少年、心配される
翌日、俺が目を覚ますと妙に頭が痛かった。俺が起きたのを確認したマリウスが部屋に入って来ると、思いっきりビンタされた後に叱られた。
「魔力欠乏症になる寸前まで魔力を使うなんて……君は一体何を考えているんだ!?もうちょっとで君は死んでいたかもしれないんだぞ!?」
「え、何それ。あの術式を組んだのは俺じゃないぞ?あのまま放っておいたらいきなり空気中の魔力がいきなり術式を書き換えやがったんだよ」
「なんだって?いくら意思を持っていたって魔力だよ?ただの魔力がそんな術式に介入なんてできる訳ないじゃないか」
「いやいや、こんな事で嘘ついたりとかしないって。だいたいその魔力欠乏症ってなんだよ。俺はそんなの聞いた覚えないぞ」
「そうだったかい?……魔力欠乏症っていうのは、字の通り生物が保有している魔力が減少して起こる症状なんだけど。普通なら眩暈がするとか、少し貧血気味になるとか、その程度で済むんだけど……君は意識を失った。普通、意識を失うぐらい魔力を消費すれば死ぬんだよ」
要するに俺は超ヤバい状態に追い込まれていたという事か。まさか異世界に着て二日目で二回も死にかけるとは……まったく、勘弁してほしいものだ。そう思いながら身体の銚子がどこかおかしくないか確認した。
「……よし、調子は悪くないな。いや、心配させたみたいで悪いな。まだまだ知らないことが俺には多すぎるからな。色々と教えてもらうぜ、先生?」
俺がそんな風に告げると、マリウスはため息交じりに苦笑を浮かべた。おそらく俺が死にかけたにも関わらず飄々としているからだろう。そう言いたいのは分かるのだが、俺は何となく『こいつらは別に俺を殺そうとしたのではない』というのが何となくだが分かった。
何を言っているのか分からないだろうが、そう表現するほかないのだ。俺自身、なんでこんな風に思ったのかは分からないのだから。まったくさっぱり分からない。
「……しょうがないなあ。今度はちゃんと制御してくれよ?まあ、いきなりこのダンジョンに存在する魔物を消し飛ばしてしまうような一撃を放ったんだからこうなるのも必然か」
「ちょっと待て。確かここって神話ダンジョンとかいうとんでもなダンジョンなんだろ?そこで生息している魔物を一撃で消し飛ばすような魔術って……」
「間違いなく階位としては上級以上だろうね。初級魔術の『爆炎』からいきなりそんな高位の魔術を放つからびっくりしたよ。まあ、それで生死不明の状態になるんだからまだまだだけどね」
「それぐらい俺だって分かってるさ。今のままじゃこの先、どうしようもないだろ。ここが一番難しいダンジョンなのはわかるけどさ、それで足踏みしてるようじゃ、俺が求める物は見る事すら叶わないだろ。そんなのはまっぴら御免さ」
「その息なら問題ないかな。私としても毎回こんな風に心配しなきゃいけないなんて事になるのは御免被りたいからね。それじゃあ、まずはこの薬を飲んでもらえるからな?そこの水差しにコップと水が置いてあるからそれ使ってね」
「……?分かった」
マリウスにそう言われてコップに水を入れて緑っぽい、一見すると不味そうだな……という感想以外には思い浮かばなさそうな薬を飲んだ。そうした瞬間、形容することもできない激痛に見舞われた。あえて表現するとしても身体全体を殴打されるとか、切り裂かれるとか、そういった痛みじゃなくてまるで身体が爆発でもしてしまうんじゃないか?という感じだ。
余りの激痛に立ったままの体勢を保ち続ける事も難しくなり、マリウスに倒れかかった。その際マリウスに抱き留められて何やら柔らかい物が当たったのかもしれないが、残念ながらその感触を楽しむような精神的余裕は俺には欠片も存在しなかった。
「マリ、ウス……?これは……どういう……?」
「うん、まず前提として魔力というのはそんなに簡単には増えないんだよ。私たちが魔力を使うのは……そうだね。地面を少しずつ掘ることでそこに入れる事の出来る容量を少しずつ増やしていく、っていうのと同義なんだよ。だ・け・ど、それにも裏技があるんだ。それが今、君の飲んでもらった薬さ」
「……………」
「魔力が増えると言っても限界容量は決まっている。器には大きさによって入る量が決まっているんだから当たり前だよね。魔力を生成するのが何処かはわかっていないんだけど、この薬はその魔力を生成する場所を刺激するんだよ。その副作用が、その今君が味わっている激痛さ。
まあ、いくらとんでもない痛さだからって死にはしないよ。それにその痛みの代償として君は魔力を増加させるために使用するはずだった時間を短縮する事が出来る。つまりはそれだけ魔術の修練に時間を割けるって事さ。だから今はとんでもなく痛いだろうけど、頑張ってね」
そう言いながら部屋から出て行ったマリウスを、俺は正直怒ってもいいのではないのかと思った。先ほどから黙ったままそばにいたメイドちゃんが俺をベッドに戻して毛布を掛けた。その時のメイドちゃんの表情はいつも通り無表情に近かったが、こちらを心配しているような色が見えた。
それを垣間見た俺は指一本動かす事すら大変な状態だったが、メイドちゃんの頭に何回か手を当てた後に起きたばかりだというのに痛みによって意識を手放すことになるのだった。
やっぱり強くなるのに何の代償もないというのはおかしいと思ったので、やってみました。