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少年、談笑する

少年

翌日、俺は身体の節々が痛むのを我慢しながら着替えて部屋から出て行った。時間はまだ朝日が出たばかりでまだ殆どが寝静まっている、或いは徐々に動きだしたというところだろう。泊めてもらったカズネの家を出て森の方に歩きだした。特に何かを考えていた訳じゃないが、なんとなく誰かが俺を呼んでいるような気がした。


森は相変わらず獣道だったから、今のコンディションでは抜けられそうにない。だから俺は森の手前にある岩場に座りこんだ。朝の森は昼間や夜に見た物とは何処か異なり、神聖な雰囲気を携えているように感じた。それに気持ち程度ではあるものの、魔力の回復が速くなっているような気がする。


ぼんやりと森を眺めていると、マリウスが言っていた精霊が集まってきた。何やら楽しそうに俺の周りをくるくると回っていた。終いには踊りだしそうなくらい楽しそうなんだが……何がそんなに楽しいんだろうか?


『………………♪』


「本当にお前ら何が楽しいんだ?その陽気さというか愉快さがほんの一欠片で良いから、俺も欲しいと思うよ」


『…………?』


「何でもねえよ。ただの一人言だから気にしなくても良い。ほら、俺は行くからそろそろ散れ」


俺がそう言いながら立ち上がると、『もう少し一緒にいようよ』とでも言っているかのように俺の身体に群がってくる。まるで小さな子供の相手をしているような気分になる。どうもこの世界に来てこういう存在を視認出来るようになってから、精霊と簡易的ながら対話が出来るようになった。


「また今度な。俺も色々とやらなくちゃならない事も増えてきたからあんまり会えなくなるかもしれんが、また会えるだろ」


そう言った所為か、より纏わりついてきた。正直、言った直後に『あ、ミスった』と思った。って言うか、なんでこいつらこんなに俺に懐いてんだ?こいつらに対して俺、何かしたっけ?身に覚えがないんだがな……。


「……何してるの?」


「ん?ああ、おはよう。ちょっと早起きしたから、ここでぼんやりとしてただけだ」


「あのね……そんな状態にした私が言うのもなんだけど、あなたは怪我人なのよ?安静にしてなさいよ。それにどうやったらそんなに精霊が引っ付くの?」


「え、見えるのか?」


「……ああ、そういえば普通人族とかは見えないんだっけ。歩きながら説明するから、一先ずその子たちを如何にかしたら?」


「そうしたいのは山々なんだが、こいつら中々俺から離れようとしないからな……なんとかならないか?」


「しょうがないなぁ……ほら早くお帰りなさい。彼だって困ってるでしょ?やりすぎて嫌われたって知らないわよ?」


『それは嫌だ!』と言わんばかりにすごいスピードで俺から離れて行った精霊たちは名残惜しそうにしながらも、森の方に戻っていった。リアクションがちょっと過大にすぎるのではなかろうか……?


「さてと、それじゃあ行きましょうか。なんだったら肩ぐらいは貸してあげるわよ?」


「いらん。そんな事してもらわなくても、歩くぐらいは出来る。ここまで一人で歩いてきたんだから分かるだろ?」


「あははは。まあ、お茶目な冗談だと思って水に流してよ。それにしても一夜でそこまで回復するなんて……うちの治療班は本当に凄いね」


「そうだな。少なくとも、俺の知っている範囲内でここまで優れている医者は殆どいないな。痛みはまだ残ってるがそれも鈍痛程度だし、あそこまで重傷を負った奴をたった一晩でここまで治すとは。いやはや、本当に恐れ入るな」


「……嫌味?」


「厳然たる事実だ。治療中に聞いたが、お前あの力を制御しきれないんだろ?そんな力を使ってあんだけ殴られたんだ。嫌味の一つや二つ、あっても良いだろう」


「それはそうなんだけどさぁ……まあ、それは良いや。それよりもさっきのアレの方が気になるんじゃない?」


「そういえばそうだな。それでなんでお前は精霊が見えるんだよ?俺はなんか特殊な瞳だから、とか言われたんだけどお前もそうなのか?」


「そもそも獣人っていうのは精霊たちに近しい存在なの。特にこの迷宮にいる獣人たちはそうらしいわ。外ではどうか知らないけど、この迷宮にいる獣人で精霊と話せない者はいないわ」


その後、詳しい事を聞くとなんでも獣人という存在は精神体と呼べる精霊が受肉した存在らしい。最初に受肉した精霊は七体いて、その七体が獣人の始祖であるらしい。そこから人間や様々な種族とまぐわい、今の獣人が生まれたらしい。


「そもそも獣って言うのは自然と共生している生物だからね。自然を構成する精霊たちと会話できない訳ないじゃない」


「それならどうして普通は精霊と話す事はおろか、その姿を見る事すらできないんだよ。この世界で生きている者たちだって世界を構成する物の一部だろうに」


「う~ん……私も詳しい事は知らないんだけど、母様やこの森に棲んでる他の種族の長老曰く『外に住まう者たちは傲慢になり過ぎたんだ。精霊と私たちは隣人だった。そこには上下の関係なんてなくて、本当に平等だった。でも、外の世界に生きる者たちは自分たちを精霊よりも上位の存在であるとして精霊たちを見下し始めた。だから、外の世界の人間は精霊を知覚出来ないんだ』って」


「本当に平等な関係、ね……」


「もしかして馬鹿らしいとか思ってる?」


「いや。でもさ、平等って何なんだろうなって思っただけさ。人は平等になんてなれない。比べる事で成長する生き物だから。誰よりも上に立ちたい……その思いを人は捨てきれないのさ」


「どうしてそんなに面倒なのかな?」


「……人は生まれながらにして七つの大罪を背負っているとされる。『強欲』・『嫉妬』・『怠惰』・『暴食』・『憤怒』・『色欲』そして『傲慢』だ。七つの大罪を消去する事が出来れば、そういう事も出来るようになるかもな」


俺はそんな事をしたいとはさっぱり思わないが。大罪は同時に人が発展する上で最も大事な物だからだ。あるがままに生きる事を俺は否定しない。それを否定するという事は人の自由をも否定する事だから。


「まあ、私はどっちでも良いんだけどね。この里で生まれて今まで育ってきたけど、それを不憫だと思ってないから。私たちの生き方と外の世界で生きている者たちの生き方は違う。私がそれに対して何か口を挟む事が正しい事だとは思わないし」


「他人なんだ。生き方も考え方も、そもそも生まれだって違うんだ。その事に対して人様が横から色々という事が正しい事だとは俺も思わないな。所詮俺たちはこの世界で生きているちっぽけな存在だ。精霊の力がなくても生きていくことは出来るんだ。ほとんどの人間は期待していないだろうな」


「まあ、だから魔術なんて物が生まれたんだけどね。精霊に協力してもらった方がよっぽど強い力を使う事が出来るのに、面倒だね」


「そりゃあ、いつ力を貸してくれるか分からない奴の力なんて普通の奴は貸りないさ。俺だって姿が見えなければそんな得体のしれん奴の力をあてにしたりしない」


「……?あなた、精霊たちの力を使ってたの?そんな気配は欠片もしなかったけど?」


「そりゃそうだろ。俺はお前の前で魔術を使ったことはないし、『作業』を手伝わせたこともないしな。俺にとってそれほど大きな秘密ってわけでもないが……一々他人に知られることでもないからな。お前に教えることはないだろうな」


「私としてはどういう事なのか知りたい所なんだけど……無理に聞き出すのも私の信念とは反するからしないよ。でも、よくそんな『古代の遺産』を何の躊躇もなく振り回せるよね」


「道具は道具だ。分解して損耗がないのを確認すれば、それで問題はないだろう」


「……え?まさか、一回分解したの?」


「そうだが。それがどうかしたのか?」


「どうかしたのか、じゃないよ!こういう武器が『古代の遺産』なんて名前で呼ばれるのは、分解できなくてその内部構造がどうなっているのか分からないからなんだよ!?」


『古代の遺産』――――それは人の知識の外側、つまり超高度文明の物品を指している。分解してももう一度組み立てる事はおろか、そこに記されている魔法陣やその物がどういう理屈で成り立っているのかが分からない。


現在の人間では解明する事の出来ない力を持つ物であるからこそ、それを使おうとするような猛者は数少ない。信頼できない物を使おうとする人がいないように、整備も出来ず用途も分からない物を使う者はほとんどいない。


少しと言えどもいる理由は、その不便性を覆す事が出来る力を持っているからだ。それに生活用と思しき『古代の遺産』に関しては解明され、非常に高額ではあるものの利用されている物もある。


「まあ、いいだろ。俺には分解の仕方ももう一度組み立てる事も出来る。たった……そう、たったそれだけの話なんだからな」


「…………………」


それ以降、俺が話したくないという雰囲気を出したおかげかサラ(こいつ)も黙り込み、俺たちは狐人の里へと戻るのだった。

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