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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔女と騎士と世界の終わり~オンリーユー・ファーストスッテプ

掲載日:2026/10/14


 ——西暦二千七十五年。


 その信号は突如として世界に発信された。二十二世紀を間近にした現代において、あまりに古典的で、それでいて確実な連絡手段。

 モールス信号。古典的過ぎる特定電波が、衛星を経由して世界中のオープンチャットを駆け巡ったのだ。

 

 最初に鼻で笑ったのはアメリカ軍人だった。「どういうジョークだ? 嫌に手が込んでいるぜ」なんて同僚と笑い合った。

 あまりに荒唐無稽なその信号を真剣に受け止めたものが一体どれだけいただろう……。


『メーデー、メーデー、メーデー! 世界は崩壊した! 繰り返す! 世界は崩壊した! 俺の名前は鷹見勇吾! どうかこの発信を信じて欲しい‼』


 きっと多くはないはずだ。

 発信直後の大崩壊まで。誰も信じていなかったはずだ。


 エルフも、ドワーフも、ドラゴンも、吸血鬼も、人間も、きっと世界中に住む誰もが世界が崩壊するその瞬間まで。

 


 『繰り返す、世界は崩壊した』



◇



 ——西暦二千九十年。

 

 新宿第一学校中等部の教室の一つで、一人の少年がチョークが黒板にぶつかる音を聞きながら、窓の外を眺めた。処女雪のような白い髪が風に揺れる。暖かな陽光に照らされて、僅かに桜色に見えた。

 窓の外は桜並木が出来ている。詰まらなそうに、少年——四季雪は、桜並木のさらに奥、新宿エリアを囲う巨大な黒壁に意識を傾けた。魔石と炭素繊維と合成樹脂などでできた新宿をぐるりと囲う、三十メートル強の頑健な壁は、十三年という長くも短くもない平和を堅持してくれている。雪が防壁の歴史に想いを馳せているのは十五歳という進学のストレスから逃げるため、ではない。ある意味で、雪の進路は確約されている。それを本人が望んでいるかは別であるが。


 黒板に向かうにはあまりに内容が詰まらなすぎる。それが忌憚のない雪の所感だった。新学年が始まって早々このような所感を隠そうともしないのだから、とんだ不真面目生徒だと、我ながらに思う。改善しようと微塵も思わないのだからなおさらだった。


「知っての通り、十五年前に世界は滅びた」


 教諭が言う。


「魔女の力によって世界は呆気なく滅びた。いまでもあの瞬間の恐怖は忘れられない。大地が割れたんだ、それだけじゃない、宙が落ちてきて、大地が焼け焦げた。関東と関西の境界に渓谷が出来たんだ。いまでも往来できる道は一本だけだしな、どれだけ酷い災害だったかはわかるだろ?」


 彼はしみじみという。

 生きているのが奇跡だった、所作に言葉が現れていた。


「しかも、ボロボロになった世界で、怪物が跋扈しはじめた……そんな危険から守ってくださるのが、我らが黒鬼(こっき)軍だ」


 くだらない。そう言いたげに、雪は嘆息した。

 滅びたというのなら、いつまで女々しく西暦を使っているのか? 外国が健在である保証などないというのに。


「いまは吸血鬼(ナイトウォーカー)やエルフに後れを取っているが、きっと俺たちの土地を取り返してくださる!」


 嫌な熱気を帯びていた。教諭の言葉に感化された生徒は少なくないようだった。


「不可能だ」


 ぽつりと、雪が吐き出した。

 クラスの視線が一気に集中する。とくに教諭の視線が印象的だった。血走った目が、どこか迷子のようで、笑える。


「四季、いま、なんといった?」


「不可能と」

 

「なぜ、そんなことを言う⁉ 軍人様が日々心血を賭して邁進していらっしゃるというのに! お前には、愛郷心がないのか⁉」


「オレが生まれた時には既に、人類の生活圏は新宿エリアと渋谷エリアと神戸エリアだけでしたよ」


 四年前に渋谷エリアは吸血鬼によって失われたが。


「ただでさえ、数が足りない。その上怪物は人類を襲う。八方敵で埋まっている。ここからどうやって、土地を奪い返せと?」


「吸血鬼にさらわれた人たちはどうなる⁉ お前に人の心はないのか!」


「……運がなかったとしか」


 吸血鬼は人類の血液でなければ渇きをいやせない。それ故に世界崩壊直後、人畜として人類を多く攫った。それは世界崩壊後も続いている。

 それが四年前の渋谷戦線。攫われた数は二十万人に上るというのだから笑える。

 現在の人類圏の人口は二万人程度なのだから。


「鬼畜め!」


 教諭が詰め寄ってくる。チョークを投げつけてきた。

 額に当たって、コトンと落ちる。


「歴史を振り返るのはいいですが、その果てが誇大な妄想では意味がない。必要なのは現状できる事の模索でないと」


「愛郷の心と、我らが黒鬼軍の力があればなせる!」


 駄目だ。話にならない。そもそも、雪には黒鬼軍のプロパガンダなんてどうでもいいことだ。

 そう、ただ愚かだなって思うだけで。

 なのに、どうしてこんなに腹が立つのか、雪には甚だ分からない。


「先生! 一人の生徒に詰め寄るのはどうかと思います!」


 一人の少女が、担任教諭に陳言する。

 

「む、一ノ瀬か」


 彼女は凛然と、権威を誇示する大人に立ち向かってみせた。

 雪の胸に、言い知れない思惟が紆余したが、すぐにかき消えた。


「クラス委員として、看過できません!」


「これは教育だ」


「公然という意味が分かりません。後で窘めればいいだけです!」


「示しがつかん!」


「注意で済むことです! 先生は、偏見と我執で一生徒に詰め寄るんですか⁉」


「屁理屈を!」


 教室の空気が少女に傾いていく。教諭はそれを機敏に察知すると、隠れるように教壇の後ろに立って、黒板に「自習」とかいた。雪は呆れて時計を見た。


「あと五分でチャイムだが」



◇


 

 キーンコーンカーンコーン!


 授業の終わりを告げる鐘(電子音)が鳴り、教室が俄かに騒がしくなる。仲のいい生徒たちが、机をそろえ、歓談している。ごくごく下らない内容だ。


 ——世界が滅びても、人類が滅びるとは限らない。


 譬え、怪物が跋扈し、暴虐の限りを尽くそうと、外敵たる他種族が虎視眈々と狙っていようと、ヒトは生き残っている。

 それが強さなのだろう。こんな世界だ、彼らの中にも大切な誰かとの別れは必ずある筈。それでも、こうやって笑えるのだからヒトはどこまでも強い。


 ——いつか、私を見つけてね、温かい私の雪。


 口の端を噛んだ。どうして今その言葉を思い出す?

 雪は苛立ちを誤魔化すように、席を立った。すこし派手な音が出て、注目を集めた。


 集めたが知ったことではない。授業はあと二限残っているが、今日はもういいだろう。だいたい、必要な知識はもともと持っているのだ。雪が学校何てコミュニティに属しているのは、あくまで勇吾の思惑でしかない。

 あの男の思惑に乗っているというだけで、大分不快だった。

 

 鞄をもって教室の出口に向かうと、少女が慌てて間に入ってくる。


「まってまって! 四季くんどこ行くの!」


「トイレ」


「絶対噓じゃん⁉ 鞄持ってるよ!」


「最近の若者は鞄がないと、トイレもできないんだ……」


「そうなの……⁉ (女子とは違うんだ)」


 簡単に信じ込んだ。ちょろかった。

 ボソッと何か言っていたが、雪にはどうでもよかった。

 

「じゃあ」


「ってそんなわけあるか! ドパガキすぎるだろ! 一ノ瀬さん! 騙されないで!」


 男子生徒が少女に言った。


「そうなの⁉」


 少女は驚いた様子で雪を見た。

 

「ちっ」


「舌打ち⁉」

 

「気分が悪いんだ、どいてくれ」


「そうだったの? 早く言ってくれたらよかったのに、保健室、一人で行ける? ついて行こうか? いつからしんどいの?」


「今」


「今⁉ え、私の所為ですか⁉」


 雪は嘆息すると、少女の脇を抜けて、教室を出た。巧みな足さばきの所為で、少女には雪が消えたように見えた。


「え、え⁉ まって、まって四季くん!」


「……なに?」


「うわぁ、すごい面倒そう! っじゃなくて! 私! 一ノ瀬奏! 一緒のクラスになるのは初めてでしょ⁉ よろしくね!」


「……そう」


 少女——一ノ瀬奏の笑顔は、太陽のようだった。

 そう……雪解けを促す太陽のような、そんな眩しさだった。


 

◇


 

 新宿第一学校中等部校舎の廊下を歩く。すれ違う生徒たちの足音が跳ねている。

 適当に開けられた窓から入る風が何とも心地いい。

 中央校舎に繋がる渡り廊下を抜けると、購買部がある。その横に備え付けられた自販機に金を入れて、炭酸飲料を買った。


 ことん、ことん。

 

 赤色にラベリングされたアルミ缶を手に取って、ぷしゅっと気持ちのいい音をたてる。


 缶に口を付けて視線を上げると——。


「げ」


 茶髪の軍人が立っていた。彼は驚いた様子もなく、炭酸飲料を一気に飲み干して、ごみ箱に捨てた。


「なんだ、クソガキ。いっちょ前にサボりかぁ? 存外楽しんでんじゃねぇか、学校生活」


「……お陰様で」


「だろうよ。いつだってお前は俺のお陰で息できてんだからな」


「そこまでは言ってないが、ユーゴは自意識過剰じゃないか?」


「言っておけよクソガキ。煽ては覚えておいて損はないぞ? バカは簡単に木に上るからな。直截に伝えるよりもよっぽど効率的だ」


 くつくつと喉で嗤っている。

 随分と機嫌がいい。彼がそういう態度をとるときは決まって悪徳を極めている時だ。


「オレはサボりだけど、ユーゴはどうして学校に?」


「俺もサボりだが?」


「仕事しろよ税金泥棒」


 熱狂的に収めた税が彼の炭酸飲料に変わるのだから世界は残酷だ。


「はっ!、世界は残酷だが、人類(おれ)たちは超えていくぜ。一度滅びた世界で、ジュースを飲めるくらいだからな」


「鶫家万歳?」


「おう、大いなる差別主義者にして税金泥棒どもに感謝だな」


「お前もその差別主義者の組織の歯車だが? 鷹見勇吾中佐殿?」


「それを言うかよ。俺なんてただの社畜だがな。鶫家の小間使いさ」


 分(・)家(・)だしな、と勇吾は言った。


「最近は吸血鬼(コウモリ)どもの動きも活発でな、そっちの対策もしないといけないわけだ」


「対策って言うが、なんとかなるものなのか?」


 吸血鬼は数こそ少ないが、保有している戦力は人類とは比較にならない。

 彼らの一個一個の膂力がまず違い過ぎる。例えるなら、ミニ四駆のモーターエンジンと普通車のエンジンを比べるようなものだ。


「確かにあいつらは強大だがな、弱点がないわけじゃない」


「太陽光?」


「正確には紫外線だが……あとはエルフだな。関西圏を牛耳っているエルフどもが吸血鬼を僅かでも牽制してくれたら、大分違う」


「なるほど」


 エルフも吸血鬼が嫌いだからな、とジュースを飲みながら思った。


「っと、もうこんな時間か。俺、行くわぁ~これから会議でな」


「あっそ」


 手を振りながら、去っていく勇吾の背中を冷めた青い目で見送った。湿った風が吹く。揺れる髪を抑えて、風を辿って空を見る。太陽が厚い雲で翳っていた。


「……雨か」


 求めもしていないのに、図々しく太陽を隠す曇天と、そこから逃げるように力強く降り注ぐ驟雨。溜息を吐きながら、下駄箱に向かう。

 傘を持っていない雪は、雨が止むまで待ちぼうけた。ここに勇吾が居れば「お前、風邪なんかひかないだろ」とか言うだろうが、風邪がどうのじゃなくて、濡れるのが厭なのだ。

 なんて無意義な時間だろう。生産性から最も遠い行為だ。

 こんな時間の使い方をするなら、踵を返して、授業を受ける方がずっと有効的だ。


 けれど、悪くない。そう思ってしまう。遠く、遠く。変わっている。今の自分を見たら彼女は一体どう思うのだろうか? と少し気になった。

 深く考えるまでもなく、可笑しそうに笑うだろうと、確信した。


 ——犬みたいだね? それとも猫かな?

 ……とかいうのだ。


「四季くん? どうしたの?」


 そうして回顧にふける雪を現実に引き戻したのは奏だった。


「一ノ瀬か。どうしたんだ? サボりか?」


「しません。普通に学校終わりです。ほら皆も帰ってるでしょ?」


 奏に言われ、周りを見た。下駄箱から各々自分の靴を取り、傘を広げて帰路について行く生徒たち。知らず、ずいぶん時間が経っていたようだ。


「で?」


「で? とは? 抽象的過ぎるぞ?」


「私は答えたでしょ? 次はあなたの番よ」


「傘をわすれた」


「……」


 奏がきょとんと首を傾げた。それから心底可笑しいと肩を揺らしている。


「せっかくサボタージュしたのに、濡れるの嫌がって二時間学校にいたの? 可笑しいのねあなた」


「濡れるの嫌いなんだ」


「ふふ、犬みたいね。それとも猫かな?」


 微笑んだ、煌めくように。

 艶やかに、初々しく。荘厳で幼稚で、何処にでもあって、そこにしかない。

 どこか遠い、けれど近い彼女の微笑みに。その声音に、雪の心はあまりに容易に囚われた。

 

「————」

 

 偶然、なのだろう。運命だとか、祈りだとかじゃなくて。

 きっと些細な偶然なのだろう。

 けれど、彼女の言葉から生まれた、この胸の高鳴りを、熱を生涯忘れない。


「どうしたの?」


 呆然とした雪の青い瞳を奏の薄紫の瞳が覗き込んだ。


「すこし、熱に浮かされた」


「ええ~? 肌寒いくらいだよ。あ、でもじめっとしてるか」


 奏は傘を広げると、くいくいと雪に手招きした。いたずらな笑みを湛えて。


「へい旦那、入っていきますかい?」


「……」


「傘ないんでしょ?」

 

 雪は溜息をして、彼女の隣を暫し独占することに決めた。断ったらとてもすねると思ったから。それは最早確信に近かった。


「まあ、それもいいか」



◇



「全っ然よくないッ! めっちゃ濡れてる! 肩! 濡れてる‼」


 奏が持っていた折り畳み傘は一人用で、二人で使うには大きさが足りなかった。雪の肩が半分以上外に出て、しとどに濡れている。


「四季くん。物事には仕方がないこともあるんだよ」


「だったらお前が出ろ」


「……レディーファーストって知ってる?」


「女に地雷原歩かせる奴だろ? 歩けよ」


「わお。偏極ぅ」


 あまりに時代錯誤な主張に、奏は苦笑。一周回ってこれが新時代のリベラリズムなのでは? とおもってしまう(多分違う)。

 雨脚が強まっていく。視界がけぶる。車の排気音もどこか遠くへ。世界が閉じていく。日常が剝離して落ちて行く。

 

「……なんで、あの時助け舟を出したんだ?」


「ん? なんのこと?」


「教諭に詰め寄られた時のことだ。別にお前には関係のないことだったろう? 口を出せば矛先が自分に向かうかもしれないし、心証はどうしても悪くなるだろ? それなのにお前はどうして、オレに助勢したんだ? 関係性だってない。オレとお前は唯の級友だ」

 

「んー。難しく考えすぎじゃないかな? 私は先生が間違ってると思っただけだよ」


「それだけか?」


「それ以上って必要?」


「必要か不要かは判らないが、浅慮だとは思う」


「あはは。容赦ないな——!」


 傘の上で、雨粒が跳ねる。彼女は雨粒に倣うように前でて、踊るように雪に向かった。


「でもさ! 私は後悔して無いよ! どうであれ! 行動したことに後悔はないの! それってなにより意味のある事じゃないかな?」


 すくなくとも彼女はそう信じている、雪にもそれが伝わった。

 ああ、けれど、けれど——。


「だから濡れてるって‼」


 傘を持って前に出るのはやめてくれ。


「ああ! ごめんごめん」


 慌てて彼の隣に戻った。もう今更遅いと、雪は思った。びしょ濡れになっているのだから。


 不機嫌を隠さずにいると、奏が「いこっか!」と先導してくる。


「いまさらだけど、家、コッチの方であってるの?」


「違ったら別れてるだろ」


「わからないよ? 私の部屋に興味津々とかさ」


「知り合ったばかりの女に抱く興味は犬猫に向けるのと同じくらいだろ」


「もうちょっと女の子に興味持とうか青少年‼」


「どういう視点なんだ?」


 そんな与太話をしながら歩いて行く。かつての新宿——或いは東京と言ったらしいが——は活気に富んで、人と車で溢れかえっていたそうだが、今ではその面影もない。

 車は高官以外が個人所有することが出来ないし、人口の少なさ故人とすれ違うことも少ない。

 今は、世界崩壊前に建造された建築物や資源をうまくやりくりしている状態だ。自販機やそれに類似する趣向品は軍関係の施設にしかない。運搬を含めたインフラ(特にライフライン)を軍——鶫家に現在の人類は強く依存している。

 横断歩道を渡り、高架下を通ると、ダンボール箱のなかでミャーミャーな黒い毛玉がいた。


「子猫だね」


「子猫だな」


「お母さん、近くにいないのかな?」


「どう見ても捨て猫だしな。変に同情をかけて飼ってみたはいいが、負担が大きかったんだろう。こんな世界だ、生き物に責任を持つのは難しい」


 子猫がつぶらな瞳を雪に向けた。

 この黒猫からしてみれば、人間の事情など知ったことではないだろう。理不尽に救済して、理不尽に突き落とした。

 それだけだ。醜悪な、人間のエゴを弱者故に、訴えることもできない。雪が子猫に憐憫を向けると、奏が子猫に近づいた。


「おい、同情するなとは言わないが、半端に情をかけるなよ、生物への侮辱だぞ」


「……この子、前足を怪我してるわ。それに尻尾も短いの。きっと他の猫にいじめられたのよ」


「それがなんだ? 自然の摂理だろ」


「それでも、お腹空かせてる」


 力強い瞳で、雪を見つめる奏。彼女の言う通り、ただでさえ、子猫だ。生きる力に乏しい、その上前足を怪我しているのだ、歩行すら困難だろう。尻尾を欠損して身体のバランスを崩しているのなら猶更。


「どうして、ってさっき訊いたよね?」


「ああ」


「じゃあ、私も訊くよ。どうして、黙ってなかったの? 黙っていたら、無駄な諍いを生むことも無いのに、どうしてあの時先生に口答えしたの?」


「それは……」


「あなただって、私と一緒。間違っていることが許せないの」


 間違ったことを見て見ぬふりして、掛け違った結果を見るのが厭なんだ。ポーズだけかもしれない。意味なんて無いのかも。

 それでも何もしないという事を、選択できない偏屈者なのだ。


「はあ」


 奏の隣まであるく。仕方がないと、全身で表す。見下ろすと、本当に小さかった。手のひらに乗ってしまいそうなほど。


 ミャーミャー。鈴を転がすように鳴いている。


「なんだ、喉が渇いているのか?」


「ミャーミャー!」


「ふむ……ジュース飲むか?」


「飲ませないよ⁉」


「冗談だ」


 真顔で言うからわからないよ、ぶすっと奏は言う。


「とりあえず、傷を見るか」


「ミャミャミャ⁉」


 抱き上げると、子猫は必死に暴れまわった。右前足の動きはぎこちない。見たところ骨折はなさそうだ。裂傷だけだが、化膿している。関節周りで炎症を起こして、開閉運動を阻害しているようだ。


「……『白魔』は苦手なんだがな」


「え?」


 雪は子猫を下ろすと、右前足に手をそっと置いた。

 

「——【癒しよ】」


 雪の右手が淡く発光。あたたかな光が子猫の前足を包んだ。

 その光は急速ではないものの、子猫の傷を癒し始めた。

 数秒かけ、前足の炎症が引いてきたのを確認すると、満足そうにうなずいて子猫の頭を撫でた。

 子猫は痛みが引いて落ち着いたのか、「ミャー!」と甘い声を上げて、雪の掌に頭を摺り寄せる。


「今のって、『魔術』だよね?」


「……ああ」


「四季くんって軍属だったの?」


「軍籍はないが、大体その認識でいい」


「私、『魔術』って初めて見た」


「秘匿技術の一つだからな。これの有無が人類存続の分水嶺と言っていい」


 故に詳細は伏せられていた。プロパガンダでは旧日本で使われていた、神風や神話の奇跡のような触れ込みだったが、『魔術』というのはそこまで万能ではない。

 才能に依存するし、得られる効果は魔力の多寡で大きく上下する。なにより個人が力を持ちすぎる。

 新宿エリアのインフラはほぼこの『魔術』で補われているが、例えば、臣民すべてがこの『魔術』を使えたなら、きっと軍の統制下では管理しきれないだろう。そうなれば人類は敢え無く滅亡だ。一般市民が、軍用爆薬と機関銃を常時携帯しているようなものなのだから。


 逆に詳細を伏せることで特(・)別(・)な(・)力(・)と臣民に理解させ、団結力を強めたのだ。ヒトとは自分に扱えない能力(ちから)に神秘性を見出し特別視する。これは集団になるほど顕著だ。


「——ねぇ、四季くん。私に、その『魔術』を教えて」


 奏は——彼女はこれまでの表情が全て偽りだったのかと思うほど、思い詰めた顔を見せた。

 強風(かぜ)が吹く。奏の桜色の髪が巻き上げられた。


「……なぜ?」


 雪がそう問うと、奏は一瞬はっとした。

 それから繕うように笑顔を作った。最早、贋作にしか見えない。


「私、高等部は軍学科に進むつもりだから、『魔術』使えた方がいいかなって」


「それなら、高等部に進んでからでいいだろう? 一年目でも第一階梯の『魔術』なら習うはずだ。そもそもお前が軍人に向いているとも思えない。自分の意に関係なくヒトを殺すことになるんだぞ?」


「……わかってる」


「いいや、わかってない。軍人が戦うのは『拘泥する命(シルトラーム)』だけじゃない。吸血鬼やエルフ、ドワーフ、龍族、果ては魔女とも戦う可能性がある。種族は違えど相似した身体をもった、同じ言語を使うやつらなんだぞ?」


「わかってる‼ でも……その力が、あの時あったら……お姉ちゃんは——ッ‼」


 よくあることだ。とてもありふれたことだ。

 力が無くて、誰も守れず、失った過去(しあわせ)に、後ろ髪をひかれ続ける。

 誰かを護る力。それは得てして弱者には無い。いつだって、選別する側が持っている。


「運(・)が(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)なんて言葉で、片付けられない。諦められない。どうして私が……!」


「……一ノ瀬、何を言おうとオレはお前に『魔術』を教える気はないし、お前の私的な目的に協力することもない」


「……」


「その上で、一つ、老婆心で忠告する。憎しみに囚われるな。それは何も特別じゃない。ありふれた牙で、理不尽は殺せない」


 奏が背を向ける。


「四季くんには理解(わか)らないよ。世界で一番大切なヒトを失って、冷静で居られるわけないもの」


「————」


「私は、これが正しいと信じてる」


 奏が走り去っていく。遠ざかっていく背中に、四季は正体不明のもどかしさを覚えた。

 正しいことが、そのままにあり続けるとは限らないだろう、雪の胸中の叫びは、二人の間を隔てる雨の壁に遮断される。

 隙間だらけなのに、届く気がしなかった。


「ミャー!」


「……独りは、つらいよな」


 子猫を抱き上げ、シャツ(すでに濡れている)の中に隠した。

 言葉にし難い疼痛を、表情に出して、雪はとぼとぼ帰路についた。


 家につく。扉を開けると、食欲をさそう香りが鼻先をくすぐった。


「おかえりなさい、雪君……その猫どうしたの?」


 雪を迎えた女、尾知春美は雪の胸から顔を出す子猫に気づくと、首を傾げた。


「ただいまハルミ。この猫飼うことにした」


「ええ? いきなりですね。構いませんけど。軍に狂犬病ワクチンを要請しておきます」


「ありがとう」


「お安い御用ですよ。それで食事にしますか? お風呂も沸かしてますが」


「風呂にする。びしょ濡れだ」


「みたいですね」


 くすりと、春美は笑った。雪は子猫をつれて風呂場でひと心地つくと、食事をして眠りについた。どうしてか、眠りはとても浅いモノだった。


◇

 


 ——廃都渋谷。


 かつてネオンで溢れ、眠ることを知らなかった都は、深い闇と蠢く『拘泥する命』が跳梁跋扈している。もはや人の領域ではないのは一目瞭然。四年前、ここは人の領域から外に出たのだ。

 鷹見勇吾は劣化が始まっているアスファルトを踏みしめて、飛んだ。ビルの中腹に足をかけるとさらに走る。助走をつける。ビルからビルへ跳躍。それを数度繰り返すと、闇に人影が見えた。目当ての人物だ。


「待たせたか? 吸血鬼(コウモリ)」


「いいや、さっき来たところさ」


 暗闇の中で赤々と光る眼。まるで月のようだと勇吾は思う。


「ふふ、しかし、ボクがコウモリか、だったらキミはどうなるんだろうね?」


「クソ野郎だろ」


「ははっ! そう自分を卑下するものじゃないさ! キミは最高だ。あの時の打電から、ボクはキミのファンだよ」


「野郎の好意なんざ要るかよ。テメエみたいなド変態のクソ野郎なら猶更だ」


 勇吾は舌打ちする。この吸血鬼のペースに乗るのは得策ではない。

 この吸血鬼——アルヴェルト・フォルトゥルは四年前の渋谷戦線で、先陣を闊歩し、並み居る黒鬼軍を蹂躙した鬼神であるのだから。


「例のモノは?」


「ここにあるよ」


 アルヴェルトが懐から銀の筒を取り出した。


「はい、あげる」


 それを勇吾に投げ渡した。受け取り、中身を精査すると、勇吾は片目を閉じた。何事か思案している様子だ。


「——新宿第一学校に行け。テメエの望みのモノがある」


「ちょっとふわっとして無い?」


「答えを全部言って満足する性質じゃないだろ」


「よくご存じで」


 勇吾は踵を返した。やることは多い。いつまでもこの吸血鬼に使う時間はないのだ。


「もう帰るのかい? さ~び~し~い~!」


「知るか。人間は寝る時間なんだよ、産まれながらニートども」


◇



 ——一ノ瀬奏にとって姉の楓は姉妹以上の存在だった。

 世界を襲った大崩壊で、父は死亡し、母は女手一つで姉妹を育てようと努力した……がその努力が継続したのは三年間だった。

 楓が十一歳、奏が七歳の時のことだった。母は突然、二人を捨てた。良人が出来たのかもしれないし、単に生きるのに疲れたのかもしれない。負担になる姉妹を厭わしく感じていたのかもしれない。


 とにかく、姉妹は幼くして荒涼とした世界に放り出された。楓は生きるためなら何でもした。姉妹で生きるためなら、盗みだって働いたし、大人の悪意を一身に受け止めた。

 楓が夜、家の扉前ですすり泣いていたのを、忘れることが出来ない。

 それでも、彼女は奏の前では決して泣き言は言わなかった。それどころか笑ってみせた。


 楓は完璧超人ではなかった。掃除が下手だったし、嘘が下手だったし、案外怠惰な一面もあったと思う。

 楓は、奏にとって生活の一部だった。身体の一部だった。心の一部だった。


 ——それが欠けた。


 姉妹が生活していた渋谷は、吸血鬼の集団にあっさり暴虐の限りを尽くされた。

 半身を奪われるに等しかった。

 大切な姉が、何よりも尊敬し愛おしかった姉が、獣に為す術無く凌辱され、上げた悲鳴を、ベッドの下で振動と共に奏は聞いた。

 軋むベッドの音が、目を瞑るとぶり返す。男を見ると、吐き気がする。


 ——許せるわけがない。


 運が悪かったなんて言葉で、片付けるものか。


 ……雪の言葉を思い出せば腸が煮えくり返りそうになる。けれど思う。

 噓偽らざる言葉で、多くの視線を迎え撃つ姿は、高潔だと。


 笑顔の塗装でやり過ごす奏とは明確に違う。不満を不平を、正当に言葉にする。

 雪の声を、好きだと、自然と思えたのだ。


◇



 ——非常事態(エラー)、非常事態(エラー)。

 ——他勢力により新宿エリアは襲撃を受けました。

 ——訓練通りに、各自所定のシェルターに非難してください。

 ——これは訓練ではありません。

 ——これは訓練ではありません。



 警報が劈く中、鷹見勇吾は苛立ち混じりに、声を投げた。


「どこの阿保かわかったか? ハルミ」


「はい、勇吾さま——襲撃者は吸血鬼のようです?」


 後ろに控えていた尾知春美が慇懃に答える。

 春美の隣にいた女性が怪訝そうに首を傾げた。


「吸血鬼が日中に襲撃を仕掛けたの? 誤報じゃない?」


「残念ながら、複数の報告が上がってるんです、のどかさん」


「へんなの」


 帯刀のどかは、そういうと、主である勇吾に視線を向けた。彼の見解を参考にしたかった。


「どういう手段か、太陽光を克服したんだろうよ」


 吸血鬼にとって太陽光は天敵だ。日焼け止めクリーム程度では防げないはずだ。


「ハルミ、規模はどんなもんだ?」

 

「五十ほどの吸血鬼が散開して、襲撃を行っている様子で、緑雷組が対応中です」


「そうか、時灘の莫迦の仕事を奪うのもなんだしな、俺たちは鎮圧は後回しだな」


「作戦は?」


 とはのどか。


「それはアリサを拾ってから説明する」


「「了解しました、勇吾さま」」


 従者の二人は声をそろえて、頭を下げた。


◇


 ——新宿第一学校 東校舎(中等部)。


 そこに一名の吸血鬼が現れた。休み時間の平和な時間が一瞬で崩れ去った。恐慌状態となる生徒たちとは対照的に、一ノ瀬奏の脳は酷く冷めていた。冷静ではない。逆だ。

 怒りも過ぎれば冷めるらしい。生徒たちの波に逆らって、奏は走る。

 

 教室に戻って、自分の専用ロッカーをあける。体操着や私物が整理整頓されていた。

 鞄を手に取り、中から拳銃を取り出した。

 いつか、こんな時が来る気がしていた。この銃を使う時が。


「——お姉ちゃん。私に力をください」


 彼奴を殺す力を。

 奏は化学実験室に向かって走った。吸血鬼はおそらく中央校舎(高等部)にいるはずだ。騒ぎの間隔で察せられる。

 腐っても吸血鬼。鉛弾で殺せるとは思っていない。

 化学実験室でいくつかの薬品を手に取って、廊下に出た時、右側を歩いていた奴と目が合った。


「おや。まだ逃げてない子が居るんだねぇ? ハロー、ボクはアルヴェルト・フォルトゥル。吸血鬼だよ」


 血まみれで、軽薄な笑みを浮かべる吸血鬼——あの時の吸血鬼だった。

 姉を嬲った、吸血鬼だ。


「吸血鬼(ヴァンパイア)ァ——ッ‼」


「おっ、いいね懐かしい蔑称だ‼」

 

 奏は薬瓶を投げつけた。アルヴェルトは容易く切って捨てるが、中身が本命だった。

 じゅっ、とアルヴェルトの手の甲が焼け爛れた。


「濃硫酸か。いいな殺すつもりじゃないか! けど不思議だね? ボク、キミにそんなに恨まれることしたかな? ……あれ? 居ない……」


 アルヴェルトの爛れた手が、一瞬で復元された。まるで時を巻き戻すように。


「なんだ、結構冷静じゃないか」


◇


 曲がり角を行くと、見知らぬ男女がいた。


「君‼ こっちへ来なさい!」


 軍服に袖を通した男女五名が奏を誘導する。腕章には『緑雷』の文字。


「はあ……はあ……あのっ」


「安心してほしい。私は平賀伍長。襲撃者は見たかい? できれば容姿と人数を教えて欲しい」


 平賀は努めて安心させようと温和な笑みを作った。彼の部下はそんな顔もできるのかと、汗を流した。


「私が見たのは一名でした。銀髪の……吸血鬼の男です。アルヴェルト・フォルトゥルと名乗っていました」


「……‼ 渋谷戦線で暴れまわった貴族種かッ‼」


「隊長! マズいです、俺たちだけじゃ対処できません! 応援を……おご?」


 平賀に進言した隊員の頭部が爆ぜた。脳漿が平賀の横顔にべっとりと付着する。


「加藤⁉」


「そんなうそ⁉」

 

 加藤と呼ばれた隊員は、そのまま倒れた。無機物のようだった。


「——おや、おや、おや、おや、おや。

 鬼ごっこは終わりかな? では次は何で遊ぶ? 遊戯の準備は十全かな? ボクは飽き性だよ」


「貴様ッ! 加藤を‼」


「止せ! 鳴海‼」


 茶髪の青年が飛び出た。平賀の制止を振り切り、吸血鬼のもとへ。


「だれそれ」


 アルヴェルトは鳴海の首を掴むと、体重八十キロ超の鳴海の身体を容易く持ち上げた。


「おご……っ!」

 

 鳴海の足がばたばたと、俎板の上の鯉のようにアルヴェルトの服を叩いた。

 アルヴェルトは鳴海の足を空いた手で掴むと、万力の如き剛腕でもって引っ張った。


「い……っ……ぎ……!」


「虹をかけてみようか……!」


「やめろおおおおおおおおお‼」


 平賀の絶叫は虚しく響き、鳴海の身体は横に断線される。夥しい鮮血で銀髪を染めるアルヴェルト。下半身を投げ捨てる。びちゃびちゃと臓物をばら撒き、それを踏みつぶした。

 鳴海の肋骨を抉り取ると、それを半分に折って、平賀の後ろで震えて怯えている女性二人の額に投擲。銃弾の如く飛来した仲間の骨針に額を射抜かれ絶命する。


「安藤! 明村! くそっ、くそおおおおおおおおおおお‼」


 裂帛の咆哮を上げ、躍りかかる平賀は、あっけなく胸に貫手で風穴を開けられる。


「は~い。終了ぅ。無駄な努力御愁傷様~」


 平賀はの僅かに残った命脈を必死に繋ぎ止め、アルヴェルトの右手を自分の胸に固定する。密着した状態で、ぼそりと詠唱する。

 

「——【疾走せよ、赤色の獣、其は灰塵と為すモノ】‼」


「おや?」


 それは『黒魔』——『火炎獅子(フレイム・バースト)』。

 最大半径百メートルを業火によって灼熱地獄に変える戦術級魔術である。


「地獄への片道、同伴願うぞ吸血鬼‼」


「おや、これは素敵な誘いだね。美酒の用意はあるのかな?」


「あるさ! 血の池で潰れるほど酔うがいい‼」


 ——瞬間、廊下が赤色で満たされ、次いで窓が弾け飛んでガラスが中庭に降り注いだ。


 炎が収まると、アルヴェルトは自分の胸にについたすすを払い落して、炭化した死体を踏みつぶした。一糸も纏わぬというのに、アルヴェルトには羞恥の感情はない。


「発想は良かったと思うよ? けどさ、それって死ぬ生き物に対する想定じゃん? ボクって死なないんだよね? 吸血鬼との戦いになれてないんじゃない?」


 当然だ。鶫時灘率いる『緑雷組』は主に治安維持が業務である。

 怪物との戦いは専門外。


「それと、あんまり広範囲を壊すようなことはやめて欲しいな? 探し物が逃げたら困るんだよねぇ」


 そう言いながら、歩き出したアルヴェルトの右側頭部を奏が放った鉛球が貫いた。


◇


 

 平賀が『魔術』を放つ瞬間、奏は咄嗟に近くの教室に駆け込んだ。『魔術』が生んだ凄まじき業火は廊下全体を嘗めるように走った。頭を伏せ、身体を丸めた奏は辛くも『魔術』の暴威から逃れたのだ。

 今の『魔術』で吸血鬼——アルヴェルト・フォルトゥルは死んだだろうか?


 そんな疑問が一瞬生まれた。けれど、直感が否定した。握る銃に自然と、力がこもった。


 ——お姉ちゃん。


 よく笑っていた。


 ——お姉ちゃん。


 よく拗ねていた。


 ——お姉ちゃん。


 よく泣いていた。


 奪われた姉妹の時間が一秒に凝縮され、脳内の神経系を駆け巡り、脳細胞に記録された感情を刺激する。涙が勝手に頬を走って、地面に着地する。

 その時だった。アルヴェルトの顔が破損し、割れた扉のガラス越しに見えた。激情が奏の小さな体の中で坩堝を作ったが……。

 ——指先は迷わなかった。


 パン! と乾いた音が響いた。

 アルヴェルトの身体がどさりと倒れる。


 扉を開けて、奏は声が枯れるほど叫んだ。


「私は一ノ瀬奏‼ 一ノ瀬楓という名前に覚えはあるか⁉」


「ん、ん、ん……ンんンんンん、ンンンンンッ‼ ハイハイハイハイ‼ 大っ体把握しました!」


 アルヴェルトは醜悪に笑って、指先だけで体を起こして飛び上がった。


「徒労、無駄骨、骨折り損、ご苦労様ですっ!」


「……クソ野郎」


「おや、反論がありそうだ。でも事実だろう? キミじゃあボクは殺せないしさ。きっと親族とか友人とか恋人とか誇りだとか名誉だとかの為にボクの前に居るんだろうけどさ、知らないのかい? 〝悲劇〟は溢れている! 〝特別〟じゃない! 誰かを喪えば、性能差を超えて強くなれるって⁉ 残念だけど、世界はそんなに優しくない」


 朗々と言うアルヴェルトに苛立ちを覚える奏。


「大体、ボクを殺すことに〝利益(いみ)〟あるのかい?」


「あ?」


「だってさ。ボクに大切な人間を殺されたって怒っているわけでしょ? つまりその出来事自体がもう〝損失(マイナス)〟なわけじゃん? でもボクをもしも殺せたとしても吸血鬼じゃあるまいし、死んだ人間は生き返らない。じゃあ〝損失(むだ)〟じゃない? 青春とかしてさ、マイナスをプラスに変えたほうが良くない? 台風に恨みをぶつける? 地震を殺そうと努力する⁉ しないだろう‼」


 奏の唇が震えた。全身に力が入った。その力を逃がすように、一呼吸する。


「なんで私が我慢しなくちゃいけないの? 奪われたのに、そのことを忘れて生きて行かなくちゃいけないの? 私は嫌よ! そんなの絶対に嫌! 出来るとか出来ないだとか! 価値(いみ)が在るとかないとか! そんなの如何だっていい‼ 私は……! ただ明日に向かいたいだけよ!」


「ふむ……?」


 アルヴェルトは怪訝そうに眉を顰めた。


「意味が分からない。眠って起きたら明日になってるだろう?」


「あなたには一生かけても分からないわ。一生惑ってろクソ野郎!」


 銃を構え直し、アルヴェルトに向けた。アルヴェルトは凶笑を作り、銃口を押さえに向かう。アルヴェルトの凶爪が奏の首を刎ねる直前——新宿第一学校全体に強力堅固な結界が張られた。その現象に思わず動きを止めたアルヴェルト。パン、と奏の銃撃を受けても意に返さず、心躍る胸の内を醜悪な口内から吐き出そうとした、時————右腕を、窓を破り侵入してきた雪の刃が切り落とした。


◇



 ——時は少し遡る。


 アルヴェルトが新宿第一学校を襲撃直後、四季雪は学校の屋上で惰眠を貪っていた。天気が良かったのだ。

 その至福の時間は鷹見勇吾から秘符(ひふ)通信で台無しにされた。


『こちら鷹見、こちら鷹見、応答どうぞ』


「はぁ~、なんだよユーゴ。気持ちよく寝てたのに、どうぞ」


 秘符(特殊なインクで魔力を付与した紙のこと。魔術を封じたり出来る)に魔力を流して遠方に声を届けるのが秘符通信である。これは魔力の力場が形成されている壁内でのみ使用可能な技術だ(一応、条件さえ整えば壁外でも運用可能)。

 

『授業に出ろよ若人、どうぞ』


「偶には出てるぞ、どうぞ」


 秘符から呆れた気配を感じたが無視する雪。


『……まあいい。簡潔に今起きてることを説明するぞ? 吸血鬼がそこそこの規模で襲撃してきた。新宿第一学校(そこ)も一匹いるらしい。対処しろ、どうぞ~』


「なんで正規の軍人じゃないオレが動くんだよ、『緑雷組』にやらせろよ。治安維持は彼奴らの管轄だろうが、どうぞ」


『あほか、あいつらは対人間を想定された組だぞ? 吸血鬼とまともに戦えるのは組長の時灘くらいだボケ、どうぞ~』


「だったらお前が戦えよ、莫迦。どうぞ」


『新宿第一学校にはちょっとヤバめの奴が居るんだよ、俺たちはそれが逃げないように周りを囲う役だ、どうぞ』


「税金泥棒、どうぞ」


『一般市民の皆さんのおかげで日々私腹を肥やせてるよ、どうぞ』


 だめだ、この国家ニートなんとかせねば、吸血鬼が滅ぼす前に自分が新宿を滅ぼしてしまう。雪は青筋を立てながら、まじめに検討を開始した。


『ああ、あとお前が最近親しくしてる女生徒が吸血鬼と接触したらしい、どうぞ』


「早く言え莫迦っ‼」


 飛び起きて、柵を超えて空中に躍り出る。それと同時に新宿第一学校に卓越した結界が張られた。これだけの規模でこれだけ強力な結界を張れるのは『結び姫』、尾知春美だ。

 鷹見勇吾は双眼鏡で雪が空中に飛び、学校の外壁を走っているのを見ていた。


「あいつ、武装ナシで吸血鬼と戦う心算か?」


「さすがに、死ぬと思う」


 のどかが表情を変えずにいう。


「そうだな、葬式の準備でもするか?」


「言ってる場合ですか⁉ 幾ら雪くんでも非武装で吸血鬼と戦うなんて自殺行為です!」


「しかもあれは貴族種だな」


「貴族……っ⁉」


 絶句する春美。貴族種とは吸血鬼のなかでも特に秀でた戦闘力を有する個体の総称で、一般的に階級が上がるごとに、危険度が上がる。

 実(げ)に恐ろしきは、その不死性であろう。

 貴族種の吸血鬼は『真血(イデア)』を破壊されない限り死亡しないのだ。


「そんなわけだ、アリサ……ありったけの秘符とあいつの刀、送ってやれ」


「もうっ、中佐ったら、アリサちゃんに頼りっきりなんだから、だ、ら、し、ないっ!」


「うぜ~」


 アリサが小悪魔的な笑みで、腰をくねくねしながら勇吾に言った。春美とのどかが眉をしかめた。


「まっ! 超~ぅ~絶~ぅ優秀なアリサちゃんに頼っちゃうのは森羅万象に定められた遺伝子の答えなので仕方ないですね! 女神的なアリサちゃんが迷える中佐に慈悲の御心を以て救いの手を差し伸べましょう!」


「いや差し伸べるのは雪の方な?」


 俺は困ってないし、と勇吾は言った。アリサが徐に懐から手帳を出した。


「自動書記(オートライト)」


 アリサがそう呟くと、手帳の表紙に大きな口が出来る。手帳が唄い始めた。


 【悲嘆の死、埋められた他人(きみ)、伸ばされる手、マーシャーの言祝ぎ、偽証、欺瞞、虚構、先導者は背を向けた】——。


「『子羊たちは朱に染まる(ミディアン・ゲール)』」


 アリサ固有のその魔術が発動される。凄まじい魔力の胎動が熾り、春美の結界が揺れる。

 熾った魔力が圧縮され、一つの価値を形成する。

 十二匹の白い子羊が生まれた。


「行ってあげて、おバカさんを助けてあげなさい」


「まて、これも持たせろ」


「なんですか?」


「いいから」


「わかりましたよ~ぅ」

 

 主の命を聞いた子羊たちが高らかに鳴いて走り出す。子羊たちの口には雪の武装がくわえられている。


 


 ——外壁を走る雪に容易く追いついた子羊たち。雪は驚いた様子だった。


「何だこいつら」


『そいつらは俺の部下の魔術だ、どうぞ』


 秘符から勇吾の声が聞こえた。


『そいつらに武装を持たせてある、感謝しろ~どうぞ』


 雪は正直助かると思った。

 子羊からホルダーに入った秘符を受け取る。

 軍刀(かたな)を佩いて、居合の構えを——力積を極限まで高め、窓をぶち割り今にも少女に迫ろうとする凶手を切り落とした。


「——【光あれ】」


「四季くん⁉」


「悪い遅くなった」


 奏を庇う様に前に立つ。ホルダーから秘符を一つ抜き取って、人差し指でなぞり、魔力を流す。一瞬で燃え尽きた。


「……? キミ、何なのかな? 一般人じゃないよね? でも『緑雷組(さっき)』のより大(・)分(・)慣(・)れ(・)て(・)る(・)感じするなぁ」


「通りすがりの正義の味方だが?」


「はっは! 面白いねぇキミっ! いかにも柄じゃない!」


「言うな、今猛烈に後悔してる」


「よくある事さ。こ(・)れ(・)か(・)ら(・)もね」


 アルヴェルトの腕が生え変わる。否、元に戻る。

 これに掛かった時間は一体どれほどだろう。恐らく瞬きに要する時間よりも短い。


「どう考えても上位の貴族だな、クソ……一ノ瀬、走れるか?」


「う、ん」


「だったら全力で走れ、背中はオレが死守する」


「でもっ!」


「でもでもでもでも、それじゃァボクを殺せな~~~いっっ‼ かな?」


 後ろの奏が凄まじい怒気を放つ。どういう因縁があるのか、雪は察せられた。そして彼女の説得が困難であるのも。


「逃げちゃうのかい? 本当に? 明(・)日(・)の(・)方(・)角(・)はそっちであってるのかい? え~と何だっけ? カエデ? ちゃんの仇はここにあるよ!」


「吸血鬼ァ!」


「耳を貸すな! 揺さぶりだ!」

 

 そもそも、なんでこの吸血鬼は日中全裸なのだ。おそらく右手に嵌められている銀のリングが日光対策なのだろうが、しかし何故裸なのだ。


「イタい! 痛い、痛いあああ、痛い! 助けて、助けて! お願いっ! 奏お姉ちゃん!」


 咽喉を搔き毟りながら、何やら叫ぶアルヴェルト。何を言っているのか、奏は一瞬分からなかったが、それが自分が襲っている時の再現だと分かった。


「楓は姉だ‼ 私の大事なお姉ちゃんだ——!」


 歯を剥いた。雪が必死に制止する。腕をつかんで離さなかった。


「覚えてさえいないのか! どうしてあなたは! そんなに簡単に奪えるの⁉」


「どうしてか——それはボクが『闇を恐れず進むもの(ナイトウォーカー)』だからだろう……なんてね」


 一瞬だけ、醜悪な笑みを消したアルヴェルトは、一歩を踏み出した。それだけで彼我の差は無くなり、奏の瞳の中でだけ、アルヴェルトの腕は巨大に見えた。


「きっとキミのことも忘れてる」


「——そうか、だったら今すぐ消えろ。歩く公然猥褻め」


 伸びきったアルヴェルトの右腕に雪の肘が突き刺さり、あらぬ方向に拉げた。驚きを顔に出すアルヴェルト。

 空いている手でホルダーから秘符を抜き出し、人差し指で文様をなぞり、魔力で焼き切った。

 封じられていた魔術——第二階梯『黒魔』……。


「『雷帝の槍(ライトニング・スピア)』」


 紫電の戦槍がアルヴェルトの胸部を深く抉り、空洞を作る。血を大量に喀血する吸血の腹を渾身の蹴りで蹴り飛ばす。

 アルヴェルトはボールのように跳ねて、廊下を抜けて壁に突き刺さった。


「逃げるぞ!」


 奏に有無を言わさず、彼女を抱えて逃げ去る。

 今はまだ殺しきれない。


◇


 

 奏を連れて、中等部の三階の教室の一つに隠れた。春美の結界がある以上、学校から離れる事は出来ない。

 一体何がこの学校にあるのかは知らないが、わざわざ貴族種が赴く位だ、かなり特別なモノだろう。


 つまり、あの強力な吸血鬼をなんとか独力で倒すしかない。結界がある以上増援は見込めないし、そもそも街の治安維持が優先されるだろう(機密レベルが高く、知らされている者が少ないため)。

 とりあえず、子羊たちに秘符の一部を渡してあっちこちに仕掛けてもらった。


 仕(・)掛(・)け(・)を考慮しても、まだ時間がかかる。


「十分、それで殺す」


 正確には殺し続ける。貴族種を殺しきるのは容易ではない。真血を露出させるほど追い詰めるのがそもそも難しいというのもあるが、真血を具象化されれば勝ち目がないからだ。少なくとも雪の武装では不可能だ。


 二階梯(戦術級)どころか三階梯(戦略級)でも対抗できるか。


 

「メェ~」


 子羊の一匹が口にくわえていたモノを雪に差し出してくる。それを手に取ると、雪の表情が明確に変わった。


「——計画変更だ、積極的に殺しに行く」


「どうしたの?」


「あの変態を殺す目途が立った! 一ノ瀬、力を貸してくれ!」


 雪は計画の全容を奏に話した。奏は驚いた顔を見せたが、すぐに決然とした。

 その時、離れで、凄まじい轟音が劈いた。

 雪が仕掛けていた秘符に封じられている第二階梯『黒魔』——『火炎獅子』が起動したのだろう。足止め程度にはなる筈だ。


「オレはあの変態を止めてくる。後詰は任せる」


「うん」


「じゃあ、行ってくる」


 扉を開ける。駆けだそうとする雪の背中に、口の中でだけ奏は言葉を作った。


「ありがとう、四季くん」


 

 雪は轟音のもとへ行った。モノが焦げた臭いが充満している。肉が焦げる臭いも。

 しかし吸血鬼は雪の眼前で健在だ。全くダメージになっていない。


「おや逃げるのはやめたのかい?」


「……」


 返答は魔術で行った。


「——【凍てつく大気よ、墜ちて均せ、無造作に】」


 『黒魔』——『降龍氷気(ダウンバースト)』。

 魔力によて空気が乱回転を始め、空気が凄まじい速度で冷却されていく。気体から液体、固体に変わる。その-百数十度はあろう冷気の奔流が吸血鬼のもとへ殺到する。


「お喋りは苦手か……」


 アルヴェルトが霜に覆われ、完全に凍結する。アルヴェルトだけじゃない、空間全体に霜が張り、空気も重い。


「下種に語る口はない——【疾走せよ、赤色の獣、其は灰塵と為すモノ】」


 次いで発動したのは、『黒魔』——『火炎獅子(フレイム・バースト)』。火炎の獅子が四体現れ、アルヴェルトに向け疾走。炸裂する。その火力は冷やされた空気を一気に膨張させ、ミサイルの着弾じみた衝撃を生み、東校舎の一部を甚だ破損させた。雪は秘符を消費し『光の盾(ルナ・シール)』を発動し、これをやり過ごした。


「ちっ」


 開け放たれた廊下で、時を遡るように、骨、内臓、血管、神経、筋肉と吸血鬼の形を構成していく。そして無傷のアルヴェルトが現れた。同時に『光の盾』の効力も消える。


「ほかの生き物なら、死んでたかな?」


「お前が死ななきゃ意味ない」


「それは残念だったねっ!」


 アルヴェルトの貫手。直撃すれば雪の頭部を容易く破砕し床に紅いシミを作るだろう。

 雪はギリギリ、頭を右に傾けることで回避する。頬が削れ、ツーと血が流れる。

 返す刀で右手を切断。振り抜き、隙を晒した雪の左わき腹に、アルヴェルトの左拳が突き出される。


「……!」


 雪は左足を軸に回転。アルヴェルトの右脛に強烈な蹴撃を食らわせる。

 姿勢を崩され、拳があらぬ方へ。壁にぶち当たり、大穴が空いた。晒した背中にもう一太刀。次の瞬間、アルヴェルトの傷は無くなっていた。


「いいね、キミ。すごいよ! 見(・)え(・)て(・)る(・)の(・)に(・)追(・)い(・)つ(・)け(・)な(・)い(・)!」


 向き直る吸血鬼は悠然とした笑みを崩さない。雪の刃が命に届かないの理解しているのだ。


「——でもさ、それでどうする? いくら首を刎ねようが、頭を潰そうが、心臓を止めようが、ボクの命にだけは届かない」


「——怯えろ、吸血鬼」 


 瞬間、アルヴェルトの両膝が紫電の光に焼き貫かれた。膝をつくアルヴェルト。とっさに『雷帝の槍』が飛んできた方向を見た。遠い。吸血鬼の視力でも見えない。

 雪は呆れ半分、尊敬半分の気持だった。

 鷹見勇吾の超遠距離精密射撃。最早曲芸の域である。


「さっきの炎と氷の『魔術』は射線を通すための布石だ、莫迦め」


「それがど——」


 右手で立ち上がろうとするが、その手も撃ち抜かれた。


「言ったろう。怯えろ。真に怯えた時、ヒトは膝をつき両の手を合わせて祈る、お前も倣うが好い」


 軍刀を胸に突き刺され、アルヴェルトは刀身を両の手で押さえる。しかし、アルヴェルトは強烈に笑った。裂けるように、或いは血を吐くように、愉悦に歪むように、暗黒の穴の底よりもどす黒い笑みを見せた。


「近づきすぎたんじゃないか⁉ 感情(いかり)に流されたんじゃァないのか⁉ あの小娘に共感(どうじょう)したんじゃァないのか……⁉」


 足を優先的に回復することで、先刻よりもさらに早く再生。アルヴェルトは雪に肉薄する。これほど近づかれては、援護射撃は期待できない。


「弱いなァ! ニンゲンは……! ボクは誰にも祈らない!」


「————」


「まだ手があるのか? あるのならすべて出せ! 今! 最高に気分がいいんだ! 全部防いで見せる! 今のボクなら出来る‼ ハハハハハ——!」


「【不可視の意思よ、見えざる手よ、星の影を僅かに動かせ】」


 『黒魔』 ——『念動(ムーブポイント)』。

 廊下の床が雪の意思に従って隆起し、アルヴェルトを突き放そうとする。対するアルヴェルトは、渾身の膂力で隆起した床に蹴りを放った。比喩ではなく、廊下が並みだった。壁の隅々まで罅が波及する。

 すかさず、雪はホルダーから秘符を抜く。


「ブラフだ! その詠唱が必要な術と、その紙の術は同時併用できない! そうだろう⁉」


 初手、窓から現れた時、不発に終わったのがその証拠。あの時、雪は何かの魔術を使っていた。

 つまりこの行動は完全な陽動、本命は狙撃? そこまでアルヴェルトは考えた。


「いいや、それもブラフ! 後ろだろ⁉」


 アルヴェルトの背後、そこには奏が居た。彼女からは不安をありありと感じた。アルヴェルトの思考がさらに回転する。これも囮だ。ただの小娘。今、一瞬、自分の意識を引くためだけの。それだけの存在だ。


「上だ……‼」


 上から気配を感じ、それに向けて、拳を振るった。伏兵を殺した——はずだった。

 

「は……?」


 それは瓦礫だった。ただのコンクリート。何の変哲もない。ありふれた建材。


「——『雷帝の槍(ライトニング・スピア)』」


 秘符が焼ききれ、魔術が放たれる。紫電の極光がアルヴェルトの顔面を焼き貫く。

 視界を奪われた。アルヴェルトに出来るのは向けられる殺気に応じるだけだった。そう、背後の一ノ瀬奏に。


「——お姉ちゃん‼ 私に力をください‼」


「……ばんえん(残念)! ひほりばほぼかない(祈りは届かない)‼」


「走れ‼ 一ノ瀬奏‼」


「うん……!」


 アルヴェルトの拳は一ノ瀬奏の頭部を完全に破砕する……はずだった。それをアルヴェルトは疑わなかったし、奏も確かに予感した。

 だが結果は違った。拳は奏の頭一つ上を通過し、空ぶった。思考と身体の連携が取れなかった。


「アルヴェルト・フォルトゥルううううううううううう‼」


 奏は手に握られていた銀の筒をアルヴェルト・フォルトゥルの左胸に突き刺した。するとアルヴェルトの総身が激しくスパーク。


「ああああああああああああああああああ⁉」


 アルヴェルトが聞くに堪えない絶叫を上げ、後方に吹き飛んだ。廊下を超え、購買部のとなりの壁にめり込む、十字の状態で磔となった。


「な……に?」


 唖然とする奏。

 自分がやったのだろうか? 本当に、そう顔に書いてあった。


「一ノ瀬があの変態に撃ち込んだのは『真言(マントラ)』っていう『魔装具』でな、敵対象一個に対して効力を発揮する道具だ。使用するには敵に強い思念を向けないといけない。例えば恨みや敵愾心とかな」


 ほかにも相手の名前を知っていないといけなかったり、かなり使い辛い『魔装具』であるが、一体、勇吾はどこで手に入れたのだろうか、雪はふとそう思ったが、どうでもいいことだ、すぐに切り捨てた。


 重要なのは、件の『魔装具』が吸血鬼を殺し続けるという現実だけだ。


 雪は磔になったアルヴェルトのもとへ歩いて行く。


「あの……紙の術と、詠唱の術は、併用……できたのか……」 


「まあな」


「じゃあ、接敵した時、不発に見せかけたのはこの時の為か……」


「正確に言えば不発じゃない。オレが発動したのは『黒魔』マインド・アップと思考処理向上(マインド・クロック)」


 秘符に封じられていたのが後者である。


「二つの魔術の効果はシンプルだ。前者は脳とアストラル体に作用して、ドーパミンを含めた脳内麻薬を活発に分泌させる。抗うつ剤みたいなものだな……そして後者は脳の処理を大きく向上させる魔術だ。それを俺はお前に掛けていた。お前は知らず知らずのうちに脳を酷使していたのさ」


 あとは情報量を増やすだけだった。雪という一流の前衛、射線が拓けたことによる狙撃、伏兵(『黒魔』黒条網で縛りつけていた瓦礫を落とした)への警戒。

 視界を失ったタイミングでアルヴェルトにかけた『魔術』を解けば、身体の誤差は修正しようのない隙となる。


「お前は、たった一人の少女を侮った——姉を奪われ、怒りに燃える少女をな」


 それが、お前の敗因だ。

 雪はアルヴェルトにそう告げた。


「……これが明日の方角よ」


 アルヴェルトを完全に殺すには『真血』を破壊するほかない。故にこの『真言』であっても、完全な打倒とはいかない。されど殺(・)し(・)続(・)け(・)る(・)事は可能。

 

「ハルミに結界で封じてもらえばいい」


『結び姫』尾知春美の術で殺し続ける状態で封印する。それが現在あるアルヴェルト・フォルトゥルの打倒方法。

 まったく、だから貴族種というのは厭なのだ。強い上に死なない。敵が油断し、かつこちらの土俵で戦ってなお、殺すには遠いのだから。

 これがもし、相手が侮らず、地の利が向こうにあれば、勝負にすらなっていない。


「……ぁ、ア、あ、あ——アハッ」


「……‼」


 なにか、マズい。そう思考する前に、奏を子羊に押し付けていた。子羊は雪の意図を察して、壊れた窓から脱出——。


「——【〝アンソニーメイジャー〟、嵐をよこせ】」


 直後『真血』が解放される。アルヴェルト・フォルトゥルの全身から湯気のように鮮血が溢れ、幾条もの赤い筋となって一つの形を象るのだ。

 それは鎌だった。深紅の鎌。死神が持つそれよりも、派手な装飾で、何よりも鋭利に見えた。


「くそ」


 絶望が口から零れた。


「——『|ボクは嵐を超えるだろう《エーレン・シュトラーフェ》』‼」


 世界が黒嵐に染まる。それはすべてを飲み込む深淵の黒の旋回だった。龍の顎に呑まれたようにコンクリートも魔術的な防壁も人も、全てが等しく掘削される。

 雪は辛うじて、魔術を発動したが、それも虚しく突破され、全身をズタズタに切り刻まれる。黒の旋回は学校を掘り進める。地上三階から一回を吹き抜けにしてもまだ足らず、地下にまで進出、一つの大きな空間に出た。大空洞。そう表現するほかない場所だった。


「くそっ、この野郎、死にながら『真血(イデア)』を使いやがった……! そんなことまでできるのか‼」


 雪の眼前には『双子を分かつ鎌(アンソニーメイジャー)』が鎮座している。具象化した『真血』! あれを破壊できれば、アルヴェルトは死ぬ。

 アルヴェルト本体も先刻の黒嵐で全身を吹き飛ばされた! 『真言』を引き抜くためにはそれしかなかったのだ。

 ゆえに、今は絶好のチャンス‼


「動け! 身体ァ……‼」


 全身から出血しながら鎌に向かう。

 第三階梯の『魔術』をゼロ距離でぶつけて確実に潰す‼


「——と、思うよねェ?」


「……⁉」


 アルヴェルトの口と右手だけが復活し、雪の首もとに現れた。しまった。雪は内心で毒を吐く余裕もなく、そう思った。しくじった。ただそれだけ。

 再生部位を集中することが出来るのは見ていたのに、失念した。なにより、身体を完全に消失した場合、貴族種は復活する際の位置をある程度融通を利かせられるようだ。


「囮を使うのはキミだけじゃない、それだけだよ」


 アルヴェルトの身体が完全に復活した。


「囮に自分の命を使うのかよ、イカレてる」


「ボクが異端なのは承知しているとも。とてもエキサイティングな体験だったよ」


 首もとを強くつかまれる。これでは詠唱できない。秘符もそこをついた。学校に張り巡らしたときに大半を使っていたし、こいつとの戦闘でも湯水のごとく蕩尽した。つまり、できることは何もない。


「最期に、言い残すことはあるかい?」


「はっ、地獄の釜を冷ましといてやるよ、のぼせる前に来やがれクソ野郎」


「それは結構、楽しみにしておくよ——それじゃア、いただきま……」 


 雪の首に牙を立て……。

 その生き血を啜ろう、

 ——と。


「あらお客さん? 珍しいのだわぁ。しかも殿方が二人だなんて、恥ずかしい、穴があったら入りたいわぁ」


「⁉」


「‼」


 少女だった。この世のモノとは思えない少女だった。絶世の美少女。そう形容するのは簡単だが、眼前の少女はそんな生易しいモノではない。いうなれば理外の擬人化。端倪すべからざる存在。正体不明とはこのこと‼ アルヴェルトにはそう思えた。


 けれど雪は違った。その存在を知っていたから。


「『魔女』……」


 鷹見勇吾と学校であった時のことを思い出した。あの時彼はサボり何て言っていたが、仮にも中佐という高官だ。そんなことあり得ない。学校が軍事施設として使われていることは知っていたが……。


 勇吾、鷹見勇吾‼ あの男はなんてものを隠していたんだ‼ アレはニュクスと同じ『魔女』だぞ⁉ 何を企んでいるんだ! 世界を滅ぼすことが出来る存在なんだぞ⁉


「ほう‼ キミが『魔女』か‼ なんと麗しい! ああやっと見つかった‼ 探していたんだ! もう見つからないと思っていた! ああ、だが、運命はボクに味方したらしい‼‼」


「よせ! やめろ! 刺激するな!」


「ちょっと黙ってろよ」


「ぐっ」


 首を絞める力が強くなった。


「『魔女』よ! ボクと外へ行こう! ともに世界を改善(よく)しよう!」


「そんなに求められたら照れてしまうのだわぁ。でもでも、ごめんなさい。私あなたの言ってることよくわからないわぁ。ニュクスも昔似たようなことを言っていたけれど、今もよくわからないわぁ」


 浮世離れした様子の魔女は何かに気づいたのか慌てて、背筋を伸ばす。


「あわわ。ごめんなさいなのだわぁ。こういう時ってまずは自己紹介からよね? 私はヴィクトーア。『静寂(しじま)の魔女』なのだわぁ」


「……」 


「あら、あなたは名乗ってくれないのかしら? 寂しのだわぁ」


「……私はアルヴェルト・フォルトゥル伯爵」


 伯爵かよ⁉ と雪は目を剥いた。


「ありがとう、アルヴェルト。憶えたのだわぁ。どうして裸なのかしら? 不思議だわぁ」


「真の紳士は衣服に囚われないモノさ」


 雪には初耳だった。


「そちらの子は、名前を何というのかしら? 気になるわぁ」


「……」


「ああっ、その状態じゃ話せないわよね。離してあげてアルヴェルト」


「それは……」


 アルヴェルトの腕が消し飛んだ。何をされたのか分からなかった。

 雪は首をさすりながらアルヴェルトから距離を取る。


「さ! あなたの名前を教えて欲しいわぁ」


「……雪。四季雪」


「四季で雪なの? 不思議だわぁ」


「……?」


 雪はアルヴェルトの腕を注視していた。傷が治っていない。再生の予兆を見せない。


「あなたは私に何を望むのかしら?」


「————」

 

 ——私と一緒にいてね、雪。

 ——私の温かな雪。


 どうあれ、同じ『魔女』なのだろう。その危険性も含めてであるが。それでもやはり同じなのだ。独善的で、独裁的で、退廃的で、空想的で、感情的で普遍的。

 涙が溢れた。なつかしさに目がくらむ。


「ニュクスの話を聞かせて欲しい。オレのしらない彼女を、オレの知ってる彼女のことを」


「あら! あらあら‼ あなたニュクスの知り合いなの⁉ 驚きなのだわぁ! あの子は今どこにいるのかしら⁉」


「分からない。探す約束はしているが、今はどこにいるか……」


「そうなの? 残念だわぁ……じゃあ話をしましょう! いっぱい、ね?」


「まて、まてまて、待ってくれ! ボクのことを忘れないでくれ!」


 アルヴェルトが焦った様子で、魔女に詰め寄った。


「うーん。忘れてたわけじゃないのだけれど、あの子のお話を聞きたいと思っただけなのだわぁ」


「それはあとでもできるだろう!」


「あなたの要件は詰まらないのだもの」


「そう言わず!」


 ぽん! とヴィクトーアが手を叩いた。


「そうだ。契約の話をしていませんでした!」


「契約?」


 雪が聞き返す。


「ええ! 『魔女』から何かを得る時『契約』しないといけない決まりなのだわぁ!」


「具体的には、どのようなものだ?」


「基本的に『魔女』側が提示して、提示された側が承諾すると結ばれるわぁ。結ばれた証として『魔女』は『契約者』に『魔装具』を与えるのだわぁ」


 どう? 素敵でしょ! と空色の髪を跳ねさせるヴィクトーア。


「もういい! あくまでもボクをのけ者にする心算だな⁉ だったら否が応でもボクに従ってもらう‼ 【〝アンソニーメイジャー〟、嵐をよこせ】‼」


 アルヴェルトが鎌を振り下ろすと、黒嵐が吹き荒れる。その死の旋回が雪に向けて疾走する。ヴィクトーアは見向きもしなかった。


「一言、言ってくれればいいのだわぁ——誓うと」

 

 さすれば、力はあなたの手に。

 全てが緩慢になっていく。迫る暴威も満ちる空気も、全てが遅く感じる。瞼を下ろした。


 ——ねぇ、雪。

 ——私の可愛い雪。

 ——温かな雪。


 ——お願いね?

 ——いつか私を見つけてね。


 ゆるりと瞼を上げる。

 

「——誓うよ」


 必ずお前を見つけ出す。だから、理不尽を跳ねのける力を——お前に辿り着くための力を。

 ヴィクトーアの手が雪の軍刀に触れる。すると凄まじい魔力が込められる。まるで鋼が息をするかのように胎動。主の手を求むるが如く。

 雪は静かに、その軍刀(かたな)の銘(な)を呼んだ。

 

「『冬枯(ふゆがれ)』——」


 煌めくような灰が刀身から散布された。まるで粉雪のように。その粒子が黒嵐に真っ向から衝突し、暫し拮抗。灰が押され始める。


「無駄‼ 知らないのか⁉ シンデレラグレイは覚めるものだ‼」

 

「……ああ、だからここからは現実だ」


 『雪枯』を正眼に構え、最上段から振り下ろす。


「——『雪軌(せっき)』‼」


 白の剣閃が直角に奔り、黒嵐を両断。『双子を分かつ鎌』を通過し、アルヴェルトごと斬り裂いた。傷口は白い結晶で覆われていた。アルヴェルトは唖然としていた。それから残念そうに、笑った。


「ああ、ボクなら世界を改善(よく)できたのに……キミも、そう、おもう……だろ……?」


 アルヴェルトの袈裟に切断され、崩れ落ちたアルヴェルトが遅れて凍結していく。そして完全に雪となって消滅した。


「……思わないな」


 さざめ雪となって消えたアルヴェルトにそう宣告すると、雪の意識は途絶えた。『魔装具』の反動だった。


◇

 



 吸血鬼の襲撃事件から三日が経った。件の襲撃自体はアルヴェルトの死亡を契機に吸血鬼は撤退した。死者は大体三十名ほどで、ほとんどがアルヴェルトの仕業だった。

 それ以外の被害を押さえられたのは『緑雷組』の手柄と言って間違いないだろう。正確には鶫時灘単独による手柄だが、細かいことであろう。襲撃による各種施設の補修は速やかに行われ、三日経った今、雪はプロパガンダじみた授業を受けている。

『静寂の魔女』ヴィクトーアは別の施設に輸送された。彼女の存在が公になれば早晩渋谷エリアは終わりだろう。

 奏はというと……。


「私、やっぱり軍学科にいこうと思うの」


 放課後の教室でそのようなことを宣う友人に、雪は呆れ果てた。


「莫迦なのか? 向いてないって言ってるだろ。そもそもなる理由がない」


「なる理由ならあるよ!」


「愛国心だとか愛郷心だとかの名誉論なら聞かんぞ?」


「あなたを護れるわ!」


 その応えは全く予想外だったので、雪は沈黙してしまった。守られる。その響きが少し心地よかったせいかもしれない。


「護られるの間違いじゃないか?」


「が、頑張る……ます」


「やっぱり向いてないぞ?」


 彼女は優しすぎる。鶫家が支配する黒鬼軍において、一体どれほどの者が他者を護るために戦っているというのか。雪も含めて、皆利己的な願いのために戦っている。それが別段間違っているとも思わない。命を賭けるのだ、等価な返礼では割に合わない。賭け皿に命を乗せたのなら、それ以上を得なければ噓というモノ。


「本当のことを言うと、助成金を貰ってるから軍学科に行くのは半ば強制なんだけどね」


 軍は身寄りのない子供に助成金を与え、勉学に励ませている。これは勿論将来的には借金なのだが、軍に身を置くことでこの借金を免除してくれるのだ。

 数年だけ軍に在籍して任期満了に伴う除隊、というのが今の若者の処世術だった。


「割に合わんと思うぞ? 地道に借金返した方がいい」


「それでも、それでもだよ」


 それが方便であることは、

 朗らかに笑う彼女を見れば一目瞭然であったが、雪がそれを指摘することはついぞなかった。



◇



 ——『経過報告書:西暦二千九十二年十一月中頃から行われた吸血鬼首都襲撃作戦、作戦名『ヤタガラス』は吸血鬼によって捕らわれた人畜の救出を目的とした作戦である。『青嵐組』組長鶫時世の指揮のもと行われた本作戦は、失敗に終わる。

 時世の指示によって吸血鬼の首都シャッテン・ライヒに侵入したが、多数の貴族種による奇襲と『拘泥する命』による追撃により、時世率いる組間を超えた行動隊(志願兵)は瓦解する。多くが新兵であった。

 以下、死亡者


 秋染星(ひかり)

 明園英雄。

 阿古秀樹

 吾妻平吉

 東大河

 東花音

 後部倫

 井村敬

 井上修

 五十嵐政宗

 伊藤奏多

 一ノ瀬奏

 今宮亮

 井口勉

 梅田冬至

 宇田川良助

 海野静流

 遠藤圭太

 江戸川竜太郎

 江夏一

 江口昇

 太田文雄

 鳳典明

 鳳由美子————………………』

 

 報告書にはさらに個人名が連なっていた。死亡者だけでこの人数だ、負傷者や身元不明者まで含めたら一体どれだけの紙を消費すればいいのか、高見勇吾は新宿エリアに壮観と立つ黒壁の最上部で溜息を吐いた。

 全く、全く。最低の気分だった。


「お前も酷い奴だよな? 次期宗主殿」


「そうか? 俺はそうは思わんがな」


 勇吾に悠然と返すは鶫家次期当主と目される男、鶫来栖。勇吾の知る中で最も謀略に長けた男である。


「名誉欲は構わん。俺の利するところであるうちはな? だが時世は欲を出し過ぎた。旨味を出し切った茶葉は棄てるのが通りだろう?」


「時世(あいつ)が欲を出したのはお前に認めてもらいたかったからだろ」


「そうだな、そしておめおめ兵を死なせて自分だけ生き残った。これで俺が時世に与える評価は無能の二文字でしかない」


「……」


 そういうだろうさ。お前はそういう男だ。

 勇吾の瞳は髪に隠れて見えなくなった。


「そも、吸血鬼から人畜(えさ)どもを救出してどうする? 土地もなく、飯もなく、職もない。必ずあぶれたものが現れる。それも大量にな? わざわざ時灘の仕事を増やしてやる必要もあるまい」


「それが分かっていて、何故止めなかった?」


「簡単だ。理由は二つ。まず兵士は育てるのにコストがかかる割に役に立たない。それを解決するために、今回の作戦の中で『魔装具化』するものが現れないかと考えた。結果は不発だがな……」


 飯を食わせ、本を食わせ、金を食わせて、時間を食わせて作った正規軍はおおむね役に立たない。精々が治安維持に使える程度だ。他種族との戦闘で役に立つのは『魔装具』契約者である。『魔装具』は真に才能がある者が命と引き換えに生み出すことのできる究極の武器である。『魔女』はこれを無制限に作ることが出来るが、『魔女』と契約できるものは限られている。例えば目の前の鷹見勇吾など。

 『魔女』による『魔装具』量産は望みが薄い。ならば才能と意気がある若者を死地に投入することで、『魔装具化』を促そうと来栖は考えた。その為に時世を唆しさえした。


「結果は大失敗。まったくカスばかりだな」


「貴重な才能が失われたかもしれないぞ?」


「それは無いな。貴重な才能があるなら軍庫に『魔装具』がいくつか増えているはずだ……二つ目はじきにある家督相続の際に邪魔と為らんように蹴落としておく必要がある。腐っても永樹の実姉だ。侮れん出涸らしでもな」


 勇吾は腰に佩いてある刀を握った。


「お前は誰も信用しないんだな」


「そんなことないぞ? お前と永樹は信頼してる」


 片方が死人では格好がつかないだろうに。

 勇吾は苦笑した。暗澹とした胸の内を、どうにか誤魔化した。


「そんなことより、勇吾。新しい組を造ろうと思うんだ」


「新しい組?」


「ああ! お前の組だ!」


「おいおい。俺は分家だぞ?」


「問題ない! 親父殿には役立たずを処分する組だと伝えてある! お前はごみ処理係だ」


「ひでぇ」


 来栖は首を傾げた。


「なんで? つまり人事権はお前に一任されてんだぞ? ごみ処理に貴族は関わらんからな」


「……!」


「名前はそうだな? 『灰雪』とかどうだ?」


「マッチを売ればいいのか? それともフェアリーゴッドマザーにお祈りか?」


「好きにしろ! お前の気ままだ!」


 来栖は手を広げた。変わらず、昔のまま。


「なあ勇吾! 楽しくなってきただろう⁉」


「……ああ」


 絞り出すように、勇吾は呟いた。そうすることしかできなかった。

 来栖は眼下の新宿を見つめ、盛大に笑った。


「さ——戦争(ゲーム)をしよう!」


 それはどこかの誰かが、或いは誰もが同時に口にした。勇吾にはそう感じた。不吉なほど、そう感じたのだ。


◇


 物語は続く。むしろこれは序章も序章。最初の一歩目だ。それが譬え地のどん底を行くような救いのない物語だとしても、救いようのないほど残酷に続いて行く。生きている限り、それは続いて行く。バカバカしいまでに。


「新宿第四から転校してきました、夏羽(かばね)アリサです! 皆! 今日からよろしくお願いします~ぅ!」


 本当にバカバカしいほど。続くのだ。

 

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