天馬の話
何処までも広がる果てしない大地と空。
そこには、雄大な翼を持つ白鳥と滑らかで逞しい脚を持った馬がいました。
白鳥は、その雄大な翼で大空高く自由に羽ばたく事が何よりも大好きで、いつも雲を友に、青い空を何処までも高くゆっくりと飛んでいました。
葦毛の馬は、その逞しい足で大地を縦横無尽に駆け回ることが何よりも大好きで、いつも風と語りながら緑の草原を何処までも走る事を何よりの喜びとしていました。
ある澄んだ晴れの日、白鳥は草原を駆ける美しい馬を見つけました。
風の妖精と見間違うような葦毛の体を見て、白鳥は一目で心を奪われてしまいます。
願わくば側に寄り添って、楽しそうに走るその姿をずっと眺めていたいと思ったのです。
そんな彼を見て、雲は不思議そうに呟くのでした。
「見ているだけじゃなくて、話し掛ければいいのに。」
その頃地上でも、葦毛の馬は真っ青な空を翔ける純白の鳥を見ていました。
白く綺麗な雲に似た羽根が生き生きと大空を流れるのを見て、思いを馳せます。
できることなら、自分も一緒にあの青い空を漂ってみたいと願いました。
「何でいつも空を見上げながら走っているの?」
いつも一緒に横を走る風は、そう彼女に尋ねるのでした。
葦毛の馬は、白鳥のその真っ白な大きい翼に憧れ、白鳥は葦毛の馬のすらりと長く伸びた雄々しい脚と蹄に恋焦がれました。
すると彼等の願いが通じたのか、彼女が憧れていた大きく白い翼が、春の心地良い風と共に目の前に舞い降りてきます。
それを見た葦毛の馬は、真っ白な雲が降ってきたのかと思いました。
天から現れたその雲は、彼女に向かって優しく話し掛けます。
「君のそのたくましく走る姿に、僕は一目で心を奪われた。できることなら、ずっと君の側でその姿を見ていたい。」
これは夢ではないかと思いながら、彼女はその言葉に答えました。
「私もずっとあなたが優雅に空を飛ぶ姿を見ていました。できるならもっと近くでその素敵な翼を見せて下さい。」
それから二人は同じ時を過ごすようになります。
二人ともお互いに、片時も離れたくないと考えていました。
お互いさえいれば、他に何もいらないとそう思っていました。
「あなたと一緒なら、大地が無くても良いわ。」
「僕もだよ。君と一緒にいられるのなら、翼が折れたって平気だよ。」
季節は巡り、また暖かい春がやってきた頃。
それは何気ない一言でした。
「君も空を飛べたら良かったのに。」
その一言に、葦毛の馬は少しムッとしました。
「あなたこそ、一緒に大地を駆け回れたらさぞかし素敵だったでしょう。」
ついついトゲのある言葉を返してしまいます。
「そんな言い方ってないだろ。」
それを聞いた白鳥も、少し機嫌が悪くなってしまいました。
それから徐々に、二人は一緒にいることに窮屈さを感じてきました。
何故なら、白鳥は天高く舞い上がることを止め、葦毛の馬は風を切り裂くほど速く駆ける事をしていなかったからです。
段々と、白鳥は葦毛の馬よりも青くて広い大空に焦がれ、葦毛の馬は、白鳥よりも遠くて遥かな大地を懐かしむようになっていきました。
ある時白鳥は、つまらなそうにしていた葦毛の馬に向かって、とうとうこんな事を言ってしまいます。
「君を束縛するつもりは無いよ。君が走りたければ走れば良い。」
白鳥の突き放したようなその言葉を聞いた葦毛の馬は、とても悲しい気分になりました。
「私もよ。私のせいであなたがあの大空に飛び立てないと言うのなら、私なんていなくなったほうが良い。」
葦毛の馬はそう言うと、泣きながら風のように駆け出しました。
慌てて追いかけた白鳥の翼に、雨粒のように彼女の涙が当たります。
・・・しかし、風と同じように速い彼女は、あっという間に白鳥の視界から見えなくなってしまいました。
葦毛の馬は悲しみのあまり、あても無く走り続けます。
しかしあれほど好きだった大地が、今はまるで冷たくて固い石のようでした。
そしてとうとう、とても暗くて深い森に迷い込んでしまうのです。
葦毛の馬は地面から空を見上げましたが、空はどこにも見当たりません。
彼女の脚は棘で傷付き疲れ果て、ついに一歩も歩けなくなってしまいました。
その頃、白鳥は必死で葦毛の馬を探していました。
ですが、どれだけ見渡してもどこにもいません。
以前と同じ空が全く心地良いものに思えず、空はまるで吹雪のように冷たく感じられるのでした。
それでも白鳥は探し続けます。
・・・やがて、大きな森の上までやってきました。
しかし森は深すぎて、空から地面は全く見えません。
いくら探しても、彼女のあの素敵な葦毛はどこにも見当たりませんでした。
既に白鳥の翼は薄汚れ、よろよろと今にも地面に墜落しそうになりながら飛んでいます。
冷たい空は容赦なく白鳥へと降り注ぎ、あんなに雄大だった羽根をもぎ取ろうとするのでした。
ついに白鳥が飛び疲れて諦めかけた時です。
深く広がる森の地面から、小さな白い馬が飛んで来るのが見えました。
その馬は、白鳥のように白く優雅で、たくましくしなやかな体と脚を持っていました。
さらに、その背中からは大きくて真っ白な翼が生えているのが分かりました。
その白い空飛ぶ馬は、白鳥の目の前まで飛んでくると、彼を導くように森へと飛んで行きます。
驚き、不思議に思いながらもその白馬についていく白鳥。
そしてようやく二人は・・・。
*0*
「・・・あら、もう寝ちゃったのね。」
・・・ガチャ
「ただいま~。・・・おい、あの子はもう寝たか?」
「ええ。丁度さっきまでお話を聞かせていたところ。」
「そうか、ご苦労様。・・・明日はロンドンまでフライトだから。」
「分かった。じゃあ夜はいらないのね。」
「ああ、おやすみ。」
「・・・おやすみ。」
・・・バタン
「・・・あ、そう言えばまだお話の途中だったわね。」
「だから、あなたに天馬って名前を付けたのよ。」