03
03 モル=サルヴェイの知人
私は友人であり、そして十三騎士の一人、すなわちは世に名を轟かせる魔術師であるモル=サルヴェイの邸宅へ本日招かれており、他愛もない話をしながら食後のチェスに興じていた。
「でだ、モルよ。」射手の駒を動かしてモルのドラゴンを睨みながら私は問いかける。「サルドレの美術展、行けなくなったそうじゃないか。船の搭乗をキャンセルしたと聞いたぞ。」
私と同じく半世紀ほどの齢を重ねた友人は、しばしば〝蝦蟇〟と譬えられる大きなヘの字口を、更に深いヘの字へ歪めて渋面を深くした。
「ああ、そうなのだよ。全く、困ったものだ。」
「委細を訊いたら、やっぱり困るかい。」
ドラゴンを逃がし、逆に私の教主へその切っ先を当てつつ、「ああ、困るのだ。」
「そうかい、困るのが上手だな。」
私は教主を放置したまま、騎士の駒で向こうのドラゴンを再び射線に入れつつ、事情を察した。私とモルの仲で話せん内容ということは、まあ、仕事、すなわち戦士としての何かなのだろう。そして、十三騎士の一員という英雄様が、何年も前から楽しみにしていたちょっとした小旅行を渋々キャンセルさせられるのだ。ならば、余程重大な、それこそ国家の屋台骨に関わるような仕事であるのだろう。そりゃ、訊かれれば困るわけだ。
モルがこちらの騎士を、その「酷薄」とも形容されがちな厳しい顔で睨みつけながら考え込んでしまったので、私は言葉を継いでみた。
「軍に関わる魔術師というのは大変だねえ。君ほどの地位へ上り詰めても、私生活を捨てての御奉公か。」
モルの視線の先が、盤上からこちらへ移る。その目が妙に真剣な色を湛えていたので、少し驚いてしまった。
その蝦蟇口が開く。
「ああ。しかしな、私はこの国家を守る為に魔術を身につけ、日々それを厳しく磨いているのだ。私のこの覚悟と才覚は、このネルファンを護る為に全て使用されねばならぬ。ならば異論はない。
つまりその日だがな、もしも誰が何かを企んでくれようと、私は絶対に阻止するつもりだ。」
秘密の筈なのに、彼がその日物騒な仕事を請け負うことを前提とした話口。まあ、モルも、私の推察がそこら辺まで及ぶってことくらいはお見通しなわけだ。
「成る程、騎士様は流石だねえ。しかし、その覚悟、今もそうなのかい。」
モルが、遊戯盤を穿つように、ドラゴンを次のマスへ進めた。
「何が、言いたい。」
「分かるだろうよ、モル。君が忠誠を誓った先代の王が急逝してから、この国は変わっちまった。今の王は――つまり先代の弟だが――節操もなく争乱を起こし続け、今や周囲を見渡せば占領国と敵国と仮想敵国しかない。内では軍も民も疲弊し、外からはそうして敵意と軽蔑を向けられる、それが今のネルファンだ。君は、それでも、」
いきなりモルがドラゴンの駒を持ち上げ、私の歩兵の駒へと叩きつける。歩兵は哀れに爆ぜ飛び、広い部屋の隅まで転がっていき、からから虚しくと揺れ、そして止まった。その間、モルは一言も発さない。
長い長い静寂が私を打ちのめした後で、ようやくモルが口を開いて曰く、
「私が護らねば、誰が民を護るというのだ。」
そのあまりの迫力に、私はモルの二度指しという明確な無法を咎めることが出来なかった。