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短編集  作者: 安楽樹
【短編集】
19/42

ある始まりの話


彼女と出会ったのは、打ち合わせで訪れた取引先のオフィスの一室だった。


派遣社員か何かだろうか。

滅多に見ない女性職員と思って視線を奪われていると、ふと目が合う。


「……」

「……」


軽く会釈をして、小さく口角を上げる彼女。

少し遅れて、会釈を返す俺。


……まずい。タイプだ。


若いというわけではないが、それほど年を取っているようにも見えない。

だが、底を感じさせない雰囲気が、経験の豊富さを思わせる。

後は視線は合わせず、横を通り過ぎた。

……意識だけが彼女に向かっている。


会議室へと通された。


横で必死に説明プレゼンしている課長は、何とかこの商談を自分の手柄にしたいらしい。

俺の出番は回ってこないようだった。


……まあ、それならそれでいい。

大してやる気もない仕事だ。

やりたい人にやらせてあげればいいさ。


暇つぶしに、彼女の姿を探す。


静かに扉が開き、お茶が運ばれてきた。……彼女だ。

不自然にならない程度に長い間、彼女の方を見つめる。

……また、目が合った。


「失礼します」


雪の滑らかさを思わせる声に、意識は完全に惹き付けられる。

俺のお茶を机に置く間、向こうの意識もこっちに向いているのを感じた。


……まずいな。

歯止めが効きそうにない。



話が長引き、机のお茶は空になる。


再び彼女が部屋に訪れた時、相手先の部長は席を立った。


「もう少し、ここをこうしてくれればねぇ……」なんて言いながら、トイレに出て行く。

それを見計らって、うちの課長も部屋を出た。

きっと本社に電話をして、仕様変更の許可でももらうのだろう。


……そして、部屋には俺と彼女の二人だけになった。


互いに意識し合う沈黙の中、彼女は黙々とお茶を片付けている。

彼女が俺のお茶に手を伸ばした時。



「……どこ住んでんの?」



俺の理性が効かなくなった。



彼女は、少しだけ沈黙した後、困ったように微笑む。

……俺が思った通りの、俺好みの表情だった。

それはきっと、「仕方ないなぁ……」という微笑みだったろう。

彼女は片付けの手を止めると、甘ったるく髪をかき上げた。


「……子供、いるよ?」


流し目を向けて、俺に言う。


「いくつ?」


「7歳。……あと、たまに何人か」


「ふ~ん……」


あまり興味がないような返事をしながら、俺はソファの背もたれに手を伸ばす。


言ってる事が良く分からなかったが、俺にはどうでもいいことだった。

その雰囲気が伝わったのか、彼女は急に甘えた仕草を見せるように、俺の手の側にもたれてきた。


……そっと腰に手を回す俺。


冷たい制服の下に感じられる細い腰の感触が、俺の左手を痺れさせる。

そうして俺の手に添えられる、彼女の右手。


……全てが何だか、夢の中のように感じる。


左手に重ねられた彼女の手の温度だけが、俺に現実感を与えていた。


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