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獅子の頂を制する者達(4)

 試験会場内にに割り当てられた私室で、ジョシュアはアジェスタからの報告書に目を通していた。


「レイ・アマトキ。十五歳ね……」


 オフィウクス島のラス・アルハゲから、今日レオエリアに着任する一人の私兵。

 元はアジェスタが独断で行った要請だったが、ジョシュアもやって来る者の経歴に目を通して、面白いか、と考えた。


 レイという少年の得意武器は銃。近接戦闘もこなす使い手で、他の成績を見れば頭も悪くない。

 往々にして、ラス・アルハゲの生徒は暗殺か、大掛かりな戦闘向きが多いのだが、この少年はどちらかと言えばアジェスタ型。何でもそつなくこなすタイプだろう。


 好ましいと思う。

 なぜなら、ジョシュアが信頼している人間と言うのは、その実かなり少ない。

 今のところ、アジェスタとヴァーミリオンのみと言っても良いだろう。信用はしているが、信頼が置けるのはこの二人ぐらいだ。

 そのため、これから起こそうと思っている行動に人手が足りない。


 ヴァーミリオンはジョシュアに手を貸してくれるが、彼には警備軍統括という職を任せている。今のレオエリアは、他エリアに舐められている点もあり、レクイエム・ウェポンの奏者であるヴァーミリオンの名前と力が必須なのだ。


 すると、必然的に彼はこちらに関われず、全てがアジェスタの肩に乗ってしまう。無論、アジェスタは文句も言わなければ失敗をすることもないのだが、計画が進む遅さは否めない。


「あんま時間かかってもなぁ」


 ここまでに三年費やした。もう、あまり余計な時間はかけていられないのだ。

 ジョシュアが考えを巡らせたその時、控えめに、だが規則正しく扉がノックされた。了承を告げると、自分と少し雰囲気の似た青年が顔を出す。


「ラスターじゃないか。何だ? お前も試験を見に来たのか?」


 ジョシュアと同じ金色の髪。ジョシュアよりは色の濃い茶色の目。生真面目そうなノンフレームの眼鏡をかけた青年。名前はラスター・シゼルディ。ジョシュアの腹違いの弟だ。


「試験を、というよりは、兄さんを見に来ました」

「オレ? 何だぁ? その歳になってようやく兄ちゃんに甘えたく……」

「気色悪いこと言わないでください」


 茶化した答えにも、ラスターは冷静に返してきた。こういうところはおそらく自分達の父親似だ。ただラスターには、父のような欲がないだけ。


「起きますか?」


 問われて、ジョシュアは口元だけで笑った。『もう起きてるぞぉ』なんて言葉は、この弟には不要になったらしい。


「お前、来年大学卒業だっけか?」

「正確には大学院です。兄さんと同じく飛び級しましたから。兄さんよりは、遅れましたけど」


 ジョシュアは十六で大学院の博士号を取得して卒業している。本来はすぐにレオカンパニーの重役に付くはずだったが、当時社長だった長男に妨害をされて、社長秘書のような立場にされていた。

 おそらくは、傍において監視をするためだったのだろう。


 その地位でのらりくらりと昼行灯を気取って三年。長男が死に、次男が社長に就任した時には、ジョシュアの評価は〈血筋は良いが使えない獅子〉だった。


 次男はジョシュアの無能さに安堵したのか、周りの目を気にして名前ばかりの副社長に付けた。そして、ヴァーミリオンが統括し、特に仕事のない警備軍の最高責任者にもしてくれた。

 それこそが、ジョシュアの目論見だとも知らずに。


「遊び半分を装って特殊な試験方法を捻じ込み、会社全体のスキルアップと、ある程度襲撃に対応できる社員を増量した。どうせ警備軍への根回しは、副社長就任前からずっとしてたんでしょう?」

「へぇ、よく見てんじゃねぇか。クリニスとは雲泥の差だ」

「兄さんの評価がですか?」


 本当にこの弟はよく分かっている。クリニスとはもう一人いるジョシュアの異母弟だ。母方の家がレオエリアの有数の鉱山を一つ保有しているが、弟自身はあまり使えない。

 傲慢で、表向き見せているジョシュアの姿を本物だと思い込み侮っている。ラスターのように事態を把握していない。評価は下がるに決まっている。


「既に警備軍は貴方のものも同然。警備軍は他エリア侵攻を防ぐ要ですからね。戦闘が起こった際は社長より兄さんの発言が重きを置く」

「それで?」

「社員の注目も既に社長より貴方に向いている。他のエリアにへりくだりレオ全体の地位を貶めている人より、突飛とはいえ変革作業を始めている兄さんに。そして、今回の試験」


 ラスターは、ジョシュアの持っている書類に目を向けた。


「ラス・アルハゲから一人雇うそうですね。しかも、アジェスタさんの推薦だとか」


 レイ・アマトキをレオエリアに入れる、と言ったのはアジェスタだった。ジョシュアがもう一人、アジェスタと同じように動かせる駒を捜していた時のことだ。

 ジョシュアの手となり足となり、時にはジョシュアと同じ目線を持つ駒。それでいて、自分の身もジョシュアの身も守れる強者。

 このレベルが高すぎるジョシュアの条件を満たしているのが、このレイという少年だとアジェスタは言うのだ。彼曰く〈昔の俺に似ている〉だそうだ。

 それならば、使えるだろう。


「ま、雇いはするがな。だが、オレについてきてくれる保障がどこにある? 人の心なんて分かんないもんだぞ」

「その人の心を掌握するのが得意な貴方に言われたくありません。それに…………よほどの馬鹿ではない限り、兄さんの下が嫌だと言う者はいないでしょう」

「過大評価しすぎだ」

「頂点に立つ器というものは、必然のように存在しますから」


 ジョシュアは顔を上げてラスターを見返した。自分より四つ年下の、おそらく、異母兄弟では一番自分に似ている青年。

 兄弟の中で、一番権力に興味のない男。


 沈黙したラスターを、ジョシュアは観察するように見た。

 目線は真っ直ぐ、だが、唇を少し噛み締めている。

 弟は気づいているのだ。今日この試験会場で試されるのは、何も受験生だけではないということに。


「どうしたい?」

「僕は……」


 一度息を吸い、ラスターは胸を張った。


「僕は大それたことなんて考えていません。妹ともどもシゼルディの名を名乗らせてもらっているとはいえ、母は一般市民です。母と妹が幸せになれるならそれで良い」

「だから、オレの後を追うようにがむしゃらに勉強してたのか」


 おかしいと思っていたのだ。ラスターの母は一般人、シゼルディ家の権力争いには割って入れず、彼女もおっとりした人物だった。それなのに、ラスターはまるでジョシュア達と張り合うように知性を磨き始めていた。


 いつ割って入ってくるのかと思っていたが、彼はいつも三歩ぐらい引いてこちらを見ている。そのおかげで全体が見えたと言っても良いが、もともと頂点に立つつもりはなかったのだろう。ただ、家族を守りたかったのだ。


 ジョシュアは笑った。今度は口だけではなく、顔全体で。それは、珍しく弟に見せる普通の笑顔だったかもしれない。


「これを読んどけ。レオカンパニー全体のデータだ。来年卒業と同時にお前を重役に迎える。しょっぱなから働き詰めになってもらうぞ」


 渡されたディスクを持って、ラスターは神妙な顔をした。そんな弟を見てジョシュアは近づくと、頭を数度なでてやる。

 幼い頃は、案外普通にやっていた行為だ。


「それからもう一つ。オレの傍に立つ気でいるなら、もう少し向上心を持て。成長の止まった奴をオレは置いていく。遅れるなよ」

「はい」


 しっかりと頷いたラスターを部屋から送り出し、ジョシュアは頭の中で信頼の置ける人物を増やした。

 ラスターなら、右腕とは言わないが、時にジョシュアの目の代わりぐらいはできる。鼻も聞くようだし、申し分ない。


「あとは、この少年か……」


 まるで女の子のような顔をした少年。アジェスタと目と同じ灰色を、髪として持つラス・アルハゲからの新たなる風。

 果たしてこの風がジョシュアの追い風となるか、向かい風となるか。今日はそれを確かめねばらない。


「ジョシュア、試験の時間だ」


 資料を見直していると、アジェスタが入ってきた。こんな日でも、彼はいつもどおりだ。


「お! んじゃあいっちょ見に行きますかね。見込みはありそうか?」

「自分の目で見ろ。その方が確かだ」

「ははっ、お前が否定しないだけ楽しみだよ」


 確かめるのは新たな風の資質。

 そして、今はまだ自分の上に立ち、社長の椅子でふんぞり返っているあの男の限界。


 試験開始を告げる音が会場に木霊する。それが、変革の訪れを告げる音だと理解した者は、果たして何人いるだろうか。

 ジョシュアはジャケットを羽織ると、アジェスタを引き連れて部屋を出た。

 さあ、そろそろ昼寝から起きる時間だ。


レオエリアの主要人物過去編でした。本編の二年前です。

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