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第1話‐3 生きていくためには

 城は、なだらかな丘の上にぽつんと建っていた。見下ろした先には城下町がなんて、考えていた俺が馬鹿だったのか。

 緑、緑、緑…ほぼ周囲は森、いや樹海だろ。といった風景の中、わずかばかり開けた土地に、申し訳程度に民家があるのが見える。


 「これは…どう判断すればいいんだ…?」

 「ここから見える範囲が我が領地じゃ。ふふん、なかなか壮観であろう」


 うっすい胸を張って自慢されても。間違いなく領地ではあるんだろうが、これは何かこう、違うような?


 「なあサラサ。お前の国?はどのくらいの人口なんだ?」

 「人口?そうじゃなぁ…よくわからぬ」

 「いや待て。曲がりなりにも王が人口すら把握してないとかおかしいだろ」

 「とりあえずそこの集落には百人くらいはおるぞ?で、ここからだとわかりづらいが向こうのあの辺りと、確かあそこ辺りに集落が――」


 指をさしながら説明してくれるんだが、うん。木しか見えん。そもそも俺の質問の意図が正しく伝わっていないような気もする。


 「わかった。人口の話はとりあえず置いておいて。どうやってお前の一族はここらを統治していたんだ?」

 「統治などしとらんぞ。始祖の代から『君臨すれど統治せず』が家訓じゃからな。一応領有権は認められてはいるが、それぞれの集落ごとに自治は任せておる」


 頭が痛くなってきた。いくら家訓だか知らんがそれはただの間借りと何が違うんだ、と。


 「まあそもそも集落とは言っているが、種族単位で集落を形成しておるだけだからの。何かあった時には触れを出して手伝ってもらったりはするが、基本的には互いに不干渉じゃ」

 「いやだからそれを国とは言わんのだが。そもそも種族とか言ってたがそれはどういうことだ?」

 「まあ、簡単に言えば亜人じゃな。そこの麓に住んでおるのが『猫耳族』、あっちの集落が『エルフ』といったようにの。他にもオークやらゴブリンの集落もあるぞ」


 おおう、ファンタジー生物がさらっと登場。さすが異世界。しかしまあ、あれだ。何で『人間』がいないんだ。


 「人間の集落はあるのか?」


 俺の質問にサラサは首を振った。


 「たまに人間の商人が来るくらいじゃの。そもそもここは辺境じゃし、人間に住処を追われて流れ着いた亜人がほとんどじゃ」

 「さらりと重い事を言うなよ…まあそれはわかった。じゃあ何だって、周囲の争いの矛先がここに向かうと思うんだ?」

 「単純に領土を拡げたいのじゃろ。あとは資源じゃな。この辺りの樹木は材木として高値で売れるらしいし、向こうの山からはそれなりに鉱石も採れる」

 「うーん。それならまあ、確かにそれを欲しがる連中もいるかもなぁ」

 

 目の前に宝の山が置かれているようなものか。それでちょっかいをかけようと思いながらも、お互い牽制しあって小競り合いが起こる、と。

 思ったより事態が切迫しているような気がする。たまたま周辺国の均衡が保たれているからこうして暮らせているだけで、どこかが盤面をひっくり返してしまえばそれで終わりだろう。

 つまり、侵略側の都合で生かされているに過ぎないのだが…サラサはどこまで把握しているやら。


 「万一、その他国が攻めてきたとして、戦力としてはどの程度集められる?」

 「五百から千、かの」

 「嘘だろ無理ゲーじゃねえか」

 「むりげー?」

 「いやこっちの言葉だ、気にするな。とにかくまずいぞ、何かしら手を打たなきゃ終わりだ」

 「そ、そんなにまずいのか?」

 「俺は戦略眼も戦争の知識もないけどな。その素人脳で考えても相当やばいだろ」

 「ど、どどどうするのじゃ!?」


 テンパりだしたサラサを放置して、考える。

 領地に引き込んでゲリラ戦で――ダメだ。お互い不干渉の種族を五百人集めたところで連携が取れるとも思えない。

 そもそも圧倒的に戦力が足りない。圧倒的な物量差を覆す手段がない。少なくとも真っ当な軍隊が本気で侵略するのに数百人なんて事はないだろう。

 となればまずは、不干渉な各種族をまとめ上げる事、だな。


 「おい、サラサ」

 「な、なんじゃ」

 「まずはそれぞれの種族をまとめ上げるぞ。で、ちゃんとした軍を作る」

 「し、しかしそれでは始祖の意向に――」

 「家訓に従って、いずれ蹂躙されて死ぬか?」

 「う…」

 「俺はごめんだ。いきなり異世界に飛ばされて、そこで何もわからないまま、できないまま死ぬなんて納得できるもんじゃない」

 「わ、わかった。じゃが、そう簡単にいくとは思えんのじゃが…」

 「そんなの当たり前だ。でもやらなきゃ死ぬんだ、やるしかない。国と民を護るのが王の責務だろ?」

 

 俺の言葉にサラサは俯いて黙っていたが、やがてこくんと頷いた。


 「よし、じゃあまずは、麓の猫耳族だな」

 「お出かけになるのなら、昼食の後にしてはいかがですかな?」


 いつの間にかバルコニーの入口に立っていたアルバ氏に言われ、まずは昼食となったのだった。







 「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 「はい、夜には戻ります」

 「………」

  

 アルバ氏とサラサに見送られ、俺は城外に足を踏み出した。サラサは無言だったが、何か思うところもあるのだろう。それもまあ、わからなくもない。

 そう考えながら、猫耳族の集落へ向かい歩く。昼食中にアルバ氏に用立ててもらった服と靴も、なかなかに快適だ。

 ファンタジー世界なら移動中にモンスターに遭遇したりもするかと思い、武器はないのかとも尋ねたのだが、猫耳族の集落くらいまでならそういった危険はないだろうとの事で、今回は何も装備していない。


 「エイト殿の武器は近日中に探しておきますので」


 これが真相な気もするが。いや気にするまい。見慣れない人間が剣をぶら下げて入っていけばいらぬ誤解を招くかもしれないしな、と無理矢理納得させる。

 しかしただ森を歩くというのも、なかなかに悪くないものだ。都会に疲れた人が田舎を求める気分もわかる。

 実際、暮らすとなると別なんだろうけどさ。

 三十分も歩いただろうか、目の前にちらほらと民家の屋根が見えてきた。屋外にちらほらと人の姿も見える。


 「おお、確かに猫耳族だ」


 住人はみな、頭からぴょこん、と耳が生えている。あ、尻尾もあった。

 すると数人の猫耳族がこちらを見る。その視線は警戒半分、好奇心半分といった様子。

 

 「あ、どうも」


 軽く手を挙げながら声をかけてみた。やべ、ノーリアクション。

 どうしようかと考えあぐねていると、猫耳族の男性が一人、こっちへやってきた。


 「見かけない顔だな、旅人か?」

 「いや、訳あって昨日から魔王様の配下になった者です」

 「魔王様の?」


 あからさまに胡散臭そうな顔をされた。そりゃそうだ。

 そこで俺はふと思い出し、アルバ氏から受け取ったメダルのような物を見せる。


 「これを見せればわかるって言われたんですけど」


 男はそれをしばらく眺めた後、少し表情を和らげた。


 「確かにこれは魔王様の紋章。どうか無礼を許してほしい」


 そう言って頭を下げた。話の通じそうな人で助かる。


 「いや、こちらも初対面で不作法だったかもしれない。この件はお互い様という事で収めてくれると助かります」


 俺もそう言って頭を下げると、男は頷いた。


 「わかった。ところで、魔王様の配下の方がどうしてここへ?」

 「あ、そうだ。少し相談したい事があるんで、ここの長に取り次いでいただきたいのだけど」

 「そうか。ではついてくるといい」

 「あ、ちょっと」


 要件を伝えると、男は短く答えて歩きだした。俺は慌てて後を追い、比較的大きめの家に入っていく。

 敷物の敷かれた広めの部屋に通されると、先ほどの男が胡坐をかき、座っている。

 そして男は俺を見据え、口を開いた。


 「改めて。俺がここの長、ルジだ」

 「あ、俺はエイトといいます。昨日召喚されて、魔王様の配下になりました」

 「ふむ、召喚者であったか。それにしてはあまり強そうに見えんが」

 「ぐっ」


 痛いところをついてくる。それは召喚した側の責任であって、俺の責任ではないのだが。


 「ま、まあそれはさておき、相談なのですが…」


 強引に話題を変えつつ、この国に危機が迫っている事、その為には各種族の協力が必要不可欠だと、ルジに告げる。

 ルジは目を閉じ、黙ってそれを聞いていたが、やがて重苦しく口を開いた。


 「話はわかった。が、我らは協力する事はできない」

 「な、何で!」

 「エイト、お前はこの村を見てどう思った?」

 「それは…」


 正直、あまり余裕がありそうにも見えなかった。土地はそこそこ開けているものの、大半は荒れ放題。住人も多くはないだろう。その中で純粋に兵士として登用できる者は何人なのか――

 俺は言葉に詰まってしまった。


 「我らはこのわずかにある畑を耕し、暮らしている。その畑へ撒く水を汲みに行くだけでも、男手が必要なのだ。その男手を徴収されてしまっては日々の暮らしすらままならん」

 「え?ちょっと待って…水を汲みに?」

 「そう、この先の泉にな。畑だけではない、生活の水も、なければ何もできまい?」

 「…っ!」


 俺は弾かれたように外へ飛び出す。ルジの家の周りには野次馬だろうか、数人の猫耳族が中の様子を窺うようにしていたのだが、急に飛び出してきた俺に驚いて慌ててその場を離れた。

 そんな事には目もくれず、俺は食い入るように周囲を見渡した。


 「ない、ない!」

 

 集落の端から端まで走ってみても、家の裏手に回ってみたりしても、見つからない。

 突然飛び出した挙句、目を血走らせて走り回る俺を心配したように、ルジが声をかけてきた。


 「ど、どうした急に…具合でも悪いのか?」

 「ないんだよ!『あれ』が!」

 「あ、あれ…?『あれ』とは何だ?」


 ルジは何言ってんだコイツ?という顔をしながらも、俺の迫力に押され少したじろいでいる。

 俺は声を大にして、言った。


 「あれだよ!ここには『水路』がない!」

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