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27 サン=リュ=トゥユリコ
はあ。
そんな溜め息を呑み込むのに苦労しているのが、この私、十三騎士の筆頭、サン=リュ=トゥユリコである。
「トゥユリコ様、一大事です、」
などと声を張り上げてこちらへ駆け込んでいる新兵のような何者かが、私の顔を引き締めることを難しくしている張本人であるわけだが、ああ、馬鹿者め、今日この山毛欅通りの護りに関与する者の顔は皆憶えているし、そもそも、お前の纏っている新兵用のローブだがな、それは半年前に意匠を変える前の代物だろう。どこから手に入れたのか知らないが、とにかく、私へ近づくなり、あるいはすり抜けてこの通りを抜けるなりを狙うのならば、もっと真剣な扮装なり工作なりをしてもらわねば気が抜かれると言うものだ。まあ、この沮喪まで計算付くならば褒めてやりたいが。
さて、どうやらこちらへ近づきたがっている不審者であるが、あの位置はあまりにも遠過ぎ、私の間合いですらない。もう少し、もう四歩寄ってきた瞬間に、仕掛けよう。
一歩。
二歩。
三歩。
四、
杖を振るって霧を展開する。その我が、短くはない修練の賜は、一瞬の内に場を隅々まで支配した。繭の中に閉じ込められたような深い深い白がこの身の周りすらも包んでしまうので、私は目を閉じて集中する。風の魔導の、〝伝える〟という性質が、私の展開した水分の命運を朧げながらに教えてくれる。つまり、下手人が腕を搔けば、その動きによって道を譲ったり、あるいはその腕の上へ墜落した露滴のことを知ることが出来、引いては、その者の動きを把握することが出来るのだ。さあ、偽の新兵は、この情況で何を、
………な!?
突然、痛みも無しに、まるで人形を解体するかの如く無機質に身をばらばらにされた。そんな感覚を躰が覚え、思わず、喘ぎ声を漏らし、目を見開いてしまう。一瞬だけ、通りの、人気が無い以外はいつも通りの景色を見やった後、思わず自身の四肢を確認した。自慢の柔肌、相棒である杖、無事だ。大丈夫、何も起こっていない、何も、……いや、ちょっと待て、何だ、何故私は、自らの四肢の無事を、目で確認出来ている?
はあ! そう、一つ息を吐き、前をじっくりと見張る。一人の、先ほどの偽物の新兵が遠くで佇立しているだけに見える。しかし、しかし違うのだ。確かに、奴自身は何も動かずに佇んではいるが、しかしその身の回りには、渦を描く健かな気流!
そうか、風か! 霧滴に殆ど全ての感覚を委ねていた私へ、その霧が渦風で四散させられるという事実が襲いかかり、身の毛のよだつような破滅の感覚を一瞬起こしたのだろう。
思わずもう一度霧を展開して真偽を確かめたくなったが、それどころではない。魔力は有限だし、そもそも、今向こうにいる風の魔術師は、間違いなく敵だ。臨戦なのだ。
遠い所に有る顔だが、しかし、その表情を何とか読み取ることが出来た。愉快。戦意。得意。それらが確かに表れている。
私は、それを理解した瞬間に激昂した。愉快? いいだろう。戦意? 実に好もしい。得意? まあ、実際私の霧を一瞬で吹き飛ばしたその風の魔導はちょっとしたものだし、褒めてやっても良いくらいだ。だがしかし、それらの根拠が気に喰わない。私が霧の魔導を攻略されたことで、一瞬驚かされ、惑った、この、一種の「醜態」に励まされ、それらのような思い上がりをなしたのであれば、この私に対する最大の侮辱だ。ふざけるな小娘、この程度の余技、私の実力だと思っているのか。……さあ、平れ伏せ!
結局、敵の得意げな表情は一瞬の内に曇った。私が半ば感情的に宙へ展開した、夥しい氷の牙に戦いたのであろう。有る程度の実力の水の魔術師であれば誰でも使用することの出来るくらいの魔導であるが、しかし、若造共とは年季と才覚が違う。小舟を余裕で上回る大きさ、五十に近い数、硝子と見紛う完全な表面――つまり比類なき切れ味、これだけの代物である氷刃を一時に展開することが出来るのは、この世で私だけの筈だ。
「さあ、小娘、手伝ってやろう。」声が、自然と真の年齢相応に低くなる。「その高い頭を、我が刃で地へ縫い付けてやる。だから、気兼ねなく平れ伏せ。そして、血に塗れ、赤い死骸を晒すがいい。」
杖を振り上げる。
「紅蓮のトゥユリコ、参る。」
杖を振り下ろした。




