少年、狐に出会う
各属性の魔法を勉強する中で、やはりと言うか当たり前と言うか相性という物がある。炎系を半ば強制的に押し付けられた所為か、水属性とは少し相性が悪い。
そもそもこの世界において、属性と言うのは『火』・『水』・『風』・『土』・『空』・『光』・『闇』の七属性がある。『光』と『闇』というのは人間や生物などの内側にしか存在するものだ。
『火』・『水』・『風』・『土』については今更特筆することは無いだろう。『空』という物に関して説明すると、時空間を操作すると言う魔法らしいんだが……あまり使える人はいないらしい。それこそ伝説の魔術師とでも呼ばれそうな奴らにしかできないほどの難易度だそうだ。
『闇』や『光』には何やらタブーのような物があるらしい。分かりやすく言うと『闇』の属性持ちの奴は悪人になりやすくて、『光』の属性持ちは聖人になりやすいという事らしい。……まあ、迷信に近い戯言だと思うけどな。
「それにしても……こんなの押し付けられて俺はどうしろと言うんだろうか」
引きこもりを続けるのも何なので、魔法の実験と言う名目で塔の外に出た俺の手には二丁の拳銃――――『スコル&ハティ』があった。何故かと言うと、マリウスに全快祝いだと言われたからだ。
まあ、多分それは嘘で単純に俺の実力が足りないからだろうと思う。薬莢さえあれば俺も高威力のカートリッジを作れる。だからそれで自衛は何とかしろという事だろう。メイドちゃんもマリウスも何時までも俺にかかずらってはいられないだろうし。
「そう考えると俺もそろそろここから出る事を考えなきゃいけないか……ここに居続ける事にするもの相手にとっては迷惑だろうし」
そう呟きながら塔の結界よりも外に出て歩き回った。歩き回っていると程よく熟している果物とかおそらく薬草だろうと思しき草とか色々とあった。そしてその最中に遭遇したのは俺の背丈の三倍はありそうな大きさの蜘蛛だった。
余りの大きさに動揺を隠せず、体が硬直してしまった俺の隙を逃がさず蜘蛛は襲い掛かってきた。その突進は俺に数tの重さのトラックが突っ込んできたかのような印象を与えた。更に足が巨体に見合わぬ速度で動くから気持ち悪かった。
なんとか横っ飛びでその突進を躱した俺は、左手の拳銃『スコル』を向けた。そして蜘蛛の複眼へ銃口を向けて引き金を引いた。そして放たれた魔法は収束された『炎槍』。無論、この魔法一発でたいした効果が上げられない事は分かりきっている。
こんなあからさまな化け物がこの程度の魔法に耐え切れない訳がない。そも魔法というのは生活用の汎用級から戦闘用の初級・中級・上級・特級に分けられている。その中で『炎槍』は中級魔法。この程度で死ぬわけがない。
「なあっ!?」
しかしそれでもこれは予想外。蜘蛛の口から放たれた糸が放たれた炎槍に激突し、炎槍によって糸が燃え始めた段階で蜘蛛の糸が切り離された。つまり、この馬鹿みたいにでかい蜘蛛はよりにもよって苦手な属性のはずの糸によって『炎槍』を防いだのだ。
余りの事態に硬直してしまったが、その瞬間をついて突進をかましてきた。それを何とか躱そうとしたが、かすった衝撃で地面に叩きつけられた。痛みを我慢しながら目を開けてみると、槍のような足が数メートル先まで迫ってきた。明確な死が迫ってきている。だが、その瞬間俺の頭はとある言葉に支配されていた。
この光景を俺は見た事がある。
次の瞬間には硬直していた身体をなんとか動かし、迫りくる足の攻撃をミリ単位で躱していた。分かるのだ。次に相手がどう動くのか、自分がどう動くのか。そして何よりもこの光景は見た事があるという認識を叩きつけてくる。
攻撃の全てを次々と躱す満に対して、蜘蛛は本能的な部分で恐怖を感じ始めていた。一発も当らない。先ほどまで獲物でしかなかったはずの相手が今ではこちらの攻撃の全てを見切り、躱している。こいつは何かがおかしいと思わざるを得ない。
だが逃げ出そうとしても、その意図を見せた次の瞬間には足元に魔法が飛来する。土煙が発生しても連続で襲いくる魔弾は的確に急所を狙ってきている。眼、口、足の関節部分などを『火』属性の魔弾が直撃する。
「ギイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィッ!!!」
「……うるせえな。もう死ねよ、お前」
三発の魔弾が身体に命中し、次の瞬間その魔弾が命中した地点を中心にして肉体が凍り付き始めた。そして数秒とかからずに身体が完全に動けないレベルまで凍り付いた。そして足の半分は関節を破壊され、もう半分は凍り付き蜘蛛の自重に耐え切れずに砕けた。
重い音と共に地面に落ちた蜘蛛の顔面を見下ろしながら、銃口を向けて引き金を引く。銃口から『爆炎』が放たれ、顔面を完全に潰されて砕け散る。蜘蛛が完全に絶命した事を確認した俺は空薬莢を回収した後、地べたに座り込んだ。
「はぁ……。ここでも味わうのかよ。やってらんねえぜ」
空薬莢にまた新しく魔法を籠めていく。新しい魔弾を精製してカートリッジを製作しながら、先ほどの感覚に吐き気を感じていた。あれは前の世界で散々感じてきた感覚――――既知感だ。
この光景は見た事がある。この音は聞いたことがある。この食べ物を食べた事がある。この飲み物は飲んだことがある。そんな具合で既視感、或いは既知感という物がこの世界には存在する。まあ、そういう類の物は錯覚だとも言われているが。
そういう感覚に俺は時折襲われる。飯を食っている時、何かの騒動に巻き込まれた時、一人で本を読んでいる時。とにかく時と場所を問わずに襲い掛かってくる。新鮮な物の神聖さを穢すように、まるで生まれてから死ぬまでずっと同じことを繰り返しているかのような感覚に襲われる。
だからこそ、俺は未知が欲しい。まだ見た事のない景色を見てみたい。食べた事のない物を食べてみたい。既知などもういらない。だから俺は未知をこそ求めてきた。そして俺はその未知へ至ったはずなのに……ここでも呪いは晴れないのか。異世界に来ても機能する呪いとかちょっとヤバすぎなんじゃないか?
弾倉に新しいカートリッジをつめこみ、拳銃を抜きやすくするためにメイドちゃんに頼んで作ってもらった革のホルダーに仕舞い込んだ。そして歩き出そうとした瞬間、誰かから視線を向けられているような気がしたので再び拳銃を取り出した。
「……ああ、待て待て。そう敵意を剥き出しにしなさんな。誰も取って食おうなんて考えちゃいないから、とりあえずその魔銃を仕舞いなさい」
「あんたが出てきたら考えてやるよ。大体、俺に一体何の用だ。監視なんて趣味が悪いとしか言えないな」
「なに、簡単な話さ。あんたがさっき殺したあの蜘蛛はここ周辺で暴れまわってた奴なのさ。それで私が動こうと思った矢先に退治されたからね。それをした奴に関心を持っても仕方がないだろう?」
そう言いながら現れたのは、金髪金眼の世が世なら傾国の美女とでも言えそうな女だった。……その頭の部分には狐の耳が生えていたが。実に楽しげにこちらを見ている女に多少苛立ちを感じていた。
「仕方がなかろうが、やられた側は気分が悪いんだよ。そんな事も分からんのか?」
「くっくっくっ、あたしにそんな態度を取った奴は数少ないんだけどね。中々どうして、懐かしいじゃないか。まあ良いか。あたしの名はカズネって言うんだ。よろしく」
「……俺は白羽満。あそこの塔の主ーーーーマリウスに世話になっている」
「ヘェ〜……あのハイエンシェントエルフのお嬢ちゃんにかい?それはまた、珍しい事もあったもんだね。まさかあのお嬢ちゃんが他人の面倒をみようとするとは。面白いね」
少なくともこちらに対する害意がない事を確認すると、拳銃をホルダーに仕舞った。目の前の女ーーーーカズネは何故か西洋ファンタジー調のこの世界で何故か和服を着ていた。しかもそれが似合っているのだから手に負えない。俺の和服との組み合わせのイメージは黒髪なんだがな。
「面白がるのは自由だが、きちんと説明してくれんだろうな?あの蜘蛛の事とか、さ」
「……ふむ、あのお嬢ちゃんの客人だ。無下にするのもあれだし、迷惑もかけた事だし説明するぐらいは吝かじゃないよ。でも、ここで説明する気にはなれないね」
「……じゃあ、何処なら良いんだよ」
「あの塔……は駄目だね。下手すれば結界で焼き殺されかねないし、何よりあのお嬢ちゃんが許しちゃくれないだろう。私の家でも良いかい?」
「俺の安全を保証できるのか?あんたの言葉に従ってついて行ったら殺された、なんて事になるのは御免だ」
「私はそんな恥知らずな真似はしないよ。よほどの強敵、それも私じゃ到底たちうち出来ないレベルでもない限りはね。ただの人間、それもあたしが始末しなきゃならん奴を殺した、言わば恩人とも呼べる奴にそんな事はしないさ」
「……ならもし、俺があんたの所に行って負傷した場合は如何してくれるんだ?謝られたって如何しようもないんだぞ?」
「その時は自害でも何でもするさ。なんなら宣誓したって構わないよ?偉大なる先祖の名にかけて、あんたに殺傷行為を行わない事を宣言する。……これで良いかい?」
「……ああ。どうやらあんたも本気のようだからな。これ以上は何も言わねえよ。それじゃあ案内してくれ」
「それじゃあこっちだよ。精々逸れないようにしなよ」
「もしそうなったら面倒くさい思いをするのは間違いなく、あんただろうがな」
軽口を叩きながら、俺たちは歩き始めた。嫌がらせなのかこれしか道がないのか知らないが、おもいっきり荒れている獣道を歩かされた。まあ、山を歩く事には慣れているからさして問題はなかったんだけどな。
そうして暫く歩き続けた先には天然の要塞とでも言うべき物があり、そこには狐人とでも言うべき存在がいた。個々人が玉藻には及ばないまでも強力な気配を放っていた。この場所で生きているだけあってそれなりの強さを持っているらしい。
「カズネ様!お疲れ様でした。あの蜘蛛は如何なりましたか!?」
「安心しな。あの蜘蛛がこの界隈に現れる事は無くなった。この人間が殺しちまったからね」
「は……?人族が、ですか?」
「そうだよ。一応、死体はあたしの炎で灰にしちまったからアンデッドになって蘇る事もないだろうしね」
カズネがそう言うと、集まってきていた狐人の二人の内の一人がこちらを見ていた全員に蜘蛛の退治の話を知らせに行った。そして残る一人が本当に恐る恐る玉藻に尋ねていた。
「恐れながらカズネ様……本当にそこの人族がやったのですか?明らかに何処か負傷しているようにも見えません。私には里から何人もの負傷者を出したあの蜘蛛を殺せるようには思えないのですが」
「あんたね……どうして素直にあの蜘蛛がいなくなった事を喜ばないんだい?誰の手によってなのかなんて瑣末な問題だし、それにこの人間を誘ったのはあたしの方なんだ。そんなの狙ってやれる訳ないだろう?」
「そういう事を言いたい訳ではないのです。私はこの少年があの蜘蛛を倒したという証拠が断片的でも良いので見たいのです。ただでさえ、里の者たちは怯えています。だからこそ、彼はここに来れるに値するのだという証拠を示して戴きたい、と申して上げているのです」
「あのねぇ……この坊やはあのハイエンシェントエルフのお嬢ちゃんの客人だ。分かるかい?あの自己の知識の探求にしか興味のないあのお嬢ちゃんの、だ。言っている意味は分かるだろう?」
「……嘘をついているだけではないのですか?」
「どうしてそんな危険な嘘をつかなきゃならないんだい?外からこの夢幻迷宮に入りこんで来た奴なら、普通こんな場所までついて来たりはしない。それにあのお嬢ちゃんの客人だ、なんてあたしはとても言えないよ」
「それは……」
「あんただって覚えてるだろう?なんせあんたもあのお嬢ちゃんに伸された口なんだから。この夢幻迷宮が有する『四神獣』を相手にして勝ったほどの実力を持ってるんだ。確認を取られれば半ば確実に殺されるのに、そんな嘘をつくなんて相当の馬鹿か何か自信を持ってる奴だけさ」
……マリウスは一体ここの住人に対して何をしたんだ?それに『四神獣』ってのはなんだ。いわゆる幻想種という奴だろうか?ドラゴンとか竜とかそういった類の奴。面白そうだな、是非とも会ってみたい。それにしてもいつ話に入れるのだろうか。段々暇になってきたんだが。
「ああ、もう面倒くさい!ちょっとあんた!実力を見せてやってくれないかい?それで一発だから」
「あのなぁ……俺はここに話を聞きにきただけで戦う気力なんて残ってないぞ!大体、あんたさっき俺に『偉大なる先祖の名にかけて、いかなる殺傷行為を行わない』って宣誓しただろ!」
「そりゃそうなんだけどねぇ……こいつらが証拠を出せと煩いもんだから仕方ないだろう?」
「大体、俺の武器はこの魔銃なんだぞ?もし四肢の何処かが欠損したり、致命傷を与えたらどうすんだよ。俺は責任なんて取れないんだ。その事で報復とか食らったらどうしてくれるんだ?……まさか武器を使わずに身体能力で戦え、なんて事は言わないよな?」
「ハハハッ、もう勝った気でいるのかい。これは恐れいるね。別に致命傷を食らおうが何も仕返しなんてしないし、させないよ。弱肉強食、強い者こそが尊ばれる。そんな事も分からない奴は殺されたって文句は言えない。まあ、だからと言って弱い者いじめになんて物は許容しないけどね」
「……それが自然に生きる者のルールか?」
「そうさ。あんたら人族だって貴族や王族は尊ぶんだろう?それと同じ理屈さ。強い者こそが上に立つ。そこに雄雌の別なんてないのさ。あたしがこの座にいるのを憎いと思うなら御前の決闘で勝てば良いだけの話だからね。ああ、それと武器なしで戦えなんて言わないから安心しな」
「……そうかい。もう分かったから早くしてくれよ。流石に待ちくたびれたし、家主に何も言わずに此処まで来てるんだ。できるだけ早く終わらせて帰りたいんだが?」
俺がそう言うと、さっきから食いついていた奴は何処かに行った。それを呆れた表情で見送ると、俺とカズネは何処かに向けて歩き始めた。
「……こう言うのはなんだけど。全然緊張してないんだね。それは少しばっかり意外だったよ」
「こんなのヤクザとかチンピラとかとやりあうのと変わんねえよ。実力主義、大いに結構だろ。ぶちぶち言ってる奴はぶちのめせば良いし、自分のやりたい事の邪魔をする奴はぶっ飛ばせば良い。文句があるなら、力でその意見を押し通せば良いんだよ」
あの世界と何も変わらない。少しだけ、ほんの少しだけやり方が単純になっただけだ。権謀術数を練る事も大事なんだろう。その実用性は俺も認めている。猪突猛進で如何にかなるのは、両者の間にそれなり以上の差が存在する時だけだ。
「くくく……どうやらあたしが想像していた以上に面白い男みたいだね。気に入ったよ」
「はいはい、そりゃどうも光栄でございます。……それで俺の対戦相手ってのは誰なんだ?」
「……ここだよ。まったく……身内の恥を晒すようで申し訳ないんだけどね。あの子と戦ってもらうよ」
俺たちが向かっていたのはどうやら修練場のような場所だったらしい。歩いていると奥の方から打撃音のような物が聞こえてきた。そのまま歩いて行くと、修練場の真ん中に黒い長髪の少女がいた。その周りには死屍累々といった容貌を見せている男たちーーーー十人ほどーーーーが倒れていた。
「……あ、母様。おかえりなさい!あの蜘蛛はどうだった?」
「ただいま、サラ。ちゃんと始末してきたよ。それにしても……またこんなにやったのかい?少し元気過ぎやしないかね」
「だって皆、弱すぎるんだもの。あんな蜘蛛だったら私だって撃退出来たのに、逆に重傷を負うなんて皆情けなさすぎなんだよ。……ん?母様、その人?は誰なの?」
「うん?ああ、彼があの蜘蛛を始末したんだよ。そう言ったら里の者たちが騒ぎだしてねぇ……あんたと戦わせてみよう、って言いだしてね。本人も了承したし、後はあんた次第だよ。どうする?やってみるかい?」
「ヘェ〜……面白そうだね。私も構わないよ!あの蜘蛛を退けた実力……私も気になるしね」
「……こいつ、戦闘狂かよ。まったく面倒くさいな。っていうかさ、あの倒れてる連中、大丈夫なわけ?」
「ええっとね……私たちが戦っている間に起きるよ、きっと!」
「大丈夫じゃないなら、素直に大丈夫じゃないと言え」
しまらないな、と思いながらも俺は弾倉にあるカートリッジを新しく入れ換える作業に入るのだった。ちなみに倒れてた男連中はカズネとサラの手によって端の方に投げ捨てられていくのだった。




