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16 ヘイロ=ブロック
やや陰気な使用人に案内された、家主の趣味が現れている、薄暗い、黄色と暗い紺で調度が纏められた部屋で茶も出ずに待たされていると、成る程、すぐに目的の人物は一応現れた。肩口から爪元まで隈無く晒されている浅黒い肌に、後ろへ流れるように纏められた黒い髪、そして額で光る翡翠のアクセサリが調和をなしているのが目に入る。その、僅かに皺を刻み始めた顔の上で、元々非常に大きな目が、いつも通り化粧によってより大きくされていた。
「ようこそ、ブロック君。」
そう言いながら、彼女、光の十三騎士、〝鏡花〟のヤキロは大きくないテーブルの向かいに座った。その、ぼんやりとしている瞳に見据えられ、何となく落ち着かない。………さて、コイツはどっちかな。
「失礼ですが、」
「バイジーです、バイジー=ヤキロ。」
「そうでしたか、して、妹様の方は、」
「今は寝ておりますわ。」
〝鏡花〟は、バイジー=ヤキロとデイオレット=ヤキロの双子姉妹であり、恐らく、この世の誰も見分けがつかないのであった。
「お休みに? 確か、お二人へ申し上げたいことがあるとお約束していた筈ですが、」
「私と妹は、精神結合により殆ど一つの心を有しておりますの。私が君の話を聞けば、彼女も知ることになり、また、私が君の言葉から得る感想、結論、お返事は、彼女も同じように得、与える筈。だから、私一人でも何も問題ない。」
無表情のヤキロが、ほんの少しだけその細い眉を上げ、
「君が、この場で私達とことをなそうとでも言うのなら、別でしょうけれども、」
「いえ、滅相も無い。」
「ならば、私一人で応対させてもらうわ。そしてブロック君、君は私の名前を訊ねたけれども、やはりそれも何の意味も無いの。バイジーとデイオレット、どちらであろうと、同じこと。」
つい、居心地悪そうに座り直してしまった。
「成る程、精神結合というのはそういうものなのですね。理窟では分かっておりましたが、実際にじっくりお話しすると、中々、」
「中々不気味?」
図星を衝かれた私は迂闊にも一瞬黙ってしまったが、相変わらず石膏のように無表情のヤキロは興味無さそうに続けた。
「不気味かもしれないけれども、実に便利よ。単純に精神的活動の力が二倍になるし、また、こうしてデイオレットが寝ていてくれれば、私はその分元気に動ける――勿論逆でも全く構わない。」
私は御免だねえ、と思っている前で、ヤキロが続けている。
「今彼女は、昔の夢を見ているわね。昔々、この国が、もう少し穏やかだった頃、」
おっと、
「ヤキロ殿、丁度そのお話をしたいのです。」
顔を変えぬまま、首を傾け、顳顬の辺りを人差し指で支えることで訝しみを示すヤキロの姉の方へ、私は続ける。
「ヤキロ殿、俗にウボス法、と呼ばれる法案についてご存知ですか。」
「ああ、」元の、〝無表情〟の姿勢に戻った。「成る程、君が私の許へ来るだなんて、というより、他の十三騎士が訪ねて来るだなんて珍しいと思ったのだけれども、そういう話だったのね。拒否権の、話でしょう?」
抑揚の極めて稀薄な話し方が、何となく不安を煽る。
「お察しであるならば話が早い。ヤキロ殿、」
「ブロック君、まず訊かせて。あなた達水の十三騎士四名は、この件に関して一枚岩?」
ちょっと戸惑ったが、正直に、
「はい、」
「して、その意向は、」
「断乎反対、つまり、ウボス法成立を拒否すべきだと、」
一瞬だけ、ヤキロが微笑んだ気がした。しかしすぐにその口が開いたので、見間違いだったかもしれないが。
「いいでしょう。私とデイオレットは、あなた方に同調するわ。」
「本当ですか、」
「あまり大きな声を出さないで、ブロック君。この件に関して憂慮すべきところがあるとすれば、トゥネスト卿やサルヴェイ卿らの興を削ぎはしないか、ということくらい。そこが問題ないならば、拒否しない理由は無い。この国は今、戦争をしている場合ではないもの。」
思わず、胸を撫で下ろす。無事大役を果たすことが出来た。これで、六票。目標数の七票まで、大いに近づいたことになる。
あまりにも安堵が見え透いていたか、また、ヤキロが一瞬笑ったような気がした。母親のような、若輩者を可愛がる笑いだったのか、それとも未熟な者をせせら笑ったのか、その正体は定かにならなかったが。
良く礼を言って部屋を発ち、来た時と同じ陰気な使用人に出口まで案内される間に、私は二つ思った。十三騎士の訪問が珍しい、か。我々、それなりに睦まじい、水の道を修める十三騎士は、随分と幸福な身分なのだな。
こっちはどうでもいい感想だが、もう一つは実的だった。〝風〟の一派からの干渉、すくなくともヤキロへは及んでいないようだな。