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14 モズノ=カナカ
「どうかね、カナカ君。」
思案に没頭している中で上官のモーレに問いかけられた私は、余計な輩に話を聞かれぬよう一応周囲を見渡してから応じた。
「あの四人を討つ、あるいはそこまで行かなくとも当日無力化する算段は一応立てられました。」
「ふむ、後でじっくり聞かせてもらおう。」
「ただですね、色々と必要そうな物品が有るのです。そして残念ながら、それらは恐らくネルファンくらいからしか調達出来ないでしょう。」
上官は少々渋い顔を作ったが、
「まあ、技術力のことを考えればそういう事態も仕方があるまいな。まだ正式に交戦が始まったわけでも無し、何とかなるだろう。
ところでだな、十三騎士に関して政治な動きがあったらしいぞ。」
「十三騎士に?」
私は、大雑把な説明を受けた。その後、杖を痛くなるほどに頬へ押し付けつつ、ちょっと考え込んでから、
「その羽風が、濃霧の暗殺を指示したとは考えられるんですかね?」
「いや、その可能性は難しいだろう。簡単にトゥユリコが殺されるなどと、羽風程の男が考えるとは思えん。」
「ええ、ですから、失敗すると承知の上で、なんてのはどうでしょう。」
上官は唸った。
「ふむ、面白そうだが、トゥユリコが無意味に襲われることで何の得がコルチェフに有るのだろうかね。」
「まあ、それもそうですね。すると、羽風はもっと穏便な手段で動いていると考えるべきでしょうか。」
「ああ。なんと言ったってまず、トゥユリコ程に無いにせよ、他の十三騎士だって凡庸な魔術師や暴漢に殺せるわけが無い。ならば、やはり暗殺が失敗するか、あるいは簡単に依頼者の足がつくほど高名な者を暗殺者に使うしかなかろう。前者では意味が無いし、後者では同胞殺し、しかも英雄をそうしたという強烈な汚名によって一瞬で破滅だ。」
「そうですね。では、コルチェフは票減らしによる過半数では無く、堂々と七票を獲得しようとしていると考えるべきですか。」
「ところでカナカ君、コルチェフは、どちらへ票を動かそうとしていると思うかね。」
私はきょとん、としてしまった。
「え、明らかになっていないのですか、私はてっきり、」
「いや、なっている。しかしひとまず、君の頭で予想してみせてくれないか。」
「それは、勿論その経済改革法案を通して、 ……呼びづらいですねこれ、何か名前は無いんですか?」
「〝ウボス法〟、と呼ぶ者は居るらしい。」
「何でしょうか、それは?」
「神話の登場人物だ。一族の財産を絞り上げて決闘へ臨んだ男だな。」
「では、それで呼びましょう。で、最初の話ですが、コルチェフはそのウボス法を通そうとするでしょう。」
「何故そう言える?」
「最近のトゥユリコが厭戦屋となっていることを我々は摑んでおりますよね――そもそも彼女がそういうのを隠せるような性格でないのでしょうが――、そのトゥユリコをわざわざ切り崩そうとするのだから、当然コルチェフは反対、つまり好戦屋でしょう。ならば、そのウボス法を通さねば、戦争が起こせません。」
「概ね確からしいな。しかし、トゥユリコを〝厭戦屋〟と称するのは必ずしも適切でない。そうなのかもしれないが、分かっている客観的な情報としては、今この瞬間にネルファンが戦争を起こすことを濃霧が嫌っていると言うだけだ。厭戦というよりも、今ことを起こすのは得策でない、程度かもしれぬ。」
「成る程、失礼しました。というより、兵卒からの叩き上げである根っからの戦士たるトゥユリコとしては、その方が自然かもしれませんね。」
「あれだけの歳では、いつどう考えを変えているか分からんがね。実際、魔術上の転向もあったことだしな。しかしとにかく、君の言う通りに厭戦派と確定させるのは良くなかったろう。」
「ええ、失礼しました。で、とにかく、コルチェフはウボス法を通そうとしている、と。」
「ああ。」
私は、ふと気がつき、
「ところでです、そのウボス法が否決されるように我々から何かしら働き掛けることで、あの国を資金不足で大人しくさせておくというのはどうなのでしょうか。」
「暫くは騙せるだろうが、暫くのみだぞ。結局近い将来、充分な国力を蓄え、何処かの国、もしかすると我々をネルファンは叩きに来るだろう。そうなったら一巻の終わりだ。そして、火薬庫の改修という千載一遇の好機はもう二度と、――少なくとも、ネルファンが軍費不足による痺れを切らすまでには、決して訪れまい。」
「そう、ですか、」
私の不満は、見事に表情から見抜かれたらしい。
「カナカ君、命令だ。君はもともとの作戦へ完全に集中したまえ。そのような方向の工作の可能性についての検討は、もしも必要ならば他の者に担当させる。」
私は渋面を必死に抑えた。
「はい、分かりました。」
上官殿は去り掛けに、
「忠告しておくぞ、カナカ君。我々が行おうとしていることは、十三騎士の水の一派を消そう、あるいは無力化しようと言うことだ。水の一派は濃霧の元に一丸となっていると考えるのが自然であろうから、その四票はウボス法を否決しようとするだろう。つまり、第四火薬庫の攻略と、ウボス法否決への工作は相反する。そういう二者択一ならば、僅かな延命しか望めぬ方は棄却されるべきだろう。分かるな。」
「はい、分かりました。」
幸いなことに、私の生返事は特に咎められなかった。