『あなたを待っています』1-4
女は、ゆっくりと顔をこっちへと向ける。
ポタ…ポタ…
少しずつ俺の方へと。
ポタ…ポタ…
少しずつ。
バン!!
女の顔が見えそうになった時、突然映像はそこで途絶えた。
何故なら、車の屋根に何かが降って来たからだ。
反射的に、天井を見る。
何かが動いていた。
そして、青白い片手がフロントガラスにぬっと伸びて来た。もう片方の手も伸びる。
長い黒髪が垂れ、前の視界を遮る。
女と目が合った。
「うっわあああ」
急ブレーキをかけた。
ガッシャーン
タイヤがころころと転がった。
ガードレールにぶつかった車はボンネットがぐしゃりと潰れ、フロントガラスにはいくすじものヒビが入っていた。テールライトがぼんやりと、カーブに続く白いガードレールを照らし出していた。
俺は…
生きていた。
ドアを開け、静かに外へ出る。
「俺、死んでたな」
おだぶつになった車を見て出た一言。
ポタ…ポタ…
水の滴る音が聞こえた。
後ろを振り向いた。
ポタ…ポタ…
そこには、ずぶ濡れの長い黒髪の女。
「失敗したわ」
ポタ…ポタ…
「え?」
「あと少しだったのに」
ポタ…ポタ…
「あと少しで私と逝けたのに」
女は、ゆっくりと顔を上げた。
「待ってるわ」
口元に、不気味な笑みを零した。
「おい!大丈夫か!?」
車を止めた一人の男が、駆け寄って来た。
男の方に顔を向けた。
「あ…ああ」
「ケガは?」
男にいろいろと質問されたが、記憶にない。ただ、女の姿はその場から消えていた。
いや、消えてはいない。女の存在は。
女の居た場所だけが濡れていた。
今日は、雨なんて降っていない…。
「待ってるわ」
終