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第四火薬庫  作者: 敗綱 喑嘩
第四章
42/42

42、43、44、45、46

42 

 そろそろいい加減頃合い、だよなあ、と思ったのでタオルを蒸したしそれを手に取っているのだが、中々踏ん切りがつかなかった。だからって、そこら辺の女を捕まえてさせるってのも軽々しい話だし、師匠のお知り合いに頼むってのもあまりに畏れ多い、論外だ。仕方がない、やはりこの手でやるしかないかと覚悟を決め、師匠のベッドへ近づき、掛け布と寝巻きを剥ぎ取ろうとしたその瞬間、師匠の目が開いた。

 ぼんやり、しばらく呆けた後、何かに気が付いたようにがばりと師匠が身を起こす。その、皺だらけの両手を少し眺めた後、こちらへ視線を向け、

「この姿、アンタに見せたこと有ったっけ、」

「今回が初めてですが、もう、既に見慣れさせて頂きました。」

 はあ、と溜め息。

「じゃあ、今更ね。まったく、恰好悪い話だわ。」

 そう言うと師匠は、目を閉じ、意識を集中させた。そこだけ、時間、というよりも時代が逆に流れているかの如く、師匠が見る見ると若返っていく。木肌の如く執拗に刻まれていた皺は浅くなって消え失せ、肌に瑞々しさが甦り、使い古された藁箒のようであった御髪は、上等の絹のような輝きを取り戻したのである。

 そうしてから、師匠は改めてこちらを見、

「おはよう。お腹が空いたわ。」


 結局頼まれて背中の辺りだけを蒸しタオルで拭かせて頂き、食事を用意して部屋に戻ると、腕を拭いていた師匠の美しい顔がそれを見て不満げになった。

「ちょっと、ねえ、私、魔力涸れで寝込んだみたいだけれども、体は元気なのよ?」

「そうでしょうね。」

「じゃあ、そんなスープじゃなくて、もっとしっかりしたものを食べさせて頂戴な。何か過ちでも犯しそうなくらいにお腹が空いているのに。」

「空いているから、というか、空き過ぎているからこそですよ。幾日も食べていないのにいきなり食慾に身を任せたらお体に毒、かもしれません。医者を呼びますから、少なくともそれが来るまでは御自愛下さい。」

「あ、そ。」

 ベッドを横に渡るように設置したテーブルへ深めのスープ皿を載せると、師匠は初め行儀良くスプーンで啜っていたが、私にチラと目をやると、皿を両手で摑み、持ち上げ、直接飲み始めてしまった。成る程、確かに空腹だったご様子だ。

 一息で飲み干して、

「お代わり、」

「ええ、ございますので()いできます。」

 そうして背を向けると、呼び止められた。

「ちょっと待って。幾日も食べていない、ですって?」

「ええ、厳然たる事実です。」

「何日?」

「五日と少しですね。」

「五日!?」

 師匠はそう叫ぶと指を折り、一瞬茫然とし、しかし、すぐに諦めたように溜め息を吐いて、再びベッドへ身を沈めた。

「まあ、いいわ。ああ、そうそう、医者を呼ぶのも良いけれども、サルヴェイの奴に見舞いへ来るように言って来て頂戴。大至急ってね。」

「畏まりました。その間、お一人で大丈夫ですか、」

「多分。身くらいは護れそうよ。」

「では、お代わりをお持ちしたらすぐに出ます。」


 





43 

 宮殿の近くの道を歩いていると、〝無縫〟の後ろ姿を見つけた。少し駈けて声を掛ける。

「おおい、」

 振り返った顔は、いつも通りローブで大半が隠れ、見えている口許や顎ははとても若々しかった。人外の身が少しだけ羨ましくなる。

「ああ、これは、ブイーノナンさん。」

「今、少しどこかの店で話せるかね。」

「ええ、構いませんよ。あなたが相手だし、気兼ねなく御馳走になりましょう。」


 彼はそつなく人気の無いテーブルを選び、そつなく長居にふさわしいメニューを適当に二人分註文し、それが運ばれてから、そつなく遮音の壁を張った。

「どうせ、こういう気遣いが必要な話なのでしょう?」

「ああ、助かる。しかし、風の魔導は便利だな。」

「勘違いしないで下さいよ、遮音術は相当上等です。自分と、コルチェフさんと、あとはトゥユリコ卿くらいじゃないですか? 実用レヴェルでまともに使えるのは。」

「おや、轟々は、」

「勿論あの人の実力ならば、その気になって鍛練すれば修められるでしょうけれども、その気にならないでしょうね。そういう細かい気遣いをするようなタイプじゃあない。」

「成る程な、」

「で、何用です、ブイーノナンさん。」

「いやな、一度謝罪したいことと、後、相談したいことが有ってだな、」

「ああ、」〝無縫〟に話の腰を折られる。「どうせ同じ話題ですよね? で、前者ですが、馬鹿なことを言わないで下さい、あなたに責任があるものですか。」

「しかし、私からの納品が滞りなく行われていれば、あんな事態には、」

「ブイーノナンさん、いいですか? 私はあなたに無茶な発註をした、あなたは力を尽くしてそれを用意して下さり、約束よりもよっぽど早い日付に発送の用意を完遂した、そして発送させた、そうしたら、運搬用の馬車が強盗団に襲われたんです。私があなたの厚意に感謝したりお力に感服したりすることは有れども、なんであなたからの謝罪を必要とすることになるんです、やめて下さい、商売人の癖なのかもしれませんが、しかし最早遠回しな侮辱ですよ。私がちいっぽけな人間であるという侮辱です、非常に遠回しながらね。」

「そこまで言ってくれるのであれば、分かった、君へは差し控えよう。しかし、私としてはやはり責任を感じるのだよ。とにもかくにも、あの納品事故が大問題となったのは事実であり、」

「もう、良いじゃないですか。そりゃ、兵に死者は出てしまいましたが、それだけで済んだんです。国の生き死にという話をしているのだから、語弊を恐れなければ、殆ど損害が無かったとすら言えるでしょう――この都市が吹き飛んでいないわけですからね。で、相談というのは、このことを公表すべきかどうかって所ですか、」

「ああ、」

「馬鹿な事はよして下さい、あなたがこんな不幸の責任を取らされては敵いません。私も、あなたも、まだまだこの国を護らねばならないのです、」

「ああ、特に君はな、まだ永く生きるだろうし、」

「混ぜ返さずに聞いていて下さい。ええっと、だから、絶対に公表してはいけません、というか、他言もしないで下さい。宜しいですね、」

「そう、だな。そうさせて頂くか。」

 これを聞いた〝無縫〟は、晒している下半分の顔で莞爾として笑い、風を止めた。

「さあ、折角註文してしまいましたし、ゆるりと頂きましょうよ。あなたの財布を頼りに、とびっきりの料理を並べさせるよう言ったのですから。」

 どこまでもそつの無い男だった。







44 

「師匠、サルヴェイ様です」

 サンの弟子っ子がそう戸を叩くと、「ええ、」と声が中から聞こえてきた。成る程、元気になったようだな。

 部屋へ通され、二人きりになる。ベッドの上に座る彼女は、少々顔が蒼白いことを除けば、以前通り若々しく美しかった。

「お久しぶり、みたいね、〝蝦蟇〟口さん。」

「ああ、〝濃霧〟よ。」

 我々は、再び、昔から今に戻った。紅蓮から濃霧へ、騎士(デュラハン)から蝦蟇へ。

「じゃ、そこの椅子に座って頂戴な。」

 私が従う間に、彼女が

「訊きたいことが山ほど有るのだけれども、まず、火薬庫は、」

 私は、あの後の顚末や結果を簡単に話した。真剣な顔で頷いていた彼女は、最後に、おもいきり顔の力を抜きつつ、

「ああ、良かった。というか、有る意味で最高の結果かもしれないわね。」

「そうだな。見方によっては、だが。」

「とにかく、火薬庫は無事鎮火され、それ以降全く攻撃は無かった、と。で、次に訊きたいのが、ねえ、拒否権の話なんだけれどもさあ、」

「ああ、察しの通り、もう投票は終わっている。」

 彼女は呆れるように、ベッドへ身を沈めた。

「国王は恥ずかしくないの? 誇りはないの? この国を護る為に命を掛けた我々の隙を衝くように、そんな、……ああ、で、結果は? 何人が投票したの?」

「お前と、モイズリーが欠席したのだ。」

「ええっと、すると、」

 サンは指折り数え、安堵を見せた。

「何だ、拒否八票、是認が五票だったんだから、これが六票対五票になるだけ、か。」

 しかし、その直後起き上がって叫び出す。

「ああ! 予備投票!」

「そう、お前とモイズリーの票は、無効になったのではなく、ウボス法是認へ翻ってしまったのだ。八票対五票が、六票対七票へ。」

「当日意見を変えた奴は?」

「居らぬ。」

「ってことは、」

「我々がウボス法案へ出来ることはもう何も無くなった。十中八九このまま成立するだろう。」

 彼女は大きな溜め息を()いた。

「まあ、いいけれどもさあ、最悪の事態は避けられたわけだし、しかし、はあ、」

「ところで、サン、こちらからも訊かせてくれ。」

「あら、何を?」

「モイズリーに、何を頼んだのだ?」

 彼女は目を逸らし、再びベッドへ身を沈めた。

「忘れちゃったわ、そんな、五日も前の事。」

 露骨な白惚けに、「訊いてくれるな」というメッセージが明らかに含まれている。

 しかし、

「そうか。ところで、奇妙な事が有るのだ。」

「何?」

「この大事件を起こしてくれた連中だがな、身柄というか所属というか、全く摑めんのだ。国内の反乱なのか、何処かの国の強襲なのか、」

「あら、どうして?」

「まず、火薬庫を襲ってきた連中の多くは、モイズリーの闇魔術によって喰われてしまい、全く死体や物品を残していない。そして、それ以外の連中の多くは逃げ延びてしまい、つまり、情報が全く無いのだ。」

「まあ、モイズリーも困った奴ね。」

「ここで奇妙な事が一つある。」

「何?」

「サン、君はボロボロの状態で火薬庫へ現れた。ならばその直前まで、何者かと交戦していた筈だ。」

「ええ、生意気な小娘とね。」

 小娘? そんな奴にサンがやられたのか?

 しかしそんな疑問はどうでも良かった。

「でだ、モイズリーならいざ知らず、君が敵を殪したばあい、その体や装具が一切合切消滅するだなんてあり得ない筈だろう。」

「まあ、そうでしょうね。あいつが特別なのだし。」

「しかし、君が戦った山毛欅通りには、それらしいものは一切残っていなかった。」

「へえ、」

「そして、お前の頼みを訊いたモイズリーは、本来そこそこの魔力が残っていた筈なのに、しかしお前と同じように魔力涸れでしばらく寝込んでしまったのだ。」

「ふうん、」

「さて、もう一度だけ訊くぞ、サン。モイズリーに、何を頼んだ?」

 ちょっとした間の後で、ようやく彼女は、

「だから、忘れたってば。ただ、独り言を言うと、」

 彼女は、窓の外の風景を眺め始めた。強い風が枝を揺らしている。風の魔導を修めるものは、こういう天気の日を好んだりするのだろうか。

「ちょっと、報いたくなったのよ。一人の若き魔術師の、才覚と覚悟、そして精神にね。」







46 

 幾日か経ち、ようやくほとぼりがいくらかは冷めたので、これ以上残るのもそれはそれで危なかろうと、俺とギランドはネルファンを発つ船に乗り込んだ。ここに来た時と同じ、ぼやけた黄色の帆船だ。

 日光が目を灼く。左手の無く、首に傷跡の有る男、とでも手配されていては一巻の終わりだったので、水牛の日以来は買い出しなどをギランドに任せてずっと宿の中でこそこそ過ごしていたのだ。久々の白日の下は、心地良くも厳しかった。

 そんなわけで俺はギランドへ申し出、彼と共に、甲板からさっさと船室へ潜り込んだ。安くない船なので、しっかりと二台の独立ベッドが有る。サイドテーブルに酒瓶を置き、ベッドの内の片方、窓に近い側へ仰向けに身を投げ出した。ああ、疲れた。今日はまだ大したことなどしていない筈なのだが、どっと疲労感が湧いてくる。きっと、これは労苦ではなく、安堵を由来としている情感なのだろう。終わったのだ。俺達の戦いは少なくとも一旦終わり、緊張する動機と手段を失った我が精神が、遺憾なく打ちひしがれているのだろう。まるで、老人だな。しかし、やむを得まい。尋常の人生を遥かに超える濃密な体験を、既に済ませてしまったのだから。

 まだ壁際に立ったままのギランドへ話しかける。

「俺達、帰ったらどうなるかねえ。英雄様になれないのは分かるんだがよ、」

「そりゃ、そうだよな。おおっぴらに出来る話ではない。まあ、ちょっとした贅沢の出来る身にくらいはしてくれるんじゃないか。」

 ここで、ギランドの目が、俺の存在しない左手を見ようとした。

「でだ、クリュー、どうなるって話も良いが、お前はこれからどうするんだ。」

「ううん、」残った方の手を首の後ろへやる。「まだ、決めていないんだ。前も言ったように、俺は魔獣使いとして指導者になれるような身分じゃあない。だからって、この体ではもう引退せねばならん。すると、これから何をしたものかねえ。」

 身を起こした。

「ま、のんびり考えるさ。まさか、これだけの功績を挙げて喰いっぱぐれはしないだろうしな。」

 そして再び身をベッドへ沈める。シーツからの清潔な香りが、潮の匂いで鈍った鼻を目醒めさせてくれるかのようだ。そうだなあ、これからどうしたものか。長閑に農耕生活、と言っても、それはそれでこの身では大変そうだが、

「モズノはどうするんだろうかな。」

 このギランドの呟きに、びよん、と上体を跳ね起こしてしまった。

「はあ、お前、何を言って、モズノの奴は、」

「案外分からないじゃないか。だって、アイツの死体なりなんなりは見つかっていないんだ。ひょっとすると、どこかへ逃げ延びている、かもしれない、だろう。」

 俺は、たっぷりと間を置いてから、

「ああ、かもしれないな。突然空から天使が降ってくるかもしれないし、突然お前の家の庭から青玉が掘り出てくるかもしれないしな。」

「分かっているさ。モズノは十中八九死んでいる。でも、もしかすると死んでいないかもしれない、お前の今放った皮肉よりも幾らかは現実的な可能性としてな。」

「蛞蝓と蝸牛で比べっこするような話だろうがよ。」

「良いんだ、踏めば潰れるような大きさであっても、0ではないんだ。僅かにだけでも、モズノの奴が生き延び、この、少しだけ平和になった世の中での生を謳歌している可能性が有る。それだけで、どれだけ救いになるだろうか。」

 突然、大きな音が鳴り、風が船室の中を吹き荒れ、調度品を転がしたり割ったりした。見てみると、この大風に弾き飛ばされてか窓が開いている。

「おいおい、いつの間にこんな天気になりやがった、」

 ギランドが文句を言いながら閉めに行く。閉めに行く、が、

「いや、待て、」

「あ?」

「少し、そのままにしておいてくれないか、」

「おい、どうしたクリュー、まるでモズノみたいな、」

「ああ、そうだよ。」何となく顔を逸らす。「お前とは逆になっちまうが、俺は寧ろアイツのことを良く、悼みたいんだ、惜しんでやりたいんだ、思ってやりたいんだ。しかもこの、アイツが愛したような馬鹿強い風に当てられつつ、な。折角だ、今しばらく、そうさせてくれよ。」

 内心を窺い知りにくい表情を作ったギランドは、少し黙った後背を向け、

「悪いが付き合っていられないぜ、どこか適当な所に居る。」

 そう言って出て行った。

 一人にしてくれたギランドに感謝し、潮風に髪をなで伏せられつつ窓の外を眺め始める。その瞬間、また一際強い風が吹き込み、サイドテーブルの酒瓶を倒して落とし、こちらへ転がした。もう、モズノは見咎めてくれない。いや、そもそも、今ならばもう構わないだろう。全て、終わったのだから。

 存分に酔っぱらうべく、俺はその酒瓶を拾い上げ、殆ど垂直に呷り始めた。



(了)




































45 

「おお、来たかい。〝無縫〟。」

 コルチェフに呼びつけられて、彼の家へ来ている。その顔へちらと目をやった。

「今日もそんな状態かよ。折角器量がいいんだから、髭くらいきちんと剃ったらいいだろうに。整えるなら、それはそれでもいいけれどもなあ。」

「ふうむ、どうも面倒でね。ところで、今くらいフードを取ったらどうだい、誰も見てしないんだ。」

「ああ、そうさせてもらうか。」

 というわけでフードを剥いだ。純血の人間からすると妙に若い顔と、人の身ではありえない、紫色の髪がコルチェフから見えるようになった筈である。

 コルチェフも興味を覚えたらしく、

「どれだけ、君は人間なのだったかな。」

「父親が人間よりのクォータだから、まあ、大分人間だよ。」

「ふむ、それだけでも大分差異が出てくるものだなあ。さて、カーナ=ジェインよ。」

 俺は眉を顰めた。

「その、ヒューインの連中をだまくらかす為の名前はもう使用期限が過ぎたよ。確かにフードを被っちゃ居ないが、いつも通り呼んでくれ。」

「そうか、では、〝無縫〟のジェイン=ヴァル君よ、」

「はいはい、なんだい。」

「一応訊いておきたい事が有るんだけれどもね、」

「なんだろうか。」

「ブイーノナンに用意させ、奴らへ横流したウェルツ鋼のことだが、」

「まあ、大丈夫だろうよ。俺が良く口説いておいたから、大震も他言するつもりはもう無さそうだし、あの強盗共から俺の足が付く事は絶対に無い。」

「絶対? 根拠はなんだい。」

「死人に口無し。」

 コルチェフは笑った。

「おやおや、」

「で、他には?」

「ああ、でだ。あの火薬庫襲撃がヒューイン国によるものだと全く露見しないのだが、何故だろうかね。」

 俺は肩を竦めた。

「さあ? もしも判明しなければ都合良かろうなあ、とは思ったが、特に手は打っていないぜ。たまたまじゃないのか、モイズリーが大分暴れたようだしよ。」

「なるほどね。全ては文字通り、闇の中、か。」

 勝手にそこら辺の椅子へ座り込む俺へ、コルチェフは、

「しかし、何もかもが予定通りに行かなかったが、何もかも、上手く事が運んでしまったな。」

「ああ、ええっと、最初は、第四火薬庫が襲撃されるどさくさに紛れて、天井に大穴を開け、で、雨を降らせて貯蔵物を台無しにする予定だった。どうせ、ヒューインの攻撃なんか高が知れているんだし、こんなことをしたって全く問題の無い筈だった。」

「しかし、彼らは我々の想像を上回ってしまったねえ。」

「ああ、まさか、奴らの手で穴を空けてくれるとはなあ。そこまでは良かったが、着火された時には肝が潰れたぜ。特に、ヒューインへ情報を流していた俺としてはな。……情報といえば、あのモイズリーの奴が持ち込んだ天秤にも恐れ入ったよ。『第四火薬庫の修繕の件を誰へも話していない』みたいな宣誓をする流れになっていたら、俺は破滅だった。」

「私もそうさ、『予備投票の入れ知恵を王へしていない』なんてことを発言させられていたら、とんでもなかった。あるいはもっと広く、『王へ入れ知恵をしていない』なんてのもね。だから、私は()の一番に発言し、流れを作ったのさ。」

「ああ、悪く無かったよ。」

「運任せだった予備投票も結果的には功を奏してくれたし、良かった。完璧だ。まず、火薬庫の中身が潰れたお蔭でしばらく戦争は出来ん――少なくとも、病で余命短い今の王には戦争は不可能だろう。そして次代の王となる、先代の王の息子は大分聡明にして、また穏やかだ。世代交代が起これば、もう戦乱の心配はあるまい。そして、ウボス法が通った以上、この国の財政、国力が一気に恢復へ向かうだろう――属国諸君には些か気の毒だがね。」

「出来過ぎているよなあ、火薬庫の爆発による大悲劇を回避しつつ、火薬庫の中身をまんまと台無しに出来た。そして、ウボス法を通しつつ、しかし、戦争を起こすのをやめさせる事が出来たんだ。しかも、今回の大事件の報復先は分かりません、宣戦布告する強力な口実が有りません、と。

 ああ、ところでこっちからも訊きたいんだが、あの池はどうなった?」

「あの池?」

「俺達二人が水を巻き上げて火薬庫へ降らせた、あの貯水池にきまっているだろう。」

「ああ、あれか。何も注目されていない。あれだけの大騒ぎだったのだ、襲撃者の火の魔導か何かのせいで干上がったのだろう、とだけ思われている。」

「ふうん。……しかし、良かったのかい。」

「何が?」

「怪雨を降らす為に魔力を振るい、あの水を巻き上げたのは俺達二人だ。その気になれば、今回の件で最早歴史的な大英雄となってしまったトゥユリコの名声を、俺達二人が、――それで何が都合が悪ければあんた一人でも良いが、とにかく――受ける事が出来ただろうに。」

「まあ、魅力的ではあったよ。水の一派の勢いを削ぐ事も出来たろうし。しかし、やはり我々には影の英雄がお似合いさ。表向きの大英雄はトゥユリコ殿に任せ、我々はこれまでどおりひっそりやろうではないか。」

「ヒューインへのパイプは無くしちまったけれどもなあ、」

「まあ、焦る事はない。出来ることをしていこうではないか、特に、君はまだまだ生きるのだから。」

「まあ、そうするかね。」

 やにわにコルチェフが棚へ行き、葡萄酒の瓶を空けた。俺は勝手に別の棚へ歩いていき、グラスを二つ持って来る。

 小さな丸テーブルを挟み、俺とコルチェフがそれぞれ椅子へ着いた。

「さて、ジェイン君、何へ乾杯しようか。」

「難しいねえ。平和か、勝利か、それとも敗北か、」

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