第1話‐6 与えられた『力』
午後。俺はスバインまでの同行を頼みにルジのいる猫耳集落を訪れていた。
ついでに、多少なりとも剣を使えるようにと相談を持ちかけた結果、まずは素振り一〇〇〇本やってみろと言われた。
「ふむ、そういう事なら同行するのは構わないが。何度か訪れた事もあるし多少は役に立てるだろう」
「そ、そうか。それは助かるっ…けど、どうだ?少しはマシに見えるようになったか?」
「専門ではないから詳しくはわからん。だがまあ、単純に鍛錬が足りないんじゃないのか」
「やれって言ってその言い草もないだろ。そりゃまあ、こんな物振り回す機会はなかったけど、さ!」
「待て、とりあえず今ので一〇〇〇回だ。休憩にしよう」
そう言われた俺は、地面に大の字に寝転んで息を吐く。
「はぁぁぁ…やっぱりそうそう美味い話もないもんだなぁ…」
「何の話だ?」
「いや、独り言」
時間は今から少し遡る。
「能力が七つ?一つではなかったのか?」
「俺はお前からそう聞いたんだがな?」
サラサにそう言うと、不思議そうに首をかしげた。
無理もない、俺だってわけがわからん。
「まあ、『七つの能力を使える能力』って解釈なら一つで間違ってないけどさ」
「何じゃその無茶苦茶な理屈は。で、何があるのじゃ?」
「全部はわからん。どうも俺のレベル次第で段階的に解放されるみたいだし」
「うーむ、何とも中途半端な話じゃの…何か使えるものはないのか?」
「んー?『身体能力強化』ってのは使える」
そう。頭の中に響いた声は、俺に七つの能力を授けると言った。
だが、頭に浮かぶのはこの『身体能力強化』のみである。
なのでおそらくは、RPGによくある成長の度合いによって新しく何かができるようになったりするのだろうと推測したのだが。
「とにかく、これ以上の情報はないから何ともなぁ」
「それはそうじゃが…」
「スバインであれば、人も多く出入りしますからな。ついでに少し情報を集めてみればよろしいかと」
「ですね。そうしてみます。っと、じゃあルジの所に行って同行を頼んでくるかな」
アルバ氏の提案にそう答え、宝物庫を後にしようとした俺に、サラサが声をかけてきた。
「あ。そうじゃエイト」
「何だよ、土産の相談なら後にしてくれないか?」
「ち、違うわ阿呆!その武器の件、余も書庫を漁って調べてやろうとじゃな!」
顔を真っ赤にして怒鳴るサラサを見て、根は優しいんだよな、と改めて思う。
「冗談だよ冗談。期待してますよ、魔王様」
「ふ、ふんっ!さっさと行け!」
「へいへい。じゃあ行ってきます」
答えてひらひらと手を振り、俺はルジのもとへと向かったのだった。
で、現在に至るのだが。
やはりというか何というか、剣を振る、それだけの事がとにかくしんどい。
剣道の授業で竹刀を振った事はあるわけだし、その要領でやればいいかと安易に考えていたけれど、まったく甘い考えだったと気づかされた。
初めて持った時は金属の割には軽いと思ったが、いざ振り回してみると当然だが重い。
しかもこれで小剣サイズである。長剣じゃないのかとか一瞬でもガッカリした俺を殴ってやりたいわ。
とまあ、ここまでが素振りをしてみた感想なのだが、俺にはこの状況を打開する秘策がある。
起き上がり、もう一度七彩を構える。
「よし、能力使ってみるわ」
「ん、ああ。『身体能力強化』というやつか」
ルジに軽く頷き、意識を集中する。といっても、単に頭の中で『身体能力強化』と念じるだけだ。
しかしちょっと少年の心に火のついた俺は、せっかくだからと口を開いた。
「よし、『身体能力強化』発動」
うん、予想以上に恥ずかしい。が、これはこれで気持ちいいものがあるな。
次からは呟く程度にしようと心のメモ帳に刻み込む。
それで、肝心の能力はというと――
「な、何も変わったようには思えん…」
もっとこう、体の内側からあふれ出すパワー!とかそういうのを期待していたのだが、どうにも変化があるようには思えない。
するとルジが信じられない事を言い出した。
「いや、見た目にはわからんのかもしれん。試しに俺が殴ってみればいいんじゃないのか?」
「ま、待て!もし違ってたら死ぬ!」
ルジの意見は即却下する。あんなゴツい腕で殴られてもし強化されてなければ間違いなく昇天だ。
「そ、そうだ。とりあえず剣を振ってみよう!そうしよう!」
そう言って七彩を振ってみる。
ブォン。
お?
ブォン、ブォン、ブォン。
おお!軽い!軽いぞ!
さっきまでの重さが嘘のように軽い、まるで羽のようだ。
「おお、見違えたな。なるほど、それが『身体能力強化』というわけか」
「うおおおおおお!かーるーいーぞー!!」
ルジが驚きの声を上げるが、ハイテンション状態の俺の耳には入らない。
それから夕方まで走ってみたり、思い切りジャンプしてみたりと色々試してみたのだが、その結果わかった事が二つある。
まずはどの程度身体能力が底上げされているかという部分。
これに関しては計測器があったりするわけじゃないからはっきりとは言えないが、おおよそ三割増しといったところだろうか。
たかが三割と侮るなかれ。身体能力を三割底上げしてくれるというのなら、俺自身が体を鍛えれば鍛えただけ効果は大きくなるのだ。
その為、日々の日課に筋トレや武術の鍛錬などが加わったが、どうせ娯楽も大してないのだ。空いた時間の暇つぶし程度に考えておけばいいだろう。
もっとも、ルジは剣術に明るいというわけではないようだし、本格的にやろうと思えば師匠的な人が欲しいのだが…
まあそれは、国が安定してからおいおい考えていけばいいだろう。まずやるべきはスバインとの交易路の開拓、それから国内の生活基盤の安定化だ。
それに、もう一つわかった事実の方が深刻だしな。
「う…い、いた、痛い…」
「ただでさえ鍛え方が足らんのにあれだけ動けば筋肉痛になるぞ。どうする、何ならうちに泊まっていっても構わんが」
やれやれと呆れた様子で言うルジに、俺はギシギシ悲鳴を上げる首をゆっくりと横に振る。
「い、いや。出発の準備もあるし帰るわ…」
「いや、むしろその状態で明日は大丈夫か?」
「だ、大丈夫。明日、準備ができたら城まで来てくれ」
いくら今すぐ敵が攻めてくるわけじゃないにしても、行動するなら一日だって早い方がいい。
ルジは俺をしばらく眺めていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「…わかった。今日は早く寝るといい。明日の朝にはそちらへ伺おう」
「ああ…じゃあ、また明日」
ルジと別れて帰路についた俺は、痛む体を引きずって城へと戻る。
いつもなら日暮れ前に帰れるはずの距離なはずが、城の門をくぐる頃にはすっかり夜になっていたのだった…