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獅子の頂を制する者達(1)

まず最初は主人公が本編の舞台に行くまでを

 オフィウクス島。それは、絶海の孤島と呼ばれるに相応しい場所だ。


 北大陸、西大陸、東大陸。このこの世界にある三つの大陸の間に位置する魔の海域を、デルタ海域と呼ぶ。

 三つの大陸プレートと間を流れる五つの海流。それらの作用によって、デルタ海域は複雑な潮の流れを持っている。さらには、一年のほとんどを雲か霧に包まれた天候により、船はもとより、ヘリや航空機の航行もあまりに危険だった。


 そして追い討ちをかけるかのような島の形だ。

 オフィウクス島には海岸がない。四方八方、島の端は全て断崖絶壁だ。唯一の入り口は、崖の一端に小さく見える洞窟。それでも、たとえ島にたどり着けたとして、複雑な潮流と年中荒れた海によって入り口の脇にある壁にぶつかるのが九割だという。


 この島への出入りをこなすのは、この島の全てを知り尽くした島の住人だけ。

 オフィウクス島が保持する私兵暗殺者養成学校、ラス・アルハゲ。ここに属する教師達だけが、この島を制している。


 その学校の生徒の一人であるレイ・アマトキは、深い霧の中を自らの宿舎に向かって歩いていた。

 絶海の孤島とはいうものの、オフィウクス島は広大だ。その島の中心に教師の宿舎と中央校舎があり、残りを三分割して、下級・中級・上級と土地を分割している。

 各区域には、それぞれの校舎と宿舎が用意されており、それら以外は全てトラップの仕掛けられた場所となる。

 レイは中級区から上級区に向かっているのだが、その舗装された道の上でもトラップは健在だ。たった今首の横を毒矢が通り過ぎていった。


「増えてないか?」


 一歩歩けば槍が飛び出し、二歩目を踏み出せば地雷の音がなり、三歩目で深い落とし穴が開く。開いた穴を覗き込むと、かつての犠牲者だろう、白骨死体が二体ほど下の鉄槍に刺さっていた。

 この島では『安全・安心・安息・安穏』という言葉が無縁となる。寝ている時ですら、気をつけなければ暗殺者に扮した教師に殺されるのだから。

 ラス・アルハゲとは『学校』という名をかぶった『戦場』だと、レイは常々思っている。


「レイ兄~……レ~イ~兄~っ」


 落とし穴から顔を上げて、レイはか細い声に気づいた。もう息も絶え絶えといった声。


「レイ兄~、う~え~っ!」


 辺りを見回していたレイは、声の指示に従って上を見る。その瞬間、不気味な紫色の顔と目が合い、咄嗟に飛び退った。同時にトラップが発動して銃弾とナイフが飛んでくる。


「ちっ!」


 軽く舌打ちしつつ迎撃。銃弾は避け、飛び来るナイフは自分のナイフで弾き返した。その一本が、先程の紫色の顔の方へと弾かれる。


「ぎゃ~っ!!」


 悲鳴が聞こえたかと思うと、ブツリという縄の切れる音が聞こえた。そのまま真下の落とし穴に落ちるかと思われたが、紫色の顔――を持つ少年は淵に手をかけ落下を防いだ。


「し、死ぬかと思った。死ぬかと思った! いや、今も死にそう、落ちる! 頭がぐらぐらする! 死ぬ! レイ兄!!」


 必死な叫びに、トラップを全て防いだレイは溜息をついた。そして穴の淵まで行き、少年を引き出してやる。涙目ではいずり出た少年は、琥珀色の髪をしたレイの後輩だった。


 名前は髪の色からコハク。レイより三つ下の十二歳だ。

 レイとは違い、物心つく前にこのラス・アルハゲに連れてこられ、名前もここで付けられた。入ったのはレイと同時期の九年前。そのせいか、彼はレイを兄として慕い、レイも他の生徒とは違いコハクを弟のように思っている。

 ぜいぜいと肩で息をしているコハクは、ようやく顔色が戻りつつあった。


「何であんな所で逆さ吊りになってたんだ?」

「いや、レイ兄に会いに行こうと上級区に向かってたらさ、地雷のトラップにかかって、それで、避けてジャンプしたら次は逆さ吊りのトラップに……」

「…………お前もそろそろ上級区に転校だろ。これぐらいに引っかかってると死ぬぞ」


 地雷のトラップも逆さ吊りのトラップも簡単な部類だ。地雷は見た目で判断できる時もあるし、足裏の感覚で避けることも慣れればできる。

 逆さ吊りに関しては、初撃の縄さえ避ければ大丈夫だ。


「うぅ……分かってる」

「まあ、ナイフは避けられたし、まだ大丈夫そうだな」

「あ、アレわざとかよ! ひっで~っ、本気で死ぬかと思ったんだぞ!?」

「ここじゃいつでもそうだろ」


 淡々と言ってのけるレイに、コハクは頬を膨らませた。それでも口答えはしない。レイの言ったことが事実だからだ。


 ラス・アルハゲは、主に孤児を拾って訓練している。戦闘技術、暗殺技術を詰め込み、十二のエリア、ポラリス国、そして聖獣教に私兵として輩出。この島はそうやって他のエリア達から中立という立場をもぎ取っているのだ。

 それに毎年、卒業者の働きに見合った報酬も懐に入る仕組みになっているし、卒業者がエリア内で訓練されている兵士に劣れば困ることになるだろう。そのため、ここでの教育は苛烈を極めていた。

『育てる』という言葉は当てはまらない。生き残った者だけが、仕事と内容に見合った自由を手に入れられるというわけだ。


「俺ももうすぐ卒業なんだ」


 レイ自身は、このラス・アルハゲに感謝している。

 父母を失い、生きていく方法が分からなかった幼い自分。そんな自分を拾ってくれたのが、ここの教師の一人、ギルファだ。

 巨大な武器を持つ男への恐怖。ここでの壮絶な日々。死ぬと思ったことは一度や二度ではない。それでも、今生きていられるのはここで過ごした時間があるからだ。

 死を間近に感じてきたからこそ、生きていることがどれだけ尊いことか、レイは知っている。


「いつまでも俺が助けてやれるわけじゃない。コハク、お前はもっと強くならないと」

「うん……」


 下級生の面倒は上級生が見る。それは一貫している。

 トラップにかかっていた場合も、教師は助けず、見つけた上級生が救出する。これもまた訓練の一つになるからだ。

 しかし、全ての上級生が助けるわけではない。下級生の救出は強制でも決まりごとでもなく、いつの間にかできあがった『流れ』だ。

 助ける者は助けるし、助けない者は一度も助けない。仲が良い者だけを助け、それ以外は見知らぬ振り、などもよくあることだった。


 レイは見かければ助ける方だが、コハクや、その他数人を除いて、いなくなったからといってわざわざ探しに行くような性格でもない。レイが卒業すれば、その分コハクを助ける手は少なくなるのだ。

 コハクも理解しているのか、寂しそうな表情で小さく頷いた。


「レイ兄は、どこに行くか決まったの?」

「いや、俺はアカネのように希望があるわけじゃないから」


 去年ここを卒業していったレイの友人アカネ。彼女はラス・アルハゲに来た当初から『将来はポラリスで働きたい』と言っていた。彼女の故郷だそうだ。

 ポラリス国が保有する、聖獣騎士団。聖獣教の属隊に入ることになった時は顔を顰めていたが、それでも大事な故郷を守る勤めをしたかったらしい。

 その誠意が通じたのか、アカネは念願かなって今ではポラリス国聖獣騎士団の団員だ。


 レイももういつ卒業してもおかしくない状況だが、アカネのように勤務地に希望はない。

 その場合、エリアなどからの要請と、生徒の実力とを比較して教師が独断で決めることになっている。

 レイもそろそろ呼び出しがある頃なのだが――


「レイ兄が行く所に俺も行きたいな。レイ兄に勝てるわけないし、それに……やっぱレイ兄とは戦いたくないよ…………敵とか、嫌だ」


 少し拗ねたような顔で言うコハクの頭を、レイは数度叩いた。

 東西の大陸に六つずつ存在するエリアは、決して仲が良いわけではない。各エリアを治めている筆頭企業には産業としての特色があるのだが、それが被っているエリアもある。

 また、エリアごとの土地の肥沃さや覇権をめぐって、小競り合いは多々あるのだ。内部紛争が起こっているエリアもあるし、終末戦争以降も平和ではなかった。

 そういった場所に、私兵として着任するレイ達。敵対するエリア同士に派遣されれば、ラス・アルハゲで友人だったとしても、戦場では敵だ。

 いつかレイも、コハクと対峙することになるかもしれない。


「それでも、生きたいよな」

「……うん」

「なら、強くなれ。俺も、簡単に死なないように強くなる。だから、コハクも簡単に俺に殺されたりしないように強くなれ」


 ここで覚えた言葉。幼いレイに、師匠であるギルファが出会った瞬間に言った言葉だ。


『生きたいのなら、強くなれ』


 力も、心も、誰にも折られぬほどに。


「生きていれば、たとえ敵だったとしても、いつか何か変わるかもしれないから」


 両親を失い、『死にたい』と思っていたレイが、『生きたい』と思うほどに。時間が流れていく中で、変わっていくものはたくさんあるから。


 コハクがレイを見て小さく頷いた時、不意に知った気配が近くに来ていることに気づいた。微量だが、今日はまだよく分かる方だ。

 レイは振り向き、その姿を視界に収めた。

 真白の長い髪を、一つに束ねた大柄の男。若いようにも見えるが、その落ち着き払った顔は年齢不詳だ。背中には巨大すぎる剣。そして、その傍らには威厳のある大鷲が飛んでいる。


「師匠……」


 この姿を見るたびに、幾度も死線を潜り抜けてきたレイも緊張する。

 ラス・アルハゲの教師であり、責任者。レイをここに連れてきて、鍛え上げた張本人。そして、ラス・アルハゲが保持するレクイエム・ウェポン〈イェソド〉の奏者だ。

 ラス・アルハゲが島という単位にもかかわらず、一貫して中立を貫いていられるのは、この男がいるからだ、とも言われている。


 ギルファは立ち止まると、聖獣イェソドを腕に降ろした。奏者が聖獣に似たのか、それとも聖獣が奏者に影響されたのか、この二人はいつも無口だ。

 ギルファの深い銅色の目がレイを見て微かに細まった。


「仕度をしろ、レイ」

「仕度?」


 何のだ? と思うより早く、ギルファはいつもと何ら変わりない口調で言った。


「お前の就職先が決まった」


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