選択
「・・・でさぁ、もうあんな酷い会社、辞めてやったんだ」
「え?本当に?・・・あんなにやる気だったじゃない」
「最初に聞いてた話と違ったんだよ。上司だって全然人の話聞かないし」
「・・・じゃあ次はどうするの?」
「うん、それなんだけどさ。俺、前からアパレル関係やってみたかったんだよね。でさ・・・」
・・・嘘。そんな話、聞いたこと無い。
私は視線を落とすと、黙って残りのお酒を飲み干す。
最近愚痴が多いと思っていたけど、予想した通りだった。
彼が今の会社に勤めてから半年。
正直またか、と私は思っていた。
彼が前に勤めていた会社は、4ヶ月だった。その前の会社も半年。
新しい会社で半年が過ぎて、今度は大丈夫かな、と思っていた矢先の出来事。
まだ夢中で喋り続けている彼に、考え直す気は少しも無さそう。
・・・私は、彼と付き合い始めたときの事を思い出していた。
まだ就職活動中の頃に、偶然説明会で隣になった彼。
飲みに行ったお店で、彼女とうまくいっていないという相談に乗った。
そんな定番の話に釣られて、いつの間にか彼と一緒にいるようになっていった。
会社を選択する方法は、恋人を選ぶ方法と似ていると思う。
時間はかかっても一つだけを絞って受けるのか、とにかく自分が入れそうな会社を選ぶのか。
それと同じ傾向が、恋人を選ぶ時にも見られるような気がする。
・・・いや、違うかな。
その人の人生で、『選択する』という行為において、似ていないものなど無い。
結局あなたは、自分の出来そうな事を優先して選んだ、という事。
・・・そこに私がいたから。
私があなたを好きだったから。
あなたは私を選んだんだわ。
それが悪いなんていうつもりはない。
私だってあなたが好きだったんだもの。
・・・でも。
きっと同じように私は捨てられる。
私に不満をもった時、そこにあなたを好きな人がいれば。
あなたはあなたが好きなのね。
いつも自分が損なわれないような選択をする。
今ごろになって、その事がよく分かった。
・・・私もそろそろ考えたほうがいいのかもね。
たった一つを優先して、十分に時間をかけて決めたとしても、必ずそれが正解であるとは限らないから。
「・・・次、何飲む?」
空になった私のグラスを見て、彼が尋ねる。
私はそれをやんわりと断り、そっとコートに手を伸ばした。
「さよなら。次は正解だといいわね」
私が最後に言ったそのセリフは、一体誰への言葉だったのか。
それはついに、私自身にも分からないままだった。