けむし
ある所に一匹のけむしがいました。
他と同じように、そのけむしも醜く、ぶよぶよと太っていました。
けむしはそんな自分が大嫌いでしたが、どうする事もできずに、毎日食べてばかりいました。
「・・・だって、私はけむしなんだから。」
ずっと、そう思っていたのです。
けむしは、お花畑に住んでいました。
そこに咲く色とりどりの花は綺麗で、数多くの虫がその魅力に惹かれ、集まってきました。花びらの奥にある、甘くて美味しい蜜を求めてくるものもいました。
けむしはそんな花にずっと嫉妬していました。そして、少しでも花の美しさを盗んでやろうと毎日花を食べていました。
ですが、ずっと食べてばかりいるので、さらにまたぶくぶくと太り、けむしはどんどん醜くなっていくのでした。
ある時、けむしが雫に映った醜い自分を見て落ちこんでいると、一匹の美しい蝶が現れました。
その蝶の羽には、綺麗な花が広がっており、誰もが蝶の羽を見て羨ましがりました。
今まで、けむしはずっとその様子を陰から見ていたのです。そのため、無性に自分の姿が恥ずかしくなったけむしは、こそこそと葉っぱの陰に隠れようとしました。
ですが、それを見た蝶は、けむしの背中に向かって言いました。
「そんなに悲しまなくても大丈夫よ。あなたはそのうち、私のように美しくなるのだから。」
自分の昔を思い出した蝶は、けむしを少しでも慰めてあげようとしたのです。しかし、けむしはその言葉をつっぱねるように言い返しました。
「そんなわけ無いでしょう?いやみな事を言うのはやめて頂戴。」
そう言って蝶に怒りをぶつけ、ますます落ちこんでしまいました。
だってそうでしょう?
醜いけむしがあんなに美しい蝶になるなんて、一体誰が思うというのでしょうか?
蝶は、少し悲しい顔をした後、どこかへ飛び立ってしまいました。
また、けむしは花を食べ始めます。来る日も来る日も、花を羨み、妬み、憎んでばかりいました。
そのうち、食べきれなくなるほど花を食べ尽くすと、突然けむしの背中に鋭い痛みが走ります。
けむしはあまりの痛みに、そこから動けません。
段々と気が遠くなっていきました・・・。
気が付くと、光が差しこんできています。
けむしが外に出てみると、自分の体が以前とは全く違うことが分かりました。
体の中に溜めきれなくなった嫉妬は綺麗な羽となってすらりと伸び、周囲の羨望の的である優雅でスリムな身体になったのです。
けむしは大空に羽ばたきました。太陽の光が羽に反射し、きらきらと輝いています。
けむしの心は、一杯に満たされました。
ですがすぐに、今度はお腹が減ってきました。ずっと花を食べていないからです。
(早く花に集まった欲望を食べないと。それから、皆にこの美しい体を見せてやりましょう。)
けむしは自慢気にそう思い、いつも食べていた花の方へ飛んでいきました。
しかしあと少しで花へたどり着くという瞬間、羽が何かに引っかかってしまいます。
それは,動けば動くほどきつく喰い込んでくる蜘蛛の糸でした。
慌てて羽を見ると、ねばねばした糸が絡まっていて美しさも台無しです。そればかりか、体中がんじがらめにされて、飛び立つ事ができません。
葉っぱの陰から、「キシシッ!」と誰かの声がしました。
けむしがそちらを見ると、恐ろしい身体をした蜘蛛が、素早くけむしの方へ近づいてきているのが見えます。
蜘蛛は、8本の足をぎざぎざに動かしながら、牙の生えた口元をしきりにガチガチと鳴らしてにじり寄って来ます。
「何て美しい羽なのかしら、憎らしい。バラバラに引き裂いて食べてやりましょう。」
蜘蛛はそう言うと、けむしをさらに糸でぐるぐる巻きにしてしまいます。
けむしは慌てて言いました。
「いいえ、私は蝶なんかではありません。実は醜いけむしなのです。」
それを聞いた蜘蛛は、いくつもの目でけむしをジロリと睨みます。
「そんなわけ無いでしょう?いやみな事を言うのはやめて頂戴。」
・・・大きな牙がけむしの羽に向かって伸びてきます。今まさに食べられようとする瞬間、けむしは思いました。
(醜かったあの頃と、みんなから妬まれる美しい今と、一体どっちが幸せなのかしら。)
けむしを食べ終わった蜘蛛は、満足してまた元の場所へ戻っていきました。
その様子を、また別のけむしが見ています。そして、美しい蝶の憐れな最後をあざ笑うのでした。
また今日も、太ったけむしは花の美しさを食べ続けます。
だって、けむしは美しさへの嫉妬と欲望を食べて、蝶へと羽化するのだから。