私の開発した愛するゴーレムたちを婚約者が軍事利用すると言うので反対したら婚約を破棄されました
「これは……!!」
婚約者であるランドルフ様から送られてきた今後の事業計画書を読んだ私は、あまりの怒りに後頭部がカッと熱くなる感覚がした。
何を考えているのあの人……!
――こんなの、絶対に許せない。
私は事業計画書を握り締めたまま、急いで中庭に出た。
そして――。
「ゴゴ! オールドリッチ家に向かってちょうだい!」
「ゴッゴッ」
私の愛ゴーレムであるゴゴに、ランドルフ様のご実家である、オールドリッチ侯爵家に向かうよう命じた。
ゴゴはその大きく逞しい手でそっと私を定位置である左肩に乗せると、勢い良く駆け出した――。
「ランドルフ様ッ! どういうことですかこれはッ!」
「ゴッゴッ」
「う、うわぁ、パトリシア!?!?」
オールドリッチ家に着くと、ちょうど門の前で馬車に乗り込もうとしていたランドルフ様と鉢合わせた。
私はゴゴの肩に乗ったまま事業計画書を掲げ、ランドルフ様に問い詰める。
「パトリシア! いつも言っているだろう!? ゴーレムでうちに来るのはよせって! 危ないじゃないか!」
「そんなことよりも、今はこちらが先決です。――何ですかこの、『ゴーレムの軍事利用計画について』というのは? こんな話、私は聞いていませんよ!」
「ゴッゴッ」
ゴゴも私と一緒に、不満を訴えてくれる。
ゴゴとしても、自分の弟妹たちが戦争の道具にされようとしていることに、憤りを感じているのだろう。
「ああ、その件か。別にいちいち君に話を通す義理はないだろう? 君はあくまで、一介の開発責任者に過ぎないんだから。このゴーレム開発事業は、我がオールドリッチ家がオーナーであることを忘れたのか? 君は黙って、飼い主の言うことに従っていればいいんだよ」
「――!」
この人は――!
「うふふ、ランドルフ様の仰る通りですわ、パトリシア様」
「……ジェシー嬢」
その時だった。
馬車の中から、マクニール男爵家のご令嬢であるジェシー嬢が降りて来た。
なるほど、ランドルフ様は馬車に乗ろうとしていたのではなく、ジェシー嬢を出迎えるために、門まで出て来られていたのね。
この馬車は、マクニール家のものだったんだわ。
マクニール家は元々商家だったのだけれど、主に武器の売買で得た莫大な資産で、爵位を買い取った家なのだ。
――読めたわ。
「――ランドルフ様を唆したのは、あなたですね、ジェシー嬢?」
「あら、唆しただなんて人聞きの悪い。私はただ、商談を持ち掛けただけですわ。――パトリシア様、あなた様の開発した大型汎用人型魔導具――通称ゴーレムは、今や世の中に欠かせないものになりました。工事現場や災害現場などで、日夜ゴーレムは大活躍です。――ですが、ゴーレムの真価はそこではありません。兵器として軍事利用することこそが、ゴーレムの最も活躍できる場なのです!」
「――! いいえ! そんなことはありません! ゴーレムはただの機械じゃありません! ちゃんと心があるんです!」
コアに精霊を宿すことで、疑似的な生命体を造り出しているのがゴーレムなのだから。
「まして精霊は皆、穏やかで優しい、争いを好まない性格なんです。軍事利用なんかを強要されたら、拒絶反応が出て、最悪暴走してしまう危険すらありますよ」
「ゴッゴッ」
ゴゴも、「そうだそうだ」とでも言いたげに、深く頷いてくれる。
「うふふ、その点は問題ございませんわ。現在我がマクニール家が開発中の大型魔導砲には、精霊の意識をコントロールする機能も搭載されてますので、暴走の心配は無用ですから」
「なっ!?」
精霊の意識をコントロールする……ですって!?
「そんな非人道的なこと、許されるはずがないでしょう!?」
「あら? これは異な事を。ゴーレムは人間ではないのですから、人権はございませんよ」
「――!!」
――何ですって。
「訂正してくださいッ!! ゴーレムは我々人類の友なんです! あくまで対等な立場だから、力を貸してくれてるんですよ! ――それを、一方的にコントロールしようとするなんて、天罰が下っても知りませんよ」
「ゴッゴッ」
「うふふ、話になりませんわね。さあランドルフ様、商談を始めましょう」
「ああ、そうだね」
ランドルフ様とジェシー嬢は仲睦まじく手を取り合うと、私たちに背を向ける。
「お待ちくださいランドルフ様! どうかお考え直しください!」
「……いい加減うるさいよパトリシア。もういい。君は今日限りで、開発責任者をクビだ」
「――!!」
そんな……!
「最早君がいなくとも、十分ゴーレムを量産できる体制は整ったからね。もう君は不要だ。ついでに君との婚約も破棄させてもらうよ。君をクビにするなら、我慢して君みたいなつまらない女と婚約している必要もないからさ」
……クッ。
「ちゃんと慰謝料は払うから安心してくれよ」
その慰謝料は、私が開発したゴーレムで儲けたお金でしょう?
「じゃあね、パトリシア。もう会うこともないだろう」
「うふふ、失礼いたします、パトリシア様」
二人は一度も振り返らずに、屋敷の中にさっさと消えて行った――。
「ゴッゴッ、ゴッゴッ」
「ゴゴ!?」
いつもは大人しいゴゴが、全身をワナワナ震えさせて、怒りを露わにしている。
……ゴゴ。
「ありがとう、ゴゴ。私のために怒ってくれて。でも、もしここであなたが暴れてしまったら、あなたは処分されてしまうかもしれないわ。……そうしたら私、とてもじゃないけど生きていけない。だからどうか、怒りを収めてちょうだい。お願いよ、ゴゴ」
私はゴゴの頬を、そっと撫でる。
「……ゴッゴッ」
するとゴゴは、いつもの優しいゴゴに戻ってくれたのだった。
「よしよし。いい子ね」
「ゴッゴッ」
「……さあ、一旦帰りましょう、ゴゴ。お父様にも事情を説明しないといけないし」
「ゴッゴッ」
ゴゴは踵を返すと、おもむろに歩き出した。
――ゴーレムの軍事利用だけは、絶対に許せない。
何としてでも、阻止しなきゃ――。
「ううん、この方法でもダメか……」
あれから一ヶ月。
開発責任者をクビになり、婚約も破棄されてしまった私は、何とかしてゴーレムの軍事利用を阻止するため、あれこれ策を練っているのだけれど、どうにも上手くいかない。
やはり圧倒的に、資金が足りないのだ。
ゴーレムの開発には、文字通り桁外れの資金が要る。
ランドルフ様からもらった婚約破棄の慰謝料程度では、とても足りないのだ。
我がヘイデン家は、名ばかり伯爵家の貧乏貴族だし……。
これは、まずはスポンサー探しを優先したほうがよさそうね。
……でも、ゴーレムの軍事利用を阻止するなんていう、極めて私的なことに出資してくれる、奇特なスポンサーなんているかしら……。
「ゴッゴッ」
ゴゴが心配そうに、私を見下ろす。
ふふ。
「大丈夫よ、ゴゴ。あなたの弟妹たちは、私が絶対に守るからね」
「ゴッゴッ」
そうよ、愛するゴーレムたちのためにも、こんなところでへこたれてる暇はないんだから――。
「パ、パトリシア! お前にお客様がお見えだぞ!」
「――!」
その時だった。
大層慌てた様子のお父様が、こちらに駆けて来た。
お客様?
私に?
はて、どなたかしら。
まったく思い当たる節はないけど。
「こんにちは、パトリシア嬢。突然の訪問、失礼いたします」
お父様の後ろから、私と同じ、二十代前半くらいの男性が現れた。
かなり身なりが良いので、どこぞの貴族令息なのかもしれない。
ゴゴに似て、優しそうな瞳をした人だ。
でもこの方のお顔、どこかで見たことがあるような……?
私はこの数年、ゴーレムの開発が忙しくて、貴族の夜会にはほとんど出席していないから、この方ともお会いするのは初めてなはずだけど……。
「あ、ごきげんよう。パトリシア・ヘイデンと申します」
私は久しく人前で披露する機会がなかった、カーテシーで挨拶をする。
でも、今は作業着だったことを思い出し、途端に恥ずかしさで顔が熱くなった。
「これはご丁寧に。私はクロックフォード侯爵家の当主を務めております、フィリップと申します」
「――!」
なっ!?
フィリップ様といえば、今から数年前、ご病気で他界された先代クロックフォード侯爵閣下の後を若くして継いで以来、その斬新な経営手腕で領地の資産を数倍にしたという、貴族界の風雲児。
そんな有名人が、私みたいな貧乏貴族の令嬢に、いったい何の御用かしら……。
「風の噂でお聞きしたのですが、あなた様は現在、ゴーレム開発の資金繰りでご苦労なさっているとか」
「そ、それは……!」
何故フィリップ様が、そのことを……!?
「……はい。確かに私がスポンサーを探しているのは事実ですが」
「それはグッドタイミングでした。――私でよければ、そのスポンサーに立候補させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「……っ!?」
フィリップ様が、私のスポンサーに……!?
「それは……、私としては大変ありがたいお話ではありますが、正直、私が今進めている開発計画は、極めて個人的なことでして……」
「存じております。ゴーレムの軍事利用を阻止したいのですよね?」
「――!」
このお方、どこまで私の事情をご存知なの……!?
「はい、その通りです。私はどうしても、愛するゴーレムをそんなことに利用されるのが許せないんです。だから何とかして――」
「わかりますッッッ!!!!」
「っ!?!?」
フィ、フィリップ様……!?
「私もゴーレムが大好きなので、あなた様のお気持ち、痛いほどよくわかりますッ!!」
「まあ!」
フィリップ様の瞳が、少年みたいにキラキラ輝き出した。
「この雄大なフォルム! そして太く逞しい手足! それでいて優しさが滲み出ている、透き通った綺麗な瞳! 私はゴーレムの大ファンなんです!」
「ゴッゴッ」
フィリップ様はゴゴを見上げ、まるで神を崇めるみたいに手を合わせた。
ゴゴも満更でもないのか、小躍りして喜びを露わにしている。
……ふふ、まさか私以外に、ここまでゴーレムを愛してくださっている方がいるなんて。
――初めて、同志を見付けた気分だわ。
「だからこそ、そのゴーレムの軍事利用に心を痛めているあなた様の噂を聞きつけ、居ても立っても居られず、こうして馳せ参じた次第です」
「そうだったのですね」
嗚呼、神様――!
フィリップ様と出逢わせていただいたことを、心の底から感謝いたします。
「ヘイデン伯爵、いかがでしょうか? 私がスポンサーになる件、お受けいただけますでしょうか?」
フィリップ様は真剣なお顔で、お父様に向き合われる。
「お父様……!」
私もフィリップ様の隣に立ち、じっとお父様を見つめる。
「あ、は、はい。私としても、娘の悲しむ顔は見たくないと思っておりましたので、そう言っていただけますと、幸甚でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
お父様はフィリップ様に、深く頭を下げた。
お父様――。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ありがとう、お父様! ありがとうございます、フィリップ様!」
私も二人に、深く頭を下げる。
「こちらこそです。――これで我々は今日から、運命共同体です。どうぞ末永く、よろしくお願いします」
フィリップ様から、握手を求められた。
「あ、は、はい! よろしくお願いいたします!」
フィリップ様の言い回しに若干違和感を覚えたものの、私は裾で手を拭いてから、差し出された手を握り返した。
フィリップ様の手は、その細身の身体に反して男性的で骨ばっており、そのギャップに思わずドキリとした……。
「ゴッゴッ」
こうしてこの日から私に、心強い味方が出来たのだった――。
「パトリシアさん、こんにちは」
「あっ、フィリップ様、こんにちは」
あれから数週間。
あれ以来フィリップ様は、ほぼ毎日のように我が家を訪れ、差し入れをくださったり、励ましの言葉をかけてくださったりして、心身共に私の支えになってくださっていた。
ランドルフ様のところで雇われ技師として働いていた頃は、ランドルフ様は成果物以外にはほとんど興味を持ってくださらなかったので、こうして一緒に戦ってくださる存在がいるというのは、こんなにも心強いものなのだということを、ひしひしと実感している。
「ゴゴも、こんにちは」
「ゴッゴッ」
ゴゴが大型犬みたいにフィリップ様に駆け寄り、全身から好き好きオーラを発している。
最近では、すっかりゴゴもフィリップ様に懐いているので、少しだけ妬けてしまう。
「そうだ、パトリシアさん、今日はとっておきのお土産があるんです。ちょっと一緒に来ていただけますか」
「あ、はい」
お土産?
いったい何かしら……。
「これです」
「こ、これは――!?」
馬車から降ろされた巨大な筒状の機械を見て、私はすぐにピンときた。
「まさかこれが――マクニール家が開発した、大型魔導砲ですか?」
精霊の意識をコントロールする機能が備わっているという、忌まわしの……!
「ええ、その通りです。これがあれば、あなたも対策が立てやすいのではないかと思いまして」
「それは……とても助かりますが。こんなもの、どこで……」
まだ世に出回る前の、企業秘密の備品を入手するなんて、普通はできないはず……。
それこそ、盗みでもしない限りは……。
「ふふ、ご安心ください。これは盗んだものではありませんよ」
「――!」
私の考えを読んだのか、フィリップ様がそう仰った。
「ちゃんと正規の方法で入手したものです。世の中、お金に糸目をつけなければ、大抵のものは手に入りますからね」
……なるほど。
つまりフィリップ様はマクニール家に商談を持ち掛け、莫大な料金を支払うことで、この魔導砲を買い取ったのだ。
こんな力技、私一人では、とてもできなかった……。
ゴーレムの軍事利用を阻止するという、大して儲けには繋がらなそうなことにここまで身銭を削ってくださるフィリップ様に、改めて頭が下がる思いだった――。
「本当にありがとうございます、フィリップ様。フィリップ様のご期待に沿えるよう、今まで以上に全力を尽くします!」
「ええ、頑張ってください、パトリシアさん。ゴーレムを救えるのは、あなたしかいません。他に備品等で必要なものがございましたら、何でも仰ってください。いくらでも取り寄せますので!」
フィリップ様はいつもみたいに瞳をキラッキラさせながら、拳を強く握る。
「あ、はい。恐縮です」
よ、よし、フィリップ様がここまでしてくださっているのだから、私も負けていられないわ。
何が何でも、ゴーレムの軍事利用は阻止してみせる――!
この日から私は、寝る間も惜しんで日夜研究に明け暮れたのだった――。
――そうして数ヶ月の時が過ぎた、ある日。
「――で、出来ました。完成です――!」
「本当ですか! パトリシアさん!」
「ゴッゴッ」
フィリップ様の献身的な援助のお陰で、遂にとっておきが完成したのだった。
「これで理論上は、ゴーレムの軍事利用を阻止できるはずです」
「嗚呼、やはりあなたは天才です、パトリシアさん」
「ゴッゴッ」
フィリップ様が頬を赤らめながら、うっとりとしたお顔で私を見つめる。
――なっ!?
あまりの不意打ちに、思わず私の心臓がトクンと一つ跳ねた。
クッ、フィリップ様……!
そういうお顔をされると、勘違いしそうになるから勘弁してください……!
「ゴッゴッ、ゴッゴッ」
「ゴゴ!?」
ゴゴが、「ヒューヒューだよ! 熱い熱い!」とでも言いたげに、私たちを茶化してくる。
もう!
あなたまで!
やめてよ!
「た、大変です! お嬢様!」
「「「――!」」」
その時だった。
メイドが大層慌てた様子で、こちらに駆けて来た。
――この瞬間、私の背中を悪寒が走った。
「何があったの?」
「あ、あの、ニャッポリート湾の工場地帯で、多数のゴーレムによる暴走事件が起きているそうです!」
「「「――!!」」」
嗚呼、やっぱり……。
ニャッポリート湾の工場地帯の一角には、オールドリッチ家が保有している、ゴーレムの生産工場があるのだ。
私が予想した通り、軍事利用に反発した精霊の力が暴走してしまったのだろう……。
念のため、オールドリッチ家の動向を、使用人たちに見張らせておいてよかったわ。
それにしても、だから私は言ったじゃない――!
ゴーレムを軍事利用なんかしたら、天罰が下ると――!
――でも、フィリップ様のお陰で、何とかギリギリ間に合ったようね。
「ゴゴ、急いでニャッポリート湾に向かってちょうだい!」
「ゴッゴッ」
「パトリシアさん、私も一緒に連れて行ってください!」
「――!」
フィリップ様……!?
「で、ですが、危険です。フィリップ様に、もしものことがあったら……」
フィリップ様は、広大なクロックフォード領を支える、領主様なのですから。
「大丈夫です。自分の身は自分で守りますから。こんな私でも、何かしらお力になれるかもしれません。どうかご一緒させてください!」
「フィリップ様……」
フィリップ様は私に、深く頭を下げられた。
「……わかりました。フィリップ様のことは、私とゴゴが全力でお守りいたします。大丈夫よね、ゴゴ?」
「ゴッゴッ」
ゴゴは、「任せておけ!」とでも言わんばかりに、大きく胸を張った。
ふふ、それでこそ私のゴゴよ。
「ありがとうございます! では早速向かいましょう!」
「ええ、お願いね、ゴゴ」
「ゴッゴッ」
ゴゴは私を定位置である左肩に乗せ、フィリップ様のことは右肩に乗せた。
「わあああ!! ゴーレムの肩に乗るの、ずっと夢だったんです! あはは! 凄い! 高い高い!」
ふふふ、フィリップ様が少年みたいにキャッキャされてらっしゃるわ。
可愛い。
「さあ、しっかりゴゴに掴まっていてくださいね、フィリップ様」
「は、はい!」
「ゴゴ! レッツゴーレム!」
「ゴッゴッ」
ゴゴの背中から、大きな一対の機械の羽が生えた。
この羽も、フィリップ様から援助していただいた資金で開発したものなのだ。
羽からのジェット噴射でふわりと浮き上がったゴゴは、そのまま天高く舞い上がった。
「お嬢様、お気を付けて~」
「ええ、夕飯までには帰って来るわ」
ハンカチを振って応援してくれるメイドに、私はサムズアップで応える。
さあ、待っていてねゴーレムたち。
今すぐ私たちが、助けてあげるからね――。
「ゴッゴッ」
「う、うわああああ!!!」
「ゴッゴッ」
「きゃあああああ!!!」
「ゴッゴッ」
「た、助けてくれええええ!!!」
オールドリッチ家のゴーレム生産工場に着くと、そこは地獄絵図と化していた。
例の大型魔導砲を右腕に付けられたゴーレムたちが十体ほど、一心不乱にあちこちに魔導砲を暴発させている。
私にはその光景が、ゴーレムの悲痛な叫びに見えた――。
クッ……!!
「オイ、ジェシー!? どういうことなんだよ、これは!?」
「わ、私にもわかりません! 計算上は、こんなことにはならないはずなんです!」
工場の隅のほうで、ランドルフ様がジェシー嬢に詰め寄っていた。
フン、何がこんなことにはならないはずよ。
私には、最初からこうなることはわかっていたわ――。
まあ、今はあの二人のことは放っておきましょう。
それよりも、ゴーレムたちを何とかしなきゃ――。
「ゴゴ! お願い!」
「ゴッゴッ」
上空でホバリングしたゴゴは、その場で両手を大きく広げた。
するとゴゴの胸部がバカッと開き、そこから巨大な水晶玉が突き出てきた。
これこそが、私が開発したとっておきよ!
「【慈悲の雨】、発射!」
「ゴッゴッ」
「うおおおお、いっけえええええ!!!」
普段はとっても大人なのに、ゴーレムと関わってる時のフィリップ様は、少年漫画の主人公みたいになりますよね?
ゴゴの水晶玉から虹色の光が放たれ、その光が暴走したゴーレムたちを優しく包んだ。
すると――。
「……ゴッゴッ」
「……ゴッゴッ」
「……ゴッゴッ」
ゴーレムたちは全員、一斉に大人しくなった。
よし、成功だわ!
【慈悲の雨】には、ゴーレムにとって有害な機能を排除する効果があるのよ。
ある意味、ゴーレム版のアンチウイルスのようなものなのだ。
これで差し当たり、ゴーレムの暴走は止められたわね。
「ありがとう、ゴゴ。あなたのお陰よ」
「ゴッゴッ」
私がゴゴの頬を撫でると、ゴゴは嬉しそうに鳴いた。
ゴゴも弟妹たちの暴走を止められて、心の底から安堵しているのだろう。
「フィリップ様も、本当にありがとうございました。フィリップ様が援助してくださらなかったら、きっと【慈悲の雨】は開発できていなかったと思います」
「ゴッゴッ」
そうなっていたら、このゴーレムたちの暴走も止められず、私は一生後悔していたことだろう……。
「いえいえ、少しでもお役に立てたのでしたら、幸いです。さあ、念のため事故現場を見回っておきましょう」
「そうですね! お願い、ゴゴ」
「ゴッゴッ」
ゴゴは、ゆっくりと工場に下りて行った――。
「よし、こんなところかしら」
「そうですね」
「ゴッゴッ」
冷静さを取り戻してくれたゴーレムたちが手伝ってくれたこともあり、破壊された工場の火災は一通り収まった。
奇跡的に死傷者が一人もいなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
……いや、多分それは奇跡なんかじゃない。
暴走しながらも、ゴーレムたちはギリギリのところで、人間にだけは危害は加えないよう、自分を抑えてくれていたのだ――。
「い、いやぁ、助かったよ、パトリシア」
「ありがとうございましたぁ、パトリシア様ぁ」
「――!」
その時だった。
冷や汗をダラダラ流したランドルフ様とジェシー嬢が、ペコペコしながら声を掛けてきた。
あれだけ忠告したというのにこんな大事故が起きてしまったことが、大層気まずいのだろう。
「だから言ったじゃありませんか。精霊は優しい性格だから、軍事利用なんかを強要されたら、暴走してしまうかもしれませんよ、と。その結果がこれです。どう責任を取るおつもりなんですか?」
「わ、悪かったとは思ってるよ! なあ、ジェシー?」
「ええ、ランドルフ様! 次こそはちゃんとコントロールしてご覧に入れますから、どうかご安心ください」
なっ!?
こ、この人、まだ性懲りもなく――!
「フザけないでくださいッ! あなた方はまた、同じ過ちを繰り返すおつもりなんですかッ!?」
「ゴッゴッ」
ゴゴも、全身で怒りを露わにしている。
「で、でも、パトリシア、この事業には、我がオールドリッチ家も、全財産を投入して挑んでるんだよ!」
「そうですそうです! それは我がマクニール家も同じことです! 今更後には引けないんですよ!」
「……だからといって、これだけ大きな事故を起こしてしまったんです。もう世間の誰も、ゴーレムの軍事利用に賛成なんてしてくれませんよ」
「あ、あはははは。その点は心配はないよ。幸いうちの工場以外に被害はなかったんだから、社員たちに口止めさえしておけば、情報が外に漏れることはないからね」
「――!」
……信じられない。
この人、情報を隠蔽しようとしているの……!?
「それは不可能ですよ」
「…………え?」
その時だった。
私たちの遣り取りを後方で静観されていたフィリップ様が、おもむろに口を開かれた。
フィリップ様……?
「あ、あなたは、クロックフォード閣下……!? 何故あなたがここに……!?」
「それは私が、パトリシアさんのスポンサーだからですよ」
「なっ!? あ、あなたが……!?」
「それよりも、あなたの先ほどの発言、とても看過できるものではありませんね。情報の隠蔽など、決して許されないことです」
「ゴッゴッ」
ゴゴも、「そうだそうだ!」とでも言いたげに、うんうんと頷いている。
「いや、これは、その……!」
「この件は、私から王家に直接報告しておきますので、そのおつもりで」
「そ、そんなッ!?」
「ま、待ってくださいッ! それだけはッ!」
ああ、そういえばクロックフォード家は、王家とも遠縁なんでしたね。
……改めて私、とんでもないお方にスポンサーになっていただいていたのね。
「今後はもっと、世のため人のためになることに、お金を使ってくださいね」
「う、うわああああああ!!!!」
「そんなあああああああ!!!!」
ランドルフ様とジェシー嬢は、頭を抱えながらその場にうずくまった。
こうなった以上、王家から事業の停止命令が出ることは必至。
これを機に、じっくり反省することね。
「さあ、私たちは帰りましょうか、パトリシアさん」
フィリップ様が、ニッコリと微笑む。
嗚呼、フィリップ様が味方で、本当によかったわ……。
「ええ、そうですね。お願い、ゴゴ」
「ゴッゴッ」
ゴゴはまた私とフィリップ様を左右の肩に乗せながら、ふわりと空に浮かび上がって行った――。
「……フィリップ様、先ほどはありがとうございました。フィリップ様がいらっしゃらなかったら、あの事故は、本当に隠蔽されてしまっていたかもしれません」
「ゴッゴッ」
ゴゴに乗って私の家に帰っている途中で、私はフィリップ様に頭を下げた。
「いえいえ、お役に立てたのでしたら何よりです。私としても、二年前の御恩がお返しできて、ほっとしています」
「……え?」
二年前の……御恩?
「ふふ、あなたが覚えてらっしゃらないのも無理はありません。たった一度、山道でお会いしただけなのですから」
「山道で……。あっ!」
「ゴッゴッ」
その時、私の中に一つの記憶が蘇った。
ゴゴも同様だったらしく、興奮している。
――あれは今から、二年ほど前。
私はゴーレムの試作一号機であるゴゴと二人で、実地試験を兼ねて、各地を旅していた。
そんなある日、私たちがとある山道を歩いていた時のこと――。
「ああもう、いったいどうしたら……!」
「……!」
どうやら前日の大雨で土砂崩れが起きていたらしく、土砂で山道が塞がってしまっていた。
その土砂の前で馬車が立ち往生しており、貴族令息らしき若い男性が、大層慌てていた。
「もしかして、お困りですか?」
「え、ええ、一刻も早く、この先に行きたいのですが……。って、うわ!?」
男性がゴゴを見て、目を丸くしている。
このリアクションにも、いい加減慣れたわね。
「ご安心ください。これは私が開発したゴーレムというもので、決して人に危害は加えませんから」
「ゴッゴッ」
「ゴ、ゴーレム、ですか……」
「これくらいの土砂でしたら、この子がすぐに片付けてくれますよ。できるわよね、ゴゴ?」
「ゴッゴッ」
ゴゴが「任せとけ!」とでも言わんばかりに、胸を張る。
「ほ、本当ですか!」
「ええ。お願いね、ゴゴ」
「ゴッゴッ」
こうしてゴゴはあっという間に、土砂を片付けてくれたのだった。
うんうん、これでまた一つ、ゴーレムの有能さが証明できたわね。
私も生みの親として、誇らしいわ。
「本当にありがとうございました! この御恩は、一生忘れません!」
男性は目元に涙を浮かべながら、何度も私に頭を下げる。
「いえいえ、私たちは当然のことをしたまでですから」
「ゴッゴッ」
「あ、あの、どうかお名前だけでも!」
「え? 名前、ですか……?」
うわぁ、こんな漫画でしか見たことないようなシチュエーション、本当にあるんだ……。
よし、ここは一つ、私も漫画みたいなリアクションでお応えしましょう。
「フッ、名乗るほどの者ではございません。さあ、行くわよ、ゴゴ」
「ゴッゴッ」
「そ、そんな!?」
困惑する男性に背を向け、私とゴゴは颯爽と立ち去ったのであった――。
「ま、まさか、あの時の男性が、フィリップ様だったなんて……!」
「ゴッゴッ」
思い出したら、急に恥ずかしくなってきた――!
何よあの、「フッ、名乗るほどの者ではございません」ていう、気障な台詞は――!!
「ふふ。……実はあの日は、病気で入院していた父が危篤だという知らせを受け、急いで病院に向かっていた途中だったのです」
「――!」
そ、そんな……!
「お陰様で、何とか死に目に会うことができました。そのお礼をずっと言いたかったのですが、どうにも今日まで言いそびれてしまっていて、申し訳ございませんでした」
フィリップ様は私に、深く頭を下げられた。
「い、いえいえ! こちらこそ、あんなちょっとお手伝いしただけでここまで支援していただいて、身に余る光栄です!」
「ゴッゴッ」
「あんなちょっと……ですか。ふふ、そんなあなただからこそ、私はここまで惹かれたのでしょうね」
「――!?」
フィリップ様!?!?
今、何と――!
「パトリシアさん、私があなたのスポンサーになったのは、御恩を返すためでもありますが、それと同じくらい、下心もあったのですよ」
「――!」
フィリップ様が熱の籠った瞳で、じっと私を見つめる。
あわわわわわ……!!
「パトリシアさん、私はあなたのことを、お慕いしております。――どうか私と、結婚してはくださいませんでしょうか」
「フィ、フィリップ様……!」
私の心臓が、自分のものじゃないみたいに、ドクドクと早鐘を打っている。
嗚呼、私もやっと、自分の気持ちに気づいた――。
私も、フィリップ様のことを――。
「――ありがとうございます、フィリップ様。私もフィリップ様のことを、お慕いしております」
「わあ! 本当ですか! やったあああああ!!!」
「うふふふふ」
フィリップ様がまた、少年漫画の主人公みたいになってらっしゃるわ。
本当に、可愛いお方――。
「ゴッゴッ」
「きゃっ!?」
その時だった。
ゴゴが私の身体を掴んで、無理矢理右肩のフィリップ様の隣に座らせたのだった。
も、もう!
ゴゴったら!
「はは。――愛しています、パトリシアさん」
「――はい。私もです、フィリップ様」
大空を飛びながら、ギュッと抱きしめ合う私とフィリップ様。
「ゴッゴッ」
そんな私たちに、ゴゴが「お安くないぜ」とでも言いたげに、ボソッと鳴いた――。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




