06
06 ケイズ=モーレ
いつもの五人がいつも通り、馬蹄を囲んでいる。ただ特別なのは、今日は様々な都合上で昼食を取りながらの軍議となったということだ。薄汚れた前掛けを提げた料理人が、けっして鄭重でない所作でがちゃがちゃと配膳していく。丸々と果実のように太った魚が、切り込みを入れられた上で野菜とともに旨そうに煮られ、それらの纏う熱い餡がてらてらと魔力燈の光を散らばせて来ていた。朝食を喰いそびれたことと相俟って、この光景と、また鼻腔を叩きつける甘い香りは、私の行儀の良さを奪いかねない暴力だ。
手際の決して良くない料理人が飲み物の配膳に手間取ったせいで少々焦れることとなったが、とにかく彼は去り、ようやくありつけることとなる。私が早速刃を突き立てると、いつも通り正面に座る彼が口を開いた。
「ええ、ええ、では皆さん、食べながら聞いて下さい。まあ、今日はこんな形ですので、議題は極めて簡単なものにしようと思っておりますが、」
うむ、旨い。
続けてパンへ手を伸ばす私の向こうで彼は続ける。
「モーレ殿、一つ確認しますが、例の話、決行する方向で宜しいですね。」
咀嚼で忙しかったので、手振りと首肯で返事をくれた。
「では、〝十三騎士〟について確認しておきましょう。他の国家あるいは民族の魔術師を、まさしく歯牙にも掛けないほどの『化け物』揃いの集団なわけですが、彼ら十三名は、ネルファン国の魔導力・軍事力・技術力の象徴であるとともに、――恐らくは、その象徴へ箔を付ける為に――ある種の絶対権力を附与されています、拒否権です。」
「拒否権?」
正面の彼の隣に座る赤毛の幹部は、有能な男であったが、職務上ネルファン国の事情には必ずしも明るくなく、彼へ必要そうな知識一辺を叩き込むのがこの食事会の事実上の目的の一つであった。
「ええ。魔術が関わる法案、例えば某の聖水に掛けている税率を変えるですとか、そういう法案に対して、十三騎士の過半数が反対すると廃案へ追い込めるのです。」
赤毛の彼が、パンを齧ってからやや不明瞭に問い返す。
「拒否するだけ、か。立法はせずに、しかもそんな聖水がどうこうという話に限られるとなると、そこまで大したものでもなさそうだが。」
「全能の権力でないことは否めません。しかし、やはり国王ですら翻せないという絶対なものではあるのです。しかも、聖水はあくまで譬えの話でして、魔導的なものが軍事、経済、そして市井の生活に根深くかかわっているこの現在の世では、使い方次第ではとても恐ろしいものとなるでしょう。」
彼は、自分も食べる為に一瞬言葉を切ってから、
「もっとも、十三騎士に並ぶような魔術師は、所謂〝魔術馬鹿〟みたいな連中が多く、その権力を効率的に使う――立法府を強請ってみるとかね――ことまでは頭、あるいは興味が働かないのが、ネルファン国とっての幸いでした。」
今度は葡萄酒をひとちびりし、そして続けた。
「ついこの間までは、ね。」
「この間までは?」
正面の彼は、この赤毛の幹部の問いかけに答える代わりに、視線だけで隊長を促した。口の中で魚の身を擂り潰す都合で揺れていた白髭が、今度は別の用事で動き出す。
「ああ、うむ。私の摑んできた所によるとだな、ここのところ少々事情が変わってきているらしい。十三騎士の、〝風〟の一派がだな、その権勢を具体的に振るおうと工作を始めているらしいのだ。」
赤毛の彼は、弱り顔で眉を親指で擦った。
「ええっと、隊長、その〝風〟の一派とはなんなので?」
「ああ、そこは話していないか。」また正面の若い幹部だ。「火、水、地、風、光、闇という六つの属性が魔導には有り、殆ど全ての魔術師は、どれか一つへ傾倒するというか、専門としている。ここまでは良いですか?」
「ああ、」
しかし、やたらと旨いなこの魚。
「では、やっぱり〝水屋〟は〝水屋〟と、〝闇屋〟は〝闇屋〟と相性がいいわけです。魔術師が三人以上集まれば、自然と専門の属性に従った派閥が出来るようになる。これは、十三騎士の中でも変わらない。」
「成る程、で、お前の言い方でいうところの〝風屋〟が、十三騎士の中で最近きな臭いのだ、と。まあ、ネルファン国の中で勝手に争ってくれるならば重畳だが、」
そう言う赤毛の彼は、口へ付けかけたグラスを、また卓の上に置いてしまう。
「ちょっと待てよ、十三騎士ってのは十三人だよな。」
「昨日、突然すっ転んでおっちんだりしていなけりゃね。」
「その中に、〝蝦蟇〟〝濃霧〟〝凍土〟〝陸離〟が居るのか? ちょっとまてよ、すると、」
正面の彼が、感心を、ナイフをちょっと振り上げることで示した。
「随分と勘が良いじゃないですか。そうですよ、〝水屋〟は、十三騎士の内の四席を占有している。属性は六つも有るのだから、これは一つの属性としてはかなりの大所帯だ。例えば、第二勢力である〝風屋〟の三票を組み合わせれば、もう過半数、すなわち拒否権行使が確定出来るのです。勿論、その逆も可能でして。」
「すると、風屋の工作というのは、水屋と組むということか?」
「どうだろうかな、」私の横の幹部が喋り出した。「水属性を修める騎士四人は――一人を除けば――あらゆる意味で曲者揃いであり、比較的若い者ばかりの風派閥の手綱に収まるとは思えんよ。寧ろ、疎ましく思っているのではないかな、風の連中は水の四人のことを。 ……そこの所どうなのですか、隊長殿。」
ところが、我らが輝かしき隊長は困り顔を作っていた。
「ううんと、君達、その、〝ガマ〟や〝ノウム〟というのは誰かね。」
「ああ、隊長、」近いので私が正すことにした。「それぞれ、モル=サルヴェイと、サン=リュ=トゥユリコのことです。」
隊長は暢気に相好を崩し、
「おお、そうかそうか。あの連中を最近はそう呼ぶのだったな、まったく、」
「で、どうなんです?」と私の右の彼。
「ん、ああ、そうだな。しかしだ、実は私も、風の一派が具体的に何を企んでいるのかはよく分かっていないのだ。他の十三騎士へ対して積極的に接触を試みている、と言う所までは摑んでいるのだが。」
赤毛の彼が、いつの間にか空にしていたグラスで卓を軽く叩きつつ、
「とにかく、これまで政治面では殆ど力を振るっていなかった十三騎士勢が最近怪しいことになっている、と。で、それを今回の作戦に何か活かせるのかな。」
正面の幹部が、
「うーん、微妙ですね。説明の流れでそこの話をしてしまいましたが、正直私には利用法が思いつきません。まあ、何が役に立つのかしれませんし、頭に入れておいて下さい、ということで。」
「ああ、分かった。」
正面の彼も、唐突にグラスの葡萄酒を呷って空にする。飲み干し切られなかった滴の色味や内壁を垂れる感じが、昔私の屠った合成魔獣、キメイラの血のそれに良く似ており、腥い記憶を想起させ、ほんの少しだけ食慾を毀たった。
「では、話を続けましょう。まず、隊長殿を混乱させた、〝蝦蟇〟や〝濃霧〟に関して、」