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(大きな豪奢な部屋。大きな立派な円卓。席数は十三。各〻が勝手な衣装で身を包んだ老若男女(老へ偏っている)の魔術師達が入って来、その各〻が勝手な席へ着いていく。自然と、属性を同じくする魔術師同士が隣り合っている。)
羽風 では、皆さん、お揃いですね。
全員 (それぞれ勝手な返事で肯定する。)
羽風 では始めましょう、と言いたい所ですが(手に持っていた、如何にも重要そうな書類の束を卓の中央へぞんざいに放り投げる)、
全員 (僅かにのみどよめく。)
羽風 いつも通り、本日の例会の議題も、一つを除けば、何の意味もない形骸的なものです。こんなもので、お忙しい皆様の時間を取るのは、如何にも心苦しい、そこで、
(羽風が指揮棒のように見える杖を振るうと、不可視の風の壁が円卓に座る魔術師たちの一回り外側に生成され、何人かの魔術師はそれに気がついた素振りを見せる)
羽風 もっと、重要なことについて話しあいたいのです。
(濃霧が手を挙げ、勝手に話しはじめる。目の下には強い隈が見える。)
濃霧 ちょっとコルチェフ君、何をしはじめたの、
羽風 言葉の通りですよ。
濃霧 確かに、普段の例会に全く意味の無いことは否めないけれども、だからってあなたの勝手が許される場ではないわ。慎みなさい。
羽風 いえいえ、トゥユリコ殿、皆様の為になるお話なのです。どうかお許し下さい。
濃霧 何、言ってみなさい。
羽風 あなたが、王と食事を共にすることとなった件について、です。
(濃霧が、充血を起こした目をこれ以上なく見開いて、三席隣の蝦蟇の顔を見る。蝦蟇は、困惑を露にしながら首を振る。)
羽風 ああ、トゥユリコ殿、もしかするとサルヴェイ殿にだけ明かされていたのでしょうか。大丈夫です、卿は他言なぞせずに誠実でありました。私は、他ならぬ王から、あなたについての話をお聞きしたのですよ。同じように朝食へ招かれてね
(濃霧が、忌ま忌ましげに羽風を睨む。)
羽風 トゥユリコ殿、私へ憤ろしげにされても困ります。私ではなく、全ては王の行動ではありませんか。さて、トゥユリコ殿、私は、このままでは、王からお聞きした話をここで披露せねばなりません。しかし、伝聞を重ねる以上、大いに不正確な話となってしまうでしょう。そこで、出来ることであれば、あなたの口からお話し頂きたいのですが如何でしょうか、他ならぬあなたの為にね。
(二十四の瞳からの視線を浴びる濃霧が、しばらく下を向いた(哀しげ、というよりも困憊している様に見える)後、杖を振るう。羽風の起こした風壁の外側に、更なる壁が生成される。濃霧が溜め息に続いて、ぽつりぽつりと語りはじめる。執拗な沈黙がしばらく場を占めた後、)
大震 ふむ、ふむ。王の興を削いだか。いやまあ、ことの終わった後でいくらか不興を買うのは当然だろうと思っていたがねえ、まさか、先んじて、しかもそれほど激しくとはなあ。
鏡花 (同じ顔で二人並んでおり、その内、右の席に座る方が口を開く。)驚いたわ、まさか、そこまで愚かしいとは、
結晶 (苦笑い。)王が、ですか? 密室とは言え、大それたことを仰る。
屠殺 (一応は恥ずかしくない格好をしている。気怠げに目を擦る。)まあ、誰も今の王様が賢いとは思っていないでしょうよ、少なくとも先代に比べればねえ。このままじゃ潰れてしまうわ、私達も、ネルファンも、
陸離 そうだ(円卓が叩かれる。)! どう考えても、これ以上戦役を繰り返すべきでない、少なくとも向こう十年程度は国力を愚直に蓄えねばならないのは明らかだ。ならば(再び拳が上がる)、
貪食 行儀を弁えよ、ブロック。
(陸離が気まずそうに拳を収める。)
凍土 しかし、ヘイロの言っていることはまともであろう? ウボス法をおめおめ通して戦乱を起こさせては、国が持たぬぞ。
貪食 ほおう、マーブよ。ならば、ウボス法を拒否すればネルファンが持つとでも? 先日に集計された、この国家の収支に関する報告を見たのか? 見ていないのだろうな。
(押し黙る凍土へ、貪食の溜め息が殆ど対角から被い掛からんとする。)
貪食 感情では国は救えんぞ、凍土よ。これほど窮した我々が生き残りたくば、寧ろウボス法を通し、ヒューインを喰い潰して糧とするしか有るまいよ。
大震 私は見たぞ、
貪食 ああ、見たろうなあ、お前なら。
大震 あの数字だがな、
貪食 ブイーノナン会長よ(会長、に強勢が置かれる)、この件に関して、残念ながら貴殿の言葉は実に疑わしい。ウボス法の成立の可否で、幾らの損益が起こるのだろうなあ。
(大震が、脣を歪めて黙る。)
鏡花 (今度は左。)ねえ、聞いて。私もそんなもの見ていない。だって、これまで、我々にそんな習慣は全く無かったもの。政治的な行動を起こすだなんて。
(鏡花二人の大きな四つの目が、円卓をぐるりと見渡す。十に近い数の顎が首肯する。)
鏡花 (右。)だから、〝貪食〟、あなたと大震のどちらが正しいのか、私達には殆ど判別出来ない。我々はその手の知識背景が無いし、そしてそれを学ぶには老い過ぎ、また、日が無さ過ぎる。つまり貪食よ、あなたも強がれない。あなたの言葉も、この場においてはそこそこに力を持たないの。
貪食 (首を二三度振る。)おお、おお、何と嘆かわしい。
屠殺 ん、まあ、とにかく、ウボス法を通すが通すまいが、どっちも有りと言えば有りと言うことでしょう? じゃあ、どちらでも好きにすればいいじゃない。
陸離 なんと適当な、
屠殺 なに、ブロック、じゃあアンタに分かるの? あの分厚い収支報告を読み解いて、まだ伝聞でしかないウボスの法案の影響が、この国をどうするのか、アンタに評価出来るの? ……ああ、そんな顔してるんじゃないわよ、別にアンタを虐めたいわけじゃない、私だって全然分かんないし。
羽風 そう、実はですね。私も、ウボス法へ行使する拒否権そのものについて今議論するつもりはないのです。各〻の考えに従ってなされれば宜しいと、ここでは宣言しておきます。――他所では分かりませんがね。
蝦蟇 うん? ならば、何故こんな話を始めた、
羽風 一つは、王の考えを皆さんに知っておいてもらうため。王が、ウボス法反対の急先鋒のトゥユリコ殿だけでなく、逆の立場の私へまで話を明かしたと言うことは、十三騎士全員へこの件を知らせておけ、そして、拒否への票を投じることで受けうるあらゆる不利益に関して文句を言わせるな、と、仰られたいのでしょうから。
大震 しかし、そんなこと可能だろうかね。特定の法案を拒否した騎士へ、露骨に非道な処遇、あるいは処罰を与えるだなんて、十三騎士という威名と戦力で支えられてきたこのネルファンの屋台骨を揺るがす愚行だ。国威と軍力を共に損なってどうする、
屠殺 そこまで頭回らない、ってことも有り得るかもよ、
結晶 ちょっとちょっと、モイズリーさん、
屠殺 いや、今のばかりは、王が暗愚と言いたいわけじゃない。だって、頭と言うより体の事情がさあ、
無縫 (ローブで顔を隠した男。羽風の左に座っている。亜人の血を幾らか引く体にふさわしく、見た目だけならば陸離よりもずっと若く見える。)ああ、そうか、ひょっとするとあの気性にはそういう影響も、
結晶 うーん、否めないかも知れませんねえ。
羽風 ええっと、話を戻して良いですか? つまり、ここで、私の論じたいのは、ウボス法を通すべきかどうかということではないのです。勿論私としては、あの法案の成立を願っておりますが、この場所で訴えるべきではないでしょう。
蝦蟇 賢明だな。
羽風 で、私の問いかけたいのは、ここなのです。そもそも何故、王は、トゥユリコ殿らの運動を知れたのでしょう。
(ピン、と鋭い沈黙が走る。羽風以外の騎士の目がぎょろぎょろと動いて互いの顔を見やりあう。焦れるほどの静寂の後にようやく、)
鏡花 (再び右。)この中の誰か、が?
陸離 それしか、考えられないでしょうが、しかし、
轟々 (女。羽風の右の席。)うん? ブロックよ、あんたらがへまして、どっかの小汚い小耳に挟まれたとかではないのか?
屠殺 (下品な笑い。)
陸離 おい! アンタら、
濃霧 魔術師ならば!!
(その大音声に場が一度静まってから、一転、優しいと言っても差し支えない声音で続く。)
濃霧 知的に反論なさい、ヘイロ。
結晶 おっと、ようやく話してくれましたね。
濃霧 (どこか焦点の合わぬ目で結晶の方を向く。)確かにヘイロは、ほんの少し精神的に未熟な所も有る、御覧のようにね。でも、そんなつまらない失敗を犯すような人間とは思えない。だって、この歳で十三騎士にまで上り詰めた男よ? マーブも、そんな馬鹿を演じるものですか。
(自分や蝦蟇に関しては言わずもがなだろう? と言いたげに濃霧がここで言葉を切り上げるが、誰もそこについては文句を言う素振りを見せない。)
轟々 は、どうだかよ。マーブはともかく、そんな若造、
濃霧 勿論、私達四名から漏れたのではないと証明することは出来ない。でも、客観的に見て、無視出来る確率ではないかしらね。だって、他でもない私達だもの。
貪食 言っていて恥ずかしくないのかね。
濃霧 (美しくも病的な顔に、強気を初めて見せる。)全然。だって私は、サン=リュ=トゥユリコよ?
(貪食が押し黙る。)
羽風 まあ、まあ、トゥユリコ殿の言う通り、これでは水掛け論です。つまり、この中の誰も、自分が漏らしたのではない、と証明出来ません。そして、実際に漏らした可能性は非常に低いでしょう。
濃霧 そうかしら?
羽風 おっと、トゥユリコ殿、調子が出てきましたね。
濃霧 お蔭様でね、
羽風 で、何と仰りたいのです。
濃霧 王へこの話を漏らした可能性が低くない連中が居るんじゃない、って。
羽風 ほう、誰です?
濃霧 アンタらよ、コルチェフ君、そしてそのお友達四人。
(結晶、貪食、轟々、無縫がそれぞれ驚きや不快を見せる。)
屠殺 あ、そっか。ウボス法を通したい人間なら、王への密告は良いことばかりね。
羽風 ふふ、流石はトゥユリコ殿です。しかし、残念ながら私ではないのですよ。そして、他の四人の方々でもないのではと思っております。
濃霧 へえ、証拠は?
羽風 あなたと同じく、御座いません。しかし、根拠ならば同じように有ります。良いですか、モイズリー殿の言ったように、確かに王がこの論争を知ったことは、ウボス法を通すのに大いに役立ちつつあるでしょう、しかし、それは実際に王が知り、そしてモイズリー殿やブイーノナン殿が言及したように、あまりにも苛烈な反応が返ってきたからこそ、です。いいですか、「あまりにも」、ですよ。つまり、密告したからってそのような恫喝が起こるとは、誰が事前に予測出来たでしょう。
濃霧 へえ、いとも薄弱な根拠ね。
(幾人かの魔術師が首肯する。)
羽風 そうかも知れませんね。確かに、我々の中の誰かが漏らしたのかも、知れません、僅かな可能性として。しかし、もしもそうだとしても大したことでは御座いません。卑怯で卑劣かも知れませんが、それだけです。よって私は、もっと酷い、というよりも、致命的な結果を齎す可能性について論じたいのです。
濃霧 というと?
羽風 トゥユリコ殿、あなた方水の四人、今度の水牛の日に重大なお仕事を任されておりますよね。
(不思議がるような間。)
濃霧 それが?
羽風 今回の密告で、あなた方四名が不利な立場、そして放逐されるような事態となれば、さぞ喜ばしいでしょう、第四火薬庫を狙う連中にはね。
(濃霧から蝦蟇までの四人が目を剥く。濃霧に至っては、真の年齢に相応しいような嗄れた呻きまで漏らす。)
鏡花 (左。)成る程、あり得なくもない、かもしれない。
結晶 えーっと、つまりなんです、誰かが改修の隙を衝いて、第四火薬庫を攻撃することを企んでいると?
大震 しっかし、そんなこと有り得るだろうかね。とんでもない大悪党だ。王でも知り得なかった拒否権の行使の話をどこかから聞き留め、そしてそれと比べても遜色の無い強度の機密性を持つ筈の第四火薬庫改修の件を、しかもトゥユリコ卿らが護衛をなすと言う所まで詳細に知らねばならんのだ。
羽風 ええ、わたしも、そんな大人物が確実に居ると主張するほど愚かではありません。しかし、一応筋が通ってしまうのです。そして万が一真実であれば、齎される悲劇は厖大なものとなるでしょう。
屠殺 ええっと、第四火薬庫って、私んちの近所に有るアレでしょう。確かに、あんな、
蝦蟇 馬鹿者、お前の埃部屋の近くに有るのは第二火薬庫だ。方角が全く違う。
屠殺 あら、そうだったかしら。まあとにかくさあ、市街地の真ん中に建っている大火薬庫を叩かれたりしたら、
陸離 そうだ、勿論とんでもない!
貪食 お前達に訊きたいのだがな、第四火薬庫に蔵されている爆薬の量はどの程度だ。
濃霧 丁度、――よ。
屠殺 はあ!? ――!?
結晶 とととと、なんですかそれは、
轟々 信じがたい、そんな、馬鹿げた量を一箇所になど。市街地だから市民がどうこうと言うものではない、区画が一瞬で吹き飛び、そしてどれだけの大火がこの都市を呑み込むだろうか。そしてただでさえ弱っているネルファンが首都を失えば、おお、
無縫 おおい、誰か、知らないか、第四火薬庫の周囲の家屋の防火機構の施工状況を、
凍土 嫌と言うほど儂らが聞かされたわい。
無縫 で?
凍土 皆無だ。
無縫 そう、か、
凍土 勿論、通常の火災に対しては通常の対策が打たれているが、水の魔導に通じた消火部隊がすぐに掛け付けるとかそういう手のものだ。大爆轟の前には何の役にも立たんじゃろうなあ、
大震 まったく、補修工事の護衛なんて瑣事、君ら四人に任せておけば良いと考えてしまっていたが、思ったよりも大事じゃないか。
濃霧 (皮肉っぽく笑っている。)一応、いつかの例会で英雄の皆様に御説明したけれどもねえ。まあ、私達もそんな大袈裟な話ではないと思ってしまっていたから、真剣に訴えなかったのだけれどもさ、
貪食 ふむ、すると、コルチェフの嫌な予感が正しいのかはさておいても、一応それに備えてはおくべきか。
結晶 ええっと、ならば、念の為我々総出で第四火薬庫を当日守護すると、
羽風 いや、それもどうかですかねえ。第四火薬庫を護るのに必死で他が疎かになり、そっちをどうにかされる恐れも、
濃霧 ああ、そっか。なら、当日出来る限り十三騎士が出張るにせよ、敢えて第四火薬庫を離れている人員も居た方が良いわね。
鏡花 (左。)そもそも、邪魔。十三人が一箇所に居ては、誰も全力で戦えない。ただでさえ改修の作業員も気遣わねばならないのに。
屠殺 ええっとさあ、私らだけで頑張らないといけないの? 私、名前の通り、防衛戦とか苦手なのよねえ。大事なんだし、軍の兵隊の連中も使ってさあ、
蝦蟇 多少なら可能だろうが、しかし軍部から役に立つほどの人員を動かすには、秘中の秘である第四火薬庫の改修の件をどれだけの人間に教えねばならないと思っている。無謀な話だ。
屠殺 ああ、困ったわねえ。じゃあさあ、その改修日を適当に動かすと言うのは、
蝦蟇 それも無茶だろう。凄まじい量の物品や職人を改修日に投じることになっている。突然それを変えろと言うのも、影響が大きい。
大震 物品なら何とかなるだろう、私が力を注げばな。
蝦蟇 ぬ? しかしお主に調達してもらえば、既に用意されつつある、正規の伝手での品が大量に余ってしまうのだが、
大震 そいつも何とか引き取ってやる。国庫に損はさせん。
蝦蟇 そんなことをお主一人にさせるわけにはいくまい。無茶な取り引きをしては、ただならぬ損害が商売に出るだろう。
大震 ああ。だからこうしよう。十三騎士の諸君、ウボス法を絶対に拒否すると約束してくれ。そうすれば、どんなものでも用意してやる。
(軽いどよめきが場に瀰漫する。)
(それを裂くような喚き声。)
屠殺 ええっと、拙くない? そりゃ、賄賂みたいなものじゃないの。
大震 別に、君たちの懐や国庫は痛みも潤いもしない。私の懐は多少痛むが、ウボス法によるより大きな痛みは避けられる。それだけの話だ。ならばこの国の定める賄賂の要件には当たるまい。
屠殺 ええっと、そうなの?
鏡花 (左。)さっきと同じような話だけれども、ブイーノナン以外にそういう話に詳しい者はここに居ない。ならば、やはり、この円卓の中では〝与太話〟になってしまう。
大震 おやおや、参るね。
貪食 構わん、その取り引きは成立せん、私が乗らないからな。収賄贈賄じみた話になりかねんこと、ブイーノナンの私欲に協力してやってしまう形になりかねんこと、そもそもこのままでは国が持たぬ以上、ヒューインを是が非にでも叩かねばならぬと言うこと。以上三点、特に最後の一つにより、私はウボス法への拒否などに加担せん。
結晶 ええっと、はい、私も駄目ですねえ。色々考えてウボス法は肯定しようと決意したわけですし、それに、
(結晶がぐるりと円卓を見回して、躊躇を見せる。しかし結局続ける。)
結晶 そういう王からの圧力があるならば、心を変えてくれる方が出てくるかもしれませんしねえ。ならば望みは断てません。つまり翻るわけには行きません。
(轟々と無縫の二人が、挟んでいる羽風へ露骨な視線をやり、その男へ従うことを他の騎士へ説明する。)
羽風 やれやれ、こう言う話をするつもりはなかったのですがねえ。とにかくブイーノナンさん、どうやらこの五票は動かなそうですね。
大震 ふむ、それは残念だ。
蝦蟇 まあ、もとより職人のほうを急遽、秘密裡、殆ど出費なし、そして大量に用意する難しさが有ったからな。改修の日付は動かせない方向で良いのだろう。
屠殺 ねえ、で、大丈夫なの? 私らはさ、ウボス法を拒否しちゃっても、
凍土 幾ら国王とも、過半数の騎士を蔑ろにすることなど出来まい。大丈夫じゃろうて。
轟々 過半数なら、な。拒否賛同者が二三人とかだったら、どうだか、
蝦蟇 結局ウボス法が通るならば、王の溜飲も下がろうて。
轟々 本当か? 禍根を立つとか何とか言って、その二三人もどうにかしようとするのではなかろうか。
結晶 モイズリーさんも言ってましたねえ、今の王は何をするか分からないと。
屠殺 言ったっけ?
結晶 (眉根が寄る)ああ、もう! とにかく、十三騎士、というかそれに連なる魔術師を失うという愚行をしでかしかねないという話ですよ、今の王なら、
屠殺 「しでかす」って、アンタもすごい言葉を使うわねえ、
結晶 憶えておられるではないですか!
濃霧 そこの馬鹿二人、いい? コルチェフ君の言うように、投票に関しては、ひとまず今はどうでもいい、今は、
羽風 あ、でも、実はですねえ、
濃霧 え?
羽風 今日の最後に述べようと思っていたのですが、この件に関する仮投票をしておけと王から言われておりまして。
濃霧 (忌ま忌ましげに頭を搔き毟る。若々しい金髪の中から、数えられる程度の本数が、唐黍の頭頂部のように乱れ立つ。)(猥語。)(侮蔑語。)
貪食 おいおい、卿よ、
陸離 ええっと、私は聞いたこと無いんですが、仮投票とは、
鏡花 (右。)我々は、騎士である。ゆえに職務上命を落とすこともある。しかし、その責務によって、もう一つの責務である、ということになっている立法の監視が蔑ろになってしまう、ということが有ってはならない、……ということになっている。
陸離 ……ええっと、つまり、
轟々 「重要な法案だから、騎士の意向も是非確認しておきたい。しかし、彼らは近々命を落としてしまう可能性も有るようだ。」という建前でな、国王の権限で要求出来るのだ、事前の投票を。そして正式な投票日に参加出来なかった者については、その仮投票の結果が採用される。
陸離 その仮の投票結果を、王は、
轟々 知らんが、まあ、見られるのだろうなあ、わざわざ仮投票を要求してくると言うことは、
凍土 うむむ、しかしそもそも、法案の具体的な中身も知らないのに判断しろと言うのもおかしな話では無いか、
羽風 ああ、そこに有りますよ。
(羽風が、初めに卓の中央へ投げた紙束を指さす。気を削ぎ落としきる程度の厚みが有る。)
羽風 どうせ誰も読まないでしょう? 仮投票の日取りは本日ですし。
屠殺 はあ? そりゃ、正直こんなもの絶対に読まないけれどもさあ、それにしたって、こんなものを寄越して来た当日、その場で判断しろっておかしいじゃない、
羽風 その辺りの日付関係、今の制度だと王が自由に決められてしまうらしいのですよ。本当は悪法なのでしょうが、これまで騎士による拒否が形骸化していたせいで、誰も興味を持たず、直さなかったのでしょうな。
濃霧 じゃあ、取り敢えず今日は、
羽風 ええ、全員拒否権行使に反対票を入れて頂けますか? 正式な投票日にどうするのかはお任せします。
濃霧 (溜め息。病的な面立ちが際立つ。)ったく、もう、……でもしょうがないわよね。第四火薬庫の改修の護衛を無事にこなさないと行けないのだし、それまでは面従腹背でないと、
羽風 では、お願いします。
(羽風が、透明な、手に取れる大きさの厚紙のようなものの束を取り出し、轟々へ渡す。受け取った轟々は振りかぶり、適当に高く放り投げる。陸離が、おわ、と軽く叫ぶが、轟々が右手を一振りすると散り散りに舞ったそれぞれの片は空中で幾何的な編隊を一瞬なし、そして轟々の指揮的な手の動きに従って、羽毛が翼から零れるのを髣髴とさせる優雅な動作で、各〻の魔術師の前に着陸する。)
結晶 へえ、お見事で。
羽風 では、王の署名と議長の署名が入っていることを確認して下さい。大丈夫であれば、自身の署名をした上で、拒否権行使に賛成ならば「ヤヴァ」と、反対ならば「ヒュグ」と、
屠殺 え、なんて?
蝦蟇 儀礼的に使う古語だ。というかコルチェフよ、今は「ヤヴァ」と書くことなどないだろう。
羽風 そう言えばそうですね、失礼しました。
蝦蟇 というわけでだ、皆、「ヒュグ」の綴りを教えてやるから書きたまえ。
(羽風と濃霧はスラスラと書き、無縫は羽風の手許の資料を覗き見して書く。その他は蝦蟇の説明に従っている。)
(羽風が、豪奢な装飾の施された、堅牢そうな箱を取り出し、これ見よがしに自分の片を投じる。そして隣の轟々へ渡す。轟々が投票し、隣の結晶へ箱を渡し、……そして羽風まで箱が返ってくる。)
羽風 はい、これで完了です。
屠殺 じゃあ、解散?
蝦蟇 何を言うか、まだ、改修日当日に我々がどうすべきか何も決まっていない。
屠殺 ああ、そうか、長そうねえ。
鏡花 (左。)そもそもそれぞれ何の準備もしていないし、明日か何かに集まり直すのは?
結晶 急に臨時的な会合、王に怪しまれませんかねえ、
羽風 この仮投票の結果が有りますから、まあ、大丈夫ではないでしょうか。一応、議題は完全に後ろめたくないですし。
濃霧 そうね。で、皆、明日では幾ら何でも早すぎるでしょうし、七日後の同じ時刻、時間はある?
鏡花 (右。)私は、片方だけの出席で許して欲しい。
濃霧 ああ、投票が無いならば、確かに二人座っている意味無いわね、どうぞ。じゃあ、他は? ……大丈夫そうね。
羽風 では、解散と言うことで。お疲れ様でした。
(儀礼的な動作をこなす他の魔術師を差し置いて、屠殺がいち早く席を立ち、去ろうとする。欠伸をしながら、風の壁に突っ込み、呻きながら顚倒する。他の騎士達が呆れ、笑う。)




