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剣女ふたり  作者: ara
1/3

ようやく息吹かれた天命の邂逅

初投稿です。

誤字・脱字・ルビ漏れ等には細心の注意を払っているつもりですが、もし見つけられた方は、遠慮なく指摘していただいて結構です。


若干、猟奇的な描写が含まれます。

不得手な方にはおすすめできません。

剣女(けんめ)ふたり★






 序章「炎狼のシフラ」


 1、「炎の狼、殺戮(さつりく)の宴」


 シフラ=マタティア、三十二歳。

 現在は放浪剣士として、‘あるもの’をさがしつつ各国を旅している。

 燃えるように赤く、狼のように刺々しい短髪。

 不敵(ふてき)な光と、強靭(きょうじん)な意志が宿る緑瞳(りょくどう)

 精悍(せいかん)面差(おもざ)しは男とみまごう程に中性的(ちゅうせいてき)で、尚且(なおか)つ、鮮鋭(せんえい)な美しさを有していた。

 女性にしては(たくま)しく、相当な長身の持ち主で、その膂力(りょりょく)は大の男に引けをとらない。

 そんな彼女は今日も、|「炎波剣(えんはけん)」フランベルジュを()り、凄惨な殺戮(さつりく)に身を(ゆだ)ねていた…………


 ラバン盗賊団は、壊滅の()き目に遭っていた。

 かれらのアジトは今、ラングの草原のやや南西にある、目立たぬ名もなき洞窟の中にある。

 草原ラングに通りかかる旅人から金品を奪いとる、小悪党の集団である。

 彼らの首領・ラバンには、部下と異なり夢があるにはあった。

 しかし、自らの軽率な行動が原因で‘炎の狼’を呼び寄せてしまうとは知る(よし)もなかった……

 

 ラバン盗賊団に属する誰よりも、彼女は背丈が高かった。

 相対した者のほとんどが「大女……!」と震えながら呟いてしまうほどに。

 シフラ=マタティアは、すでにトビト盗賊団に属する男の半分を絶息ぜっそくさせていた――といっても、もとの人数は十人ちょっとだが。

「どらあぁあッ!!」

 嵐のような暴威(ぼうい)雄叫(おたけ)びが、ならず者の耳朶(じだ)をうつ。

「ひ……――」

 ザンッ! と、そのならず者は恐怖の極みを全身に走らせたまま、頭蓋(ずがい)を断ち切られてしまった。

 仲間の惨状を見ている後方の男達はすでに戦意を喪失(うしな)い、萎縮(いしゅく)しきっているのが明らかである。

「逃げるな(くず)ども!!」

「ひ、ひいいぃぃぃ!」

 それでもなお迫る炎の旋風を逃れようと、盗賊どもは洞窟の奥へ退いてゆくが――

「逃げんじゃねぇカス共」

 こころもち低く発せられた胴間声(どうまごえ)は、迫りくる大女の口上とほぼ同じだった。

「で、でもアニキ――……え?」

「口答えすんじゃねえ」

 口答えした(・・・・・)部下の腹部に、深々とめりこむ大きめの剣。

 それを引き抜かれるとともに、彼は滝のような血流を吐きだし、またたく間に地に伏した。

 ふと、それを視認したシフラは足を止める。

 盗賊団の頭と思われる大男――ラバンが立ち上がり、両手大剣ツヴァイハンダーを手にこちらを(にら)みすえているのだ。

 茶色の極短髪に、険の深い碧眼をもつ面差しは、小悪党の頭にしては案外な精悍(せいかん)さである。

 シフラほどではないが、彼もまたたくましい長身の持ち主であった。

 だが、その双眸には自信のなさを表す弱々しさが宿っているのも、シフラは見抜いている。

 もう三人しかのこっていない彼の部下たちは、そそくさと二人の視界の外に移動し、怯えながら様子をうかがっていた。

「……………………」

「……………………」

 ふたりの間には、底知れぬ殺気が火花を散らしていた。

 だが、傍目(はため)にはまったくわからなくとも、当人たちの間で力の差は歴然としている。

 シフラには、人間に関する様々なことがらを見抜く能力がある。

 基本的な性格、戦闘能力、感情の傾向、克己心(こっきしん)の強さ、敏捷(びんしょう)膂力(りょりょく)・器用さ…………。

 この頭目(ラバン)の挙動や、仕草や、言動、声色、眼差し、足運び…………。

 それらを観察してシフラが思ったのは、彼は取るに足らぬということ。

 そして、案の定――――ラバンは両手大剣を右手にもったまま、身を沈めたのである。

 三人の部下は、驚嘆(きょうたん)と失望、そして憤怒(ふんぬ)をないまぜにしたような眼差しを、自分たちの頭に向けていた。

「この通りだ……。……あんたが何者かしらねぇが、俺の部下が勝手にちょっかいを出しやがって……」

「部下のせいにすんのかい」

 シフラの声色はラバンを(とが)めてはいたが、戦闘時のそれと異なり随分とおちついている。

「あんたがしっかり(しつ)けとかなかったのが悪いんだろ?」

「………………」

 男は黙って(こうべ)を垂れている。

 こうなった原因(・・・・・・・)は、自分の部下が根城のそばを通りがかった(・・・・・・)このくそ女にちょっかいを出したからだ、とラバンは思っている。

「まあ一番の敗因は、あたしを知らなかったことか……なんてね」

「………………?」

 茶色の地面を見つめながら、ラバンは頭の中に疑問符を浮かべる。

「どっちにしても」

 大女はわざとらしくため息をつく。

「おまえらを(ゆる)すつもりなんざこれっぽっちもねえよ」

「ひ――ひいいぃ!!」

 部下の悲鳴。そして、刃が肉を絶つ生々しい音。

 ラバンは膝をつき低頭しながら、それを恐怖に満ちた気持ちで聞くしかなかった。

 頭目以外のならず者どもを殲滅(せんめつ)したあと、シフラはゆっくりと口をうごかした。

「あんた、『部下(バカども)がこの大女にちょっかいを出したからこんなことになった』と思ってんだろ?」

「………………」

 ラバンは依然(いぜん)として身体を縮みこませ、震えながら沈黙している。

「じゃあ教えてやるよ。原因はおまえの身勝手な行動にある」

 シフラの声音はいつのまにか憎悪をはらんでいた。

 男はさらに震えはじめた。

 歯の根がかみ合わず、ガチガチと音が鳴りはじめた。

「わかってんじゃねえか。自分(てめえ)がしでかしたことが」

「………………」

「かまえろ」

 シフラは決然(けつぜん)とした口調で命じた。

「おまえがしたことは死を以ってしか(つぐな)えない。けど、そんな立派な得物を持ってるくせに、無抵抗で殺されるのはどうなんだ」

 その科白(せりふ)を耳にしたラバンは、(わず)かにだが全身に力が行き渡る感覚をおぼえた。

 右手にもっていた両手大剣(ツヴァイハンダー)を握りなおし、ゆっくりと、立ち上がる。

 そして、大女と眼が合った瞬間、彼の形相(ぎょうそう)は殺意一色に染まっていた。

「うらあぁあッ!!」

 先刻のシフラに劣らぬほど叫びながら、渾身こんしんの一振りを標的へとふるう――!

 ガイン! という甲高い金属音は、しかし、シフラの炎波剣(フランベルジュ)がラバンの両手大剣を弾き飛ばしたものだった。

 それとほぼ同時に、大男の首が胴体から断ち切られていた。




2、「炎の狼、弱者の(おきて)


 広大な草原ラングの中央にかまえる宿屋「(みどり)硝子(ガラス)」に泊まったシフラ=マタティアは、そこの主人の顔色が優れないのが気にかかり、それとなく何かあったのかと訊ねてみた。

 主人は、旅の方に話せるようなことではありませんと言うが、シフラが身の上を明らかにすると、主人はかすかな希望を見いだした顔つきで、慎重に言葉を選びながらも事情を話しはじめた。

 聞けば、三日前に一人娘が失踪したのだという。

 だが主人には犯人がわかりきっていて、それは明らかに、ここに最近根城(ねじろ)をはったラバン盗賊団のしわざなのだという。

 その盗賊団はメロエ王国内を点々とする、小さな悪事ばかり働くちんけ(・・・)な集団だが、見つかりにくい場所を拠点にして移動するため、国の警邏隊(けいらたい)ではなかなか尻尾がつかめないのだ。

 ――というのは表向きの理由。

 そんなやっかいな小悪党の集団へ人員を割くのに大した見返り(・・・)はない、というのが本音である。

 それでも主人は最寄(もより)の町の警邏隊本部へ足を運び、必死に食い下がったが、忙しいとか、犯人に確証が持てるまでは……などと言われ、突っ返されてしまうらしい。

 シフラはその話を聞くと、「あたしに任せな」とだけ言い残し、なおも戸惑(とまど)う主人をよそに宿を発ったのだ。


 シフラがラバン盗賊団の棲家(すみか)としていた洞窟の、最奥の部屋に足を踏みいれた当初、少女はひどく怯えていた。

 天井には小さな穴が空いているらしく、一筋の陽光がせまい部屋を(ほの)かに照らしている。

 主人の娘――確か名前はリディアといったか――は、数日前までは人目をひく美少女だったのだろうが、憔悴(しょうすい)しきった今はその美しさの殆どが損なわれているように感じられた。

 短めの()(あみ)を顔の両側にたらした茶髪はちぢれて(ほつ)れ、閉じそうになる(まぶた)をかろうじて開けているものの大きく形の良い碧眼には生気が(とも)っていない。

 ぼろぼろの寝床で上体をおこし、掛け布で華奢(きゃしゃ)な身体を隠してこちらを見つめる様が、とても痛々しい。

 主人には()かなかったが、この()(とし)はせいぜい十五ではないか……。

 いまリディアはろくに頭を動かせない状態なのだろうと、シフラは推察(すいさつ)した。

 自分もそういう眼に()ったことがあるから、気持ちは痛いほどに理解できるのだ。

「………………」

 大女(シフラ)はふいにしゃがみ込み、それから――ほんの(わず)かな不安を()ねつけながら――少女(リディア)に見えるように、両手大剣(ツヴァイハンダー)を床に置いた。

 先刻からずっと、リディアの視線はまったく定まることがない。

 (いま)だ彼女は、自分の身の上におこったことに対する、屈辱や恐慌、混乱に満ちて、それから抜け出せずにいた。

 それでもリディアは、無言で、無表情で歩み進んでくるシフラが、怖いとは思わなかった。

 まったく安堵していたわけではないが、彼女なら受け容れられると、少女はなんとなしに思った。

 そしてシフラは、毛布をかけたままのリディアを、やさしく、ひしと抱きしめた。

 リディアもまた、(たくま)しい(からだ)の大きな女性を、小さな身体から力を振りしぼって抱きしめ返した。

 すると自然と、少女の大きな(ひとみ)から、涙がこぼれた。

 涙は次々と、とめどなく(あふ)れでて……。

 少女は(こら)えきれずに、小さな嗚咽(おえつ)をあげながら、シフラの肩に顔を埋めたのである…………


 シフラとリディアが宿に着いたのは夕刻だった。

 主人は屋内ではなく外にいた。

 入り口ちかくにある花壇に水をやっている。

 ふいに周囲を見渡そうとした主人が、(リディア)を右手に抱いている女剣士(シフラ)の姿に気付いてじょうろ(・・・・)

 すでに気付いていた少女は大女の手から放たれて、父娘(おやこ)はお互いに駆け寄った。

「おお、リディア……!」

「お父さん……!」

 対面を果たし、抱きしめあう父娘(おやこ)の姿を、シフラは(おごそ)かな表情で見つめている。

 特に父親の顔を注視ちゅうししていたのだが、女は鼓動こどうを高ぶらせながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 彼はどうやら信用できそうだ(・・・・・・・)――。

「……………………」

 無言で立ち去ろうとしたシフラだが、主人はそれを見咎(みとが)めて「マタティアどの!」と呼び止めた。

 仕方なくゆっくりと振り向いた女の眼に、人の良さそうなキツネ顔の男と、素朴(そぼく)であどけない少女の顔が映し出される。

 ふたりの顔には、自分に対する感謝の気持ちが、ひかえめな笑みとなって面に出ていた。

「本当に、ありがとうございました」

 主人が深々と低頭してくる。

「ありがとう…………」

 娘も父に(なら)って頭を下げる。

「……………………」

 大女は無言でそれを見つめていたが、ふたたび背を向けると、低い声でこう言い残した。

「礼はいらない。…………お嬢ちゃんを助けてやれなくて、すまなかった」

「「え…………?」」

 父娘(おやこ)はそろって疑念を発した。

 だが、父はシフラの台詞の本意をすぐに察することができている。

 彼女(シフラ)は……リディアが(はずかし)められる前に助けられなかったことに、(いきどお)りを感じているのだろう。

 もちろん、彼とてそうなるまえに助けたかったのが本音だ。

 娘は今でこそ落ちついているが、今回体験したことは将来を考える上で重荷となってのしかかるのだろう。

 帰ってきたリディアと顔を合わせたとき、一抹(いちまつ)の不安があった。

 自分は否定されるのではないか、と。

 男の怖さや醜さを散々に見せつけられた彼女が、親といえども男である自分を受け入れてくれるのか。

 それでも彼女が一目散に飛び込んできてくれたのは、やはり自分が父として、娘をまっとうに育てたのが報われたのだと彼は思っていた。

 つまり、娘にとって自分は男ではあるが、親であり、なにより特別な存在として認識してくれていたのだ。

 おそらく自分以外の異性と正常に接するのには、相当な時間がかかってしまうだろう。

 それを理解(わか)っていたから、先刻シフラがやや険しい表情で自分の様子をうかがっていたのに気付いても、腹は立たなかった。

 妻に先立たれた自分が娘に変な気を起こしていないか、見張っていたのだろう。

 あの様子だと、彼女も同じような被害を受けたのだろうか……。

 そう思うと、壮齢(そうれい)の男はとても複雑な気持ちになった。

 赤の他人である自分とその娘を、そこまで想ってくれる放浪者というのは初めてみた。

 ‘その世界’で「炎狼のシフラ」はとても有名らしいが、ならば尚更(なおさら)気になるというものだ。

 一体なぜ、何のために、彼女はあてのない旅を続けているのだろうか……。






 一章「ようやく息吹(いぶ)かれた天命の邂逅(かいこう)


 1、「孤独な狼の苦悩」


 シフラ=マタティアは、宿屋から十分に離れた岩陰まで来ると、きわめて用心深く周囲をうかがった。

 そして、人の気配がまったくないと確信したのち。

 ――彼女は右手で腹を強くおさえ、地面に両膝をついた。

 呼吸は荒く、表情は明らかな嫌悪(けんお)(ゆが)んでいる。

「はぁ…………はぁ…………」

 強烈な腹痛が彼女を苦しめていた。

(またあのことを思い出させやがって……! ――いや、違う……あたしが勝手に思い出したんじゃないか……)

 リディアを見たシフラは、遠い過去の出来事を脳裏によぎらせてしまったのだ。

 思い出したくはないが、それでも乗りこえねば強くなれないあの体験……。

 今のシフラはそういう場面を切り抜けられるどころか、他者を助けられるほどの力を身につけた。

 だが、過去に自分がそういった眼に遭った時のことは、きわめて鮮明な記憶として脳裏に刻まれており、未だシフラの心を(むしば)んでいた。

「…………くそっ!!」

 胃からこみあげる吐き気を否定するように、右拳を土の地面に叩きつけた。

 (いま)克服(こくふく)できない自分の弱さが、異様なほどに腹立たしかった。


 一時間後。

 シフラはある方法(・・・・)を用いるなどしてようやく落ち着くと、さっそく隣国パルミラを目指して街道を北上しはじめた。

 彼女は放浪剣士を自称し、傭兵として生活の(かて)を稼ぎながら各国を旅している。

 炎のような赤い短髪や、真紅に染まった剣・フランベルジュを振るい、雄叫びをあげて敵を仕留める姿から、「炎狼」の異名を取る。

 そんな彼女には、特に行きたいところ、行くべきところはない。

 ある目標を持ち、それに向かって緩慢(かんまん)に、半ば気ままに、半ば悩みながら進んでいるだけだ。

 大きな不安を抱きつづけながら旅程(りょてい)を歩むのはよくない。

 精神的にはもちろん、肉体的にもひびくのだ。

 だからシフラは、自分に重圧をかけないように目的を遂行しようと思った。

 幸い時間はある。

 急ぐ旅じゃない。

 彼女は自身にそう言い聞かせながら、メロエ国辺境の森・ファロスに足を踏み入れた。


 ――森に侵入して五分とたたないうちに、彼女はただならぬ気配を感じとった。

 やや吊りあがったするどい眼光が、注意ぶかく周囲や森の奥を凝視し、肌に感覚を走らせて何事かをさぐる。

 解ったのは、人が複数いて、一人が二人から敵意を向けられているらしいということ。

 シフラは武者震いした。

 久しぶりに手応えのありそうな場面に立ち会えそうだからだ。

 女は走った。

 その大柄かつ堅固(けんご)な身体をもつ女の走りは、うごきに一切の無駄がないだけでなく、音がほとんど殺されていた。

 彼女の場合、意識すれば歩きも走りも足音にたいした差異はない。

 それだけの修練を積んでいるからだ。

 やがて、緊張感が高まる者達がいる、およそ三十歩手前でシフラは足を止めた。

 そして、背の炎波剣(フランベルジュ)()をにぎり、大木に身をかくしつつ彼らの様子を(うかが)った……




 2、「ようやく息吹(いぶ)かれた天命の邂逅(かいこう)


「どうしてもというのですか、フィリポスさん」

「……………………」

「…………何とか言ったらどうなんだ」

「あまり口を(つぐ)まれては意思疎通が図れません。私たちは貴女を連れ戻すよう、首領から仰(おお)せつかっているのですから」

「……………………」

「……おい、黙ってちゃわかんねえだろ! 何とか言えミカル!」

 シフラが目にしたのは、浮世離(うきよばな)れした美しい女性が、屈強な大男と、線が細い美少女になにやら詰め寄られている場面だった。

 美女は露出度がおおい東洋剣士風の白い衣装、男は脚衣・上衣とも薄紫の戦装束(いくさしょうぞく)、美少女はなぜかシスターが身につける純白の法衣ほうえをまとっている。

 全員が趣向(しゅこう)の異なる剣を帯びており、物々しい雰囲気が発せられている。

 なかでも沈黙を守り通している青髪の女性からは、しかしシフラが人目みただけで強烈な印象を与えた。

 抜群に美しい女性であったのもそうだが、何よりもシフラにとって際立ったのは、彼女――ミカル=フィリポス――が絶対的な強者にみえたからだ。

 あの大男と美少女の二人がかりでようやく勝てるかどうか。

 だからこそ、「首領から貴女を連れ戻すよう仰せつかっている」のだろう。

 そして、あたしは彼女とは五分…………いや――。

 シフラは私情を除き、自分に正直になろうとした。

 それによれば、わずかに――いや、ほとんどミカルに軍配が上がるとのことだった。

 百本打ち合えば、間違いなく七十本は彼女にとられるだろう。

 そう、だから――シフラはミカルを引き入れようと思いさだめた。

 彼女を仲間にすることで‘何かが得られる’予感がしたのだ。

 他人をつゆほども信用しないシフラだが、むろんミカルも同様である。

 口を(うま)く使って味方にし、利用してやるのだ。

 一筋縄ではいかなそうだが、幸い「今」という好機に巡り会えたらしい。

 逃すつもりはない――

「おいコラ、ミカルてめぇ! うんとかすんとか言ったらどうだ!!」

 精悍(せいかん)かつ野生的な顔立ちの男は怒鳴りつけるなり、背に帯剣(たいけん)している両手大剣ツヴァイハンダーの柄を右手でにぎった。

 鼻息が荒く、いまにも斬りかかりそうな雰囲気を(かも)しているが、シフラには解る。

 恐怖をごまかす為の虚勢(きょせい)だと。

「――ヴァシャさん!」

 美少女が澄んだ声音で大男を制する。

「わかってんよサフィちゃん。けどな、こいつには実力行使しかねぇよ! 二人がかりでやりゃあ押さえられんだろ……!」

 自分をちらとも見ようとしない男に、美少女――サフィは、ほとんど感情を出さずにかぶりをふった。

 押さえられるわけないでしょう。殺すのが精一杯です(・・・・・・・・・)―― 

 彼女の視線はそう訴えかけているようにみえた。

 そのあいだも美しい女剣士は黙したまま、吸い込まれそうに黒い眼で二人を見つめているが、シフラはこれも相当に奇妙な感じを覚えた。

 |何の感情も読み取れない《・・・・・・・・・・・》のだ。

 ミカルの端麗(たんれい)な面差しをどれだけ注視しても、正直、何も考えていないようにしか考えられない。

 焦燥、恐怖、高揚(こうよう)軽侮(けいぶ)…………自分がこういう状況で抱きそうな感情を並べてみたが、そのいずれも彼女にはなさそうだった。

 無表情というだけではない何かがミカルにはある。

 大男は舌打ちした。

「……じゃあどうしろってんだ、あん? こいつはついてくる気ねぇんだぞ!」

「ツいてはイかない」

 唐突に。

 ミカルが口をひらいた。

 なぜか、一瞬時間が止まったような感覚をおぼえたシフラだったが、それはあの二人も感じたことだろう。

「……あんだって?」

 美少女サフィにヴァシャと呼ばれた男が、こころもち頓狂(とんきょう)とした声で訊きかえす。

「わたしはくにをデる」

 ミカルの声質はやや(かす)れているうえ抑揚(よくよう)がなく、低く呟くような声音だったが、いかなる訳かはっきり聞き取れる不思議なものだった。

「何の為に?」

 サフィは身体でヴァシャを抑えつつも、即問い返した。

「かれをスクうために」

 ここでシフラはふと、ミカルがある種の対人障害者なのではないかと推察(すいさつ)した。

 一度に長い言葉をつむぐことが出来ない。

 常人と比較して、頭に浮かぶ思考を言語化するのに(いちじる)しく時間がかかる。

 これはやっかいだ。

「あの方を救う? どんな手段を用いてですか?」

 それを知っているから、サフィも辛抱強く一語一語ていねいに聞きとり、また話しているようにみえた。

「それにはコタえられない」

 明瞭(めいりょう)な声で言ったミカル。

 サフィは一拍おいてから、「どうして?」と問うた。

 また一拍おいて、答えが返ってくる。

「あなたたちには‘に’がオモい」

 ヴァシャがあからさまに顔をしかめた。

 怒りというよりは疑念が強そうな表情だった。

「……ちょっと待てよ。なんでアシェルが救われる対象なんだ?」

 ヴァシャが誰にともなく訊ねる。

 シフラはここで情報を整理した。

 美女ミカルのいう「かれ」、美少女サフィのいう「あの方」、それが大男ヴァシャのいう「アシェル」という人物だろう。

 おそらくアシェルという男は、ミカル・サフィ・ヴァシャを何らかの組織に囲っている首領(リーダー)で、その彼をミカルが‘救う’のだという。

 だが、ヴァシャはそれに対しあきらかな疑問を抱いている。

「まさかお前、あいつの才能が病気で、それを治そうとかいうんじゃねぇだろうな?」

 男は頑健(がんけん)な身体をふるわせながら言った。

 三人――シフラ・サフィ・ヴァシャは、緊張感を高めてミカルの言葉を待つ。

 やがて、美女の口がゆっくりと動きはじめた。

「あなたたちもスクう」

 ……………………!??

 三人は一様に疑問符をうかべた。

「…………それは、まさか――」

「あいつがオレらを手にかけるってのかオイ?! そう言いたいんだなミカル!!」

 サフィは一瞬だけ天をあおいだ。

 ヴァシャは激昂(げきこう)しながらも斬りかかりたくなるのをおさえ、ミカルの返答を待つ。

 十ほど数え、ようやく言葉を(つづ)りだした。

「みんなをスクう。わたしはくにをデる」

 ミカルはヴァシャの質問には答えていなかった。

 その台詞をきいたサフィはもう、彼女との意思疎通は不可能に近いとおもった。

 ミカルは何があろうとメロエ国を脱するつもりだ。

 二人が実力行使に出ようが、力づくでこじ開けようという確固たる意志がうかがえた。

 けれど自分たちも、首領アシェルにミカルを連れ帰ってくるよう厳命されている。

 サフィは覚悟を決めた。

「――申し訳ありませんが」

 言下(げんか)に、美少女は腰に帯びていた細身剣(レイピア)をスラリと抜きはなち、独特の構えをとった。

「少し怪我をしてもらうことになるかもしれません。ヴァシャさん」

「おう!」

 大男は嬉しそうだった。

「彼女の武器を狙ってください。私は腕を狙います」

「わかったぜ」

(ただ)し、全力で。彼女の力は十分にご存知でしょう」

「嫌というほど、なっ」

 言いながら、ヴァシャはそのたくましい体躯(たいく)にふさわしい両手大剣(ツヴァイハンダー)を抜きはなち、切っ先をミカルにむけた。

「……………………」

 その光景を見守っていたシフラは助勢(じょせい)するべく、密かに三人へと接近しはじめたものの、ミカルの度胸にはしかし感心せざるをえなかった。

 二人はすでに殺気をびりびりと放っているのに、全く動じている様子がない。

 ――おそらく、本当に動じていないのだろう。

 自分が同じ状況におかれたら、表情には全くださなくとも内心の(おび)えや恐れを完全にけすことはできないだろう。

それだけに、ミカルの精神構造にはさまざまな意味で興をそそられた。

ふと気がつくと、ミカルはいつのまにか左腰の帯剣を右手ににぎり、やや中腰になる、いわゆる脇構(わきがま)えをとっていた。

そして、全く変化をみせない童顔のまま、低く明瞭な声でつぶやいた。

「しかたがナい、あなたたちをトめる」




「まあ待ちなって」

あまりにも気楽な――しかし、力強い女性の声のほうを、サフィとヴァシャが振りむく。

シフラはすでに炎波剣(フランベルジュ)を振りかぶり、さらにその間にミカルが背後から二人に急接近としていた。

「んなっ……!」

「くっ……」

二人はろくに身構えることすら叶わなかった。

「ふっ!」

ガィイン!!

ヴァシャは両手大剣でシフラの炎波剣を受け、激しい金属音を残して剣を離してしまった。

女はそのまま男の右手甲を突きさし、股間を思いきり蹴りあげる。

「ぐぇ……」

彼は軽くうめきながらくずれ落ちた。

ミカルはすでにサフィから細身剣を撥ねあげており、呆然と立ちつくす美少女の首筋に、風変わりな剣の切っ先を突きつけている。

「……………………参りました」

サフィは、うずくまっているヴァシャをちらと見てからいさぎよく負けを認め、両手を後頭部においた。

ものの十数秒で決着がついた。

「あなたは」

と、美女はサフィからまったく眼をそらさないまま、シフラに話しかけてきた。

剣を交えたことによる緊張感や余韻(よいん)などおかまいなしというミカルの物腰に、シフラは感心した

「……ん? なんだい?」

「わたしのみかた」

ほんの一瞬、大女はミカルの言葉が意図するものを理解できなかったが、すぐに微笑に転じて頷いてみせた。

そして、シフラは彼女の器量(きりょう)にあらためて感心していた。

口を利くどころか顔さえ合わせたことがない自分と、ぴったり息をあわせて障害を取りのぞいてみせたのだ。

ますます彼女を引き入れたいという気持ちが強くなった。

「一応、そういうことになるんじゃないかい?」

「…………おい」

「……うん?」

シフラは視界を下方に転じると、痛みと屈辱を耐えしのぶように歯噛みする大男が、うっすらと涙を浮かべながら自分をねめつけている光景が映しだされた。

 少し哀れさを感じたが、それを口にだしたら彼はさらに憤慨するだろう。

「ふざけやがって! なんでそいつの味方すんだよ……!」

「さあ、なんでだろうね?」

「な、何ぃ!?」

「二対一はフェアじゃないと思うね。だからあたしが彼女につけば、ちょうど同数になるだろ?」

「挟み撃ちと不意打ち同時にくらわしといて、フェアも何もあったもんじゃねぇだろうが!!」

 ヴァシャの猛抗議に対し、シフラは盛大に吹きだした。

「何がおかしい?!」

「うるさいねぇ、そんなこたぁどうだっていいだろ」

 男の抗議を一蹴し、

「そっちのお嬢ちゃん」

 今度は視線を美少女へと転じながら言葉をとめ、意味ありげな破顔(はがん)(たた)えながらささやいた。

「あたしはこの子をつれてくけど、今だけは(・・・・)見逃してくれるよねぇ?」

「……………………」

 「今だけは」とはどういうことだろう?

 しかし、今のサフィには選択肢などふたつにひとつであることは自明(じめい)だった。

 組織に帰って今後の検討をするほかない――

「……ええ。今は(・・)見逃してさし上げます」

「物わかりが良くてけっこう」

「ハヤくイく」

 ミカルに手を――それもかなり強く引っぱられ、シフラは苦笑した。

「わかったよ。じゃあね、お二人さん――あ、そうそう」

 女は思い出したように美少女のほうを振りかえり、得意げに言った。

「その女装と声、完璧だったよ。世界中さがしても、見破れるのはあたし含めて三人程度だと思うから、心配しなくてもいいんじゃないかい?」

 サフィもヴァシャも、そのセリフの意味へ得心(とくしん)がいくのにいつもの四、五倍の時間を要した。

 ようやく理解したとき、かれらはほぼ同時に彼女の正体を呼びおこし、とんでもないやつを敵に回したと自覚したのである。

「「『炎狼(えんろう)のシフラ』……!」」


俺の拙作に目を通していただいた方に、心から、ありがとうございます!!

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