少年、語り合う
急に攻撃を受けて気絶させられた俺が目覚めると、自分の目の前に見覚えのない少女の姿を見た。一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに記憶の中からメイドちゃんの顔を思い出したことでそこまで慌てるようなことはなかった。
身を起こすとどこかの一室なのだろう。見たこともないような調度品が山のようにあった。こういう場所にあるものは大概高価な物に決まっているので出来うる限り傷つけないように歩いた。そして視線を感じたので振り返ってみるとメイドちゃんが不機嫌そうにこっちに視線を注いでいた。
「そんな目の前でスケルトンに遭ったような顔をしなくてもいいではありませんか」
「あ……すまんすまん。どうも起き抜けで頭がきっちり働いてなかったみたいでな。メイドちゃんのことをちゃんと認識できてなかったわ。それで悪いんだけど……あれからどれぐらい時間たってる?」
「それは「約3カルメル程度だよ。いやはや、こんな短時間で目を覚ますとは見事の一言だね」
「あんたは……」
俺の目の前にはあの俺を壁に叩きつけた張本人が現れた。俺たちの世界でめったに見ることはできないほどの美少女だった。体の凹凸もそうだけど髪とかの組み合わせも似合っている。
「やあ、異世界の遭難者君。私がマリウス・シャヘナ・ヘジト・グラディアスだ。ご機嫌は如何かな?」
「あんたなぁ……来たばかりに攻撃するとか正気かよ!?めちゃくちゃ痛かったんだぞ!こんな痛い思いをしたのは宗一に無理やり連れられて不良集団を潰した時以来だぞ!」
「えっと……それだけかい?」
マリウスと名乗った美少女とメイドちゃんは『こいつ本気で言ってるのか?』という視線をこちらに向けて来た。失礼にもほどがあるだろう、この二人は。
「ああん?それだけってあんたな……痛かったんだから謝罪の一つや二つあったって構わないだろうが。せめてそれぐらいあったって良いだろう?」
「すごい……まったく凄すぎるな、君は。普通こんなのくらった簡単に死ぬレベルなんだけど……」
「は?出会う前になんつう物を人にぶつけてんだ!」
普通の人間がくらった簡単に死ぬレベルって……そんな物をいきなりぶつけてくるなよ。いくらこっちが身元不明で殺されても誰文句を言わないとはいえさ。
「まあまあ。結果的に大丈夫だったんだから良いじゃないか。それに君の聞きたいことがあるんだったらちゃんと答えるしさ。えーっと……シラー君?」
「白羽だ!白羽満!言いにくいなら満でいいよ……」
「そうかい?それじゃあ、ミツル。君は一体どうやってここに来たんだい?」
「いや、そもそも俺にはここが何処かすら分かんないんだけど……」
「そういえばそうだったね。ここは『夢幻迷宮』っていう神話級ダンジョンなんだ。……ダンジョンって何か分かる?」
「やたらと強力なモンスターが湧いたり危険な罠がある場所で、最奥にはボスキャラがいて倒すといろんな財宝を得られるんじゃないのか?」
「まあ、認識的には間違っていないかな。それでこの世界には様々なダンジョンがあってね。魔物級、巨人級、竜級、魔人級、亜神級といろんなダンジョンが存在するんだ」
「何が違うんだよ?」
「それぞれが登竜門的な扱いを受けているね。魔物級なんて小物も小物だよ。頑張れば一般人クラスでも突破できるさ。冒険者になるための初期試験として利用されるらしい」
「へえ~、やっぱりそういうのもいるんだな」
「その口ぶりだと君の世界にはいなかったのかい?」
「そりゃ、いねえよ。俺たちの世界は基本的に平和で、この世界みたいに魔物が一般人を襲ったりする危険がないから人間同士で争ったりしてるよ」
「戦争か。また難儀な事をするものだよね、ヒューマンも」
「さっきからヒューマン、ヒューマン言ってるけど、お前は一体何の種族なんだよ?」
「私かい?ハイエンシェントエルフだけど?」
「なんじゃそりゃ。あれか?エルフの最上位的存在なのか?それなら別にその美貌でも何もおかしいとは思わないけどな」
「……お褒めに預かり光栄だけど、君も大概適当だね。ま、君の予測は概ね当たっているよ。エルフに限らないけど、この世界の魔物は大概『種族限界突破』という素養を持っているんだよ。それがあるおかげであり得るだろうハーフも生存権を認められているんだ」
照れながらその姿に多少見とれはしたものの、それよりも気になる事を耳にした。『種族限界突破』だって?そりゃつまり小鬼が中鬼になったりするって事なのか?っていうかエルフって魔物枠なんだ。ちょっと意外だな。
「ハーフも純正の種族になれるからか?でもそんなの、そう上手く行くとは思えないけどな。そんな手法があるってことはその階段を上るのが難しいってことなんだろ?」
「まあね。種族として設定されている成長限界みたいなものを突破できた者だけが、それよりも上の種族に至る事が出来るんだよ。だから君は知っているかどうかは知らないけど、この世界には結構な数の種族がいるんだよ」
「まあ、それはいいよ。本題とはあまり関係ないしな。ダンジョンがどうとか、種族がどうとか、俺にとってはどうでもいい事さ。人間にだって悪い奴はいるし、良い奴もいる。特定の個人で考えるさ」
この時は知らないでいたが、実はこの世界において種族間差別という物はとても大きな問題となっていた。それを億劫に感じていたマリウスは自分が暮らしていた場所から離れ、神話級ダンジョンという難易度で言えば上から数えた方が早いような場所に身を隠していたのだ。
「……変わった考えを持っているんだね。それとも君の世界ではそれが普通なのかな?」
「さあな。それよりも俺としては基本的な情報を知りたいんだけど。例えばさっき言ってたカルメルってどんな単位だよ?」
「本当に基礎的な事を訊いて来るね。この世界では時間単位としてメル、カルメル、キルメルが存在する。60メルで1カルメル、60カルメルで1キルメルとなる。そして一日は24キルメルで構成されているんだ」
つまりメル=秒、カルメル=分、キルメル=時という値になっているんだろう。そこらへんは日本と変わらないらしい。今更だが会話が普通に通じていることもこちらとしては安心できる要素の一つだが。というかそういう部分は似通るのだろうか。
「それでお金の方はどうなってるんだ?」
「金かい?銅貨、銀貨、銀板、金貨、金板、大金貨、大金板が100枚づつで繰り上げになっているよ。と言っても、金貨と金板は大体貴族とか一流の冒険者しか持ってないし、大金貨以上となると皇族しか持ってないね。普通は銀貨か銀板があれば大丈夫さ」
「百枚上がりなんだ。まあ、一般人は金貨とかあっても困るんだろうけどな」
銅貨は1枚1円、銀貨は1枚100円、銀板は1枚1万円、という計算になるな。大抵そんだけあれば困るような事にはなるまい。贅沢しなければ困ることはないような生活基準になっているんだろう。一体外の世界はどうなっているんだろうか?
「それにしても本当に君は変わっているね。さっきの攻撃は手加減してたけど、それでもあんな魔力のごり押しで威力の七割がたを削ぎ落とされたのは初めてだよ」
「魔力のごり押しってなんだよ?俺はなんか見えるわけのわからない球体を壁みたいに展開しただけだぞ?」
「え?……ちょ、ちょっと待ってくれ!君には空気中に浮かぶ魔力を認識し、さらにそれを操作したって言うのかい?まさか私の攻撃を見抜いたのはまさか……」
「そっちからなんか力強い何かが見えたからだけど?」
俺がそういうとマリウスもメイドちゃんも目を見開いてこちらを凝視してくる。こんな能力が一体何だと言うんだろうか?そりゃあこの力は珍しいのかもしれないけど、マリウスは魔法が使えるんだからそこまで驚く必要はないと思う。