【vol.1】6.彼女のいるワンシーン
6/19 彼女のいるワンシーン
楽しみにしているのが、自分でも分かる。
最初は飲みに行くつもりだったけど、この少しの貴重な時間を大切にしたくて、少し遠くへ出掛ける事にした。
彼女を迎えに行き、再会の言葉を交わす。
「ひさしぶり。生きとったかぁ?」相変わらずの、飾り気の無い彼女の言葉と笑顔。
今日はきっと楽しくなる。
僕はそう思った。
国道を海へ向かって走る。道中はお互いに他愛無い近況を報告し合った。
BGM代わりにつけていたラジオなんて、二人とも聞いちゃいない。
少し迷った事も、丁度いい笑顔の素。
僕らは、海辺のテーマパークに着いた。
僕は何となく来ただけで何も考えていなかったけど、
彼女と、僕と、新しい景色。
ただそんな光景ををこれからも増やしていきたいと思っていた。
「海へ行こう。」僕が言う。
彼女はサンダルで嫌がるかと思ったけど、何も言わなかったのでそのまま波打ち際まで歩いた。
そこで少しの間、仲の良いカップルのようにじゃれていた。
お世辞にも、海も砂浜も綺麗なんて言えなかったけど、そんな事二人とも気にしちゃいない。
僕が泳げない彼女を捕まえて、海に投げ込もうとしてみたり、波が来る方へ押してみたり。
そんな子供みたいな遊びが楽しかった。
二人並んで辺りを見ていると、薄暗くなってくる景色と共に、対岸の灯りや観覧車のイルミネーションが鮮やかになってきた。
僕たちは光に集まる虫のように、煌びやかな観覧車の方に誘われる。
歩道を歩いていると、テーマパークの中にすごく大きなたまごみたいな物が見えて、辺りに効果音や音楽が流れてきた。
そのまま二人でたまごに見とれていると、今度は物凄く高い水しぶきが上がる。すると、そこをスクリーンにして光のイルミネーションが映し出された。丁度、何かのアトラクションが行われているみたいだった。
時間にしてみると数分も経っていないだろうけど、僕には時間がとてもゆっくりと穏やかに流れているように思えた。
何だか、イルミネーションと彼女が一つの幻想的な映画のように見えて。雰囲気としては間違いなく最高に近い状況だったと思う。……だけど僕は、その景色を壊すのがもったいなくて動けなかった。
もしかして僕は、ずっと映画でも見ていたんだろうか?
そう思わせるほどに、イルミネーションに彩られた彼女の横顔は素敵だった。
もう辺りを夜の闇が覆っていたが、観覧車はまだ動いていた。
そうだ。僕は彼女と二人で観覧車に乗りたかったんだ。
僕が「観覧車に乗ろう」と言うと、彼女は「うん、いいよ」と頷いた。
チケットを2枚買い、階段を上って乗り場に行く。
僕は初めて遊園地に来た子供のように、ドキドキしながら観覧車に近づく。
係員の指示に従って観覧車に乗りこむと、扉が閉まった。
……一瞬の沈黙。
「もうダメだよ私。下見れないよ。」
しまった、彼女は高所恐怖症だった。僕はすっかり忘れていた。
そうして彼女は、最初から最後までしっかりと柱に捕まっていた。
でも、そんなに怖いのに一緒に乗ってくれた彼女の気持ちが嬉しかった。
何とか彼女を安心させるため、途中で手を繋いだりもした。
だけど、怖がっているこの状況でそれ以上近づくのは何だか卑怯な気がして。……僕はずっと何も出来ずに、落ち着きない素振りで景色を見ていた。
海辺の夜景は、とても綺麗だった。
僕は、この観覧車から見える景色は、今までで一番綺麗だと思った。
視界いっぱいに、彼女が映っているから。
永遠に回っていて欲しかった。
だけど観覧車は、ゆっくりと景色を広げて頂上まで登り、僕の決心が固まる前に下まで降りてきてしまった。
観覧車を降りてからは、まだ人が大勢いるレストラン街を歩いた。
海沿いではオープンテラスが広がっていて、地元の人たちでまだ賑わっている。
テラスの向こうには、夜の海が広がっていた。
船も幾つか泊まっている。
それを見て彼女は、「あんな船に乗ってみたい。」と僕に言った。
僕たちは柵に沿って少し歩き、海を見ながら涼しげな潮風に身を任せた。
ふと振り返って見た彼女は、潮風に浚われそうな髪を押さえ、夜景を背後に携えた映画のヒロインだった。
……僕は一瞬だけ見とれて、すぐに反対の方を向く。
僕だけが見とれてるなんて、何だかすごく悔しかったから。
レストラン街で、オムライスを食べる。
カシスオレンジを飲みながら、少しほろ酔いで僕はご満悦だった。
一番小さいサイズでも食べ残してしまうほど、彼女は小食だった。
食べ終わった後は、砂浜で花火をやる事にした。
浜辺に出るとやっぱり風が強かったけど、おかげで身を寄せ合って花火ができた。
線香花火で、どちらが残っているか競争をした。
僕が負けてばかりだったけど。
花火はすぐに終わってしまい、それからしばらくぼーっと海を見ていた。
やっぱりここでもいいムードで、僕はキスしたくなるのをずっと我慢していた。
「そろそろ行こーか。これ以上いると口説きたくなっちゃうから。」
冗談ぽく、そう言って立ち上がった。
「何なのそれー。」
彼女も立ち上がった。
帰り道。
探りを入れて、彼女に彼氏の話を聞いてみた。
思った通り、どんどん不満が出てくる。
これは時間の問題かな……、と僕は思っていた。
けど、あまりにも次々と出てくるので、何だかだんだん……。
「ごめん、ノロケに聞こえるから。」
「何で~?」
彼女にそんなつもりはないようで。
街に戻り、ついでに夜景を見ていくことにした。
話した事は忘れてしまったけど、時間はあっという間に過ぎていた。
ようやく2時頃、彼女を送っていく。
これでお別れかと思ってたら。
送っていった彼女の家の前で、4:30まで話して。
そして家に帰った僕は、胸いっぱいに『帰ってきて良かった』と感じながら、ぐっすりと眠った。