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【一話 姫と優姫とエンヴィナイト】part.1

◆epilogue


20階ほどの高層ビルの屋上に、風が強く吹いている。夏を思わせる温い風が頬を伝ってさらにさらにと遠くへ旅立つ。

風から護るようにして、僕は横たわった彼女少し抱えて顔をそっと撫でた。

小さな顔、上品にウェーブかかった髪、長いまつげ、ふっくらした唇。

傷ついている彼女であったが、それでもなお美しいと思えるのは彼女だから成せるものなのか。彼女は答えない。すぅすぅと、小さく呼吸だけが返ってくる。

それに対して僕は、身体中の水分がなくなってしまわないかと思う程、涙を流していた、止まらないんだ。

僕のせいだ。こんな所にいるのも、

彼女が傷ついてしまったのも。

僕は何が出来るのだろう?彼女に何をしてあげられるのだろう。

彼女は目を覚まさない。温かい小さなその手を握りしめ、僕は小さく呟いた。


「ごめんね。…僕のせいで…ごめんね…!」


ありきたりな謝罪の言葉、無力な僕にはこれくらいしか思いつかないんだ。

時間が戻るなら戻してくれ。今までが無かったことに出来るならそうしてくれ。









僕はただ、彼女と一緒にいたかっただけなんだ。




------------------◆



学校に一人は、思わず人目を惹きつけてしまうほどの美人がいる。


その名は芳崎アイサ。容姿端麗頭脳明晰、柔らかい物腰で男女分け隔てなく接する態度。眩しい笑顔にそれは神が与えたやもしれない綺麗な髪。


彼女に微笑んでもらえた日には幸せが訪れる、なんてジンクスまである。それほどまでに彼女は有名人で、学校にとっても誇り高き存在なんだ。



彼女の席の周りはいつも人集りが絶えない。前の席である僕を押し退けてまで他のクラスからも人が来る始末。正直、こちらとしては辛い日々だ。



僕の名前は芹澤優姫。優しい姫と書いてゆうきと読む。名前に姫と入っているけど、どこにでもいるような正真正銘の平凡な高校生だ。

…少し冴えなくて頼りない、とはよく言われるけど。

学校では今日も朝から後ろの席は大賑わい。


「お嬢!これね、新しいヘアピンなんだー可愛い?」


「ねぇねぇお嬢~ここんとこ教えてー」


「お嬢ー今日ショカンでデザート半額なんだって!行こ!」


「ちょっと!今日は私たちと服を見に行くって約束してるのよっ」


ギャラリーたちがやんややんやと騒いでいる。背後からぎゅうぎゅうと押されなんとも息苦しい、物理的に。


彼女が廊下を歩けば人で埋まり、体育で例えばバレーをしていてポイントを決めた時なんかは大喝采。そのうちテレビなんか出た日にゃそこらのアイドルなんかすぐに目立たなくなってしまうだろう。高崗学園といえば芳崎アイサ、芳崎アイサと言えば高崗学園なんて言う人もいる。


みんなからお嬢と呼ばれているのはその名の通り、良いところのお嬢様だという簡単なものだ。




実は僕は彼女の中学からの唯一の同級生。二年の時に転校してきたんだけど、一度も同じクラスになったこともないし話したことだってない。だからきっと彼女は知らないだろうが、僕だけの自慢話だ。





-----------------◆


「うう…頭が痛い…」



放課後、僕は頭を抱えながら下駄箱へと向かった。人に酔い身体も押されて圧迫されて、酷い頭痛に見舞われていた。


実はこんなことは毎日のようにあって、近くの席の僕はいつも悩まされている。席替えももちろんあるのだが、何故かいつも四方八方どこかの近い席になってしまう。


しかし相手が芳崎さんではまぁしょうがないか、なんて許してしまう僕も僕だ。



「あ…」



下駄箱に着くと、廊下に十数人(実際はもっとだろうか)に囲まれて歩いていた芳崎さんを見かけた。四方八方から話し掛けられそれでも会話を出来ている彼女はまるでさながら聖徳太子のようだ。



上品に揺れるウェーブのかかった髪、白く綺麗な肌、そして何より眩しい笑顔。あの笑顔がいつかこちらを向いてくれたらな、なんて淡い期待をいつも抱いていたりする。…ってあれ?



「今、僕の方を見た…かな…?」



一瞬…一瞬なんだけど、あの人混みの中から芳崎さんの顔がチラリと見えた。その時僕に向かって"微笑んで"

いた気がする。もう彼女たちは歩き去ってしまったけど、何故だかその時の情景が浮かび上がる。



もしかして僕のこと気付いてたのかな?



「…まさかね」



自分の下駄箱に視線を戻すと、無意識に自分を嘲笑していた。そんなわけないよね。中学の頃も目立つ生徒じゃなかったし、彼女が僕に気を止める理由が見つからない。

帰ろうと下駄箱を開けると、ハラリと何かがゆっくりと落ちてきた。


拾って見てみるとそれは、ラブレターだった。…え?ラブレター?



「僕に?え?は、え?ラヴ、え?」



思いがけない展開に酷く混乱してしまった。二つに折られた薄いピンク色の便箋に、可愛らしい文字で僕の名前が書かれていた。



【放課後、東校舎の理科室に来てください。 一年二組 笹岡瑛美】


なんともドラマでありがちな簡素な短文が、手紙の中に書かれていた。


これはラブレター…だよね?不幸の手紙とかではないよね?あ、でも来てください、というだけで僕の事が好きとは書いていない。となるとこれはラブレターじゃない?


そもそも僕にこんなものが送られてくること自体あり得ることじゃないから、どうも信じられない、そんな事を思いながら、僕は芳崎さんのジンクスを思い出した。



【人知れず芳崎さんに微笑んでもらえたら、その日は幸せになれる】



噂が噂を呼んで出来たジンクス。

所詮は人の興味が作り出したものなんだけど、その大小は関係なく実際に幸せになった人は結構いるらしい。今の僕はどうやらそれを信じ込んでしまっているようで、思わず顔がにやけてしまう。



「放課後って…あ!もう放課後じゃないか!」



急いで下駄箱を閉じ脱ぎかけていた上履きを履き直すと、一目散に理科室へと向かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆






人の未来を左右する幸せは人生で二度ある、と誰かが言った。一つ目はこの世に生まれてきた幸せ、もう一つは※※※。


理科室の扉が少しだけ開いていた。中から夕陽の光が漏れ、眩い光が幻想的だ。



「あ…」



「あ、え、えっと…笹岡さん…かな?」



「はい。手紙、読んでくれたんですね」



中に入ると、窓辺で佇んでいた一人の少女がこちらに振り返った。耳までかかった黒髪と、時期外れの編み込んだモノクロのマフラーが印象的だった。

僕を見るなり安心したように笑顔を溢すと、僕は理科室のドアをゆっくりと閉め彼女の方へと一歩踏み出した。



「ごめんねついさっき手紙を見て…」



「いいえっ、本当なら直接渡そうと思ったんですが…やっぱり、なんだか恥ずかしくて…」



照れた笑みを浮かべながら、彼女も一歩僕に近づく。夕陽が差し込む理科室で、教室より少し大きめな教卓を挟んで僕らは立っていた。笹岡さんはもじもじと指を合わせて宙でのの字を描く。


ああいかん会話が途切れてしまっている。ここは先輩としてリードしないと…!



「えと…と、とりあえず本題に入るね。僕はこの手紙で呼び出されたわけだけどこれはその…どういうもうわっ」



「…」



突然、笹岡さんが僕の胸に飛び込んできた。思いがけないことに戸惑う僕を余所に、抱きついた彼女はまるで子供のように顔を埋め強く抱きしめる。



「…先輩の事、ずっと見てました。私が職員室の場所が分からなくて困っていた時、助けてくれましたよね?」



「えええ、えっと、そんなこともあったような…無かったような?」



確かあれは先月の事だ。その日は僕は日直で、提出物や日誌を職員室へと持って行こうと渡り廊下を歩いていると、オロオロとしていた彼女を見かけた。


声を掛けてみると彼女も職員室へ行くのだが場所を忘れてしまったようで困っていたらしく、自分も行くところだったので一緒に案内したのを覚えている。

その時の女の子が彼女だったのか。



「に、にしても、よく僕だって分かったね?」



この状況は生まれて初めてなのでどうしたらいいか分からない。小柄な彼女に抱き締められたまま、僕は思わず天井を見つめる。恥ずかしすぎて死にそうだ。



「先輩、みんなから【姫ちゃん】って呼ばれてるじゃないですか…それです」



「…あー…なるほど」



名前が優姫であることから、姫の部分を取って姫ちゃんとアダ名が付けられてしまった僕。これは当時一年生だった僕が担任が名前を覚えるために覚えやすいようにと命名したものだ。

そのおかげでクラスメイトから知らない他クラスの人までそのアダ名が浸透したようで、ある意味では僕も有名人だったりする。

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