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少年、狐と戦う


気付いたら何故か戦う事になっていた今日この頃。カートリッジを入れ換えて予備のマガジンを胸元のポケットに入れた。準備をしている内に観客(?)が集まっており、設置された座席はほぼ満席になっていた。相手の少女ーーーーサラは準備万端なのか、余裕そうな表情でこっちを見ていた。


「準備できた?」


「俺の方は出来たが……そっちは準備運動の一つもしなくて良いのか?」


「大丈夫だよ。私はさっきまで戦ってたから、準備万端だよ」


サラはそう言うと、審判役の母親に視線を向けた。どこからどう見ても餌付けされた犬が獲物を前にして待てをくらってる状態だ。つまり何が言いたいのか、と言うとーーーー非常に危険だと言わざるを得ない事態に俺が陥っている、という事だ。


「それでは……始め!」


カズネがそう言った瞬間、目の前にいた筈のサラの姿が見えなくなり、同時に後ろの方から強烈な戦意を感じた。その直感に従ってすぐさま頭を下げた。すると頭上から風と猛烈な勢いで通り過ぎていく何かを感じた。頭を上げて前方を見ると、実に嬉しそうな表情を浮かべているサラがいた。


「凄い!凄い凄い凄い!どうやって分かったの?確実に視界の外に出た筈なのに!」


「直感に従っただけだ。しかしなんて速さだよ。……ひょっとして俺が引き金に指をかけた瞬間に躱されるとかあるんじゃないか?」


物は試しとばかりに引き金を引いた。放たれたのはさっき蜘蛛に放った『炎槍』が四発。蜘蛛の時よりも倍近い魔力をこめられているため、威力・速度ともに倍になっている。通常であれば防御するか、或いは回避する。だが、よりにもよってサラは総て受け流すか迎撃した。その所為で次々と炸裂していくが、おそらくダメージはほとんどないだろう。


「……いや〜、面白いねそれ。この感じは魔法だよね?それなのに魔法陣を介さずに使うなんて……一体どうなってるんだろ?」


「教えても良いが、お前に分かるのか?」


「多分、分かんないと思うな。小難しい理屈なんて如何でも良いと思うし、それにそんなの使うよりも(こっち)で倒した方が速いし確実だよ」


「……なあ、あいつちょっと脳筋すぎやしないか?」


「……言わないでくれるかい?あたしもそうなんじゃないかと思ってるから」


一際重いため息を吐いた後、俺は躊躇なく拳銃の引き金を引いた。様々な属性の魔法がサラの人体における急所を狙う。そこにこめられていたのは純然たる敵意だけ。確実に打倒する事しか考えていない。敵だと言うならばこの弾丸を受けて倒れろとばかりに攻撃する。


そしてその攻撃にサラは歓喜の感情を露わにしていた。どんな男だろうがどんな相手だろうが、サラに対して敵意や殺意をぶつける事はなかった。だがそれも当たり前なのだ。里の長の娘だとかいう理屈ではなく、同じ里の同胞を誰が喜び勇んで殺そうとするのか?


魔獣が相手でも同じ事だ。魔獣の中にあるのは食欲ーーーーつまり奴らにとって戦いとは即ち食事である。食事をする際、その獲物に対して一々敵意や殺意を向ける者が一体何処にいるというのだろうか?


だがこの瞬間、俺にとって確かにサラは敵だった。倒すべき相手になっていた。今サラは今まで味わった事がないような感覚ーーーー未知を体験しているのだ。初めて何かを体験する高揚や歓喜の感情ーーーーなんと羨ましく憎らしいことか。ああ、何故だ。何故お前はその感情を味わえるんだ?そして何故、俺はその感情を味わえない?


何かに対して歓喜し、高揚する。そんな感情はこの十六年の生涯において、指で数える程しか味わった事がない。その感情を俺の目の前で露わにするお前(サラ)が何よりもむかつく。だから敵意を抱く。無茶苦茶な理屈だと我ながら思うが、これは最早理屈の領域の話ではないのだ。


魔弾は基本的に、その弾丸にこめられた魔力量によって威力や速度などが作用される。その構造上、後から魔力を注ぎ込む事は通常出来ないようになっている。しかし満が有する『スコル&ハティ』は異なる。太陽と月を喰らった二匹の神狼の名を冠するこの二丁拳銃だけは、後から魔力を弾丸に注ぎ込む事が出来るのだ。


まるで巨大な壁のように魔弾が分裂し、無数の点で面攻撃となった魔弾がサラを襲う。だが、その攻撃に対してサラは埒外な方法を選択した。上に飛んだのだ。魔弾の面攻撃よりもさらに上へと飛び、面攻撃を凌いだ。


しかし、空中にいるという事は方向転換が出来ないという事だ。そんな隙だらけの状態を逃すわけがない。先ほどの『炎槍』に更に魔力を注ぎ込む事で威力・速度共に桁違いな物になったそれは、寸分の違いもなくサラに迫った。その一撃はあれに当たれば間違いなく自分は死ぬ、という感想をサラに抱かせるには十分すぎた。


だから使ってしまった。母親(カズネ)から使用を禁じられていた力を。純血種だけが使う事が出来る力を。髪と瞳が真っ赤な色に変わり、迫ってくる『炎槍』を空気を踏む(・・・・・)事で回避した。遅れて衝撃波が響き、その音が満の鼓膜に届く前にサラは満に突っ込んだ。その時、満が垣間見たのは赤い狐耳を生やした獣の姿だった。


その様はまさしく獣。食う事と殺す事以外にはほぼ頭から消えている獣の姿だった。視覚野では完全に捉えられない速度で駆けるサラの攻撃によって、満はまるでピンボールで弾かれるように吹き飛ばされていた。それでも満は引き金を引いた。無論、一発たりとて当たりはしなかったが。


「これ以上は流石にあの坊やでも死にかねないね……そこまでだ、サラ!戦うのを止めな!」


「ガ、グガァァァァァァッ!」


「ちっ、聞こえちゃいないか。それならーーーー」


「……邪魔……すんな……」


その時、本当にか細い声がその場に響き渡った。その声を聞いた瞬間にサラは攻撃を止めて後ろに下がった。攻撃が止まったことで満は地面に叩きつけられ、暫くすると、全身に打撲痕を刻みつけられながら立ち上がった。


「ッ!坊や、あんた何を言ってるか分かってるのかい!?」


「当たり前……だろ。これは俺が吹っかけた、俺の喧嘩だ。未知が欲しい。それのみを願い、それのみを欲した。だってのによ……なんだよ、これは。ああ、最悪だ。これ見たことあるわ(・・・・・・・・・)


サラは恐怖のあまり満に突っ込んだ。怖い。この獲物が怖い。なんだ、なんなんだこれは。相手は満身創痍も良いところで、対する自分はノーダメージ。こちらの方が圧倒的に優勢であるにも関わらず、自分が勝つイメージが出来ない。


「デジャブるんだよ。どんなに美しい景色を見ても、どんなに美味いもん食っても、どんな行動をとっても、新鮮な驚きなんて一つもない。お前は良いよな。未知を簡単に味わえてさ。ああ、羨ましいな。お前の事が心底羨ましく妬ましい」


「ッ!?」


転けた。サラが何もないところで転けた。それを見た周りの狐人たちはもちろん、カズネもサラも驚いていた。そして地面を見下ろして見るとそこには格子状に広がっている氷があった。無闇矢鱈と放たれているように見えた満の魔弾は、いつの間にか捕縛用の罠に変わっていたのだ。


転けたサラの足が地面についた瞬間に罠が作動し、まず足が凍りつき次にサラを覆うように氷の網が浮かび上がった。無論、なんとか抵抗しようとしたサラだったが完全に足が凍りついてしまった所為で、まったく身動きが取れなかったのだ。


そうして完全に動きを封じられたサラに向けて満は歩き始めた。ズルズルと足を引きずってはいたものの、確実に着実に一歩を歩いていた。ボロボロの状態であるにも関わらず、こちらに近づく存在にサラは総毛立った。必死に身体を動かし、なんとか抜け出そうとしていた。だが、抜け出す事は出来ずついにサラの前まで満は歩いた。


そしてその時、サラは初めて満の瞳の奥を見た。サラが満の瞳を見て抱いた感想は『飢餓』だった。そう、どこまでも飢えている。未知を求めて、それのみを願ってどこまでも歩き続ける放浪者。満にとって現実とはどこまでいっても既知でしかない。世界の総てが色褪せているように見える。


「……この馬鹿が。ぼかぼかと殴りやがって……痛ぇんだよ」


満は氷の縛鎖を解き、サラの頭を叩くとカズネの方に歩きだした。叩かれたサラも、それを見ていたカズネや他の狐人たちも、ぽかんとしていた。それを見た満は何を間抜けな顔をしているんだ?といった表情で見つめていた。その視線に気付いたカズネは一回咳払いをすると、右腕を高々と上げた。


「今回の勝負はサラの敗北とし、ミツルの勝利とする!両者、何か異存はあるか?」


「俺はない。何方にせよ、これ以上の戦闘継続は不可能だ。しこたま殴られたからな。全身が痛い」


「サラ、お前は何かあるかい?」


「……ないわ。私の負け。だってこれ以上、戦う気が湧かないもの。だから今回は(・・・)私の負けで良いわ」


次は負けないと言わんばかりの表情で満を見つめているサラに対して、満は勘弁してくれという表情を浮かべていた。そして体力の限界だった満は立っていられなくなり、地面に倒れこんだ。それに慌てたカズネは救護係を呼び、あまりに酷い有様だった満は即座に治療を受ける事になったのだった。


そしてその晩、ダメージが酷すぎた俺は狐人の里に泊まる事になった。その事をマリウスに報告に行く役割を担ったのは、俺を信用できないと言って戦わせたあの狐人だった。その命令を受けてマリウスの所に行った数十分後、轟音が響き渡るのだった。


今回の反省点は流石にダメージを受けすぎた事だ。視覚じゃちゃんと認識できないし、聴覚でも地面を蹴るだけじゃなくて空気まで蹴って進むから何処にいるのか分かんねえし。今回はまぐれで勝ったにすぎない。罠が上手く嵌ったのがなかったら確実にやられてた。


そんな事を考えていたんだが、流石に疲れたのか布団(この里はどこもかしこも日本風だった)に倒れこむと某猫型ロボットの主人公並の速さで眠りについた。


満side out


サラside


もう真夜中と呼んでも差し支えない時間に私は外で夜空を眺めていた。眺めながら思い出しているのは今日戦ったミツルの事だった。アレ(・・)を使わせた事もそうだけど、どことなく雰囲気がこの世界の人間らしくないと思った。その割にこの里に順応している感じもする。


今思い出している事で分かった事だけど、なんで私が彼を怖いと思ったのかようやく分かった。私が彼の事を怖いと思ったのは彼の瞳のせいだ。彼の瞳は欠片たりとも自分が負けるなんて思ってなかったんだ。勝ちを確信してる訳じゃなくて、ただ負ける事なんてあり得ないという意思を感じた。


『既知』だと言っていた。如何なる事をしても新鮮な驚きなんて一つもないと言っていた。それはなんて生き地獄なのだろう。初めて母様に喜んでもらった時に感じた興奮や初めて男を倒した時に感じた歓喜を彼は味わった事がない。それはなんと生きにくい世界なんだろう。


「……あんたはこんな時間まで何をしてるんだい。疲れてるんだからさっさと寝な」


「母様……ちょっと考え事をしてただけだよ。……ねえ、母様。母様はミツルの事をどう思ったの?」


「また唐突だねぇ。う〜ん……人形みたいだと思ったかね。あの坊やはあたしが見たところ恐らく惰性で生きてる。生に対する展望ってもんがないんだよ。当たり前に抱く願いってもんがない。別に不感症って訳でもなさそうだがね」


「……ミツルは言ってたよね。未知が欲しい、って。全部が予想の範疇に進む一生ってどんな感じなんだろうね。少なくとも私は耐えられないと思う」


「そんなのあたしだって同じだよ。そんなの普通は耐えられる訳がないんだ。だけど、あの坊やはこれまでずっと耐えてきた。一体何があの坊やをそうさせてるのかねぇ?」


それは延々と同じ映像を見ているかのような気分なのだろう。自分が未だになし得た事のない物を見つけるまで歩き続ける。止まる事なく、迷う事なく、戸惑う事なく、きっと未知を得るためなら何でもする。そういう危うさを感じざるを得ない。それはまるで……自滅への道を歩んでいるかのように見える。


「……気になるかい?あの坊やの行く末が。坊やの辿る道が一体どういった物になるのか」


「そりゃあ、気にはなるよ。でも……私は次期里長だよ?この場所を離れるわけにはいかないでしょ」


「……さて、それはどうかね?」


「え?」


「何でもないよ。あたしはもう寝るから。あんたもあんまり夜更かししてないで、さっさと寝なよ」


「え、あ、うん。分かった。それじゃあお休み、母様」


母様の言った事に疑問を抱きつつも、私は寝床に戻るのだった。

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