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第四火薬庫  作者: 敗綱 喑嘩
第二章
25/42

24

「では、確認するわ。」

 緊急的な例会、 ……最早例会と呼ぶべきじゃないな、何と呼んだら良いのだろうか。まあ、とにかく十三騎士の会合を締めようとしているのが私だ。

「第四火薬庫へ通ずる通りは、大小含めると十二。その内大通りと呼ばれるものが三つ。南へ走る山毛欅通り、東へ開ける箱柳通り、北西へ通る枯れ樅通り、これらの大通りを大きな距離封鎖するのは現実的でない、と。物理的な問題からしても、そして、それが与える影響からしてもね。故に、第四火薬庫にかなり近い地点から封鎖するに留まってしまうわ。

 一番太い山毛欅通りを私が、箱柳通りをブロックが見張り、マーブとサルヴェイには、第四火薬庫自体に付いてもらうわ。枯れ樅通りは、コルチェフ君ら三人に任せる、と。で、面倒だから一々振り返らないけれども、他の皆様も所定の位置、あるいは遊撃に付いてもらうわよ。いいわね。」

 異議の声が上がらないのを確認してから、

「では、他に何か言いたい人居る?」

 そう言いながら腰を浮かす準備をしていたのだが、気怠げに昇る手を見つけてしまったので、仕方なく、

「あら。モイズリー、何?」

「いや、まあ、その、」

 私は、この情況に必要だった、憤ろしげな顔を作為なく作ることが出来た。

「ターテント=モイズリー、ここは遊び場じゃないの。言うべきことがあるならばはっきりと言いなさい、さもなくば、」

「ああ、いう、言うわよ。というか、出すわよ、」

 闇の騎士はそういうと、困り顔のままごそごそとしだし、円卓の上へ、……はあ?!

「トゥユリコさん、何ですかアレは。」

 私は、ちょっと気の毒かしら、と思いながらヘイロの言葉を無視しつつ、

「ちょっと、何を出してんのよ馬鹿、」

 モイズリーが持ち込んだその品は、殆ど完全な黒で表面を為す、大悪魔の意匠を持つ天秤であり、私ですら半世紀近く目にしていない一品であった。

「いやさあ、この中の誰かが、王へ密告したのかも知れないんでしょ、ならさ、」

「弁えなさい!」

「おい、トゥユリコ卿。何事なのだ、何だそれは。」

 私は、貪食をつい睨みつけてしまった。

「死の天秤よ。禁制品の中でも、一等(たち)の悪い魔導品だわ。」

 ブイーノナンが、寧ろ身を乗り出しながら、

「おおう、聞いたことが有りますな。」

などと商売人の声音で言い出したので、そちらへも一睨みして、彼の背中を椅子へと戻させる。

「で、何なのですかそれは、」と結晶。

「これを握った者が偽りを口にした時、その者を死に至らしめる、という、()()()()()素敵な魔導具よ。」

「それは、なんとも穏やかでない、」と言う、一人きりの鏡花へ、

「効能もだけれども、製法や維持方法も中々に穏やかでなくてね――食慾無くしたくなければ訊くんじゃないわよ?――、資料として残されている分を除いたら、全部破壊されている筈なのだけれども、」

 珍しく引きしまっているモイズリーの顔の上で、両の瞳が真剣に細まった。

「私ならば、その僅かな標本の一つの借り受けを許可されていてもいいと思われない? トゥユリコ卿、」

「成る程ね、闇の騎士様。でも、持ち出しや使用までも許可されているとは、到底思えないわ。」

 モイズリーは肩を竦めた。

「まあね。」

「なら、」

「何よ、トゥユリコ卿、既に昨日から人へ話せないことばかり喋りあい、取り決めているこの円卓へ、今更無法をもう一つ追加したからって何になるの。」

「それとこれとは、」

「とは? 何か違うかしら。」

 モイズリーの言い分が腑に落ちないながらも、あまり筋のいい反論が思い浮かばなかったので、私は仕方なく矛を収め、はあ、と溜め息をついてから、

「で、何がしたいの、モイズリー。取り敢えず訊いてあげる。」

「いや、まあ、だからさ、各〻がこれを握って、『私は拒否権行使の件を王へ密告しておりません』って宣言すればさ、」

「モイズリー、この世はね、適当に不確実だから上手く機能するのよ。あるいは、確実を得る為には相応の努力が必要だからこそ。そんな、ひょいひょいと言葉の真偽を決定されては、」

「ああ、つまりトゥユリコ卿、」轟々だ。「あなたがその天秤を忌避するのは、その製法や直接の効能というよりも、その効能が齎す、ぎくしゃくとしたもの、というところなのか。」

「ええ、そうよ。ちょっと皆、『サン・ヴァレスの夜』を知らないの? ……ああ、知らないのね。まあ、ちゃんと死の天秤が忘れられつつあると言うことなのだろうけれども、とにかく、『嘘なりや真なりや』という緩衝を失った社会は只ならぬ惨劇を生じさせるのだわ。」

「恐縮ながら申し上げましょう、トゥユリコ殿、」口を挟んで来たのはコルチェフだ。「あなたはここに居る誰よりも永く生き、誰よりも永く騎士の座に就いている。しかしだからこそ、あなたは時折――例えばこの瞬間とか、――古い考えにあまりにも囚われすぎるように思えます。」

「はい?」

「いえ、あなたの言うように、この天秤は一般に恐ろしいものなのでしょう。しかし、今この場で少々、しかも騎士たる我々が弄ぶことで、そんな血腥い悲劇が起こるとは到底思えません。」

 コルチェフはそう言うと、枯れ枝のように細い彼の杖を一振りした。私が何かを言おうとする前に、彼の風は主の目の前まで天秤を持って来、それが引っ摑まれ、

「私、〝羽風〟のザザムンド=コルチェフは、拒否権行使の件を王へ密告していないことをここに宣言する。」

 私も含め、殆ど全員の者が目を剥いてコルチェフの、もしかすると最期の様子を見張ったが、しかし、彼は平然と天秤を円卓の白いクロスの上へ戻すのであった。

 羽風は、両手を気取りげに広げて見せつつ、

「さあ、どなたか行きますか?」

 ヘイロあたりを除けば歴戦の戦士が並んでいる円卓であるのだが、その皆がおずおずと視線をやりあうという女々しい時間が暫く過ぎた。私すらも黙っていたのは、確かに、このまま皆に天秤を使わせた方が都合が良いのでは、と思いはじめ、最初にモイズリーへ感じた憤りとの折り合いをつけるのに苦労しはじめていたからだ。

 結局、最初に動いたのは羽風の隣の轟々だ。あまり器量がいいとは言えない彼女は、なんらかの感情の昂ぶりによりその顔を更に歪めつつ、天秤をおっ取るように摑み、半ば叫ぶように言った。

「私、〝轟々たる〟ミルチェ=コーンは、拒否権行使の件を王へ密告していないことをここに宣言する。」

 そうして、判を押すような勢いで、黒い天秤を結晶の前へ押し付ける。結晶は、目を游がせた後、はあ、と溜め息をついてから、

「ああ、分かりましたよ、付き合えばいいんでしょう、

 ええっと、私、〝結晶〟のモン=テーダ=バーサは、拒否権行使の件を王へ密告していないことをここに宣言しましょう。」

 貪食へ番が回る。

「我は、拒否権行使の件を王へ密告していないことをここに宣言する。」

 鏡花へ、

「〝鏡花〟こと、私と妹のデイオレットは、拒否権行使の件を王へ告げていない。」

 そうして私へ回ってきた。デイオレットの席が空いているので、バイジーからそれを受け取るのに少々苦労する。しっかりと握り、手首を捻り、矯めつ眇めつ、まじまじと眺めた。見てくれ、質感、重量、そして何よりもこの禍々しい魔導の雰囲気。本物の死の天秤としか思えなかった。

「私、〝紅蓮〟のサン=リュ=トゥユリコは、あの忌ま忌ましい食事へ招かれる以前、拒否権行使の件を王へ話していないことをここに誓う。」

 マーブへ、

「王へ拒否権の話などしていない。ここで宣言しよう。」

 ヘイロ、

「王へは何も告げておりません、誓うことが出来る。」

 モル、

「この、〝騎士(デュラハン)〟、モル=サルヴェイは、ウボス法への拒否権行使のことなど、王へ伝えておらん。」

 ブイーノナン、

「宣言しよう、私は、ウボス法に関して王へ何も密告していない。」

 モイズリー、

「ああ、うん、そりゃ、これを持ち込んだのだもの。私だって、何にも話しちゃ居ないわよ。王やその側近連中に対してなんかさ、」

 そして、最後の一人へ。

「私も、王へこの拒否権の話を告げてなどいないね。」

 そのままの流れでコルチェフへ天秤を回そうとする〝無縫〟をモイズリーが咎め、分捕るようにそれを取り返して胸に抱えた。

「ああ、正解よモイズリー君。その位の心持ちで扱ってもらわないとね。で、というわけで、王へ拒否権の話を漏らした者は確かにこの中には居なかった、と。」

 そう言いながら、意外だなあ、と私は思っていた。だとすると、本当に、誰かがうっかり聞かれてしまったのか? 騎士たる者が、そんな失態を?

 そうやってつい言葉を止めてしまった私に代わるように、モルが、「では、今度こそ解散でいいだろうか。……良さそうだな、では、」

 コルチェフと私が手を振り、風が止んだのを確認してから、いつものようにいの一番で立ち去ろうとした屠殺の首根っこを、私は急いで駆け寄って摑み上げた。闇の魔術師の、蛙の鳴き声のような呻きが漏れる。

「護送と言うか見張りと言うか、とにかくお家まで御一緒させてもらうわよ、この馬鹿者、」

「なによお、卿、そんな大袈裟に、」

「ええい、五月蝿い! いい? 今度そいつを持ち出したら、縛り上げて兵部へ突き出すからね、二度とすんじゃないわよ!」

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