『あなたを待っています』1-2
そして、その場から走り去ってしまった。
それから、彼女は来なくなった。
安心するはずなのに、俺の心は、ざわついていた。
彼女の潤んだ瞳が頭から離れない。
「あいつ…最後何て言ったんだろう?」
よく聞こえなかった女の言葉。
そういえばあの傘、見覚えがあるような…。
「ん?」
窓を見ると、雨が降り出していた。
ぼんやりと外を眺めていると、一つの記憶が蘇った。
その日も、雨が降っていた。急な雨だった。
俺は傘をさしながら、家へと帰っている途中。
ふと、近くの本屋を見ると、一人の女が困ったように雨宿りをしていた。
『これ、使う?』
俺は、彼女に傘を差し出した。
『え…?』
女は、驚いたように俺の顔を見る。
『困ってんだろ?』
『でも…あなたが…』と、女が躊躇っているので、
『俺の家、あれだから。気にしないで』と、自分の家を指差した。そして無理矢理、彼女の手に傘を握らせ、その場から去った。
「あの人、あの時の…」
それじゃあ、あの傘は俺の?
「馬鹿じゃん俺」
と、頭を掻きむしった。
あの人は、ただ返しに来ただけなんだ。でも、きっとなかなか言い出せずにあそこに…。
彼女の言った言葉。
あれはきっと…
「ごめんなさい」
と
「ありがとう」
もう一度、外を見た。彼女が居ないかって。
そんな都合のいい事なんてあるはずないのに。
でも、彼女に謝りたかった。一言でも。
彼女は居た。奇跡としかいいようがない。俺は、慌てて外に出た。