第1話‐5 その名は
サラサとアルバ氏に伴われ、俺は宝物庫へと足を踏み入れた。
まあ宝物庫といえば聞こえはいいが、どう見ても倉庫である。
当然金銀財宝なんてものはあるわけもなく、入った傍から古い鍋やら掃除用具が乱雑に放置してある時点でお察しではあったが。
部屋の中ほどだろうか、簡素なテーブルの置かれた少しだけスペースのある場所で足を止めたアルバ氏は少々お待ちください、と言い残してガラクタの山を縫うように奥へと消えて行った。
アルバ氏を待つ間、俺は暇つぶしにサラサに声をかける。
「わかっちゃいたけど、ホンットに貧乏なのな…」
「う、うるさいわ。そもそも我が一族は貴族でもないのじゃから仕方あるまい」
「は?貴族でもないのに王なのか?王ってのは貴族の親玉みたいなイメージなんだが」
思ったままに口にする。少なくとも俺の中では王というものはその土地の有力者のトップだという印象なのだが、この世界では違うのだろうか?
するとサラサは俺の内心を見抜いたかのように軽く頷いた。
「うむ、まあ一般的にはその認識で間違いはない。我が一族が少々特殊なだけじゃ」
「特殊?」
「エイト、魔王がどういうものかは説明したな?」
「ん、ああ。まあ、ざっくりとは」
俺は頷く。確か初日にアルバ氏が、魔王とは魔法の王だとか何とか言っていたはずだ。
「我が始祖は、元々はある大国の宮廷に仕えておっての。その魔法の力たるや世界に轟くほどだったと言われておる」
「そりゃまあ、魔王ってくらいだしなぁ。俺は魔法はよくわからんが、その辺のひと山いくらとは違ったんだろ」
「その通りじゃ。その気になればその大国の大半を更地にできるほどの力じゃった…始祖は強すぎたのじゃ」
そう言うとサラサは俯き、悔しそうに唇を噛んだ。が、一瞬の後に顔を上げて話しを続ける。
「あとは単純な話じゃ。他の貴族やら王族が始祖の力を恐れたのじゃ。手元に置いて謀叛を起こされても困る。かといって追い出してよその国に流出してしまうのも後々の禍になるやもしれん。そこでとった手段が王位をくれてやって辺境に追いやる事じゃった」
「何でそんな回りくどい真似を…」
「権力に溺れた下衆の思いつく事じゃ。権力を与えてしまえば大人しく尻尾を振るとでも思ったのじゃろ」
要は、権力がもたらす旨味を知っているからこそ、それを失う事に恐怖を覚えたのだろう。理解できなくもないがそういうのは個人的には好きではない。
決して平社員だった自分が上司からの無茶振りに耐えてきたからという理由だけではない、はず…?
「しかしまあ、連中にとって誤算というか幸運じゃったのは、最初から始祖にそのような野心がなかった事じゃな。日がな研究と読書に明け暮れるだけの生活ができる今の環境を、始祖は愛していたそうじゃ」
「ああ、君臨すれどもって統治せずってそういう…」
「ん?何じゃ?」
「いや、何でもない」
その始祖が好きな事を優先した結果、今ここにある危機なんだなぁと直感したが、口には出さず胸にしまっておく事にした。
サラサの話しぶりを見る限り、始祖を敬っているようだし。先祖について外野がどうこう言うのは無粋というものだ。
「で、その大国とやらはどうなったんだ?いくら肩書だけとはいえ地位を与えて追い出して放置ってわけでもないだろ」
「ああ、始祖を追い出して数年後に周辺国から袋叩きにあって亡びたそうじゃぞ?始祖の力をチラつかせて色々やっておったようじゃからの。自業自得じゃ」
「…なんつーか絵に描いたような無能だな」
「うむ、それについては余も開いた口がふさがらんわ」
盛者必衰とはいえ、国が亡ぶというのは意外と単純な事なのかもしれない。そう考えればサラサの一族は国を追われてよかったのかもしれないなと思っていた時、奥から木箱を抱えたアルバ氏が戻ってきた。毎回タイミング良すぎだろこの人。
「お待たせいたしました。こちらが、エイト殿にお使いいただく武器でございます」
そう言いながら木箱をテーブルの上に置いた。細長い木箱は、1メートルもないくらいの物で、想像していたより随分小さい。
「何でも数代前の魔王様が手に入れたと伝わっておりますが、少々変わった武器でして」
「変わった?」
「はい。『召喚者』専用の武器だそうで、この世界の者では使いこなせぬと」
「え?という事は、以前にも召喚を?」
俺の質問にアルバ氏は首を横に振る。
「いえ、魔力の宿った珍しい武器という事で。研究材料にと入手された物だと当時の記録に」
「そ、そうですか…」
なるほどこの一族、研究好きなのは遺伝のようだ。しかし召喚者専用というのは興味がある。○○専用って響きはいつだって男のロマンだ。俺は少しワクワクしながらアルバ氏に問いかけた。
「あの、開けてみてもいいですか?」
「ええ、勿論でございますよ」
「エイト、早く、早く開けてみるのじゃ!」
「わ、わかったから急かすなって」
どうも興味津々なのは俺だけではないようだ。サラサにせっつかれて俺は木箱の蓋をそっと開けてみる。
「これは、剣、か?」
「剣じゃの。少し小振りな気もするが」
「ふむ、どちらかといえば小剣でございますな」
木箱の中には刃渡り七〇センチほどの幅広の剣が一振り入っていた。日常よく目にする包丁などに比べれば確かに長いが、何だろうもっとこう、ファンタジーでよく見る剣に比べて小振りなそれを見て、少し期待外れというか…
いやそれはいいとして、この形状はどこかで見た事があるような…?
何だっけ、前にネットでたまたま見かけたんだよなぁ。
しばらくそれを眺めて記憶の引き出しをまさぐる。
そして、俺はやっと思い出した。
「ああ、グラディウスか!」
「知っておるのかエイト?」
「ん?いや、これがそうかはわからないけどさ。俺のいた世界で大昔にこれと似たような武器があって」
「大昔?という事はそなたの時代にはないのか?」
「レプリカくらいならあるかもしれないけど、日常生活ではあまりお目にかからないな。少なくとも俺の国じゃ武器なんてほとんどないし」
「ほう、武器もいらぬとは平和な世界なのじゃな」
「いや、戦争もあるし完全に平和ってわけでもないんだけどさ…いや、その話はまたいずれな」
とりあえずグラディウス(仮)に恐る恐る手を伸ばし、持ち上げてみた。金属製の割には軽いというのが最初の感想だった。もっと重そうなイメージだったのだが。
次に刀身を眺めてみる。角度によって様々な色を見せる不思議な金属。
また、近くで見ないとわからなかったが、刀身にうっすら木目状の模様が浮かんでいる。これも見た記憶があった。確かダマスクス鋼とかいったっけ。
そうしていると、ふとある疑問が浮かんだ。
「んー…?どこが召喚者専用なんだ?」
召喚者専用というくらいだから何かしら起こるかと期待していたのだが、今のところ何も変化がない。持ち主も普通なら武器も普通なのか…
少しガッカリしたのだが、こればかりは仕方ないのだと諦めていると、アルバ氏が口を開いた。
「こちらの紙が底に入っておりましたが、説明書きのようでございますよ」
そう言って俺に古い紙切れを手渡してきた。が、どういうわけだか読めない。そういえば今まで気にした事もなかったが、どういうわけか日常生活では読み書きに困る事はない。
まあそれは今はさておいて、だ。
どうしたものかと考えあぐねていると、サラサが目を輝かせながら俺の手元を覗き込んできた。
「どれどれ…?ははぁ、これは古代文字じゃな。それもご丁寧に暗号化しておるわ」
「お前、読めるのか?」
「任せておくがよい、こういうのは得意分野じゃ。さ、それをよこせ」
「あ、おい」
言うより早く俺から紙切れをふんだくると、穴でも開ける気なんじゃないかという勢いで見つめ、時々なるほど、とかふむふむ、とかブツブツ呟いている。
そうしてしばらくの時間が過ぎた後、サラサは顔を上げた。
「読めたのか?」
俺が尋ねると、サラサは大仰に頷く。
「当然じゃ。余は魔王であるぞ。この程度は我が一族が培ってきた知識を以てすれば大したものでもないわ」
ドヤ顔でふんぞり返った。殴りたい、この笑顔。
「で、何て書いてあったんだ?」
「まあ待て、そう急かすな。まずは余に感謝をじゃ…痛っ!?何をするのじゃ貴様!?」
「すまん、何かムカついて」
思わずチョップを叩き込んでしまった。サラサは頭を押さえて涙目でこちらを睨んでいる。
「すまんではないわ!余は主君じゃぞ!?」
「まあ落ち着け。で、何て書いてあるんだ?」
「誰のせいじゃと思っておる!まったく…読むぞ?」
ブツブツ言いながらも、古代文字を読み上げてくれる。
その内容というのは、要約すると以下の通り。
・そもそもこの説明書は、これを手に入れた数代前の魔王が研究したレポートらしい。
・そしてこれは、召喚者が振るえば何かしらの特殊能力を一つ得る事ができる。
・それが召喚者専用と呼ばれる所以で、召喚者がこの世界の者を凌駕するというのはこの特殊能力によるものであるだろうという事。
・こうした武器は世界中に神話や伝承として伝わるものであり、これはそのうちの一振りだろうという事。
・能力はどのようなものがあるのかは不明。
・しかし前述の神話や伝承などに伝わる武器がそうであった場合、嵐を呼ぶ、海を割る、不死の体を得る、など真偽のほどはさておいてもこの世界の常識をはるかに超えるものであろうという事。
・また、その力を引き出すためには所有者が武器に銘を与える事で可能になるという事。
・銘を与える事で所有者の魂と同調し、所有者が死ぬまでは他者への委譲は不可能だという事。
「とまあ、こんなところか?」
「う、うむ…そうじゃな」
サラサの歯切れが悪いが、大体こんなところだった。さしあたってはまず、銘をつけない事には始まらないらしい。
「しかし銘っていってもなぁ…」
俺は腕を組んで考える。あまり短絡的な銘をつけるわけにもいかないが、厨二病全開の銘をつけるのもよくない。
仮に神剣○○とかうっかりつけてしまった日には、一生その名前を背負わなければならないわけで。黒歴史と添い遂げる勇気は俺にはない。
気取り過ぎてもなく、野暮ったくもなく。さじ加減が難しいな…
ふと剣に視線を落とす。ロウソクの明かりを受けて光る刃は、虹色に輝いて見えた。
「…七彩?」
何気なく呟いた瞬間。
剣が突然輝きだし、室内を閃光が埋め尽くしていく!
「うわっ!?」
「な、何じゃ!?」
「ま、まさか、今のが銘になったのかっ!?」
「阿呆!つけるならつけると言わんか!こちらにも心の準備が!」
「お、俺だってそんなつもりじゃ…!」
あまりの眩しさに目が眩み、軽くパニックになる俺とサラサをよそに光は一層強く輝き――消えた。
強烈な光が収まり、ゆっくりと目を開ける。室内には何の変化もない。剣もそのままそこにある。こちらも変化した様子はなさそうだ。
「ど、どうなったんだ?」
「エ、エイト、何か変化はないのか?」
「いつも通りだと思うが…」
「そ、それでは今のは何だったのじゃ!」
「さ、さあ…?」
何もかもわからない。俺の体にも何の変化も感じられない。
サラサの先祖も銘を与えたらどうなるかくらい書き残しておいて欲しかったが、これ以上は召喚者がいなければわからなかったのだろう。
「エイト殿、剣を握ってみてはいかがですかな?」
「え、あ、ああ」
アルバ氏の声で、少し冷静さを取り戻す。
そうだ。剣に銘を与えた以上、外見からはわからなくても剣自体が何かしらの変化をしている可能性はある。
俺はおっかなびっくり剣に手を伸ばし、柄を掴んだ。瞬間、頭の中に声が流れる。
抑揚のない、機械音声のような声。
『契約は成った。新たな所有者へ力を』
『そなたに与える能力は――』
その後しばらく脳内の声に耳を傾けていたが、声が途切れた後、思わず俺は声を上げた。
「は!?おいちょっと待て!話が違うだろ!?」
「な、何じゃエイト!?黙ったと思ったらいきなり叫びおって!」
突然叫んだ俺に驚いたサラサ。まあ無理もないだろうが、こっちもそれどころじゃない。
俺はサラサに詰め寄った。
「おいサラサ、お前さっき読み上げた内容に間違いはないな?」
「は?た、多少語彙の異なる部分はあるやもしれぬが内容自体は間違っておらんぞ?」
「じゃあ何で…」
「エ、エイト一体どうし――」
「何で能力が七つもあるんだ?」