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37 モル=サルヴェイ
数が多過ぎる! また、頭を一つ飛ばしてやったが、魔力がもう尽きそうだ。そもそも、何故本来私が窒息死を狙うのかと言うと、その水球をまた回収することで、「水を生む」という莫大な魔力の消耗を伴う作業を省略出来るためである。つまり、トゥユリコが霧魔術へ傾倒し始めたのと同じように、私も、魔力涸れで以前に喫したあまりにも痛い目に再び遭わぬ様、あの窒息術を開発したのだ。つまり、今のように一人の相手をする度に水球を地面へ抛棄してしまっては、幾ら魔力が有っても足りないのである。
最初の一人を仕留めた時には、明らかに、奴らの戦意が削がれたのだった。しかし、いつしかその効用は反転し、今は寧ろ、一つの首を飛ばす度に、奴らの士気が怒りで昂揚していくのだ。愚か者め、それで怒れるのならば、こんな愚かしい真似をするでない。
視野が欠けてきた。魔力涸れの兆候だ。拙い、まだ、敵は数知れず残っているのに、
しかし、すぐに気がついた。おかしい。視野の欠落が、ぐりぐりと動いている。まるで、視野ではなく、本当に闇が浮かび、それがふらふらしているかのようで、
ここで私は事態を諒解した。そして、残り少ない魔力を用いて自らの体を冷やすことにする。冷却術は不得手なのだが、四の五のは言っていられなかった。
闇の球、錯覚ではなく実在していたそれが、近づき、そして、侵掠者達へ襲いかかる。胴回りくらいの直径を持つその闇が一人の男の胸の辺りを通過すると、その箇所が消滅し、男は、首と両腕と腰から下という四部分に分解した。その光景を見て悲鳴を上げた侵掠者の一人へ、また、闇が襲いかかる。今度は臍の辺りを通過し、体躯が上下に分かれることとなった。悲鳴こだまする阿鼻叫喚の中、す、す、と音もなく喰らい続ける闇の球体は、その揺るぎなさから不気味な神々しさを醸していた。
そうして累々たる死屍と臓物が火薬庫の前に並んでも、闇はまだ飽き足らぬようで、それらを全て拾うように平らげ、撒き散らされた大量の血液のみを彼らの痕跡としてそこに残した。
その後でようやく、闇は遠くへ飛んでいった。その、飛んで行く先を見ると、案の定、モイズリーの姿が見える。彼女の忙しなく振るう、火搔き棒のような杖に弄ばれるように、闇の球体は、〝屠殺〟の周囲をふらふらするのであった。その軌道だけを見れば、優雅な蝶のように見えなくもない。
風邪を引く前に自身の冷却を取りやめ、歩み寄ってくるモイズリーへ話しかける。
「全く、合図も無しに展開しよって、」
「何よ、サルヴェイ卿、あなたならすぐに察して、然るべき行動を取るでしょ? 信用したのよ。」
そう言いながらもモイズリーは、忙しなく杖を動かしている。屠殺自身にも直接制禦出来ない、熱を察知して勝手にそこへ飛んでいく闇の玉は、その火搔き棒の先端に仕込まれた、魔力を動力とする発熱機構を追いかけ続けることで、なんとか、何も害せずに済んでいるのであった。
「おい、そいつをしまえないのか。危なっかしい上に喧しい。」
「この子?」と、モイズリーが空いている方の手の人差し指で闇の球体を指す。「勿論しまえるけれども、そうしたらもう出せないわよ? 食事と休養をきっちり取った後じゃないとね。」
なるほど、そちらにも魔力の都合が有るのか。そして、そのとんでもない威力を誇る闇の魔導が相応の負担を伴うものと知り、なにとなく安心出来た。
「さて、サルヴェイ卿、お疲れのようね? 私がここに残れば、助かるかしら。」
「ああ、済まんが、頼む、」
上手く言葉を言いきれなかった。膝が勝手に折れたのだ。
「あらあら、」上から、モイズリーが、「仕方ないわねえ。休んでなさいな。」
そう言うとモイズリーは、私や火薬庫へ背を向け、蜻蛉をからかうかのような動きで杖を振るいながら、
「さあ、どこからでも来なさい。闇の騎士様が相手になるわ。」
と、誰も居ない方向へ宣告した。




