ジョブチェンジした従業員と私と副長さん
これまたさらっとお読み下さい。
「ねぇ、ギハ」
「なんだぁお嬢~、もしかしてあれの事か?」
「もしかしなくてもあれの事よ」
さて、こんにちは。
王都静寂通りの魔道具店店主イーハです。だらっとカウンターに片肘ついて座っている男は色々あって従業員になったギハ。最近通りにも馴染んである程度人も覚えてきたから気を抜いているのか知らないが、寝癖つけたまま接客してる事があるからスマートに接客してるけど大分間抜けだわ。まあ仕事はちゃんとこなしてるし害虫駆除もしてるから一応寝癖ついてる事を指摘する位で放置してるけども。
それはさておき、問題は入り口の扉の前でこちらを見ながらも決して入って来ない人だ。
群青色の隊服をピシッと着込み、寝癖など見受けられない銀髪はキッチリ後ろに流されて乱れなどなく綺麗にセットされていてカウンターでだらだらしてるギハに見習って欲しい。そんなあの人は、憲兵隊の副長さんである。
「う~ん、もう開店はしているしガイナーさんたらなんで入って来ないのかしら……」
微動だにせずただただ扉の前に立つガイナーさんに首を傾げ、何故入って来ないのかと疑問がぐるぐる。かれこれ30分程はああしているし、なんだろうなぁで済ますのも限界があるもの。ギハはギハでカウンター周りのディスプレイになにやらご執心でさぁ~とかへぇとか生返事でガサゴソしてるし……………あら?そう言えば開店準備中もギハずっとカウンター周りにしか居なくなかったかしら?んん?
「ちょっとギハ、聞きたくはないけれど開店の札出したわよね?」
「お嬢が出したんじゃねーの?」
「え、私出してないわよ!朝ご飯の時に頼んだでしょ?」
「そうだっけ?んー、まあ今から札掛けりゃ問題ないだろ!」
カウンター横の棚から営業中の札を出してガイナーさんの待つ扉を開いて、さも今店に降りてきましたよみたいな感じで、いい朝だなおはようなんてよくもまあ普通に言えるギハに短い間柄だけどそういう図太い神経は尊敬していると一人で頷いた。いやまあ、ガイナーさんもガイナーさんでそうだなおはようと普通に返してるからガイナーさんの事も尊敬すべきだろうか?だって結構な時間居るのが分かってて放置してた訳だし、でも何故声位掛けてくれなかったのか!チラチラ見たからたまに目合ったよね?私もスルーしたのも悪いかな………。
「ガイナーさん、待たせちゃってごめんなさい。私てっきり札出してると思ってたから何で入って来ないのかと思って」
「いや、構わない。それよりイーハ、先日のブレスレットだがあと3つ用意を頼みたい、可能だろうか?」
「3つですか、まあ……七日程待てるのなら出来ますよ。待てないのなら無理ですねぇ」
「ふむ、期限は問わん。出来次第納品してくれ、俺は巡回に戻る。ではまたな」
用件を済ませキビキビとした足取りで巡回へ戻っていったガイナーさんに真面目も良いけど、変な所で融通がきかないわとまたカウンター周りのディスプレイを始めたギハの頭を叩いておいた。なんでぬいぐるみを並べてるのよ!しかも可愛いやつ! 私も欲しい。今日から私の店をファンシーショップにする気かしら?
「どこからそんな可愛いぬいぐるみ仕入れてきたの?この辺で売ってないわよねぇ」
「あ?これ俺が作ったんだけど。布屋のじじぃと仲良くなったついでにかなり値引きしてくれてよ~、綿もくれたし作ってみたんだが売れそうだろ?俺ってば器用~っ」
だははとふんぞり返るギハの手には、兎のぬいぐるみ。チェックやストライプといった柄物から赤や青に白と無地の布で作られたそれらは、垂れ耳だったりピンと立った耳だったりとパターンがいくつかあるようで、円らなボタンの目が愛らしい。これをこの男が作ったのかと思うと大変、ええ!大変複雑な気持ちになるけれど。カウンターに並べられた中から垂れ耳で白色の子を手に取ってくるりと後ろも見てみれば、尻尾は毛糸で作られているみたいでもこもこしててそこもまた可愛くて、でもしつこく可愛いだろ?と聞いてくるギハは邪魔である。
「悔しいけど確かに可愛いわね。これだけの出来なら雑貨店に卸してみたら?何軒か知り合いがいるから相談したら高値で買ってくれるんじゃないかしら、まあ面倒ならそのままカウンター周りに置いて売るといいわ。ただ、知っての通りこの店はあんまり女子は来ないわよ?憲兵さんやら近衛の方やらで男の人が多いもの」
「ここにある分しか作ってねぇし作る気ないからこのまま売らせてくれ。お嬢にはその白いやつやるよ、気に入ったんだろ?枕元に置いたら毎晩俺の事想いつつ眠れるな!」
「それはないわね。にしても凄いギャップよねぇ、こんなの作れるなんて。意外だわ…………そう言えばガイナーさんも意外な一面があるのよ、知ってる?」
中々に緩い雰囲気と言動のこの男がチクチクと地道に針仕事をして、しかも出来もよろしいときたら意外性は十分だろう。けれど、先程までいたガイナーさんも十分意外性にとんだ人物なのはこの界隈では有名な事。
くれるらしい白い兎さんの腕をくいっと持ち上げて、意外性ねぇと首を傾げているギハを指しながら答えた。
「ガイナーさん公私はキッチリ分けるタイプなのよ」
「はあ?なんだそりゃ、俺だって公私は分けるんだけどお嬢」
「あなたは大して変わらないわよ。そうじゃなくて、勤務中とプライベートじゃまるで違うんだから別人よあれは。そうだ、今日は外食しましょう。ガイナーさん行きつけの食堂ね!驚くわよ、きっと」
余計に怪訝な顔になるギハを横目に、久し振りに呑んじゃおうかとうきうきしてきた。
***
「イーハじゃないか!なんだ珍しく呑みに来たのか。それとも、俺に会いに来てくれたのか?」
「ギハと呑みに来たのよ。ガイナーさんはもうそんなに女の子引っかけたの?相変わらずねぇ~、ツムナおばちゃん適当にお酒と食べ物二人分見繕って」
「おい、お嬢……」
目も口も開けてガイナーさんを凝視するギハをカウンターの席に座らせる。
後ろのテーブル席に座るガイナーさんは両手に花所か全方位に花が囲んで甲斐甲斐しくあれを食べてこれを呑んで、なんなら私も?みたいなきゃっきゃウフフな楽園を築いているのだ。周りの男どもの視線もなんのその、君たちのような可憐な花に囲まれて俺は幸せだとか言ってるのは私は鳥肌なのだけれど、何故かより一層キャーキャー言ってるのが不思議。
「これ、ここの名物よ。ガイナーさんたら勤務が終わったら、ただのナンパなおっさんなのよね。まあ見た目若いからギハより年下に見えるけど」
「ささ、詐欺だぁっ俺だって俺だって」
「囲まれたいの?」
「いやあれはやだけどっ!なんだよあれ、もう勤務中に会ったらネタとしか思えないだろうがっお嬢は平気なわけ?!」
「あら、勤務中は嘘みたいに真面目なんだからいいじゃない。ああいう変な人が街の平和を守ってんのよ、怖いわね」
「王都コワイ……あと俺は一途でピュアだから」
あれはないと虚ろな目をし出したギハにあなたも十分変な人よと一途でどうのという台詞は流して運ばれてきたビールを煽った。




