【vol.2】6.一度目の別れ
6/3 一度目の別れ
それは、バイト先での俺の送別会の日。
「だって淋しくなっちゃうもん。」だと!?
こんな時に突然可愛らしくなりやがって!?
いい加減にしやがれ!
今まで散々図々しく押しかけといてそりゃないぜ!
……という気持ちは億尾にも出さず、なんとか説得してくるように仕向けた。
RRRRR……。
「来ないの?」
「……行かない。」
「なんで。」
「……寂しくなるだけだから。」
「でももう今日が最後だよ?」
「……うん。」
なんてことを繰り返していて、でもどうしても来そうになかったので「わかった俺が行くから。4時には着くよ。」と強引に着替えて迎えに行く。
これが最後なんだけど、俺のテンションは高く、いつものノリだった。
でもそれで良かったと思う。
うちに着いて、とりあえず寝る。
やはり眠かったのか、二人ともすぐに寝付いてしまった……。
とうとう最後の朝だ。
妹もも今日発つらしく、朝早くから隣の部屋で準備をしていた。
おかげで彼女の連れてきたマーティが騒ぎ出し、家の中で「ワンワンッ!」……まいったね。
「ごめん、ほんとごめん!」
俺は謝るしかなかったし。
さてマーティも落ち着いたと思ったら、彼女に手を出そうとすると唸りだして、彼氏よりもタチ悪いね。
まあどうせ生理だったので何もできんかったけど。
でも代わりに、何度も何度もキスをした。
彼女は何度もキスをした。
息をするほどキスをした。
本気で飽きるぐらいキスをした。
数え切れないキスをした。
……別れが決まっている恋愛関係ってのも悪くないかもしれないと、思った。
地球は止まる事はなく。
そろそろ準備しないといけない時間だ。
「泣いてよ。別れが演出されないから。」
俺はそう言ったけど、彼女は少しも泣かなかった。
「そろそろ時間でしょ?」
そう切り出したのは彼女だ。
「……うん。送るよ。」
俺は立ち上がった。
「……もうちょっと早く会いたかったです。」
最後に彼女はそう言った。
昼下がりの道路はもう熱気に満ちていて、窓を開けて走ると心地よい風が入ってくる。
隣では、俺があげたイルカの抱き枕を抱えた女の子が、反対側の窓の外を見ていた。
その姿を見た俺は、不意に強い感情が込み上げてくるのを感じる。
――こんな俺に惚れてくれて、勝手に旅立つ男を彼女は一体どんな気持ちで見送るんだろう――
そう考えて、(俺は本当にいい女とばかり出会えたなぁ……。)
深くそう実感していた。
……気が付くと、目には涙が。
(俺の方が泣いてどうすんだよ。)
……そう思ったが、涙は止まらなかった。
なんで泣いているのか、自分でも分からない。
ただ、健気な隣の少女の事を思うと、涙が流れるのだった。
彼女のために流す涙が一粒ぐらいあってもいいんじゃないかと、思った。
「……泣かないでよ。忘れないから。」
こっちに気付いた彼女は、少し慰めるように、俺にそう言った。
俺は、その言葉がまた嬉しくて、さらに強く唇を噛み締めた。
空は、さわやかすぎるほどに晴れていて、そこから別れなんて言葉はどこにも見つからない程、澄んでいた。
帰ってくると、こんなメールが。
『件名:ありがとう』
ごく普通に、感動した。






