また来年、この場所で(後編)
“会うは別れの始まり”とはよくいったもんだ。
今まで、自分には縁のないものだと思っていただけに、
その別れは唐突で、あまりにも呆気なかった。
****
「……そういや、青羽の世話係の人が伝言をしにきたこともあったな」
俺は、坂松通りブルーウィングロードのシンボルである、青木に寄りかかりながら空に向かって呟いた。
青羽と俺は、あの日を境にすれ違いが多くなった。
今までは青羽は俺のことを出迎えるかのように青木の下に座り、
俺を見つけると笑顔で大きく手を振ってくれていたのに、それを目にすることはなくなった。
青羽自身が来なかったり、帰り際にきて一言二言交わしただけで終わることも多かった。
あの時は、毎日が賭けだったのを覚えている。
会えるか、会えないか。
会えたら以前のように話せるか……そんな賭け。
「―――あの時は嫌だったけど……今は、自分がどこまで鈍感なんだって、思っちまう……」
もう、毎年思っていることだけど。
そう思わずにはいられないのが現実だ。
もうライブは終わり、先程まで一帯を占めていた熱は、もう感じることはない。
といっても、ライブが終わって4、50分はファンに写真を求められたり、
サインを求められたりと忙しく、機材の撤退や機材担当メンバーがなかなか動けず。
結局全てが終わったのは今から2時間弱前のこと。
ライブが始まったのは午後6時で、終わったのは7時半。そして現在時刻が9時半ちょいすぎ。
どう計算しても、全ては2時間前に終わっていた。
本来のライブなら、もっと時間も長く終了時間も遅いだろう。
だが、咲哉がライブをする場所は決まってストリート。
あまり長い時間は使えないのだ。
「だからって、歌う場所を借りるにも金かかるし、なにより」
「なにより、沢山の人に聞いてもらえるもんね?」
咲哉はバッと声に反応した。
もう何年も聞いてなかった声が、今、耳に届けられたから。
「りょ、良子!?雅也に、ユッキーも!なんで」
俺の驚きは、3人の笑い声にかき消され、俺はきょとんとするばかり。
ユッキーが口を開き「”まだ”時間、あるだろ?」と聞いてくる。
俺は時計を確かめると無言で首を縦に振る。
途端、さっきまで感じなかった冷たい風が、俺達の間を吹きぬけた。
俺達だけじゃなく、木も草も、なにもかもを揺らしながら。
『―――8年前も、こんな風が吹いてたな』
そんなことを思いながら、俺はユッキー達の隣を歩き出す。
会話はまるで弾まない。
8年前には想像もつかない静けさが俺達にのしかかる。
『―――思いふけってるのか……?』
3人の顔色をうかがうと読んだとおりのようだ。
とても軽々しく口を開くことはできない。
「咲哉ぁ!」
呼ばれたような気がした。
でもそれは幻聴だとわかってる。
けれど、今の幻聴が引き金となり、心の奥にしまっていた感情が、別れが蘇る。
――俺の、脳裏だけじゃなく、周りの景色が8年前に遡っていく―――
****
―――8年前―――
はあっ・はあっ・はあっ……
午後11時52分。
俺は息を切らしながら、青木へとたどり着いた。
「……っおば!青羽!」
汗だくの俺に対して、『やっと来たね』とも取れる表情で青羽は迎えた。
藍色のコートをいつもよりしっかりと着こなして。
青羽の召集は突然だった。
俺が風呂に入るため自室を離れたのが15分程度。
そして自室に戻ってみれば、着信が10件。
全て青羽からだった。
急いでかけなおすと、青羽は『タイムリミットは12時』といって切ってしまった。
またかけなおすのも何だと思って時計を見れば、リミットが近いことを知り、身支度も早々にして、俺は一心不乱でここまで走ってきた。
もう12月が目の前なだけあり、風が冷たい。
まるで全身を貫かれていくような、そんな感じに。
でも、そんなことはどうでもいい。
青羽がこんな遅くに俺を呼び出した意図を早く知りたかった。
“早く、もっと早く走れ!”
そんな言葉が脳に響き、俺の背中を押してくる。
“後悔したくないのなら―――後悔させたくないならば。走るんだ!”
何故かそんな言葉が脳裏をかすめた。
これは警鐘?
だが―――なんの?
しかし答えが出ないまま、俺は着いた。
青羽が指定した、俺達の指定席へと。
ザッザッザッ……
枯葉を踏みながら進む俺。
青羽は1歩も動かず、俺のことを待っている。
沈黙したまま、真っ直ぐ俺を瞳に写して。
「咲哉、高校中退したんだって?」
俺に質問をさせないためか、俺が目の前に着いたと同時に切り出す青羽。
それはどことなくいつもより強い声で。
でも、顔は笑ってて……必死で以前のように話すように演技していることくらい気がついた。
なのに俺に質問も、青羽の無意味な質問に返す答えも、与えられずに……青羽はどんどん話を進めてく。
「リョーコさんに聞いた。それに、私の世話係の人も駅前で見たって……すごく楽しそうに歌ってたって」
笑っているのに、声は泣いていた。
少なくとも俺はそう思った。そう、聞こえた。
泣きたいのを我慢して、演技を貫き通そうとしている青羽は、見るに耐えない。
同時に『何故、演技する必要がある?』という疑問が浮かぶ。
それでも俺の口が開きかけると青羽は、本当に無意味なお喋りを続けていく。
――――俺は、無駄話を聞くために、ここまできたわけじゃない。
「一体、何を隠してる……?青羽!」
「――――」
無意識に、青羽の肩を掴み、俺は声を荒げながら問う。
だが、青羽は視線を下に落とし、口も真一文字に結んで何も語ろうとはしない。
けれど俺も沈黙を破ろうとはしなかった。
冷たい静寂と沈黙、冷たい風。
今の俺達の周りにあるものは、それだけだ。
「―――」
「―――」
「―――」
俺は青羽を見続け、青羽は地面から顔をあげない。
何も変わらないまま、時間だけは過ぎていく。容赦なく。
「―――」
「―――」
「―――」
「……私、引っ越すの……」
「――え……?」
ゆるゆると解かれた口から驚きの言葉がでて、俺は返答が遅れた。
だがこれだけでは終わらなく、青羽は台詞を棒読みするかのように続けてく。
「もう、ここには、帰ってこない、と思う」
ギクシャクした声音で
「お別れなの、咲哉、私、もう、長くない……の」
ようやく顔を上げて言った台詞が別れの言葉。
俺は突然のことに困惑して、返事が、言葉てこない。
「夢、実現させてね?」
この一言は、あまりにも重く、俺は思わず叫んでた。
「何でそんなこと言うんだよ!夢を実現できるかどうかは、自分しだいっていったのは―――」
『お前だぞ!』と続けられなかった。
続けるはずだったのに、俺は青羽の笑顔にまけしまう。
―――――見ていてとても痛々しい笑顔だったから。
そんな笑顔で、俺を応援……いや。この笑顔は応援しているんじゃない。
“―――私の分も、頼んだよ?”
そんな思いをこめた笑顔だ。
「……」
「……」
俺達は黙り込む。
また静寂に飲み込まれるのかと思った時。
青羽の手が視界に入る。
無言のまま右の小指を俺の目の前に突き出し『咲哉も』と催促してきた。
どうやら指きりをしたいらしい。
でも。
「何を約束するんだ?」
俺は問う。
「……夢を」
少し考えて、青羽が答える。
「ああ」
思いつく言葉が見つからない俺は、無意識にそう返事をしていた。
指切りげんま
嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った
俺達は誓い合う。
……普通よりも強く指を絡めて、夢を実現させることを―――
「咲哉」
指を離しきるといそいそと青羽がコートを脱いだ。
いつも着ている、藍色のコート。俺はわけがわからず青羽を見返す。
「―――バトン、の代わり」
「……っ」
息を呑む、というのはこういうことを言うのか。と俺は思った。
青羽は本当に俺に全てをかけるというのだろう。
自分の役割は果たしたから、このコートをバトン代わりとして受け取れ、と。
受け取って、走り出せ、と。
「……青羽」
コートの下は寒々しいほど白いトレーナーと茶色のズボン。
寒さを我慢してるのはバレバレなのに、青羽の口が閉じることはなかった。
「……そのバトン、は私の代わり……私を、私も連れてって!」
初めて見る青羽の泣き顔は、あまりにも切なくて……愛しくて。
俺は思わず抱きしめようとしたけれど、寸止めに終わらせる。
変わりに、俺は冷たくなった青羽の身体にコートを羽織らせた。
青羽愛用の、藍色のコートを。
「まだ……まだ俺はバトンを受け取れないよ、青羽」
『……だって、まだ青羽には残されてるだろう?未来が……』
言葉にしなくとも青羽には俺の意思が伝わったと思う。
それが有難いのか、迷惑なのかはわからない。
けど。
「まだ、……まだ私が持っているよ。ありがとう」
この言葉を俺に向けてくれた青羽の顔は、この日、初めてのまぶしい笑顔で、俺の頬もわずかに緩む。
その緩んだ状態で俺は青羽の名前を呼んでいた。
小さく、一度だけ。
青羽はもう、帰ろうと背を向けたというのに。
「?」
無言で青羽が振り返る。今度は目をそらすことなく。
「……また来年、この場所で」
「―――待っててね、咲哉」
俺達は笑ってそう約束を交わしたけども。
それは本当に小さな希望でしかないのは変わらない。
けどだからこそ、それに賭けて約束を交わしたんだ。
どんなにも絶望的な数字だろうが、希望を捨てたくなかったんだ、互いに。
そんな俺の元に届けられた1通の手紙。
俺と青羽が別れてから、ちょうど3年を迎えた昼下がり。
俺と青羽の希望は、いとも簡単に砕かれてしまった。
****
10時ジャスト。
場所は変わって居酒屋に俺達は腰をおろし、当たり前のように近況報告をしあっていた。
ここにくるまでの静けさはどこへやら、だ。
雅也は、福岡にある某プロ野球チームのコーチを24歳と言う若さでやっている。
自分の手で選手を育てたい、という強い気持ちがあり、自らプロの道を閉ざした。
結構風当たりは強いようだが、彼の性格柄が功を奏しているのだろう。
プロ野球チームで、うまくやっているそうだ。
ちなみにこの夢を実現させるため、高校2年にはあがらず中退している。
ユッキーは、大阪の公立高校で数学を教えていた。
今の子供達は何をしでかしてもおかしくはない。
受け持ちクラスはないが何かと生徒達の行動を把握したり、相談に乗っているらしい。
昔のヤツを知っているだけに、俺達は大笑いした。
酒が回っているのも原因かもしれないが……ユッキーのムッとした顔は懐かしい。
良子はといえば、高校卒業後すぐに東京へ上京し、モデルとして業界に入った。
その上、20歳で結婚し翌年には子供も出産。モデルは辞め、今は自分のブランド品を創作中だという。
俺達は昔の話をしながら笑う。
『咲哉は全然変わってないよねー』
『幸伸が相談に乗ってやるのかよ。昔じゃ考えらんねーな』
『つかさー俺はプロ選手になってほしかったぜ?』
『あ、アタシも同感―。だって秘蔵写真が売れるじゃない』
『『『お前は俺達を売ることしか頭にないのか』』』
雑談しながら、本当に高校時代に戻ったような錯覚を受ける会話。
何だかんだ言っても、最後はお決まりのように紅一点を男の三重奏でとめてしまうのが、これ以上ない証拠だ。
外は雪でも降るかと思うくらい寒くなっていたのに、今はとても暖かい。
「みんな自分の道を歩いてるんだな……」
俺の正直な感想は、絶対笑われるかブーイングが飛んでくるかだと思っていたが、現実は180度違っていた。
先程までつまみを食べ、飲みながら近況を報告していた賑やかなムードが一変し、嘘のように3人が口を閉ざしてしまう。
南国ムードから北国ムードに変わったといってもおかしくないくらい温度は下がった。
周りから音が消えたかと思うほど、俺には何の音も聞こえない。
だから驚いた。
いや、それじゃなくとも驚いていたと思う。
ユッキー……いや幸伸が突然俺に向かって土下座し、『悪かった』と謝罪の言葉を口にした時は。
「俺達が“夢”を実現できたのは、他ならぬお前と青羽ちゃんの存在さ。
でなけりゃ、俺達は今頃、適当なところで平凡な毎日を送ってるよ」
『”夢”を実現できるかできないか、なんて自分しだいだと思うから』
初めて俺にくれた青羽の言葉。
それは青羽の精一杯の信念だった。
そして、その信念が俺達を導いてくれたんだと、俺は思う。
そんな青羽だからこそ、ユッキーも雅也も良子も彼女のことをまだ、覚えているのだ。
「……じゃ、俺行くわ」
時計を見ると後30分で12時だと認識した俺は立ち上がり、
財布から紙幣を出そうとするがやんわりと雅也に止められた。
雅也の目は、『行って来い』と語っていた。
そして、それは良子も幸伸も同じことで。
不覚にもくしゃっと顔がゆがんでしまうが、そのまま笑い、立ち去った。
『……泣き笑いは青羽の死を知ったとき以来だ……』と思い出しながら。
人という人を縫いながら走る俺。
目的地は言うまでもなく―――青木の木下。
俺宛に届いた手紙の中に入っていた、1枚のメモ。
その内容が、俺を走らせていると言っても過言じゃない。
****
青羽と別れた3年目の昼下がりに届いた手紙。
それは速達で……なんとなく開けたくなかった。
真っ白い封筒に、いくつもの染みが見えたし何より、全ての文字が歪んでいたのだから。
思い切って開けてみれば、予想通り青羽の死が綴られていた。
3年前のあの日。青羽の体調は今まで以上に悪く、熱や夢にうなされていたと言う。
それでも少し具合がよくなると、『大丈夫だよ』と笑って言ったらしい。
「―――あの、馬鹿……」
ひとつ悪態をついてから俺は手紙の続きを追っていくと、だんだん目が丸く見開いた。
―――やっと、わかった……
青羽が突然俺を呼び出して、「タイムリミットは12時」と言ってきた理由が。
アイツらしくて、もう何も言えない俺がいた。
「ばっかやろう……」
手紙がどんどんぼやけていく。
でも、俺の声は、怒りから出たものではない。ひたすら悲しみだけの声でもない。
産まれて初めて”泣き笑い”をしたのがこの時だ。
悲しくないのか?と問われれば、悲しいと思うだろう。
それが、大切な者なら、尚更。
でも、もし俺が口にするのなら、それはきっと別の言葉。
心で泣いて、顔には出さないように気をつけて。
「―――お疲れ、青羽……」
心のそこから、誉めてやる。幾らでも、お前が望む限り、何度でも。
お前に届かないのなら、届くまで何度でも言ってやる……。
俺の元に手紙が届いたのは別れてから3年後だったけど、
実際に青羽が逝ってしまったのは、別れてから翌年のことだった。
なんの縁だか知らないが、その日は青羽の誕生日であり、俺と別れた日でもあったのだ。
メモには立った一言。
『咲哉さんが歌手として安定した頃に、会いましょう』
そうあった。
そして実は、その指定してきた日が今日、この日のこと。
生きていれば青羽は21歳を迎える、おめでたい日。
そして同時に、彼女の時間が止まった日だった。
****
「あお……青羽っ!」
別れてから毎年ここに来て、この時間に訪れて……翌朝を迎えていた。
まるで、青羽を待っていた時間のように。
現実から目をそらしていられる……そらしてもいいと思ってしまう数分間。
走馬灯のように過ぎていく、脳裏に染み付いた記憶をかみしめながら、ひとりで来ていた。
―――ただ、去年は来れなかったけども。
「―――ばっ……青羽っ!」
着いた途端に叫ぶ青羽の名前。
誰もいない青木に向かって叫びながら歩を進める。
でも。
この日は、違う。
「はじめ、まして……俺が、姉、青羽の双子の弟……空です……」
近づいた途端に耳にした言葉がこれで、真っ先に目に飛び込んできたのは藍色のコート。
でも。
それを着ているのは、青羽と同じ顔をしただけの弟・空。
「―――ああ。俺が着ているのは、俺用のコートで……」
俺の硬直した視線に気がついたのか、空は苦笑交じりに答えながらガサゴソと持っていた紙袋に手を入れて
「青羽のバトン(コート)をお渡しします」
挨拶も返していない俺に、青羽と同じ声音と真っ直ぐな瞳で、バトンを渡してきた。
暗闇でもわかる。
青羽の着ていた、藍色のコートだということは。
でも。
俺は受け取ろうとしなかった。身体が、まるで金縛りにあったかのように動かなかったから。
そしてもうひとつ。
空の行動は、俺が”向坂咲哉”だと本当にわかっていての行動だろうか……
もし俺がたまたま通りすがっただけの人物だったら―――
クスッ
空が小さく苦笑して俺に言う。
「大丈夫です。あの日々を送っていた青羽は、全部あなたのことばかり話していたから」
『あなたが、この青木の下から追い出されないように父を説得した時は驚きましたよ』
とちょっと困ったように笑う空。
瞬間。俺は初めて空のことが、空自身が視界に入る。
青羽とは違う、黒髪。ショートカットとは違うツンツン頭。
青羽より少し強めの茶色い目。
藍色のコートからのぞく空の格好は、黒いハイネック服にジーンズと青羽とは見事に正反対の格好。
まあ、色だけ見ればの話だが。
やはり青羽と双子なんだなと再認識させられる。
「……青羽は俺と違って病弱で。長く生きられないと宣告されたそうで……」
伏せた表情をして、空が口を動かしていく。
「産まれた瞬間に死の宣告をされるなんて考えられないですよね……」
『――――俺は、健康そのもので産まれたのに』と空は続けたが、それはあまりにも小さな呟き。
ここのような静けさがないと聞こえない声。
俺が何も言わないからか、空は話し続けるのだろうか。
俺が、手を差し出すまで、バトンを受け取るまで喋り続ける気なのだろうか。
「青羽のこと、教えるのが遅くなって本当にすみません。
まさか、あんなことになるとは、思ってもなかったもので……」
青羽が逝ってしまったことを綴った手紙は、3年の月日を経て俺の元に着いた。
青羽は、俺と別れた翌年に去っていたというのに。
しかし、その理由が俺をまた驚かせた。
青羽と空の両親が、病院に入り浸ってしまったというのだ。
覚悟をしていたとはいえ、やはりショックは大きすぎたのだろう。
唯一動ける位置にいた空が、多忙な日々を送りはじめ落ち着いた頃には月日が過ぎていたのだ。
「咲哉さん、お願いします」
藍色のコートが俺の胸に押し付けられた。
真っ直ぐな瞳が、真剣な声音が俺を、タイムスリップさせた気がした。
ただあの日の夜と違うのは、俺がゆっくりとバトンを受け取ったこと。
あの日の俺は、受け取らなかったから……。
しばらく俺達は互いに探るように目を合わせていた。
特別、何を思っていたわけではない。
でも、互いにあったと思う言葉は『ありがとう』の一言だろう。
『青羽と共に時間を過ごしてくれてありがとう』
『青羽のバトンを繋げてくれてありがとう』
そんな思いを胸に秘め、見つめ合っていたとき、青木の葉が数枚落ちてきた。
まるでそれは、『もう時間だよ』とでも言うかのように、俺達の間に落ちてくる。
――――俺達をそれぞれの場所に帰させようと言ってるのか……?
無言で俺は青木に問う。
返事は返ってこないけども。
ふと何か思い出したように空が、俺の前に真っ青の封筒を差し出した。
封は糊付けされていない封筒。
差出人は―――青羽だった。
「受け取ってください。これはあなた宛の手紙です。他の誰にでもない、あなた宛の、手紙……なんですから」
笑顔が、青羽と被って見えた。
だからだろうか、俺はすんなりと手紙を受け取る。
「……」
「……」
また俺達は沈黙したが、今度はすんなり破られた。
「俺がいなくなったら、読んでやってください」
これは『さよなら』を意味する言葉なのに、俺は無言で頷いただけ。
それで十分だったのか、あっさり空は背を向けた。
そして俺から数メートル離れたとき俺は言った。穏やかに、それでいてよく通る声で
「―――また来年、この場所で」と。
すると空は足を止め、くるりとこちらを向いて
「待っててください、咲哉さん」
ふわりと笑う空の笑顔は、やはり青羽とは違うものだと思い知らされた。
けれど、それが当たり前なのだ。
『青羽は、ひとりいれば、十分だ』と思う。
だって……どんなに似ていようが本物には勝てないのだから。
そんな思いを胸に秘め、便箋を取り出し、青羽が俺に残してくれた手紙に目を通す。
そのときの俺の目は、きっと大きく見開かれていたに違いない。
目に飛び込んできた文字は、いきなり『無題』で始まり、すぐ横には『作詞 柳青羽』と
はっきり書かれていたのだから。
無題 作詞 柳青羽
♪未来はない
♪未来が欲しい
♪時間がない
♪時間が欲しい
♪こんな言葉をよく聞くワタシ
♪未来はない
♪未来が欲しい
♪時間がない
♪時間が欲しい
♪ワタシには全くもって理解不能!
♪だって 毎日を完全燃焼していれば 特に問題ないんじゃない?
♪毎日を面白おかしく過ごしていれば 特に問題ないんじゃない?
♪何でも話せる友達が
♪いつでも遊べる友達が
♪心、許せる存在がいてくれるなら 特に問題ないんじゃない?
♪そういう人にはつつみ隠さず
♪全部話しちゃうのが一番いいのかもしれないけど
♪ホントにそうなのかな
♪全部話したら、消えちゃわないかな ワタシの前から
♪今までどおり話せるかな ワタシ達
♪なんて心配してるなら
♪そんなこと気にする仲ならば
♪さっさと話すのやめちゃって 距離置いたほうが互いの為だね
♪ホントに親友ならば 受け止めてくれるはず
♪ホントに親友ならば 責めないはず
♪―――口を閉ざしても
♪ワタシは、そう信じてる
♪信じるならばとことん信じて 思うように行動すればいい
♪そうすればきっと大丈夫!
♪どんなに時間かかっても必ず届くよ
♪―――口を閉ざした、この想い
♪ワタシは、そう信じてる―――
♪愛しい人だからこそ、信じられるの
♪……ちゃんと伝わってるよね?私の告白―――
「―――また来年、この場所でな……青羽」
藍色のコートと青羽の書いたたったひとつの詩を胸に強く抱き、月に向かって泣きながら誓う。
きっとそれは泣き笑いになっていたと思うけど……正確なことは俺の後ろに立っている青木しか知らない……
END
また来年、この場所でを読んでいただき、ありがとうございました。
恋愛系は苦手なんですが、何故かこのような形でこの話が出来るとは、正直思っても見ませんでした。
だから、この作品に驚いているのは私自身かと思います。
ほっぽっている小説がありますが、きちんと書く予定です。
そして、今出来上がっている小説もリメイクして載せようとたくらんでいます。
(いつ載せることが出来るかわかりませんが)
それでは、また別のお話で会えることを祈りつつ……
蓮千里