少年、世界を知る
傷、というか疲労も完全に回復してから数日の間、俺は塔にある書物を片っ端から読んでいった。どうやらマリウスは読書家というよりは蒐集家であるため、どこにどんな本があるのか詳しい事は理解していないらしい。
魔法関連の書物などの場所は分かっているのだが、他の歴史や地理などの書物もある事は把握しているが何処にあるのか理解していないらしい。そこは時間が豊富にあり、というか有り余るほどの時間があるエルフ特有の考え方なのだろう。
あの魔導書に知識を叩きこまれた所為か、人類種が使う言語だけは理解できたのでとりあえずそれを中心に読み進めていった。そして本を読み進めた事で分かったのは、この世界にいる種族というのは元の世界で把握している種族とほぼ同じなようだ。
その上で存在する国は約四つ。この約というのは大国だけをカウントしているため、いくつかある小国を省いているからだ。そしてこの世界にある大国は『アルテム王国』、『エルガイム帝国』、『ルンブルク聖国』、『クラドス連合国』だ。
そして一神教のセフィロト教を信仰している。その信徒が中心になって運営されている国家がルンブルク聖国だ。その構成自体は地球におけるキリスト教と殆んど一緒だ。こちらとして分かりやすいから文句を付ける気はないのだが、何処となく作為的な物を感じる。
閑話休題
武力において頂点に立っているのがエルガイム帝国。技術などの面で頂点に立っているのがクラドス連合国。アルテム王国は立地条件がとても良く、農作物の生産において頂点に立っている。
つまり何処の国でも何かしらの面で秀でている、という事だ。まあ、だからこそ大国と呼ばれるのだろうが。まあ、大国として有りがちな各国の対立というのがあるんだろうがな。
マリウスが言っていたが、おそらく勇者召喚を行ったのはアルテム王国ではないか?という話だ。方角とこちらに飛んできた魔力の残滓で判断したらしい。しかし、なぜ王国が?と言っていた。
と言うのも、勇者召喚というものは簡単な物ではないらしい。原理としては対価交換と同じ物で、勇者と呼ばれるほどの魔力の所有者を呼び出そうと思えば一般的な魔法使いの一万は必要になる。普通の一般人ともなれば十万は必要になる。
つまり、勇者という存在を呼び出すだけで膨大な人間を犠牲にしなければならないという事だ。たかが一人が生命を賭けたところで、勇者という存在は呼び出せない。つまりよほどの物好きが大量に集まるか、それ以上ないほどの窮地にでも陥らない限りは行われないらしい。
その為、今まで何度か行われてきた勇者召喚――――と言っても一、二回程度―――――ではルンブルク聖国が行ったらしい。と言うのもルンブルク聖国では勇者という存在は生きた聖人のような扱いになる為、狂信者が喜んで生命を差し出すからだ。
それと、この世界では魔王という存在は世襲制と実力主義が合わさったような物らしい。多くいる魔王の子供同志を争わせ、その中で最も強い者が魔王の座を継ぐ。年齢など関係なく、強い者が魔族を纏め上げる役につくらしい。
魔族と魔物の違いは理性の有無である、とマリウスは言っていた。取り敢えず言葉などを通じ合わせる事が出来るのであれば、どんな種族であっても構わないという事だ。無論、一概に魔族と言っても人族に対する接触度合いは千差万別だ。穏健な派閥もあれば、中立な派閥もあるし、言うまでもなく敵対する派閥もある。
その中で少なくともエルフという種族は、中立の位置にいる派閥であるらしい。若者の中には人族と戦うべきだと主張する者もいるが、何百年と生きている者もいるため中々揺れ動かない。エルフという種族は長寿である代わりに子供が出来にくい体質であるため、若者だけではやはり数が心許ないと言わざるを得ない。
それに存在進化するような個体は戦いの無益さを知っている。マリウスがそうであるように、外界との接触を煩わしいと思う者もいる。ハイエンシェントエルフなどという稀有すぎるにも程がある存在になってしまったのなら、旗揚げのための道具にされる可能性は大いにある。
魔王という存在も所謂RPGに登場するような悪の権化ではなく、魔族という存在を纏め上げる役割を担っているだけの存在らしい。魔獣や魔物は前述した通り、理性という物が存在しないためどうする事も出来ない。……まあ、圧倒的なまでの力量差を本能の部分で察知するので少なくとも魔王の前では下手な行動は取らないらしいが。
「人類種と魔族の関係って一々面倒くさいな。……これ以上は特に調べる事はない、か。それなら次は魔法のバリエーションを増やしに行こうかな。……ん?何だ、これ?こんな本あったっけ?」
本のタイトルは魔力による武具形成論。まあ、分かりやすく言うと武器が何かしらの理由で使用不可能になった時、自分の魔力で武器を作れたら凄いよね?という理論の説明をしている。マリウスにこの本に関して聞いてみると――――
「理論自体は面白いし、その趣旨も理解出来るんだけど……燃費が悪すぎるんだよ。態々そんなの使うより、普通に魔力弾を放った方が格段に燃費が良いよ。って言うか、こんなの一体何処で見つけたの?」
お前の集めた本だろうが。と言いたくなったが、勿論そんな事は言わなかった。今度はマリウスに何処がそんなに悪いのか聞いてみたら、ほぼ全部と答えられた。根幹となる魔法はまだしも、それを補完する周りの魔法がお互いに干渉しあって燃費を悪くしているらしい。
それなら周りの魔法を取っ払えば良いのに、と思ったがそれだけだと完全に武具を形成させる事が出来ないらしい。確率的には50%あれば良い方で、普通は大体30%程度なんだと言われた。俺は記載された魔法陣を眺めながら、何故この本の著者はこんな不完全な魔法を発表したのだろう?と考えた。
マリウスの話によれば、この本の著者――――クリス・アルマデルはそこまで高名な魔法使いではなかったらしい。これは今から50年ほど前、エルガイム帝国の宮廷魔導士となるための試験の際に発表された論文なのだそうだ。無論、この使い勝手の悪い理論が通る筈もなく……彼は宮廷魔導士にはなれなかった。それに失望した彼は冒険者として名を馳せていくが、最後は行方不明になったのだとか。
なんでそこまで詳しいのか聞いてみると、これを見つけた時にその店の主人が教えてくれたそうだ。なんでもクリス・アルマデルとは旧知の仲だったそうだ。主人本人すらもこの理論がどう役に立つのか、皆目検討つかないと言っていたらしいが。
マリウスの説明を聞きながら魔法陣を眺めていた俺は、一つの何の用途で設置されているのか分からない魔法陣を見つけた。いや、そこまで偉そうに語るほど魔法とかに詳しい訳ではないんだが。勉強した範囲内で理解できる範囲内の魔法が大半だから、何とか解読出来た。
「なあ、この魔法陣にはなんの意味があるんだ?」
「ん?……これは……なんだったかな。確か何かの書物で見た覚えがあるんだけど……ちょっと待ってて」
マリウスはそう言うと、立ち上がって書斎の中にある本棚から本を取り出しページをぱらぱらとめくって中身を見ては戻していた。その作業は二、三分続き、しまいには書斎から出ていった。たった二、三分で書斎の本の総てを確認した事に脱帽しつつも、そこまでしなくても……という思いが俺にはあった。
それから待たされること、三十分弱。マリウスは何かの箱と一冊の書物を持ってきた。何を持ってきたんだろうか、と思っていると徐に箱を開けた。その中に入っていたのは――――拳銃だった。って、ちょっと待て。
「なんでこんなファンタジー調の世界に銃なんてあるんだよ……どう考えても世界観台無しだろ」
「君はこれがなんなのか知ってるのかい?」
「知ってる、って言うか……それと似たような武器が俺のいた世界にはあったんだよ」
「へぇ……本当に面白そうな世界だね。これの名前は魔銃『スコル&ハティ』。この世界には『旧世界の遺物』と呼ばれる物があってね。これはその一つなんだ」
「『旧世界の遺物』ねぇ……それは別にどうでもいいんだが、なんでこれを持ってきたんだ?この術式となんか関係でもあるのか?」
「そりゃあ勿論あるよ。この魔銃はカートリッジと呼ばれる物があってね。その魔法陣はカートリッジの底についている物にそっくりなんだ」
ほら、と言って差し出された手の中には全体が青色の一発の薬莢があった。それを借りて雷管なんかのチェックをした後、弾丸の底を見ると確かに本に書いてある魔法陣と同じような術式が書かれていた。
「なるほど。ところでその本はなんなんだ?この魔銃っていうのとなんか関係でもあるのか?」
「これはカートリッジの作り方だよ。まあ、今時の魔法使いじゃあこんな骨董品を使う人なんていないんだろうけど。その『スコル&ハティ』だってもう要らない、って言ってた奴から貰ったんだから」
「……なんで?」
「カートリッジを一発作るだけで『爆炎』クラスの魔力を消費するからだよ。はっきり言ってこの魔銃も燃費が悪いんだよね。しかも燃費のわりに威力はそこまで高くないし。世の中で廃れた技術っていうのは大体が燃費の悪さが原因だから」
「ふ〜ん……こんな感じか」
箱の中に置いてあった空薬莢を手に取り、そこに刻まれていた魔法陣を見ていた俺は空薬莢を握り締めた。俺の突然の行動に訝しげな表情を浮かべたマリウスだったが、次の瞬間には思いっきり慌て出した。俺が空薬莢に魔力を注ぎ込みだしたからだ。
どうやらこのカートリッジというのは魔法陣を展開しながら魔力を注ぎ込むことで完成するらしい。順当に魔力を注ぎ込んでいくと赤い光が手の中から溢れ出した。それも数秒ほどでなくなり、手を開くと真っ赤なルビーのような色合いをした弾丸が入った薬莢があった。
「こんなに綺麗なの、一回も見た事がないよ……って、コラ!いきなり突飛な行動に出ないでくれ!心配するじゃないか!良いかい?このカートリッジ作りというのは失敗すれば腕が吹き飛びかねないぐらい危険なんだぞ!?」
「心配すんなよ。なんとなくこうなるのは分かってたんだから」
「……?どういう意味だい?」
「いや?別に気にしないでくれ。大した話じゃないしな」
おそらくこの世界では圧縮などの概念がない。だから大量の魔力を流し込む事しか思いつかない。何処かで溜めて、より純度の高くなった魔力を流し込むという案が思いつかない。大量の魔力を注ぎ込むだけだから粗悪品にしかならない。だからコストパフォーマンス的な意味で廃れていったんだろう。
それにしても、またか。この世界でもあの感覚を味わう事になるなんてな。まったく気に入らない。俺が一体何をしたと言うんだろうか?もはやここまでくると呪いと言っても差し支えないぞ。
そんななんとも言えない感覚を味わいながら、俺はマリウスが持ってきてくれた魔銃に関する書物を読み進めていくのだった。