカーだった。二人乗りの。

 奴の車への拘りが詰まったマシン。カッコ良かった。ただ、俺等としてはあれだな。もう少し人が乗れた方が良いよね、と思った。正直。言わなかったけど。春、空気が澄んで、非常に冴え渡った夜だった。

 結局、その日は朝までボーリングをした。翌日、見事に腕が上がらなかった。



 ガキの症状は悪化の一途。

 泣いて暴れて嫌々するもんだから大変で、連日夕方になると配偶者から「早く帰ってこい」との連絡が入る。

「うん、分かったよーう」

 なんて言いつつ、言われた通り早く帰るのはシャクで、俺は連日飲んで帰った。帰宅したら零時~未明の間。当然、配偶者もガキも寝てる。朝起きたら二人とも機嫌が悪かった。

 そんな事を二週間近く続けていたらある日、帰ると家に誰も居ない。真っ暗。手を掛けたドアノブが異常に冷たかった。

「まいったなぁ……」

 一人言ってみる。本当にまいったなぁ。

 明かりを点けてみたが机の上にも書き置きらしきものは見当たらず、二人の姿が無い以外はいつもと変わらない俺の家だった。

 まいったなぁ。なんてもう一度言ってみるが別に俺はそこまで狼狽えてはいなかった。だって初めてじゃないもん。今までも何回かこういった事があった。こういう時、配偶者達はいつも二、三日したら帰ってくる。何もなかったかのように。実家にでも帰ったんやろ。俺は冷蔵庫からいい感じに冷えたビールを出して、同じく、いい感じに冷えた奴に刻みネギを塗し、醤油をかけ、これを肴に一杯やった。

 変わらない部屋。ま、ちょっと寒いってくらいか。

 いつも思うのだが、配偶者。あいつは書き置きの一つでも置いてけばいいのに。

「暫く実家に帰らせていただきます」

 とか

「お暇をいただきます」

 とかさぁ。そしたらちょっとはドラマチックだし、スペシャル感もある。

 けっ、と思い煙草を吸いたくなって、仕事行きの鞄からライターを出そうと此れを弄ると、驚いた事に鞄の横っちょに親指大の穴が開いていた。全然気がつかなかった。どこかに引っ掛けたのか? めっちゃヘコむ。俺はシド・ビシャスよろしくそれを安全ピンで留める。まぁいいや、なんて思い煙草に点火。

 仕方ないから冷蔵庫のビールをもう二本同時に開け、これを交互にやってく。景気付けにウインナーを在るだけ全部フライパンに放り込む。火を点けてコロコロ転がすと、少しずつウインナーから油が出て、ちりちりとその身が焼けていった。少し経つとちりちりはじゅうじゅうに、で、最後はばぁーばぁー、だかそんな感じに。だんだん楽しくなってきた。俺は中華料理屋のコックみたいにフライパンを前後に振る。テンションが上がって大声で「アジアの純真」を歌う。

 結局、深夜まで一人で狂喜乱舞。暴飲暴食。配偶者とガキは帰って来なかった。メールの一つもしてやらない。はぁ、と溜息をつきリビングの窓から外を見る。暖かくなってきたとは言え、夜はまだ寒い。この分じゃ、桜なんてまだまだ咲かねぇよ。

 ステレオでアジアン・カンフー・ジェネレーションを流す。俺は床に寝転がりリビングの天井を見てそれを聴いた。

 単位をちゃんと取って大学を出たのに、結局、俺の行き着く場所なんてどこにもなさそうだった。単位の無い世界、卒業、終わりの無い世界。昔はそんなものの事、全く考えなかった。

 今俺がいるのはそんな世界だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ