【vol.1】7.蛍の光、彼女の唇
6/24 蛍の光、彼女の唇
また僕が帰省から帰る日。
彼女と蛍を見に行った。
二人で蛍が見たかったから。
雨も降っていて心配だったけど、とにかく行く。
うろ覚えで一回道間違えたりして不安ながらも進んでいくと、やっぱり合ってた。
まだ辺りは明るく、光も見えそうに無い。
とりあえず車の中でしばらく話していた。今日帰ってしまうなんて、そんな実感なかった。
そして段々薄暗くなってきていたので、車を降りてみる。
まだ小雨が降っていた。
傘を差して二人で身を寄せ合いながら川の近くまで行った。
軽く辺りを見回してみたけど、ホタルは光っていない。
少し焦りを感じる。
(せっかく来たのに……。)
僕が少し後悔し始めた頃、ぽつ、ぽつ、と小さな光が辺りに灯る。
ホタルだ。
「わぁ。」
彼女は喜んでくれているようだ。
それが僕には嬉しかった。
その後キスをした。
簡単だったわけじゃない。
自然にでもなかった。
何匹も目の前で舞う蛍を見て、今日でまた僕は遠くへと帰ってしまうのを思い出して。
彼女との距離は近かった。
でも、僕の両手はずっとポケットに入れたままで、そこから出すのに一苦労だった。
彼女はずっと蛍に見とれている。
こっちは落ち着かない様子で、振り返ったり前を向いたり、横目で彼女を見ていたり。
一匹の蛍が近づいてきて、二人の目の前を通っていった。
それに勇気付けられた気分になって、手を彼女の肩に伸ばそうと……。
……したところで、やっぱり躊躇してしまう。
心臓は早鐘を打ち、膝の力が抜けそうで、その空間から、ほんの少し動くことすら出来なかった。
不自然に、右手はポケット、左手は下に伸ばしたまま、自分の中で長い時間が経った。
少し、大きく息を吸った。
……。
何匹目かの蛍が飛んだ後、意を決して彼女の腰に左手を添えた。
二人の距離が、より一層近くなる。
絶対彼女には、僕の鼓動が聞こえていただろう。
本当は抱きしめたかったけど、抱きしめるとこっちの足がくず折れてしまいそうで、しばらく片手を添えたままだった。
彼女に触れて、彼女の体温を感じると、もう体が強張る事は無かった。
少しの間を空けた後、手を肩に持っていき――。
――そのまま、顔を近づけた。
彼女も、自然に受け入れてくれた。
……もしくは、動けなかったのかも。
彼女の唇に軽く触れた後、すぐに離した。
お互いに無言の時が続き、静かに雨が降る音だけが聞こえていた。
「蛍、もう光らなくなっちゃったね。」
しばらくして、彼女が口を開いた。
……ホタルたち、気を利かせてくれたのかな。
少ししたらまた蛍は光りだしたので、もうしばらく、二人は山奥の幻想的な光景に見とれていた。
雨は小雨で、二人の体をしっとりと濡らし、遠くの街の喧騒を消してくれた。
相変わらず蛍は明かりを灯し続けていたけど、僕らはそろそろ帰ることにした。
少しだけふざけあいながら車に戻って、素敵な景色を見せてくれた蛍に別れを告げる。
二人は、幻想的な森を後にして、街へと戻った。
それから街で、もう少しだけ話した後、僕らは遠い地へと離れ離れになった。
またの再会を約束して。
……でも、僕らはもう二度と会う事はなかった。
彼女は結局僕よりも彼氏の方を選んだ。
それはとても悔しい事だったけど、彼女が幸せになってくれれば、僕はそれでいい。
それに例え悲しい結末だったとしても、僕は初めて彼女とキスをしたあの時の胸の高鳴りをずっと忘れないだろう。
今でも、ホタルの光に照らされた彼女といたあの時は、きっと映画の中なんだろうと思っている。