不幸男と不幸女と幸福女と幸福男
よく言われるのが、幸福と不幸は糸の撚りのように表裏一体なんだということだ。それなので、幸福が訪れれば、必ず不幸が訪れ、不幸が訪れれば、幸福が訪れる。でも本当はそうじゃないんだ。ボクに不幸が訪れれば、またボクには不幸が訪れる。生まれてきてからずっとそうだった。ボクは思うんだ。世界の幸福の量は決まっているんじゃないかって……。ボクが不幸であればあるほど、世界にボクの不幸の分、幸せになる人が増えるんじゃないかって。そう考えていないとボクは今まで生きて来られなかったんだ……。
この話はひたすら不幸な男と近くの人間を不幸にし続ける女の出会いの物語である。
◇
「ヘルメットよし! 防弾チョッキよし! お守りよし! 受け身よし!」
ボクは朝、学校に行く儀式を始めた。ボクはよく事故にあう。車に追突されるのは日常茶飯事だ。僕は、登校するのにヘルメットを被り、防弾チョッキを着る。お守りも交通安全から魔除け、安産などありとあらゆるお守りを持つ。それと、柔道部に通って身につけた受け身を入念にチェックした。ボクの持論として、車に跳ね飛ばされても受け身さえしっかりすれば何とかなると思っている。ただ、この前の自転車→バイク→乗用車→トラックのコンボではねられたときはさすがにやばかった。あまりの奇跡に一緒に登校していた妹の恵梨は、動画を撮ってネットに投稿したら、デイリーランキング一位になってしまったほどだ。
「お兄……生きて帰ってきてね」
「大丈夫だよ。ボクにはヘルメットがある。簡単には死なないよ」
心配そうに見つめる妹の恵梨の頭をやさしく撫でて、ボクは玄関のドアを開いた。外からは眩しいほどの朝日が入り込んできた。ボクはその朝日の中に飛び込んだ。今日も必ずこの家に帰ってきて見せると信じて……。
「さあてと。ワタシも準備するかな~」
兄を見送った妹は先程の兄を送った様子とはうって変わって、あっけらかんとしている。兄がいつも事故に合うのは目に見えているが、どうせ死なないから別にいいだろうと思っているのだ。さすがに毎日繰り返されると心配する気持ちも薄れてくるものだ。
◇
「右よし、左よし、上空よし」
僕は周りをよく確認して家の敷地から道路へと飛び込んだ。今までの経験上家から出る時が一番危ない。覚えているだけで五十七回は何らかの物体に跳ね飛ばされた。
それならば、バスに乗ればいいと素人の君は思うだろう。ボクにもそう思っていた時期がありました。ただ、ボクの乗ったバスはかなりの確率で事故を起こす。あまりの高確率なので、さすがに他の乗客の人に悪いと思い、それから、ボクは公共機関は使ったことがない。新幹線にも乗れないし、飛行機なんて考えただけでぞっとする。
「たぶん、ボクだけだろうな。これだけ交通安全に気をつけながら歩いているのって」
思わず、独り言をもらしてしまう。ボクは戦場に突入した兵隊のように三百六十度気を配りなら学校に向かった。
◇
「ふう。なんとか何事も無く着いたぞ」
僕は久しぶりにノーミスで学校に着くことができた。ボクだってやればできるんだ。いつもいつも車にはねられる訳でもないし、犬の糞を踏むわけではない。
「危ない! 避けろ!」
「しまった。手が滑った」
「ファー!!」
安心している所に朝練をしている野球部のファールボールと同じく朝練をしている砲丸投げの砲丸とゴルフ部のゴルフボールが同じタイミングでボクに向かって飛んできた。
「なぜに!?」
ボクの能力では二つは避けられるが、一つはさすがに避けられそうに無い。どれを受け止めるのが、一番ダメージが少ないだろうか。野球ボールは硬球なのでとても堅い。さすがのボクのヘルメットでもダメージが大きすぎる。砲丸なんて論外だ。こんなものを食らってしまったら良くて病院送り、悪くてあの世行きだ。それなので消去法でボクはゴルフボールを甘んじて受け入れることにした。
コン!?
ボクのヘルメットとゴルフボールが奇跡的な出会いを果たして、美しい音色を奏でた。ダメージが少ないかと思ったのだが、意外と勢いが強かったようでボクは意識を失いそうになったが何とか耐えた。
「おい! 大丈夫か!」
「すいません。僕、手あせがひどいもので」
「あなたねえ。ワタシのファー! が聞こえなかったの(怒)」
ボクのところに野球部の部員と砲丸投げの選手とキャディーさんがやってきた。ボクは慣れているので紳士的に慰謝料を要求し、みんなの連絡先を控えて、学校へと何とか辿り着いた。
「よし、何とか辿り着いたぞおおおおおおお!」
ボクは生徒玄関でシャウトした。うれしいから仕方が無いのだ。これだけ五体満足で学校まで辿りつくのは殆どない。学校に行くより、病院に運び込まれる方が多いくらいだ。それなので、ボクは感動のあまり涙を流し、鼻水をだらだらと垂れ流して咆哮した。
◇
お昼も油断できない、どこから不幸がやってくるのか分からないからだ。教室で食べていても、どこからホームランボールが飛んでくるのか分からない。野球部の連中は狙い澄ましたように、ボク目がけて強烈な打球を放つ。学校側も対策を練り、ボクのために防弾ガラスを用意した。だが、それに追い打ちをかけるようにパラグアイから野球留学生がやってきた。彼はとんでもない打球を放ち、ボクの教室の防弾ガラスを破壊した。学校側も諦めて、なぜかボクに教室でお昼を食べることを禁止した。
仕方が無いので、食堂に行って食べることすると、わざとしか思えないタイミングで食事中のボクにタックルを仕掛けてくる。弁当を持っていけば、弁当の中身を唯一の友人坂本君にぶち撒けるし、ラーメンを頼めば、これまた、坂本君にぶちまけてしまう。一月後にはボクと坂本君に食堂立ち入り禁止の張り紙が貼られてしまった。そこで、ボクは友人を失ってしまった。『君のことは嫌いでは無いけれど、ボクは毎日のようにラーメンを被る生活には耐えられない』だそうだ。全くその通りである。
◇
ボクは五時間目の終わりの休憩時間にたまたま廊下で、シャドウボクシング中のボクシング部にフックを貰い受けてしまい、保健室に運ばれた。保健室の先生もまたあなたねと溜息を吐き、今やボク専用となったベッドに寝かしつけてくれた。
そこでボクは運命の出会いを果たす、小林里奈人をひたすら不幸にし続ける女の子。彼女はボクの隣のベッドに腰掛け、意識を失っていたボクを見下ろしていた。
彼女は前髪が長すぎて殆ど顔が見えない。あれだけ目が見えなくて、どこで見ているのだろうか。前髪から時折見える目付きは非常に鋭い。まるでボクを目線で突き刺してしまうようだ。
ボクと彼女は学年が同じ一年だが、クラスは違うので面識はない。ただ彼女はとても有名だ。近づく人間を次々と不幸に陥れて、疫病神と呼ばれ天涯孤独の女の子がいるという噂は聞いたことがあった。
彼女と友達になると、成績は落ちる。恋は実らない。待ち人来たらず。風邪をひく。お小遣いは下がられる。お父さんはリストラされる。お母さんは浮気をする。隣の家の犬は吠える。架空請求される。おばあちゃんがオレオレ詐欺に引っかかる。ボイラーが爆発する。限定百個のパンが目の前で売り切れる。楽しみに取っておいたプリンが弟に食べられる。ゲームのセーブデータが次の日には消えてしまう。お気に入りのバンドのドラムが覚せい剤所持で捕まる。あげた宝くじが当たってしまう。冒険して買った新発売のジュースが糞まずかった。電車で空いた席に座ろうとしたら、先におばさんに座られてしまう。お店で精算をしようとしたら一円だけお金が足りなかった。機械トレーニングをしたら、肉離れした。八回まで無失点に抑えていたのに、抑え投手が打たれてサヨナラ負けする。家を建てたら手抜き工事だった。渾身のギャグで滑ってしまう。消費税が十%にあがる。自動販売機でジュースを買おうとしたらつり銭切れで買えなかった。などなど数々の不幸が訪れるそうだ。
前に友人だった坂本にあれが噂の小林里奈だということを教えてもらったことがあった。一人だけ教室にぽつんと座り、じっとしている。でもなぜかボクは惹かれるものがあった。ボクの不幸と不幸を与え続ける女の子、それが重なり合えばどうなるのだろうか。マイナスとマイナスが重なるとプラスになるのか。またはマイナスがひたすらマイナスになるだけなのか。ボクは考えるだけで恐ろしかったのでアプローチはかけなかったが、その彼女が今、ボクの近くに居た。
「君が藤堂俊作?」
今まで重なるはずの無いボクと彼女が今、重なり合おうとしていた。
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