05
05 ヘイロ=ブロックの妻
媾合による体内の熱がまだ冷めぬ中で、夫はベッドから立ち上がった。互いの息が乱れているこのタイミングでは本来、雰囲気からも体の状態からも会話が躊躇われるのであるが、しかしだからこそ、今日ばかりは彼へ話しかけたくなった。
「ねえ、水牛の日の大演劇、本当に行けないの?」
とっぷりと暗いが、それでも、夫ヘイロの裸な肢体がこちらへ振り向いたことが分かる。
「ああ、分かってくれ。その日はどうしても外せない仕事が出来てしまったのだ。」
私は横たわったままそっぽを向いた。
「十三騎士様も、大した身分じゃないのねえ。」
「今回は本当にたまたまなのだよ。」
「たまたま、私よりも大事な仕事が出来た、と。」
「私を困らせないでくれよ、お前のことは勿論愛しているが、しかし、この国家のことも同様に愛しており、そして、この国家は、水牛の日に付き合ってやらないと死んでしまうかもしれないのだ。お前はそうじゃないだろう。」
私は闇の中で上半身を起こした。
「あら、そんなに大事だったの。成る程、〝陸離たる〟ブロック様の力で、悪い連中を撃退してあげないといけないわけね。」
「ああ、大体そんな所だ。今度埋め合わせはする、というかさせる。具体的には、長々しい休暇をとってお前を何処にでもつれていってやる。だから、今回は泣いてくれ、このネルファン国の為に。」
「国の為に、か。」私はまた横になって、見えない天井を見上げた。「それは、将来を嘱望された魔術師様と結ばれるのだから、そういう覚悟はしているつもりだったわ。でも、」
「でも?」
「昔々のネルファンならともかく、今のこの国では、」
夫がベッドへ腰掛けて来る。見えない背中が近い。
「言うな。私だって思う所は有る、というより、直接命を張るのは私なのだからお前よりもきっと、真剣に思っている。だがな、だからって敵を無数に作っているこの国を今見捨てたらどうなる。元凶である王家がどうこうなるのは自業自得で済ませなくもないが、罪の無い市民の命や生活がどれだけ脅かされることか、」
「分かっているわ、分かっているつもりだけれども、」
夫の身を躱しながら立ち上がる。
「英雄様なんて、成るものじゃないわねえ。」
彼は追ってこなかった。