SCENE02
高校二年の冬、ついに成長が止まった。
五歳のころからしょっちゅう通っている病院の先生によると、「とうとう効果を発揮した」らしい。
何がか。“O-FS1”がだ。
「なっちゃん、君は人間の希望の光なんだよ」
この先生は私のことをいつまでも五歳児だと思っているらしく、いまだになっちゃんと呼ぶ。
頭がおかしいのだろう。勉強のし過ぎだ。
「私はどうなるの?」
「どうにもならないよ。ただ、死なないだけ」
病気にかかることもないし、死ぬこともないよ。その他は普通の人と一緒だから。
朝比奈は嬉しそうに言った。
私がこの病院に来ていたのには特殊な理由がある。
まだ実験中の“O-FS1”という妙薬のためだ。私が日本中、いや世界中で唯一それを処方された。別段これと言った理由はない。国民の中から無差別に抽出したのだそうだ。
同じ日に生まれた新生児五名。五歳のころ処方され、私だけが生きている。うち三名は副作用による突然死、うち一名は家族で心中を図ったらしい。朝比奈の言った「希望の光」とは、そういうこと。
わたしだけが人体実験の被験者の生き残りだからだ。
まだ秘密プロジェクトのこの妙薬は、どうやら俗にいう「不死の薬」らしい。ある程度まで成長すれば、そこから成長が止まるという。全く、こんな薬を作り出すなんて日本政府も暇を持て余したものだ。
「普通になりたいんだけど」
「大丈夫、なっちゃんは十分普通じゃないか」
「先生さっき普通じゃないって言ったじゃない。死なないことは普通じゃないって」
「それは、」
「私は普通になりたいの。みんなと同じがいいの!同じように卒業して、同じように大人になって、同じように死んでいきたいの!それなのにどうして、どうして、私ばっかり…!」
あの頃の私は、泣いてばかりだった。病院で朝比奈と向き合えば怒り、泣いて、母とちょっと言い争えば泣き、“永遠”にあこがれる人間に会う度に泣いていた。
「次は来週おいで。何か異常があったらすぐに言うんだよ」
ポーカーフェイス朝比奈は私の涙にちょっと眉をひそめたが、母を向き直って、それから私をその冷ややかな目で見た。
私は何も言わずに病室を出る。母は私の泣き顔に対していちいち問いただすようなことはしない人だった。それが私の唯一だったのかもしれない。