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不死鳥  作者: 鈴一ほたる
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SCENE04 2


 現在私は「普通の」OLとして働いている。まあ、「永遠に」姿かたちがそのままだから、何年かしたら転職しなきゃいけないとは思ってるけど。

 幼馴染の裕とはいまだに連絡を取っていて、たまに会うこともある。

「ねえ、裕。聞こえる?」

「うん、聞こえる」

 裕は、病室のベッドで酸素マスクに荒い息をひとつ吐いた。

 若年性のがんと宣告されたそうだ。

 末期だった。

「僕はね、菜月」

 秋も半ば。窓の外で、赤や黄の葉が舞った。

 私は裕から視線を外して、高校の時のことを考えていた。

 裕、私はあなたに感謝しています。どんなに感謝しても足りないわ。ありがとう、裕。

「菜月、聞いてる?」

「え、うん」

 ふと彼の口元が緩んだ。

「僕はね、菜月、もう生きていくことはできないんだ。わかってくれるよね」

「そうね、…あなたと私違うもの」

「うん」

 彼は満足そうに微笑んだ。その目には涙をためていた。

 わかってた。

 こうなることなんて目に見えていた。だからこそ私は、別れがつらいからこそ私は、人と関わることを避けてきたのに。

 私は、死ねないから。

「あなたには敵わないわ」

 あなたって人は。

「病気になんてならなければ」

 彼の言葉には、あの時の勢いはすっかりなくなっていた。

「…それでこそ人間じゃない」

 励ます言葉が見当たらなかった。

 病気などかかったことがないから。私に人間らしいことなんて、一つもないから。

「ごめん」

 彼はそう言って目を閉じた。

 謝罪の言葉とは裏腹に、その口元は微笑んでいた。

 ベッドの横で、彼とコードでつながった心電図が静かに鳴いた。

「…裕、」

 そうか、これが死なのか。わたしがこの25年間ずっと避けてきた死。嫌だったから避けてきたのに、私は今自ら死に直面している。

 前触れもないあまりにも突然の彼の最期に、私は何も言ってやれなかった。

「私は、なんて、」

 馬鹿なんだろう。

 言おうとした先は言葉にならなかった。


その時だった。

「久しぶりだね、なっちゃん」

 聞き慣れた、いや、懐かしいテノールが殺風景な病室に響いた。

 真っ白の白衣を身にまとった男。私がこれまでの人生で最も憎んできた人種。

 医者。

「…朝比奈…」

「覚えていてくれたんだね。ずっと病院に来ないから心配したんだよ」

 高校卒業後一人暮らしをするようになってから一度も行っていない大学病院の朝比奈。改めて裕の頭上にあるネームプレートを見ると、主治医の欄には彼の名が書いてあった。

 私がこの町で働き、裕がこの病院に入院していることをまるで知っていたかのように大学病院を辞めてこの町の病院に移動してきたらしい。

「どういう風の吹き回しなの」

「つまりね、なっちゃん」

 彼の丸眼鏡の奥が光った。

「プロジェクトを阻害するものは排除するんだよ」

 眼鏡の奥で光ったのは目ではなかった。国家に対する服従と権力への欲望だった。

 事実、朝比奈は私という成功作を作り上げたことにより政界でも医療界の重鎮として一目置かれている。

「そう」

 この瞬間、私にはすべてがわかった。

 裕は死んだのではない。殺されたのだ。

 どういう方法をとったかは定かではない。しかし、あんな妙薬を作り出せるほどの医者だ。大方、がん細胞を移植するか何かして裕を殺したのだろう。

「なっちゃんはね、生きているだけでいいんだ」

 彼はさらに続けた。

 権力にくらんだ朝比奈の目は、もう私のことなど見ていなかった。

「O-FS1は完成しつつある。なっちゃん、君が最初の成功例だよ」

 朝比奈は、私を死なせないためだけにこうしてここにいるのだ。日本政府の、いや、彼の実験の遂行のためにはどうしても裕の存在が邪魔だったのだ。きっと、彼の存在が私の人生を大きく左右したからなのだろう。それは事実だ。

 高校時代、裕に助けてもらえなかったら中退していたかもしれない。それもまぎれもない事実だ。今こうして普通の人と同じように生活できているのもあの時の裕のおかげだった。

 だからこそ、そんな裕の優しさを、強さを、踏みにじられるようなことが耐えられなかった。朝比奈は、その立場を利用していとも簡単に私の恩人を殺めてしまったのだ。

 許せなかった。

「生きているのがどれほどつらいことなのか、あなたにはわからないのでしょうね」

「え?」

 朝比奈はきょとんとしたような顔を見せた。白衣によくなじんだそのポーカーフェイスを、今私がこの手で崩してやるんだ。

 どんな顔をしてくれるんだろう。

「裕を殺したのは、あなたなのね」

 彼は悪びれる様子もなくうなずいた。

「そうだよ。国家の一大プロジェクトなんだ。彼は阻害物でしかなかったんだよ」

 そこで朝比奈は私の顔を覗き込んでこう言った。

「分かってくれるね、なっちゃん」

 悔しい。

 悔しい。

「いいえ」

 解れないわ、あなたのそんな考え方は。

「裕がいなければ、私は生きてこられなかったの」

 裕がいなければ、今の私は存在しないのよ。

「病気で死ねないのなら、」

 この体、引き裂いて見せるわ。




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