タイムトラベル薬(ショートショート45)
長年の研究が実って、博士はついに画期的な旅行薬を発明した。飲むだけで時空を移動できるタイムトラベル薬である。
肉体は移動先の自分と融合して同一化するようになっていたので、同じ場所に自分が二人存在するというタイムパラドックスは生じない。
ただ残念ながら、今のところ薬の効果はわずか十分間と短かかった。
博士は過去に旅する薬を飲んだ。
もちろん帰る分の薬はポケットに入れてある。
たちまち効果があらわれた。一瞬にして五歳の自分と同一化していたのだ。
博士の年齢は五十五歳。ゆえに精神はそのままにして、五十年も過去に移動したことになる。
五歳の肉体の目をとおして、今は亡き父母の姿が見える。アルバムの中でしか会えない、若いころのなつかしい両親だ。
すぐにでも母の胸に飛び込みたかった。しかし、過去を変えてはならない。
博士はじっと思い出にふけるだけにした。
時間はまたたくまに過ぎた。
薬の効果時間も残りわずかである。
――薬を飲まなきゃ。
博士はポケットをさぐった。
ところが、未来に帰る薬が見あたらない。五十年前にもどっているのだから当然である。
――しまったなあ。
今さら気がついてもどうしようもない。薬がなければ未来には帰ることができないのだ。
――いや、待てよ。
五十年後に行く方法がひとだけつある。
だれもがいずれ年を取り、いつかは未来に行くことになるのだ。
博士は思った。
――時間はかかるが……。
五歳からやり直すのもいい。
人生という旅をしながら未来に行くのもいい。