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短編集  作者: 安楽樹
【短編集】
15/42

うさぎとさぎ

うさぎが酷く暴れた、その次の日だった。

詐欺師の僕は、彼女に出会った。


正直、久々の当たりだと思った。

彼女は大手の不動産会社の令嬢らしい。

具体的には聞かなかったが、僕の情報網からすると、ほぼ間違いない。

よし決めた。今回のターゲットはこの子にしよう。


家に帰り、うさぎに餌を与えながら計画を練る。

鼻だか口だか分からない部分をふんふんと動かしながら、餌を探すうさぎ。

その目の前で餌をちらつかせながら、僕はやけに真剣にうさぎと戯れる。

絶対に、目の前の餌を捕らせまいとして。


次の日も、彼女と会った。彼女は、名門女子大に通っている。

僕は帰宅時間に合わせて、高級車で迎えに行った。もちろん、知り合いに借りた物だ。

そのまま軽く、ドライブする。行き先は定番の海。

その日はずっと二人で話した。僕も壮大な夢なんか話した。そうした方が後々役に立つからだ。

本当は、夢なんてない。


恋愛の詐欺は、まず相手を選ぶ事だ。

こちらにやたらと干渉してくる相手は良くない。できるだけ控えめで、自己犠牲を厭わないタイプの子が良い。

自己陶酔型の性格なら、さらに○だ。

そして、自分に惚れさせるよりも、情が移るように仕向けるのだ。

過ぎた恋愛感情は邪魔になる。

それが、長い仕事を通じて学んだ事だった。


今日も大丈夫だ。

順調に計画は進んでいると言っていいだろう。

僕はまたうさぎと戯れながら、餌をやる。こいつは、いつまでたっても僕には懐かない。

そんなことは大して気にしてはいないのだが、何故か今日に限り、随分としつこかった。

何度餌を取り上げても、諦めない。いつもなら、ふてくされて寝てしまうのに。

ゲージの外にまで目を向けながら、餌を求めてうろうろするうさぎの姿が、僕を妙にいらつかせた。


----


そしてしばらくの時間がたった。

綿密な計画であるほど、長い時間を要する。しかし、今回は何だか心がざわついて落ち着かない。

予定よりも少し早めに、計画を進めることにした。

もちろん、いつもの倍は慎重に。


今度は徒歩で、彼女を迎えに行く。そして、安い喫茶店で休憩したあと、父が事故に遭った事を告げた。

架空の父は寝たきりになり、延命処置には莫大な金額が必要になる事を彼女に伝える。

思った通り彼女は、自分に何か手伝える事はないかと言ってきた。しかし、僕はやんわりとそれを断る。そう、今はまだ。

そして、近いうちに海外へ行くかもしれないので、今までのようには会えなくなると告げた。

帰り際の彼女の沈んだ顔が、何故か僕の心に引っかかった。


家に帰ると、うさぎは大人しく寝ていた。

珍しい。そう思いながら僕も大人しく寝た。


それから数日、あちこちに手配をする。そろそろ、引き際だ。

計画をもう一度おさらいする事にする。

父の手術は海外で行われ、いつ帰ってくることができるか分からない。・・・お金は適当に、向こうまでの交通費がないとか言えばいいだろう。

何故か、お金を取る方法よりも、別れる方法を真剣に考えてしまうのは、僕の悪い癖だった。

もし、もう一度会ってしまったりして、彼女が苦しんでいる所など見たくはない。


ふいにうさぎが暴れだした。

何となく点けていたTVから、ニュースが流れている。

「本日、大手不動産会社の○○が、不動産詐欺の疑いで告訴されました。・・・。」

え?・・・確か、彼女の父親の会社だ。

安物のTVの中で、無表情な男が無感情な声で喋っていた。


しばらく呆然としていると、不意に携帯が鳴る。彼女からだ。

僕は商売柄、滅多にターゲットからの電話を取る事はないが、今回はつい電話に出てしまった。

「・・・もしもし。」


----


数時間後。

それほど遠くない場所にある広場で、待ち合わせする事になった。

僕は先ほどの計画だけは忘れないように、綿密に頭の中でシミュレーションする。

それでも動揺は収まらず、緊張したまま彼女を待った。


程無くして、彼女はやって来た。丁度、時計台が11時を告げる。

今夜は、いつもと時間の流れが違う。


一通り、彼女の口から状況を聞いた。・・・やはり、ニュースは本当だった。

僕は仕事が失敗した事よりも、なんだか彼女のことの方が気になった。けど、なんて言っていいのか分からず、押し黙っていた。

そして、きっともう二度と彼女に会う事はないだろうという事も考えた。

少し、胸の奥が苦しくなる。


何とか別れの言葉を口にしようと考えていると、彼女の方が先に口を開いた。


「もう、お別れですね。」


僕の口は凍ったまま動かない。

彼女の顔が見れず、下を向いている僕の顔を、彼女はじっと見つめていた。


「・・・あの、これ受け取ってください。お父様のために。」


差し出された包みを開けてみると、高そうな貴金属がいくつか入っていた。

ようやく動いた口から「・・・ありがとう。」と。

出た言葉は一言だけ。

それを聞いた彼女は、僕の頬に軽くキスをすると、夜の闇に溶けていった。

僕の頬に涙が流れる。

ずっと無くしたと思っていたのに。


家に帰ると、うさぎがじっと僕を見ていた。大きい黒目が潤んでいるような気がする。

突然、こいつと出会った時の事を思い出した。

僕が初めて好きになった女性。彼女が黙って消えた時に、たった一つ残された思い出。

僕の名がついたこのうさぎ。


恋に目がくらんで、あまりに純粋だった頃の僕は、きっと今日のあの子とよく似ていた。

僕はずっと、このうさぎにあの頃の僕を見ていた。

自分の事など構わずに、相手の幸せだけを願っていた、あの頃の。


僕はこの街を出ることを決心した。

仕事も何もかも捨てて、また新しい僕を見つけよう。

ずっと空っぽだった僕が、彼女に残してあげられるものは何もないけど。


せめて僕からの最後の愛の証に、このうさぎを贈ろう。



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