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第四火薬庫  作者: 敗綱 喑嘩
第一章
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12

12 サン=リュ=トゥユリコの弟子

 二人の十三騎士が、一つの魔導的現象を起こそうとしていた。もう一人の方の、〝羽風〟のコルチェフの様子は遠過ぎて見えないが、師匠は私の目前で、精神を研ぎ澄ましている。目をぴたりと閉じ、しかし余計な力による皺は一つも刻まず、また小指が挿し込めないくらいに口を僅か開いた表情は、その完全な美貌を更に輝かせていた。杖を地面へ、まっすぐ向かいへ傾ぐように斜めに突っ立て、その大きく膨らんだ先端に施された独特の意匠へ照準を定めるがごとく、両手を親指から薬指まで絡ませつつ突き出し、その狭い脣の隙間から漏れ出るや出やざるやという程度の、幽き詠唱を行っている。向こうの、羽風の居る辺りから(つむじ)風のような音が聞こえてきた。それを合図に、師匠の目が開かれる。そして、未熟な私でも分かるほどに強い魔力を、その組み合わされた手から発した。魔力が――正確にはその気配が――走り、杖に到達し、駆け、駆け上がり、杖の先端を踏み切るがごとく天ヘ昇る。

「降れ!」

 殷々と師匠の叫び声が響き渡る。渡り、渡り、……何も起こらなかった。

 雪粒どころか埃の一つも零さない天を暫く忌ま忌ましげに睨みつけ続けた師匠は、ようやく気が済んだのか、……いや、済んではいないのだろうが、とにかく諦め、

「ったく、上手くいかないわね。」

「あなたが本気で魔力を振るえば、微小な氷を天中に生成させることなど容易でしょうに、」

 師匠がくるりと振り返った。

「馬鹿! それじゃあ意味が無いでしょうが! 天候を構成する要素を全部自分の魔力から捻出していては、すぐにガス欠を起こしてしまうわ。それではどうしようもないからこそ、私達は、僅かに摂動を与えるだけで、あとは自然に雨なり雪なり雷なり雲なり霞なり霧なり雹なり霰なり雷なりが勝手に起こるようにと、」

 〝雷〟が被っておりますが、とつまらない揚げ足取りをしてもしょうがなそうだったので、

「勿論分かっておるつもりですが、しかし、幾らなんでも、こんなかんかん照りで汗ばみすらする日に、雪をふらそうだなんて、」

「容易なことであれば、探求する必要なんて無いわよ。」

 それもそうですが、あなたが生きている間に完成しないくらい気長では、結局何も、

 そのようなことを申し上げるかどうか悩んでいると、いつの間にか向こうから〝羽風〟が近くまで来ていた。忌ま忌ましい日光を受け煌めくブロンドの髪で、自身の肩を撫でさせているこの十三騎士は、これまた彫刻のように引きしまった顔立ちをしており、師匠と並ぶと恐ろしいほどの美男美女の組み合わせとなるのであった。

 師匠も、なんとなくそのことを気に掛けたのか、溜め息一つを付いてから、会話を起こす気になる程度に大きく、つまり充分近くなった羽風の姿へ、

「しかし勿体ないわねえ、元が良いんだから、きちんと身嗜みくらい整えなさいよ。」

 更に寄ってきた〝羽風〟のコルチェフは、自身の顎の辺りを撫でつつ、

「いやはや、ついつい面倒になってしまいましてね。あなたの言うような器量の良さは自負しておりますが、しかし、それを朝の手間を省略するのに使ってしまうのが、私の悪い所だ。」

「罰当たりな奴ね。」

 相当の努力を投じて天賦の美貌と偽りの若さを維持している師匠は、性別の違いはあれど、他者の美貌のことが気にかかるらしい。確かに言われて見ると、コルチェフの顎の辺りは、

「ところでトゥユリコ殿、今回も上手くいかなかったわけですが、何か、感じる所は有りますか。」

 師匠は、再び目を閉じ、しかし今度は思いきり顰めつつ、

「分からないわね。まだ、理論が現実に即していないのでしょうけれども、だからといってそれをどう弄れば修正の方向へ向かうのか、さっぱり見当もつかないわ。まだまだ、実証が足りないもの。」

 この口振りだと、師匠なりに、この春めいた日に雪を降らす算段が本気で有ったということか。

「コルチェフ君、あなたは?」

「私も、残念ながら同じような所ですな。どこかの変数を弄ってみましょうかね。」

「水分がそのもの足りないってことは無いと思うのよね、あれだけ潤沢に施したのだもの。すると、刺戟か、あるいは打ち上げの威力か、あるいはあなたとのタイミングか、」

「その辺りを、虱潰しにいくしかないですかな。ではまず、タイミングを少し変えてみるのはどうでしょう。」

「ええ、少し、こっちが早めにしてみるわ。」

 今一よく分からない会話を師匠と繰り広げ、次の試行の為に一旦(そびら)を返した羽風であったが、再びこちらへ向き返し、

「ところでトゥユリコ殿、お体の方は、」

 師匠は一瞬本気で困惑したようだったが、すぐに気が付き、自然に延ばした腕の先、両の掌を腰の高さで羽風へ晒すことで、話題の毒の無さを強調しつつ、

「ああ、この間のドーグ通りで刺された掛けたあれ? 噂になっている通りよ、何ともなかったわ。」

「それは良かったですな。何しろ、最近()()と穏やかでないですから。」

 もしかするとこの世の誰もよりも長く師匠の顔に見惚れてる私だからこそ気がついたのだろうか、刹那、この羽風の言葉を聞いた師匠の表情が迂闊に乱された気がした。もしかするとそもそも気のせいだったかもしれない。しかし、とにかく羽風には察せられていないだろう。

 と言うわけで師匠は平然と、

「そうね、なんでかしら、」

「経済改革の法案では無いですかねえ、私の思う所には、」

 師匠が、一瞬であったが、しかし今度は明らかに凍った。その隙を衝く、羽風の追撃、

「あなたにはもう話してありますよね。今度提議されるとされているあの法案――〝ウボス法〟、と呼ばれましたか――は、ここ四半世紀、いえ、もしかするとここ百年で最も重要なものとなるやもしれません。それをどうこうするためには、十三票中の七票がどうしても必要ということになっている。しかし、もしも、もしも欠員が出れば、生き残りの過半数で良いわけですから

「ですから、何者かが闇雲に騎士の頭数を消そうとしたって? 馬鹿馬鹿しい、」

「あなたも思うでしょう、愚かであると。そう、愚かです。ですからこそ、最も偉大な実力を持つのに、しかし最もか弱そうな見た目を持つあなたの狙ったのではないですか。」

「飛躍が有るわ、コルチェフ。自分で言うのもなんだけれども、私を敢えて狙うことは愚かの証明であるという所までは認めてもいいかもしれない。そして、一票の為に十三騎士を実力でどうこうしようというのも暗愚この上ない、こちらも充分条件だわ。しかし、その愚かさの根幹が同じであるという保証が無いではないの。つまり、同じ結論を示す根拠を並べてみても、それは何も論理を構築しないわ。彼は聖典を諳んじることが出来るから敬虔である、そして、彼は毎日祈りを捧げているから敬虔である。……だから、何? 何か新しい結論が生まれている?」

 まるで講義でもしているかのような理窟っぽすぎる言葉と、だんだん熱く固くなる声音が、師匠の不機嫌を露骨に示していた。これだけでも背筋が凍りそうになるのに、羽風は、まるで逆撫でるような飄々さで、

「やめて下さいよ、トゥユリコ殿。あなたほどの海千川千のお方が、現実へ厳密過ぎるロジックを持ち込むことの虚しさをご存知ないわけ無いでしょう。『愚かであろう、ならばもしかするとそれが原因であなたを狙った、かもしれない。』、それで良いではないですか。」

 おいおい、よせよせ、そこらで、

 しかし、羽風は続けた。

「トゥユリコ殿、何を、苛立っておられるのです?」

 師匠の怒鳴り声が耳を劈くことを恐れ、思わず耳を手で塞ぎかけたが、しかし、聞こえてきたのは、あまりにも大きな溜め息だけだった。そっちを見てみると、呆れ顔の師匠が、

「あまり馬鹿にしないでくれる、コルチェフ君? そこまで露骨に挑発されると、なにか裏があることが見え見えで逆に冷めてしまうわ。今で言うと、私を怒らせて口を滑らせようとしているのでしょう? ああ、分かったわよ白状するわよ。私は、その経済改革法案に関しては、あなたのことを警戒している。あなたが票を切り崩して、何かをしでかそうとしているのでは無いかと不安に思っている。これでいい? これであなたは満足する?」

 言葉とは裏腹に、師匠はコルチェフの反応を待たず、また、それを見ようともせずに続け、

「で、あなたの、今日のような天候術の研究における協力には心から感謝しているわ。でも、そういう政治的な話においては、悪いけれども与することが出来ない。今後の我々の友交の為に、そして豊かな研究の発展の為に、そういう話題を私の前で持ち出さないで欲しいの。お願い出来ない?」

 コルチェフは、たっぷり黙り込んでいたが、

「分かりました。御無礼をお許し下さい。」

 と素直に言うと、次の実験の為にまた向こうへ歩き去った。

 師匠は、私のことをじっと見つめると、

「他言は無用よ? 色々と、」

「ええ、勿論です。」

 そうして、再び師匠は集中を始めた。

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