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20 サン=リュ=トゥユリコ
「ああ、師匠!」
「何よお、」
〝火〟の十三騎士、〝貪食〟と〝結晶〟へ会うことも出来ずに苛立ちながら家に戻った私へ五月蝿く話しかけてきたので、悪いこととは知りつつも理不尽に詰ってやろうかと愛弟子の顔を見ると、しかし、存外それが蒼白であったので気が折れてしまった。
真剣に問いかけ直す。
「何、」
「王宮から、使者が来まして、」
思わず杖を取り落としそうになった。
「はあ? 何事、」
「存じ上げませんが、とにかく、明日一番に師匠を寄越せと、」
「何処へ、」
「何処へと言うか何と言うか、強いて言うならば、謁見の間です!」
「王が? 私を! なんで、」
「ですから、理由は知らないのです。とにかく、明日の朝一番で向かって下さい、」
「馬鹿、朝一番に来いと言われて、朝一番に出掛けたら間に合わないわよ、ええっと、王宮の近くに取れる宿は、」
そんな大騒ぎの挙げ句ようやく粗末な床に就き、しかも当然夢見も良くなかった私は、健かな頭の痛みを抱えながら暁天の下王宮へ参じた。信じがたいことに全く眠気を見せない番兵やその他王宮の雑務役に案内され、謁見の間、ではなくその近くの部屋へ案内されつつある。驚くべきことではない。あの王の習慣を知らない弟子が勝手に、謁見の間で会うのだろうと想像しただけなのだから。
とは言え、私も話に聞くだけで、これが初めてである。赤い、大きな大きな両開き扉を恭しく使用人が開くと、噂通りの光景が広がっていたので一応ほっとした。しかしそれ以上に、やはり圧倒もされるのである。
鯨の背の様に大きなテーブルを白亜のクロスが覆い、金で縁取りされたこれまた白亜の皿々が、誇らしげに料理を戴いて居並んでいる。瑞々しい断面を晒す柑橘、見るだけで鼻腔の擽られるパン、生クリームか何かが上品に暈を描いているポタージュ、何かのベリーのソースの掛かった炒め肉、煌めいている緑野菜、まあるい葡萄、エトセトラ、エトセトラ、……とにかく、凄まじい数の料理が並んでいた。
王としても、料理が冷めるのは面白くないのだろう。私が席に着くと殆どすぐに、その姿を見せた。立ち上がって作法を果たそうとする私を、節くれ立ったその手が制す。
「良い、良い。楽にせい。そうしてもらう為に、わざわざ食事の席に招いているのだからな。儂も忙しいので、朝食になってしまうのが、すこし気の引けるところなのだが、」
「何を仰られますか、光栄の至りです。」
歯が浮きそうになる。
向こうも着座した王は、
「さあ、食べたまえ。遠慮することはない。」
「有り難う御座います。」
年の功で体得した食事作法を完璧にこなして見せるが、成る程、少なくともこの瞬間の王は、その辺りに全く興味が無さそうだ。案外正直な人間ということか。
作り置いていた以上、流石に辟易する状態となっていると思っていたポタージュは、存外、というか充分に暖かだ。
「おお、それか。それは『火皿』と言ってな、熱を発す皿だ。便利なものだろう。」
毎度毎度の儀礼上の都合で、料理を口にする時には冷めきっていることが多かったのであろう、どこかの代の王がわざわざどこかの魔術師へこれを誂えたことを思うと、王族という人種へちょっとだけ同情したくなる。
胃袋、儀礼、(王の)時間、その手の様々な都合によってどうせ食べきれないことが明白だったので、礼を逸さない範囲で旨そうなものから口にしていた私が、そうしていると気取られぬよう器用に、次の皿を見定めていると、
「ところでだ、勇敢な騎士よ、」
来たか、
「何で御座いましょうか、」
「お主、最近余計なことをしているようだな。」
「……はい?」
出し抜けの敵意に、思わず固まってしまった。久方ぶりに、そして一対一としては初めて対面した王が穏やかだったので、てっきり、無茶な頼み事をされる程度だと思っていたのだが、
「惚けぬで良い、」
「申し訳ないのですが、惚ける以前に、何を仰られているか分かりませぬ、」
「でははっきり申そう。この度儂が肝を煎った法案を拒否しようなどと企てているようではないか。」
顔面の血の気が引き、寒けすら覚える。
どうする、しらばっくれるか? しかし、それには私の態度が拙かった。固まってしまったのだ。今から全面否定しても、あるいはまさに惚けてみても、何も説得力が有るまい。ならば、
「王、それについてはお答え致しかねます。魔導関連法案への拒否権行使は、我々十三騎士に独立した権限であり、あなた様からの干渉を受けるべきではないのですから。」
「お主一人が拒否への票を静かに投じるだけであるならば、儂も何も言わなかったろう。しかし、近ごろお主らの行っている根回しは、心の広いこの儂ですら見逃すことが出来ん。」
贅沢な料理でたっぷり湿らせた筈の口が、いつの間にかカラカラに乾いている。
「王、恐縮ながら申し上げれば、越権行為です。先ほども申し上げましたが、拒否権行使ヘ関してだけは、一切の干渉を許すことが出来ません。」
何故だ! それは、ウボス法拒否後に少々ややこしい事態になることは想定していた、王の機嫌を損なうことになるのだから。しかし、何故だ! 何故今、こんなに私は追いつめられている、何故、投票前に、こんな、……どこからだ、どこから露見した!
「ふむ、吠えるではないか。儂に逆らおうとは、」
「王、」目が血走るのを感じる。流石は一国の主か、私から殆ど睨みつけられているのにも拘わらず王は全く怖じなかったが、構わず私は続けた。「お言葉ですが、この私を、」
ちょっと躊躇った。
しかし、継いだ。
「どうにか、出来るとお思いでしょうか?」
いや、そりゃ、出来るだろう。殺されることはそうそうなかろうが、社会的に私を没落させる方法など億通りは有るに違いない。しかし、とにかく虚勢を張らねばならぬ私は、食事の為に手放して脇に立たせておいた杖を握り掛けてみせた。――実際に握れば、どこかから見張っているであろう王の近衛兵が飛び込んでくる可能性が有った、これがギリギリだ。
王は、鼻から大きく息を漏らして、
「確かにお主を取り押さえるなり何らかの刑に処すなりと言ったことをしようとすれば骨が折れようぞ。しかし、別にお主自体にこだわる必要も有るまい。」
思わず眉を顰める私へ向け、続け、
「お主に近しい人物、あるいは、お主以外の、儂に刃向かおうとする十三騎士、そしてそれらに近しい者共の、生命、身柄、身分。貴様等の行動はそれらを極めて危うくしているのだと知れ、愚か者よ。」
上の歯と下の歯の間に舌を挟んだ。そうしなくば、顎の顫えていることが、歯と歯の打ち鳴らす音で明らかになってしまったろうから。
舌をズタズタにし、自らの血の味を思いきり体感する私へ、王は、
「賢明なる騎士よ、今こそ訊こう。貴様達は、生きていたいのか?」




