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32 クリュー=マッザ
ちょろいものだ。これが素直な感想だった。飛龍の背に乗る俺に対し、凍土の得意とする魔導は何も出来ないでいる。申し訳程度に水やら氷やらの飛礫が飛んでくるが、小盾を携えている俺にとっては何の脅威にもならないし、そもそも、今乗っているこいつにとっても、頑丈な黒紫の鱗を冷やかされるのみだ。というか、そう言う品種を選んできた。
左手の手綱を引きつつ右手で体重で掛けることで旋回を命じつつ、もう一つの指示を龍へ与える。
「吐け!」
流石に作業員達には殆ど逃げられているが、火薬庫はそうも行かない。もう何度目かも分からない、人を余裕で呑み込めるくらいの火球の激突が起こる。煉瓦壁を多少は穿つが、ええい、捗々しくない。どうやら、マーブが地べたで何かをやっているらしい。壁を冷やすことで、火球の威力を損なわせているのか。ああ、そうだよな。地面を冷やすことが出来るってことは、多少の上り坂も冷やせるだろうし、ならば垂直に聳える地面、つまり壁でも同じ具合なのだろう。ちょっと考えていなかったな、忌ま忌ましい。
ならば、虚を衝いてみるか。そんなことを思っていると丁度、目下の、ドラゴンの首が、馬のそれのようにブルンと振るわれた。次の火を吐く準備の整った合図だ。
「よし、吐け。ただし今度は、あの屋根へだ!」
殆ど水平に近い鈍角を頂点とする屋根を持った第四火薬庫、その屋根のど真ん中に吐火が命中し、……良し!
「うお!」
マーブが呻く。ああ、そこからは何も見えず、虚を衝かれたことしか分からんのだろうが、喜べ、トロルでも収まりそうな大風穴だ! 次の一撃で、俺達の目的は、ヒューインの平和は、
……おわ、なんだ、落ち着け!
突然暴れ出したドラゴンを何とか宥めようとする。自分で言うのもなんだが、俺は魔獣使いとして結構な腕前の筈だ。なのに、全く言うことを聞いてくれない。確かにネルファンに来てから手に入れた龍だが、きちんと調教の行き届いているのを安くない金を叩いて買った筈なんだが、おい、暴れるな、もう、一発なんだ、もう一撃で、我々の目的が、
背筋が凍った。龍が、盲滅法に暴れているのでないことに気がついたのだ。西の方角、俺が背を向けている方角へ、恐怖を感じ、本能的に逃げようとし、ここに留まろうとする俺の指示とそれが相反することで混乱を来したらしい。
恐る恐る、振り向くと、そこに見えたのは、地獄の口のように、大きく、暗く、赤い、開かれた顎門であった。凍りつく俺に向かって、その、涎の滴る上顎が、閉じようと、
「――――!!」
声にならぬ悲鳴を上げ、飛び降りる。背後から、仔龍の痛ましい断末魔が聞こえて俺の耳を潰した。




