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【一話 姫と優姫とエンヴィナイト】part.2

「それから先輩を見かける度目で追うようになってて…気づいたらいつの間にか好きになってました…えへへ」



決して強い力ではないんだけど、女の子に抱きしめられるという緊張と正体不明の何かが僕の体を麻痺させ、なす術がない。これは一体どうしたら正解なんだろう。女の子から告白されると答えるまで拘束されてしまうのは常識なのか?


大きな瞳に小さな顔、女の子特有の華やかな香りがする髪に、僕を見上げる幸せそうな顔。その笑顔はまるで心待ちにしていたお菓子を頬張る時の子どものようだ。



「あー…うーん…えっと…」



視線を宙に泳がせ定まらない焦点が居場所もなく天井を見る。こんな可愛い子に告白されて悪い気はしないんだけど、いまいち返事に決めかねる。

彼女は僕のことを知っているようだが、対して僕はまるで彼女のことを知らない。そんな生半可なもので答えを出していいものか。保留という手もあるが、優柔不断な僕が猶予を延ばせば延ばすほど余計に混乱するのは目に見えている。



「ダメ…ですか?」



「いやぁダメではないけど…なんていうのかな…あはは…」



渇いた作り笑いで場を繋げるが、彼女の顔は未だ見れないまま。ああ結局優柔不断。YesかNoを出すのがこんなに難しいことだったのかな。



「先輩…可愛いです」


「ん、…ん?か、可愛いっ!?僕が!?」


「はい…!照れてる顔が、すっごく」



彼女もニマニマしながら、僕を見上げる。またすぐに顔を蹲めて、静かに呟く。



「食べちゃいたいくらい…可愛いです」



ズオオォ…。



「…え?」



途端、笹岡さんの背中から何かが【漏れ出した】。黒い霧のような、形のない何かが僕の視界を包むように現れる。それはやがて大きな手の形となり、僕を…って。



「うわぁぁぁぁ!」


「きゃっ!」



なりふり構わず彼女の拘束を引き剥がし、二三歩後ずさった所で何かに蹴躓き尻餅をつく。再び彼女の方へ視線を戻すと、どうやら夢では無かった。



「先輩、どウかしたんデすか?」



笹岡さん…?かどうかも判断しがたい彼女は、不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。顔を横に綺麗に45度ほど傾いて、目はまるで死んだ魚のよう。



「先輩、好キですよ…?食べちゃイたいほド、可愛い…可愛イィ」



彼女が近づく度に一歩、また一歩と僕も座り込んだまま後ずさる。情けない事に腰が抜けてしまったようで、ようやく着いた最後列の窓際の壁に持たれながら立ち上がる。


何が起こったか分からない。でもなんだか、物凄く恐い。彼女もまた、先ほどの彼女ではないようだ。だって…今気づいた事なんだけど、浮いてる、10センチほど。



「っ…!」



状況が理解出来ない僕は恐れをなして一目散に扉へ走っていく。



「くぅ…!あ、あれ?あれっ!?」



ガチャガチャガチャ…。

教室の扉を力任せに何度も引いてみるが、扉はビクともしない。実はこの音も僕の頭の中でいつの間にか流れていた音で実際はそんな音は一切していない。まるで張り付けられたように、これは本当に扉なのかと錯覚してしまうほど扉は微動だにしなかった。



「さっ、笹岡さんっ!その、背中の黒いの!なんか出てるけど!?だ、大丈夫!?ていうか大丈夫じゃないよね絶対!」



今更ながら心配になった笹岡さんに震えた声で叫びながらまたもや窓際に逃げた。対して彼女はゆっくりと浮いたままこちらへじわり、またじわりと近づいてくる。



「先輩…?ドうして逃ゲるの?セン輩のコト…好きなノに…好きナノニィィ…!」



地を這うような女性とは思えない低い声で彼女は静かに叫ぶ。なんだ、一体何が起こっているんだ!?


僕は下駄箱に入っていた手紙を読んで呼び出されて、ここに来ると彼女が一人で待っていた。そして突然抱きついてきて、僕を好きだと言っていた。

そんな夢のような甘い時間が始まるんではないかと期待していたら、とんでもないファンタジーが待っていた。


しかし彼女の正体は、背中から何か黒い霧状な何かを出し、果てには数センチ浮いている人間離れした【何か】。これは一体なんだ、なんなんだ?


そんな無駄な思考がぐるぐるぐるぐる回って、結局行き着いた答えは、ああこれは夢なんだという現実逃避。



「え…」



前の教卓の方に戻った【笹岡さん】がそっと右手を差し出すと、それをそのままゆっくりと上に上げて行く。すると、背中の黒い霧が目の前にあった机を同じように軽々と持ち上げた。まさか、投げるとかじゃ…。



「死んじゃエ…?」


「見ーつけ、たっ」



バァァァン!

と、耳を劈く音が教室に響いた。その音に驚いた僕は思わず頭を抱えて近くの机に隠れた。さっきの机を投げた?ややあってそっと【笹岡さん

】の方を覗くと、そこにはいるはずのない彼女がいた。



「芳崎…さん?」



さっき何度引いてもビクともしなかった扉の向こうから砂煙に紛れて芳崎さんが現れた。えっと、片手剣を持って?



「グゥ…グググ…ゥ」



一方【笹岡さん】は、教室の扉の下敷きになって呻いていた。

どうやら芳崎さんが蹴飛ばした扉が見事に【笹岡さん】にぶち当たったようだ。



「姫ちゃーん、大丈夫?生きてるー?」


芳崎さんがこちらを向いて手を振っている。



「あ…う、うん。大丈夫!」



その手に僕も振り返す。ん?姫ちゃん?僕のこと?



「大丈夫だね。もしかしたら物が飛んでくるかもしれないから、どっかに隠れ…」


「え?」



途端、教室を囲んでいた四方の壁がパタンパタンと立方体を展開したように倒れていった。そしてさらに驚いたのは、そこから見えた風景は、宇宙だ。



「まぁた、安定してもいないのに鏡界なんか作り出して…」



宇宙だ。360度何処を見渡しても、宇宙。僕らがいつも見上げる夜空が四方八方に、まるでプラネタリウムに来たように綺麗な星空が辺り一面を覆っていた。中は代わり映えのない教室。僕が始め入ってきた時はこんなものは無かったのに。



「ダア、レ…?わたシと先パいののジャマヲすルののは…ねぇ!!ダアレェェェ!!!」



ガラリと扉を退かして起き上がった【笹岡さん】は、先ほどよりもさらに霧に巻かれていた。もはや彼女の姿もほぼ見えない状態で、再び大きな黒い手が姿を現した。人の何倍も大きさのある黒い手が振りかざし、芳崎さんに殴りかかる。



「ヴァァァァァ!!」


「マモノちゃんごときが私に勝とうなんて」



それを芳崎さんは、右手に握っていた片手剣を一振りして切り裂く。



「百年早いよ」


黒い手が切り裂かれると、覆っていた霧が晴れて【笹岡さん】が姿を現す。振り終えた芳崎さんはタンッ、と【笹岡さん】に向かって走り出すと、








一斬りした。





「ああら…アラら…?あらララらららららラララララララらららァァぁァァぁ?????????」



【笹岡さん】の体を頭から足元にかけて、縦に斬り下ろした。豆腐に刃を入れるように綺麗に真っ二つ。



「うん、しょっと。こんなもんかな」



芳崎さんは振り下ろした刃が長方形の形をした剣を持ち上げ肩に刃を置くとふぅ、と一息ついた。



「姫ちゃん大丈夫?怪我はない?」


「う、うん…」



こちらを向いた芳崎さんに答えると、僕はちらりと斬られた【笹岡さん】の方を見た。しかし



「…あれ?」



いない。斬られたはずの【笹岡さん】がどこにもいなくて、そこには芳崎さんが蹴り飛ばした扉だけが無残な形で残っていた。



「うーんん!ふぅ。まぁ、姫ちゃんが何もなくて良かったかな。後は片付けを」



大きな伸びをしている芳崎さん。小さく綺麗な顔に右目に二つの泣きぼくろ、芳崎アイサ、間違いなく彼女だ。



「ね、ねぇ何が起こったの!?【笹岡さん】はどうなったの!何処へ行ったの!?それにここは!一体…何が、どうなって…!」



騒動が一段落して我に返った僕は、食いかかるように質問をぶちまけた。しかし彼女は



「…あ、れ?」



気付くと、僕は彼女の腕の中にいた。ほのかに香水のよい香りがする。この匂いはなんだっけ。

というか、なんだか眠くなってきた…。



「ごめんね姫ちゃん。とりあえずここを早いとこ片付けなきゃいけないから、またゆっくりワケを話すね」



その言葉を最後に、僕の瞼は意思に反して閉じていった。



---------------◆


「ん…」


「あ、起きた?」


目を開けると、一番に見えたのは白い天井…ではなく、芳崎アイサの笑顔だった。…ん?


「うああお!」


「きゃっ」


バネが戻ったように思い切り起き上がると、自分が寝ていた事にようやく気付く。やけに温かくて柔らかい枕だったなぁ…って。


「ご、ごめんね!膝枕なんてしたことないから…寝心地悪かった?」


芳崎さんが申し訳なさそうにこちらを見ている。


「膝枕?ひざまく…え!?」


「いやぁ、なかなか可愛い寝顔だったから、起こすにも起こせなくて…」


たはは…、と今度は照れ笑いを浮かべる芳崎さん。え、僕、膝枕してもらってたの?芳崎さんに?


「えっとあの!こっちこそごめんねなんか!あれ僕膝枕…?膝枕してもらってて?あのあれ?どうなって」



ぎゅっ。


「え」


「ごめんね姫ちゃん、まだ混乱してるみたい。でも大丈夫、怖いことはもう終わったからね」


優しく包み込むように、芳崎さんは起き上がった僕を抱き締めた。


「よーしよし。もう怖くないからねー」


次に彼女は、小さなその手で僕の頭を優しく撫でる。まるで泣いている赤子をあやすように、優しく。


「ちょっ!ちょちょちょっっと待ってぇ!?何これ!?なんの、なんのドッキリ!?あれこれなに!ってうわっ!」


慌てて彼女から離れるとそのはずみで座っていたソファから転げ落ちる。


「だ、大丈夫…?」


「って、てて…だ、大丈夫大丈夫…」


打った頭を掻きながらゆっくり立ち上がり、辺りを見渡す。十畳あるかないかの部屋に、タンスやベッドやテーブルやら僕の寝ていたソファやら、何やら生活感に溢れた部屋にいた。


「あ、ここはね、私の秘密基地なの。学園の地下二階になるんだけど、みんなには内緒ね」


彼女もソファから立ち上がり、すっと僕の隣に立つ。先ほどの良い匂いがまたほのかに香る。


「あ!」


「ん?」


「さっきの!さっきのあれ、なんなの!…ですか?芳崎さん」


「アイサで良いよ。姫ちゃん」


眩しい笑顔が僕に向けられる。芳崎さんと二人きりで話しているなんて、これは夢か?


「そうだね。これからまた同じような事が起きるだろうし、姫ちゃんにはきちんと話しておかないとね」




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