勇者、少し昔を振り返る
やあ、雲雀宗一だ。あの穴から俺たちが出た場所はどこぞの物語のような神殿だった。そしてこれまたテンプレのように魔物の被害を人間側は被っているらしく、それを率いている魔王を討伐してほしいと頼まれた。
呼び出された国の名前はガルザキア神聖帝国。そしてその国の王様、皇帝シャヘル11世。俺たちを呼び出すためだけに十数人の神殿に属する巫女たちを犠牲にしたらしい。その中には皇帝の娘、つまり皇女もいたらしい。
まあ、急に呼び出されたこっちがその事情を理解しろ、っていうのはめちゃくちゃな話なんだけどな。それでも実の娘を犠牲にせざるを得ないほどに人間――――この世界ではヒューマンと呼ぶらしい――――側は危機的状況に陥っているらしい。
魔王はこの世界に大量に存在する魔物の元締め的存在で、戦場にはほとんど出てこないらしい。だからそのどんな人物なのかも分からないのだが、それでも被害の規模からみて魔王の存在が許されるようなことはないだろう。
そして魔王討伐が成功した暁には俺たちを元の世界に返してくれるらしい。元々この術は魔王が存在する魔界に存在する魔法を模倣することによって作り上げられたもので、原本である魔法を知る事が出来れば戻ることが出来る。
そしてそのための実力を身に着けるために今は修行の毎日を送っている。一緒に送られたはずの満の事も話して探してもらっているが、影も形もないらしい。どうも術の前後に流れ星のようなものが見えたらしいが、急な事だったのでどこに落ちたのかはわからないらしい。
召喚されてから三日、これだけの月日が経つと生存はほぼ絶望的と言ってもいいらしい。捜索は打ち切られ、他の軍の人たちは俺たちの育成に全力を注いでいく方針らしい。もはや死んだかもしれない存在を探すよりも今生きている者を育てる方に全力を注ぐのだと決めた。
「ソウイチ、どうかしたのかい?」
「あ、メルスヘムさん。いえ、ちょっと満の事を考えてただけですよ」
この人はメルスヘム・グラスさん。この帝国において一、二を争えるほどの剣の技量を持っていて騎士団の中では主力という扱いを受けている。親しみやすい性格もプラスして俺とは(この国の人間の中では)比較的によく喋る。
「そうか……そういえばソウイチが言ってるそのミツルっていうのは一体どういう奴なんだ?」
「へ?」
「いや、だから。お前さんがそこまで入れ込むそのミツルとやらはいったい何者なんだ?はっきり言ってお前さんはすごい才能をもってる。それこそこの国の騎士や魔術師じゃ勝てないんじゃないかってぐらいだ。そんなお前が頼み込むほどなんだ相当凄いんじゃないのか?」
「う~ん……きっとメルスヘムさんが思っているほどの逸材じゃないと思います。どこにでもいる一般人って感じでしたね。でも、元の世界では唯一俺に敗北を味あわせた人間でしたね」
「お前が?本当に?」
俺の力は勇者召喚なんていうテンプレな物で呼び出されるだけあって相当な物らしい。自分からすれば普段と大して何も変わってはいないんだけどな。精々筋力が増したとか、俊敏になったとかその程度の認識だ。
「ほら、俺って自慢じゃないですけど色んな事をすぐこなしちゃうでしょ?」
「その言い方がそこはかとなくむかつくが、確かにその通りだな。それで?」
「まあ、そんな俺ですから天狗になっていた時期もあったんですよ。あれは……今から4、5年ぐらい前だったかな?たまたま友達に連れられてゲーセンって言っても分かんないか。要するに仮想戦闘をするための機械で遊ぼうとしてたんですよ」
「いまいちよく分からんが……それで?」
「そこでミツルが遊んでたんですよ。俺はそのゲームでだって誰にも負けたことがなかったんで、意気揚々と挑んだんですよ。三本勝負だったんですけど、俺は先に2勝したんですよ。そしたらやっぱりこのまま押しきっちゃえと思うでしょう?」
「まさかそこから逆転されたのか?いくらなんでもそれは……」
「ありえないと思うかもしれませんけど、事実なんですよ。手加減してたのかと思いもしたんですけど、もう一回挑戦したらストレート負け。理由を問い詰めてみたら……何て言ったと思います?」
「……………………………………」
メルスヘムさんは何やら厳しい表情をしながらこちらを見ていた。俺みたいな奴を圧倒したっていうのがそんなに信じられないんだろうか?いや、信じられないだろうな。俺だってあの時は信じたくないと思ったんだから。
「『お前の動きは単調で分かりやすい。複雑なコマンドをしたりフェイントを入れたりしてもすぐにばれる。俺に勝ちたかったらもうちょっと戦術のバリエーションを増やすんだな』ですよ?当時12か13ぐらいの俺にはまさに目から鱗って感じでしたね」
「まあ、確かにその年代の一般人が口にすることじゃないわな」
「別にあいつに全然勝てないってわけじゃないんですよ?運動競技とか勉学に関してはあいつには普通に勝ってますから。ただ何でもありの勝負になったら俺があいつに勝てる確率って大分低いんですよね」
実際、満と一緒にバイク乗り回して近所迷惑だった暴走族を制圧した時に満は四割を一人で叩き潰した。俺だって三割が限界だった。俺に半ば強制的に連れて行かれたのが気に入らなかったのか、眼力が凄い事になってたしな。
ただ対峙しただけなのに怯んでたりした奴が何人かいたし、向かってきた暴走族のリーダーの奴は見てた俺が止めたぐらいに悲惨な目に遭ってた。あいつを怒らせた奴は大抵酷い目に遭ってプライドを粉微塵になるまで破壊される。
小学校時代、満に絡んで暴言が過ぎたせいでボコボコにされた金持ちのボンボンがいた。なんか見るからに暴言を吐きまくってたけど全部満が無視してた所為か、殴り掛かったらカウンターで投げ飛ばされたのだ。そんで壁に顔面からぶつかって鼻血を出しただけで訴えてやるとか言い出した。
流石に学校もそこまでさせる訳にはいかないからか、校長室でその金持ちのボンボンの母親と満が面会することになった。満の親はもはや育児放棄と言った方が良いレベルで満に関わろうとしない。だからこそ満が相手をすることになった。相手の母親は満を言葉でボコボコに叩くつもりだったが、一部始終を録画したビデオカメラを用意していたので逆にボコボコされてしまったらしい。
「それに満って指揮官タイプって言うんですかね?全体を客観的に俯瞰できる性質だから、俺が暴走とかしかけたりすると止めてくれるんですよね」
「そうか……早く見つかるといいな」
「そうですね……って言ってもこれ以上こんな風に暗い話を続けるのも気が滅入りますし、ちょっと体を動かそうと思うんですけど一緒にどうです?」
「お、良いね~。よし、行くか!」
そうして俺はまた新しい一日を歩みだそうとしていた。絶対に魔王を倒して、元の世界に帰ってみせる!